吉野正芳
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よしの まさよし
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| 生年月日 | 1948年8月8日(63歳) |
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| 出身校 | 早稲田大学第一商学部卒業 |
| 前職 | 吉野木材取締役 |
| 現職 | 自由民主党環境関係団体委員会 副委員長 自由民主党環境部会部会長代理 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 | 商学士(早稲田大学・1971年) |
| 公式サイト | 吉野 正芳 web site |
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| 選挙区 | (福島県第5区→) (比例東北ブロック→) (福島県第5区→) 比例東北ブロック |
| 当選回数 | 4回 |
| 任期 | 2000年 - 現職 |
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| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 1987年 - 1999年 |
吉野 正芳(よしの まさよし、1948年8月8日 - )は、日本の実業家、福祉事業家、政治家。衆議院議員(4期)。
吉野木材株式会社取締役、福島県議会議員(3期)、社会福祉法人ハートフルなこそ理事長などを歴任した。
目次 |
[編集] 概要
福島県いわき市生まれ。福島県立磐城高等学校、早稲田大学商学部卒業後、吉野木材株式会社入社。1987年の福島県議会議員選挙で初当選し、連続3回当選。2000年の第42回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で福島県第5区から出馬し、初当選。第3次小泉改造内閣で文部科学大臣政務官に就任。2008年8月発足の福田康夫内閣改造内閣にて環境副大臣に就任した。2011年、震災によって発生した原発事故の第一義的責任を、東京電力ではなく国が負うべきとの論を展開。
[編集] 選挙区
選挙区の福島県第5区では、同じく自民党の坂本剛二との間でコスタリカ方式を採用。2003年の第43回衆議院議員総選挙では坂本が小選挙区で出馬し当選。吉野は比例区東北ブロックに回り当選。2000年と2005年の総選挙では吉野が小選挙区から出馬し当選。坂本は比例東北ブロックに回り当選した。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では自民党が2008年10月にコスタリカ方式解消の方針を示したため、吉野は福島5区を坂本に譲り、「小野町は私の第2のふるさとのつもりである」として福島3区に国替えして出馬した。民主党の玄葉光一郎に敗れ小選挙区では落選したが、重複立候補していた比例東北ブロックでは単独1位だったため比例復活。福島5区から出馬した坂本は比例復活もならず落選した。なお吉野が比例東北ブロック単独1位に搭載されたのは、福島県では渡部恒三に次ぐ強固な地盤を有する玄葉の対抗馬になったことへの見返りであるとされている。
[編集] 主な活動
- 福島県議会議員時代農林水産常任委員長等を歴任。
- 衆議院当選後も、自由民主党農林水産副部会長、農林水産関係団体委員会副委員長、山村振興委員会事務局長、農林部会副部会長。
- その他、自由民主党国際局次長 衆院法務委員理事 自由民主党法務部会長などを務める。
[編集] 政策
- 違法伐採問題
- 輸入木材の違法伐採問題に取り組む松岡利勝に触発され、この問題の解決に積極的にかかわった[1]。吉野は林業を家業としており、若手林業を考える会会長でもあったことから、松岡に指示され「木材・木材製品の合法性・持続可能性証明のためのガイドライン」の制度設計に携わった[1]。
- 社会福祉制度
- 社会福祉法人「ハートフルなこそ」を設立し理事長。特別養護老人ホームを運営した経緯もあり、高齢者福祉に関しての経験が深く、2006年より衆院厚生労働委員会理事。2008年吉野は「人口減少時代に入った日本は、制度の大前提が崩れつつあり、抜本的な見直しの時期に来ている」として、介護保険制度、障害者自立支援法、高齢者医療など 総合的な社会福祉制度の可能性に意欲を見せた[要出典]。
[編集] 所属する議員連盟
[編集] 脚注
- ^ a b 「吉野正芳・自民党衆議院議員インタビュー――違法伐採防止にグリーン調達ガイドライン策定――木材流通の各段階で事業者の自己証明を徹底」『GLOBE JAPAN』GLOBE JAPAN事務局、2007年12月。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 吉野 正芳 web site - 吉野の公式ウェブサイト