大戦略

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大戦略(だいせんりゃく、: Grand strategy)とは、国家目標を達成するためにあらゆる国力を効果的に運用する戦略である。国家戦略 (National strategy)、全体戦略 (Total strategy)、統合戦略 (Joint strategy) とも言う。

目次

[編集] 概要

大戦略は国家目的を遂行する最高位の観点から、平戦両時に政治的・軍事的・経済的・心理的な国力のを効果的に運用する統一的・総合的・全般的な戦略である。[1]政府で策定された大戦略の下で軍隊が軍事戦略を導き出す。大戦略は公文書に残る事柄だが、実施の詳細などはしばしば機密事項とされる。大戦略は非常に長期間にわたって続くものであり、国家の方向性を左右するものである。その策定にあたっては軍事・経済などあらゆる分野の専門知識と、それら総合的に分析する判断力、適切な将来予想に基づいた決断が必要である。[2]

[編集] 構造

大戦略は以下の概念に基づいて構造的に策定される。[3]

国家基本利益 (The national interest) 
普遍的かつ永続的な国家活動の目的である。国是・国家価値などとも記される。これは例えば、国家の安全、個人の自由、戦争・戦争の脅威排除、生活水準の向上などが挙げられる。
国家利益 (National interest) 
政府首脳が国家存続のために重要だと考える目的である。国益とも記される。
国家目的 (National objectives) 
国家利益を獲得・保持するためのある種の目的である。例えば、戦争の防止・国土防衛・地域的安定・友好国との団結・戦争の勝利などが挙げられる。
国家方針 (National policies) 
国家目的を達成するための国家活動の方針である。政治・外交・軍事・財政・経済・心理などの能力を整合的に方針としてまとめ上げる。
国家約束 (National commitments) 
国家方針を遂行するための国家間のある種の約束である。国家約束はしばしば公式・非公式の場合があるが、国家方針の延長であり、友好国に対する軍事的・経済的・技術的な援助についての了承である。
国家原則 (National principles) 
国家の特色を定めた永続的な国家活動の指導規範である。例えばあらゆる国家は自分の政府を選ぶ権利を有し、自国防衛と侵略された友好国への援助の権利を持ち、全ての国は経済的平等の権利を持ち、国際機構は紛争の平和的解決のために存在し、全ての国家と国民は貧困と恐怖から逃れることが出来ないといけない、などの原則が挙げられる。
大戦略 (Grand strategy) 
国家目的を確保するための平時・戦時における政治的・軍事的・経済的・心理的な国力の効果的な運用のための戦略である。国家方針よりも広い概念であり、方針の作成と実行の両面性がある。これに基づいて軍事戦略・経済戦略・心理戦略などが策定される。

[編集] 国力

国家戦略は政治力・経済力・心理力・軍事力の4種類の国力を発展・運用すると考えられている。政治力は国民性・国家安定性・政治的リーダーシップ・国民の全般能力などに規定される。経済力は国家の利用可能資源・産業・交通網・国際貿易・戦時耐久性などに規定される。心理力は国民の団結、社会的安定、国家機構の性格と活力、また愛国心・国民士気・忍耐力・奉仕精神などで規定される。また外国政府や外国国民の了承や援助をも含む。軍事力は兵員数や装備数、資源・工業能力・人口・国民士気などに規定され、政治・経済・心理の能力に大きく依存する。

[編集] 複雑性

大戦略は複雑である。その理由としては以下がある。

  1. 大戦略という概念はこの問題を理解するには知識も経験も不足している人々や、誤解に基づく概念の要約によって一般的な理解に混乱が見られる。
  2. 大戦略はあらゆる国家活動の根源に位置する戦略であるために、日々の国際情勢は大戦略の部分に過ぎず、また重大な機密であるためにその全体像を把握することが難しい。
  3. 大戦略は国際関係の相互作用の中で実施されているからである。つまり自国だけが諸外国の大戦略を無視したまま独立的な大戦略を策定することは行わず、また行ったとしても有効ではない。

[編集] 歴史的な例

  • ペロポネソス戦争 - アテナイは当時、最強の海軍を持ち、古代ギリシアの周辺部の重要な港をいくつも支配していた。スパルタペロポネソス同盟は強力な陸軍を持ち、古代ギリシャの心臓部ともいえる地域を支配していた。アテナイの急速な成長を恐れたスパルタによってペロポネソス戦争が始められた。国内に多くの被抑圧民を抱えるスパルタには長期間の遠征が無理だったため、直接アテナイを攻略する戦略をとった。一方、アテナイの指導者ペリクレスは籠城戦を選んだ。陸戦を耐え抜いて得意の海戦でスパルタを圧倒する作戦だった。
  • イギリス帝国の海の支配 - イギリス帝国は、その歴史の大部分で、「maritime」または「blue water」大戦略と呼ばれるものを追求した。この戦略の中心となるのは、海――特にイギリス海峡北海――を支配するための強力な海軍の整備であり、これは帝国を侵略から守ることにもなった。そのため、イギリス帝国は、植民地において水陸どちらの作戦にも使われうるわずかな陸軍しか必要としなかった。この大戦略は英国が、海軍より負担が大きくなりがちな大規模な陸軍を常設するのに必要な負担をなくしただけでなく、主な海上交通路の支配を通じた貿易を後押しすることにもなった。
  • 第二次世界大戦 - 現代の大戦略の典型的な例は、第二次世界大戦での、連合国による、まずドイツを破ることに集中するという決定である。これは真珠湾攻撃によってアメリカ合衆国が参戦した後になされた共同協定である。ドイツが枢軸国でもっとも強力であり、イギリスソビエト連邦の存続を直接脅かしていたためになされた。反対に大日本帝国による侵略は、大衆のかなりの注目を集めていたが、ほとんどが計画立案者や政策決定者にとっては必要性の低い植民地地域におけるものだったため、太平洋戦争での連合軍の具体的な戦略は、戦域司令官に与えられた少ない戦力で組み立てられた。
  • 冷戦時代の封じ込め政策 - 冷戦では、より近年の大戦略の例である、アメリカ合衆国による封じ込め政策がなされた。
  • 中国人民解放軍の規模縮小 - 軍事要素と経済要素の双方を組み入れた大戦略の例で、1980年代初頭の中華人民共和国の指導部は、人民解放軍の規模を縮小し、より多くの資源を民間に使えるようにした。これは民間経済の成長が、将来、軍備の近代化を助けるだろうと考えてなされた。

[編集] 参考文献

  • 防衛大学校・防衛学研究会編 『軍事学入門』 かや書房、2000年。
  • 服部実 『防衛学概論』 原書房、1980年。
  • J.D.ニコラス空軍大佐、G.B.ピケット陸軍大佐、W.O.スピアーズ海軍大佐著、野中郁次郎、谷光太郎訳 『統合軍参謀マニュアル』 白桃書房、1987年12月。ISBN 978-4561241409
  • 戦略研究学会編、石津朋野著 『戦略論体大系(4) リデルハート』 芙蓉書房出版。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)
  2. ^ J.D.ニコラス空軍大佐、G.B.ピケット陸軍大佐、W.O.スピアーズ海軍大佐著、野中郁次郎、谷光太郎訳『統合軍参謀マニュアル』(白桃書房、昭和62年)177項
  3. ^ J.D.ニコラス空軍大佐、G.B.ピケット陸軍大佐、W.O.スピアーズ海軍大佐著、野中郁次郎、谷光太郎訳『統合軍参謀マニュアル』(白桃書房、昭和62年)