笠浩史
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りゅう ひろふみ
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| 生年月日 | 1965年1月3日(48歳) |
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| 出身校 | 慶應義塾大学文学部 |
| 前職 | テレビ朝日記者 |
| 所属政党 | 民主党(樽床グループ) |
| 称号 | 文学士 |
| 公式サイト | 笠ひろふみ 公式ウェブサイト |
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| 選挙区 | (神奈川9区→) (比例南関東ブロック→) 神奈川9区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 任期 | 2003年 - 現職 |
| 所属委員会 | 文部科学委員会(理事) |
| 議員会館 | 衆議院第1議員会館420号室 |
笠 浩史(りゅう ひろふみ、1965年1月3日 - )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(4期)、青山会事務局長。
文部科学副大臣(野田第3次改造内閣)、文部科学大臣政務官(菅第1次改造内閣・菅第2次改造内閣)等を歴任した。
目次 |
来歴 [編集]
福岡県福岡市生まれ。福岡県立修猷館高等学校、慶應義塾大学文学部卒業。大学在学中は衆議院議員太田誠一の書生を務め、東京都港区赤坂の議員宿舎に住み込む苦学生であった。大学卒業後は全国朝日放送(現在のテレビ朝日)に入社し、営業部や報道部で勤務する。首相官邸の担当も経験しており、小渕恵三首相が緊急入院する直前にインタビューを行っていて、そのインタビュー中に小渕首相が突然、一時的に脳梗塞状態に陥り、数秒間沈黙する事態が起こった。
2003年、第43回衆議院議員総選挙に神奈川県第9区から民主党公認で出馬し、初当選。なお神奈川9区は、神奈川県知事選挙に出馬するため衆議院議員を辞職した松沢成文の選出選挙区であった。2005年の第44回衆議院議員総選挙では自由民主党公認の山内康一に神奈川9区で敗れるが、重複立候補していた比例南関東ブロックで復活し、再選。2006年の民主党代表選挙では小沢一郎の推薦人に名を連ねる。2009年の第45回衆議院議員総選挙では、神奈川9区で3選。2010年6月の民主党代表選挙では樽床伸二の推薦人、同年9月の民主党代表選挙では小沢一郎の推薦人に再び名を連ねる。小沢を破り再選された菅直人首相の下、菅第1次改造内閣で文部科学大臣政務官に任命され、菅第2次改造内閣まで務める。同年10月に結成された青山会(樽床伸二グループ)事務局長に就任。2012年4月、辞表を提出した樋高剛に代わって民主党総括副幹事長に起用された。
同年10月、野田第3次改造内閣において田中眞紀子文部科学大臣の下、文部科学副大臣に任命された。なおこの内閣改造において、笠が所属する青山会の会長・樽床伸二が総務大臣に任命され初入閣した。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、神奈川9区で自民党の中山展宏の猛追を受けるも9,078票差で逃げ切り、小選挙区で4選を果たした。なおこの総選挙で、神奈川県の小選挙区で議席を獲得したのは笠ただ1人であり、笠が事務局長を務める青山会所属の衆議院議員も、笠、松本剛明以外は会長の樽床伸二を含む全員が落選した。
政策・主張 [編集]
- 民主党内では保守派に属する。映画「南京の真実」の賛同者であり、米下院121号決議の全面撤回を求める、歴史事実委員会が主導した全面広告の賛同者に名を連ねている。
- 2010年8月、当時の菅内閣が検討していた日韓併合100周年に合わせた首相談話の発表について、仙谷由人内閣官房長官に対し発表前に談話を与党の政策調査会に諮った上で閣議決定するよう申し入れたが、仙谷は明確な返答を避けた。
- 2011年8月、終戦記念日に靖国神社を参拝した。民主党に所属する現職の政務三役で靖国神社を参拝したのは、笠が初めてである。
所属団体・議員連盟 [編集]
- 慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会(呼びかけ人)
- 天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟(事務局次長)
- 慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会
- 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会
- 人権擁護法案から人権を守る会
- 民主党拉致対策本部副事務局長
- 親学推進議員連盟
著書 [編集]
- 『Ekitou(駅頭)』
- 『サッチャー改革に学ぶ 教育正常化への道』英国教育調査団編、PHP研究所
- 『教育激変 - 新教育基本法案がめざす「家庭」「学校」「日本」の10年後』教育基本法改正促進委員会・起草委員会編、明成社
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- 笠ひろふみ 公式ウェブサイト(公式サイト)
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 奥村展三・高井美穂 |
松本大輔と共同 2012年 |
次代: 谷川弥一・福井照 |
| 先代: 後藤斎・高井美穂 |
林久美子と共同 2010年 - 2011年 |
次代: 城井崇・神本美恵子 |
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