藤田幹雄

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日本の旗元衆議院議員 藤田 幹雄
生年月日 1968年10月11日(46歳)
出身地 東京都
出身校 慶應義塾大学
学位・資格 工学士
前職 会社員
世襲 世襲ではない
(ただし、武部勤と縁戚関係あり)
選出選挙区 比例南関東ブロック千葉4区
当選回数 1回
所属党派 自由民主党(無派閥)
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藤田 幹雄(ふじた みきお、1968年10月11日 - )は、日本政治家自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。

来歴・人物[編集]

東京都出身。慶應義塾大学理工学部機械工学科卒、ソニー光通信に勤めた後、資産運用会社を経て、第44回衆議院議員総選挙の候補者公募に合格し、自由民主党公認で千葉4区から出馬した。2005年9月11日の同選挙では、野田佳彦に944票差で敗れたが、比例南関東ブロックで復活し初当選。

同年に行われた総選挙で初当選した議員による83会の一員であるが、義理の叔父である武部勤(藤田の妹が武部の長男・武部新に嫁いでいる)が設立したグループ・新しい風にも属しており、人脈的には武部の所属派閥であり藤田と同様、慶應義塾大学からソニーに就職した甘利明も所属している山崎派に近いと見られている。

2009年8月30日第45回衆議院議員総選挙に自民党から出馬し、公明党の推薦も受ける[1]も、野田に再び敗れ比例復活ならず落選。

2012年12月16日第46回衆議院議員総選挙で野田との3度目の対決を迎える。全国的に民主党の大逆風が吹き荒れていたが、野田は当時現役の首相であり、藤田に限ってはそれまで以上に厳しい戦いを強いられた。結果、野田に同区始まって以来の最多得票を許す事態となり、投票率下落もあって自身の得票数は減少。比例南関東ブロック内の自民党小選挙区重複立候補で、唯一比例復活すらできずに再び落選。

所属していた団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 衆院選小選挙区 自民128人推薦 2009年8月7日公明新聞

外部リンク[編集]