小渕優子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日本の旗 日本の政治家
小渕 優子
おぶち ゆうこ
Voa chinese Yuko Obuchi 12may09.jpg
2009年、記者会見にて
生年月日 1973年12月11日(40歳)
出生地 日本の旗 東京都文京区
出身校 成城大学経済学部
早稲田大学大学院公共経営研究科専門職学位課程
前職 TBS従業員[1]
小渕恵三衆議院議員秘書
所属政党 自由民主党額賀派
称号 学士(経営学)(成城大学)
公共経営修士(専門職)(早稲田大学)
親族 初代小渕光平(祖父)
小渕恵三(父)
二代目小渕光平(伯父)
配偶者 小渕克陽(夫)
公式サイト 衆議院議員 小渕優子 - [ Obuchi Yuko Official Site ]

選挙区 群馬5区
当選回数 5回
任期 2000年 - 現職
所属委員会 文部科学委員長
議員会館 衆議院第2議員会館823号室

内閣 麻生内閣
任期 2008年9月24日 - 2009年9月16日
テンプレートを表示

小渕 優子(おぶち ゆうこ、1973年昭和48年)12月11日 ‐ )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(5期)、衆議院文部科学委員長早稲田大学大学院公共経営研究科専門職学位課程公共経営学専攻修了。学位公共経営修士(専門職)

麻生内閣内閣府特命担当大臣男女共同参画少子化対策)を務めたほか、財務副大臣第2次安倍内閣)、文部科学大臣政務官第1次安倍内閣)等を歴任した。

第84代内閣総理大臣小渕恵三は父。

来歴[編集]

東京都文京区生まれ(本籍地は群馬県吾妻郡中之条町)。星美学園幼稚園、同小学校を経て成城学園中学校に進学し、成城学園高等学校、成城大学経済学部経営学科を卒業。大学卒業後、TBS[1]に入社。TBSでは『はなまるマーケット』のアシスタントディレクター等を務めた。

1998年(平成10年)、父・小渕恵三の首相就任後、TBSを退社し恵三の私設秘書を務める。2000年(平成12年)4月3日に、小渕恵三は脳梗塞により緊急入院し、翌5月に死去した[2]。同年6月の第42回衆議院議員総選挙群馬5区から自由民主党公認で出馬し、16万票超を獲得して初当選した(当選同期に竹下亘梶山弘志後藤田正純らがいる)。当選後、かつて小渕恵三が会長を務めた小渕派の流れを汲む平成研究会に入会。

2002年(平成14年)には、例外的に夫婦の別姓を実現させる会の活動に参加。2003年(平成15年)、衆議院議事進行係に任命された。

2005年(平成17年)の、郵政国会では投票を棄権し、直後の第44回衆議院議員総選挙においても自民党からの公認を得るために必要な郵政民営化賛成の誓約書になかなか署名をしなかったため、一時は無所属での出馬の可能性も報道された。しかし、最終的には誓約書に署名し、自民党の公認を受けて群馬5区で3選。

衆議院議員を務める傍ら、2005年(平成17年)9月、早稲田大学大学院公共経営研究科専門職学位課程に入学した。少子化について学び、2006年(平成18年)9月に修了した。同年に発足した安倍内閣において文部科学大臣政務官に任命された。2007年(平成19年)4月、群馬県高崎市内で記者会見を開き、妊娠を報告。同年9月23日の2007年自由民主党総裁選挙では不在者投票を行った後、25日に河野洋平衆議院議長に産休届を提出。3,374gの男児を都内の病院で出産した。

2008年(平成20年)、麻生内閣内閣府特命担当大臣(男女共同参画・少子化対策)として初入閣(戦後最年少の34歳9ヶ月)。翌2009年2月、第2子の妊娠を発表し(閣僚の妊娠は史上初)、9月30日に第2子(次男)を出産。同年の第45回衆議院議員総選挙では自民党に逆風が吹き荒れる中、群馬5区で対立候補を大差で破り4選。

