小渕優子
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おぶち ゆうこ
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2009年、記者会見にて
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| 生年月日 | 1973年12月11日(38歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 成城大学経済学部 早稲田大学大学院公共経営研究科 |
| 前職 | TBS[1]従業員 小渕恵三衆議院議員秘書 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 | 学士(経営学)(成城大学・1996年) 公共経営修士(専門職) (早稲田大学・2006年) |
| 親族 | 初代小渕光平(祖父) 小渕恵三(父) 二代目小渕光平(伯父) |
| 配偶者 | 小渕克陽(夫) |
| 公式サイト | 衆議院議員 小渕優子 - [ Obuchi Yuko Official Site ] |
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| 内閣 | 麻生内閣 |
| 任期 | 2008年9月24日 - 2009年9月16日 |
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| 内閣 | 麻生内閣 |
| 任期 | 2008年9月24日 - 2009年9月16日 |
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| 選挙区 | 群馬5区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 任期 | 2000年 - 現職 |
小渕 優子(おぶち ゆうこ、昭和48年(1973年)12月11日 ‐ )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(4期)、自由民主党幹事長代理、自由民主党こどもHAPPYプロジェクト特別委員会委員長。身長168cm。
麻生内閣で内閣府特命担当大臣(男女共同参画・少子化対策)、安倍内閣で文部科学大臣政務官を務めた。
目次 |
[編集] 来歴
東京都文京区生まれ(本籍地は群馬県吾妻郡中之条町)。星美学園幼稚園、同小学校を経て成城学園中学校に進学し、成城学園高等学校、成城大学経済学部経営学科を卒業。大学卒業後、TBS[1]に入社。TBSでははなまるマーケットのアシスタントディレクター等を務めた。
1998年、父・小渕恵三の首相就任後、TBSを退社し小渕の私設秘書を務める。2000年4月3日、小渕は脳梗塞により緊急入院し、翌5月に死去した[2]。6月の群馬県第5区補欠選挙に自民党公認で出馬し、16万票超を獲得して初当選を果たす。当選後、かつて小渕恵三が会長を務めた小渕派の流れを汲む平成研究会に入会。2003年、将来有望な新人議員が務めるケースの多い衆議院議事進行係に任命された。
2005年の。郵政国会では投票を棄権し、直後の第44回衆議院議員総選挙においても自由民主党からの公認を得るために必要な、郵政民営化賛成の誓約書になかなか署名をしなかったため、一時は無所属での出馬の可能性も報道されたが、最終的に誓約書に署名し、自民党の公認を受けて群馬5区で再選。
2006年の安倍内閣では週刊新潮や日刊ゲンダイ、橋本五郎らが小渕の入閣を予測していたが、結局入閣はなく、文部科学大臣政務官に就任。福岡中2いじめ自殺事件では遺族や学校関係者から事件の聞き取り調査を行う。2007年4月、群馬県高崎市内で記者会見を開き、妊娠を報告。同年9月23日の2007年自由民主党総裁選挙では不在者投票を行った後、25日に河野洋平衆議院議長に産休届を提出。3,374gの男児を都内の病院で出産した。
2008年、麻生内閣で内閣府特命担当大臣(男女共同参画・少子化対策)に任命され、当選3回、戦後最年少の34歳9ヶ月で初入閣を果たした。翌2009年2月、第2子の妊娠を発表し(閣僚の妊娠は史上初)、9月30日に第2子(次男)を出産。同年の第45回衆議院議員総選挙では自民党に逆風が吹き荒れる中、群馬5区で4選を果たした。
2010年7月、第22回参議院議員通常選挙で群馬県選挙区から出馬する中曽根弘文元外務大臣の選挙対策本部長に就任。福田康夫元首相も選対トップの選挙対策事務長を務め、長年上州戦争で争ってきた福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三の実子3人が手を組んだ。福田、小渕の他、群馬選出の佐田玄一郎や山本一太、群馬県知事の大澤正明(大澤は全国で唯一の政党の公認を受けて当選した知事である)ら自民党群馬県連総出の組織型選挙を展開し、中曽根は民主党の富岡由紀夫をダブルスコアの大差で破り5選。
2011年10月の党役員人事により、幹事長代理に就任した。
[編集] 人物
- 中学時代は演劇部に、高校、大学ではゴルフ部に所属していた。
- 父・小渕恵三からは「優太郎」や「ユッチャー」(マーガレット・サッチャーの英国首相就任後)などと呼ばれていた[3]。
- 大正琴準師範の資格を有する。
- 「日本酒を愛する女性議員の会」幹事長を務めており[4]、野田聖子は小渕がバーボン・ウイスキーをラッパ飲みする姿を目撃している[4]。
- 衆議院議員を務める傍ら、早稲田大学大学院公共経営研究科専門職学位課程に入学し、2006年9月に修了した。
[編集] 政治資金
公用車の運転委託業務の入札にまつわる談合疑惑を持たれている企業の1つである日本道路興運[5]から2000年から2004年まで計204万円、同社の前社長からも100万円の献金を受けていた。2009年6月23日、小渕の事務所は産経新聞の取材に対し、献金を返還する意向を明らかにした[6]。
[編集] 所属団体・議員連盟
- 北京オリンピックを支援する議員の会(幹事)
- 日本スリランカ友好国会議員連盟(事務局長)
- 公文書館推進議員連盟懇談会(事務局長)
- こんにゃく対策推進議員懇談会(事務局長)
- 中古車自動車議員連盟(事務局長)
- 日韓議員連盟(常任幹事)
- 発達障害の支援を考える議員連盟(副会長)
[編集] 親族
- 父・小渕恵三 - 内閣総理大臣(第84代)
- 母・小渕千鶴子 - エッセイスト
- 姉・小渕暁子 - イラストレーター
- 祖父・光平 - 衆議院議員・光山社創業者
- 祖母・小渕千代 - 光山社役員
- 伯父・光平(2代目) - 元中之条町長
- 大伯父・小渕岩太郎 - 光山社役員
- 夫・小渕克陽(旧姓:瀬戸口) - TBSテレビプロデューサー
[編集] 脚注
- ^ a b 会社法人としては現在の東京放送ホールディングス、放送局としては現在のTBSテレビ・TBSラジオ&コミュニケーションズ。
- ^ なお小渕の入院後、内閣総理大臣臨時代理の青木幹雄により内閣総辞職が行われ、4月5日に森喜朗が後継首相・総裁に就任したため、小渕は大平正芳のように首相在職のまま死去したわけではない(大平も死の直前、伊東正義を内閣総理大臣臨時代理に指名)。
- ^ 岩見隆夫『総理の娘 知られざる権力者の素顔』原書房。
- ^ a b “小渕氏“伝説”聖子氏が暴露…ラジオで酒豪トーク”. スポーツ報知. (2010年2月11日) 2010年2月11日閲覧。
- ^ “公用車談合で10社に課徴金30億円 公取委”. iza!. 産経新聞. (2009年5月23日) 2009年11月23日閲覧。
- ^ “談合疑惑企業からの献金、小渕少子化相は返還へ”. 産経新聞. (2009年6月23日) 2009年11月23日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 小渕優子(公式サイト)
- 小渕優子(統合戦争辞典-人名辞典)
- 自由民主党群馬県支部連合会
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 中山恭子 |
第4代:2008年 - 2009年 |
次代: 福島瑞穂 |
| 先代: 中山恭子 |
第10代:2008年 - 2009年 |
次代: 福島瑞穂 |
