亀岡偉民

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日本の旗衆議院議員 亀岡 偉民
生年月日 1955年9月10日(58歳)
出身地 日本の旗栃木県下都賀郡国分寺町(現・下野市
出身校 早稲田大学教育学部
学位・資格 教育学士
前職 衆議院議員秘書
所属委員会 国土交通委員会
議院運営委員会
世襲 2世
養父・叔父:亀岡高夫
選出選挙区 福島1区
当選回数 2回
所属党派 自由民主党町村派
党役職 教育・文化・スポーツ関係団体委員会副委員長
国土・建設関係団体委員会副委員長
会館部屋番号 衆議院第1議員会館1006号室
ウェブサイト 亀岡よしたみ事務所
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亀岡 偉民(かめおか よしたみ、1955年9月10日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(2期)。旧姓は小倉。

来歴・人物[編集]

高校時代は作新学院高等学校捕手として江川卓とバッテリーを組んだ。早稲田大学では山倉和博の控え捕手であった。大学卒業後は熊谷組に入社(野球部は現在はエスプライド鉄腕)。後に、早稲田大学野球部助監督を務める。

1987年春、叔父の亀岡高夫養子縁組し、選挙地盤を引き継ぐ後継者として1990年第39回衆議院議員総選挙から1996年第41回衆議院議員総選挙を除いて4回に渡り立候補するも、すべて落選した。(1991年11月、農水相田名部匡省の秘書となり、1993年第40回衆議院議員総選挙では自由民主党の公認を得て田名部の属する政真会加藤六月グループ)新人候補として立候補した。)

2003年11月9日の第43回衆議院議員総選挙で自身を公認した無所属の会2004年夏解党し)2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙で、自民党は競合する佐藤剛男比例東北ブロックに回したため、亀岡は福島1区から自民党公認で出馬し、いわゆる小泉チルドレンとして初当選した。当選後に清和政策研究会へ入会した。

2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙では、公明党の推薦を受けて立候補したが、比例復活もならず落選[1]

2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙で当選し国政に復帰。同年12月の第2次安倍内閣では内閣府大臣政務官

不祥事[編集]

  • 亀岡の後援会が2008年9月に亀岡の誕生日を祝うためのゴルフコンペを福島県伊達市で開催し、亀岡も支援者と共に参加したが、参加者の中に山口組系組長など暴力団関係者の妻が含まれていたことが2013年2月19日に判明した[2]。組長はコンペ開催の3か月前、乗用車の名義について虚偽の申請をおこなったとして、申請に協力した福島県内の不動産会社の元社長とともに県警に逮捕されており、コンペには同不動産会社の幹部も参加していた[2]。亀岡は時事通信社の取材に対し、組長らについて「名前も知らず、一度も会ったことはない」と述べ、組長の妻らについては「会っているかもしれないが覚えていない。面識はない」と関係を否定した。不動産会社元社長については「付き合いがあり、ゴルフも以前に参加してもらったと思う。逮捕されたことは知らなかった」と語った[2]。亀岡の後援会事務所では、コンペでは参加者から1万円前後の参加費を徴収したが、政治資金には充てていないとしている[2]

その他[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
加賀谷健郡和子金子恵美稲見哲男岸本周平大野元裕本多平直高山智司
日本の旗 内閣府大臣政務官
山際大志郎北村茂男島尻安伊子平将明秋野公造と共同

2012年 -
次代:
(現職)