泉田裕彦
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いずみだ ひろひこ
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| 生年月日 | 1962年9月15日(49歳) |
| 出生地 | 新潟県加茂市 |
| 出身校 | 京都大学法学部 |
| 前職 | 国家公務員(経済産業省) |
| 公式サイト | こんにちは泉田です |
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| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2004年10月25日 - |
泉田 裕彦(いずみだ ひろひこ、1962年9月15日 - )は、日本の政治家。新潟県知事。
目次 |
[編集] 概要
2004年(平成16年)の新潟県知事選挙で当選し、当時の全国最年少(42歳)で知事に就任した。知事就任前日の10月23日に新潟県中越地震が発生したため、就任当日から被災住民の救済と被災地の復興に取り組むことになった。2010年(平成22年)2月10日現在、中央防災会議委員。
[編集] 経歴
- 1962年9月15日 新潟県加茂市に生まれる
- 1975年3月 加茂市立加茂小学校卒業
- 1978年3月 加茂市立加茂中学校卒業
- 1981年3月 新潟県立三条高等学校卒業
- 1987年3月 京都大学法学部卒業
- 1987年4月 通商産業省入省。同期に棚橋泰文など
- 1994年6月 ブリティッシュコロンビア大学客員研究員
- 1995年4月 資源エネルギー庁石油部精製課総括班長
- 1996年4月 産業基盤整備基金総務課長
- 1998年6月 通商産業省大臣官房秘書課課長補佐
- 2001年7月 国土交通省貨物流通システム高度化推進調整官
- 2003年7月 岐阜県知事公室参与
- 2003年11月 岐阜県新産業労働局長
- 2004年10月 新潟県知事選挙出馬、当選(1期目)。
- 2008年10月 新潟県知事選挙出馬、当選(2期目)。
[編集] 2004年10月の知事選の推移
3期12年間続いた平山前知事の不出馬により、非共産の主要政党による相乗り体制が崩壊した。これを受け、民主県連・社民党が8月25日に元新潟大学教授で環日本海圏に早くから着目していた多賀秀敏の擁立を決定し、連合新潟の支援を取り付けていち早く動き出す(民主党本部の推薦は、下記の渡辺秀央参議院議員らの行動もあり見送られたため、完全な新潟方式とはならなかった)。このため、8月中旬に出馬の意欲を示した無所属の黒岩宇洋参議院議員(現・民主党)は、出馬を見送った(これにより、2007年(平成19年)の参議院選挙において同時に改選される民主党・森裕子議員との調整の混乱を回避できない事態へと繋がる)。
これに対して保守系は、上述の民主党・渡辺秀央ら旧自由党グループが泉田の擁立に動いたのに対し、自民党内では泉田以外に当時内閣府参事官だった高田高校OBの現役総務省キャリア官僚を擁立しようとする動きが出たほか、保守系では他に前回知事選にも出馬した小林元新津市長や2000年(平成12年)の知事選時は小林を支援した宮越県議、さらに元建設省キャリア技官の森民夫長岡市長、本州四国連絡橋公団理事を務める今井康容前副知事も立候補に意欲を示した[1]。
結局、前述の総務官僚や森、今井は出馬しなかったものの自公両党の泉田一本化が8月28日と遅れたうえ、泉田以外に小林・宮越の二者が出馬するという保守系乱立状態のまま選挙戦に突入したため、多賀が漁夫の利で逃げ切るとの見方もあった。しかし、民主党が分裂状態を修復できなかったことや、9月以降になると泉田支持を相次いで表明した経済人達と小池清彦加茂市長ら県央地区(三条市近辺)関係者の熱心な活動、そして下記「洗脳選挙」にも紹介されている巧みな選挙戦術もあいまって、新潟・長岡両市では多賀に得票数で負けたものの泉田の初当選となった。(投票結果については新潟県知事一覧#2004年10月17日を参照。)
(2004年10月19日付『新潟日報』、同年10月号の『財界にいがた』などを参考に構成)
[編集] 主な著書
- 「知識国家論序説 -新たな政策過程のパラダイム-」(共著) 東洋経済新報社(2003年) ISBN 4-492-21136-5
- 「空港手荷物の利用と実証実験について」(共著) 社団法人日本自動認識システム協会
- 「デジタルID革命」(共著) 日本経済新聞社(2004年) ISBN 4-532-31117-9
- 「国際複合一貫輸送における課題と展望」 日本工業出版
- 「みんなの命を救う - 災害と情報アクセシビリティ」(共著) NTT出版(2006年) ISBN 4-7571-0186-4
[編集] 関連事項
- 『読売新聞』が実施した「全国知事支持率世論調査」(2007年7月19日朝刊)によれば、調査対象になった46都道府県(県知事選挙中の群馬県を除く)のなかで、全国4位の高支持率(70.5パーセント)だった。また、朝日新聞が実施した同様の知事支持率調査(2007年7月21日朝刊)で、調査対象になった46都道府県(県知事選挙中の群馬県を除く)のなかでも、高い支持率(69パーセント:全国6位)と低い不支持率(8パーセント:全国2位)を記録し、新潟県民からの支持が高いことがわかった。
- 岐阜県庁裏金問題(岐阜県が、組織的に職員組合に裏金を隠蔽するなどの行為がほぼ終了した2001年よりも後である2003年から2004年にかけて経済産業省から岐阜県庁に出向していた。詳細は同項を参照。)
- アルビレックス新潟(2004年の知事選時にサポーターであると表明した。当選後も応援に行くなど、下記の池田弘との関係を切り離して考えても、泉田とアルビレックス新潟との関わりは深いと言える。)
- 新潟アルビレックスBB、新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ(これらの試合の際には始球式を務めたことがこれまで複数回あった。)
- 池田弘(NSGグループ代表で、2004年の知事選時の支援団体「はばたく!新潟県の新時代をつくる会」会長、後援会副会長。泉田は後に小売店の広告等様々な媒体に登場するようになったが、池田が理事長を務める事業創造大学院大学に関する新聞広告には真っ先に登場し、池田との結びつきの深さを印象づけた(就任後2年時点では、同大学院への広告のみに出演だった[2])。蛇足だが、県有施設の指定管理者にNSGグループ傘下の企業と県の外郭組織が企業体を結成して応募するケースが多く、実際に道の駅新潟ふるさと村や鳥屋野潟公園、新潟県スポーツ公園、新潟スタジアム、新潟県立野球場などはこれらの企業体が運営管理を受託している。
- 「洗脳選挙」(新潟県知事選戦において選挙プランナーとして泉田陣営に参加した三浦博史が著した選挙戦術に関する書物を紹介したもの)
- 2007年(平成19年)の中越沖地震に乗じて民間気象会社が行った無許可のがけ崩れ予報を擁護するような発言をしたことについて、新潟県庁自身が気象庁と共同で土砂災害警戒情報を発表しているにもかかわらず、品質と適法性に疑問のある類似サービスを推すのは、あまりに不自然ではないかとの指摘がある。
- 以前「キンラジ」「近藤丈靖の独占!ごきげんアワー」(いずれも新潟放送ラジオ)にレギュラーゲストとして出演していたことがある。
- 2008年(平成20年)7月3日に行われた六月定例県議会の総務文教委員会において、2006年度(平成18年度)の外部会議(有識者検討会)が127、法定外のものも含めると211にのぼることが公表された。これに対し、自民・公明・民主の各党議員から人選も含め疑問の声が上がった。
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- なお、地元紙『新潟日報』をはじめとする新聞各紙には泉田の見解は特に明記されていないため、今後、泉田がこれらをどうするのかは不明である[3]。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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