2010年(平成22年)7月の第22回参議院議員通常選挙は、当選した中曽根弘文外務大臣の選挙対策本部長を務めた。福田康夫元首相も選対トップの選挙対策事務長を務め、長年上州戦争で争ってきた福田赳夫中曽根康弘、小渕恵三の実子3人が手を組んだ。同年11月、自由民主党こどもHAPPYプロジェクト特別委員会委員長に就任。2011年(平成23年)10月の党役員人事により、幹事長代理に就任。

2012年(平成24年)12月26日に発足した第2次安倍内閣で、財務副大臣に任命された。2013年(平成25年)10月、財務副大臣を退任し、衆議院文部科学委員長に就任。

政策・主張[編集]

人物[編集]

  • 身長168cm。
  • 中学時代は演劇部に、高校、大学ではゴルフ部に所属していた。
  • 父・小渕恵三からは「優太郎」や「ユッチャー」(マーガレット・サッチャーの英国首相就任後)などと呼ばれていた[5]
  • 大正琴準師範の資格を有する。
  • 「日本酒を愛する女性議員の会」幹事長を務めており[6]野田聖子は小渕がバーボン・ウイスキーをラッパ飲みする姿を目撃している[6]
  • 党内及び派内の調整を重視している[要出典]第2次安倍内閣で二度目の入閣が内定していたが、派内の未入閣組に配慮してこれを辞退し副大臣就任を希望した[要出典]これに副総理に内定していた麻生太郎が「大臣経験者が副大臣に就任するのはいかがなものか」と難色を示したが、「総理経験者が副総理に就任するのはいかがなものか」とやり返して麻生に容認させた[要出典]

政治資金[編集]

公用車の運転委託業務の入札にまつわる談合疑惑を持たれている企業の1つである日本道路興運[7]から2000年(平成12年)から2004年(平成16年)まで計204万円、同社の前社長からも100万円の献金を受けていた。2009年(平成21年)6月23日に、小渕の事務所は産経新聞の取材に対し、献金を返還する意向を明らかにした[8]

所属団体・議員連盟[編集]

親族[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 会社法人としては現在の東京放送ホールディングス、放送局としては現在のTBSテレビTBSラジオ&コミュニケーションズ
  2. ^ なお、小渕の入院後、内閣総理大臣臨時代理青木幹雄により内閣総辞職が行われ、4月5日に森喜朗が後継首相・総裁に就任したため、小渕は大平正芳のように首相在職のまま死去したわけではない(大平も死の直前、伊東正義内閣総理大臣臨時代理に指名)。
  3. ^ 野田聖子「選択的夫婦別姓制度」2001年11月6日
  4. ^ 第155回国会 - 衆議院 - 法務委員会 - 16号 平成14年12月13日
  5. ^ 岩見隆夫『総理の娘 知られざる権力者の素顔』原書房。
  6. ^ a b “小渕氏“伝説”聖子氏が暴露…ラジオで酒豪トーク”. スポーツ報知. (2010年2月11日). http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20100211-OHT1T00046.htm 2010年2月11日閲覧。 
  7. ^ “公用車談合で10社に課徴金30億円 公取委”. iza!. 産経新聞. (2009年5月23日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/257293/ 2009年11月23日閲覧。 
  8. ^ “談合疑惑企業からの献金、小渕少子化相は返還へ”. 産経新聞. (2009年6月23日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090623/crm0906232121035-n1.htm 2009年11月23日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
中山恭子
日本の旗 特命担当大臣少子化対策
第4代:2008年 - 2009年
次代:
福島瑞穂
先代:
中山恭子
日本の旗 特命担当大臣男女共同参画
第10代:2008年 - 2009年
次代:
福島瑞穂
先代:
武正公一
大久保勉
日本の旗 財務副大臣
山口俊一と共同
2012年 - 2013年
次代:
古川禎久
愛知治郎
議会
先代:
松野博一
日本の旗 衆議院文部科学委員長
2013年 -
次代:
現職