小渕優子

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日本の旗 日本の政治家
小渕 優子
おぶち ゆうこ
Yuko Obuchi croppwd 2 Caroline Kennedy and Yuko Obuchi 20141014 1.jpg
生年月日 1973年12月11日(41歳)
出生地 日本の旗 東京都文京区
出身校 成城大学経済学部卒業
早稲田大学大学院
公共経営研究科
専門職学位課程修了
前職 TBS従業員[1]
政治家秘書
所属政党 自由民主党
称号 公共経営修士(専門職)
(早稲田大学・2006年
親族 初代小渕光平祖父
小渕恵三
二代目小渕光平伯父
配偶者 小渕克陽
公式サイト 衆議院議員 小渕優子 - [ Obuchi Yuko Official Site ]

内閣 第2次安倍改造内閣
任期 2014年9月3日 - 2014年10月20日

内閣 第2次安倍改造内閣
任期 2014年9月3日 - 2014年10月20日

内閣 麻生内閣
任期 2008年9月24日 - 2009年9月16日

内閣 麻生内閣
任期 2008年9月24日 - 2009年9月16日

選挙区 群馬県第5区
当選回数 6回
任期 2000年6月26日 - 2003年10月10日
2003年11月10日 - 2005年8月8日
2005年9月12日 - 2009年7月21日
2009年8月31日 - 2012年11月16日
2012年12月17日 - 2014年11月21日
2014年12月16日 -
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小渕 優子(おぶち ゆうこ、1973年昭和48年)12月11日[2] ‐ )は、日本政治家学位公共経営修士(専門職)早稲田大学2006年)。自由民主党群馬県第五選挙区支部支部長。

衆議院議員(6期)、経済産業大臣第18代)、内閣府特命担当大臣少子化対策担当男女共同参画担当原子力損害賠償・廃炉等支援機構担当)、衆議院文部科学委員長などを歴任した。他、第1次安倍内閣では文部科学大臣政務官第2次安倍内閣では財務副大臣を務めた。

第84代内閣総理大臣小渕恵三を父に持つ。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

東京都文京区生まれ(住所は群馬県吾妻郡中之条町[2])。星美学園幼稚園、同小学校を経て成城学園中学校に進学し、成城学園高等学校、成城大学経済学部経営学科を卒業。大学卒業後、TBSに入社[2]テレビでは『はなまるマーケット』などに携わっていた[3]

1998年(平成10年)、父・小渕恵三の首相就任後、TBSを退社し恵三の私設秘書を務める[4]2000年(平成12年)4月3日に、小渕恵三は脳梗塞により緊急入院し、翌5月に死去した。同年6月の第42回衆議院議員総選挙群馬5区から自由民主党公認で出馬し、16万票超を獲得して初当選した(当選同期に竹下亘梶山弘志後藤田正純らがいる)。当選後、かつて小渕恵三が会長を務めた小渕派の流れを汲む平成研究会に入会。

政治家として[編集]

2002年(平成14年)には、例外的に夫婦の別姓を実現させる会の活動に参加。2003年(平成15年)、衆議院議事進行係に任命された。 2004年(平成16年)12月7日に、TBSの同期入社でもあった[要出典]瀬戸口克陽と結婚した。 2005年(平成17年)の、郵政国会では投票を棄権し、直後の第44回衆議院議員総選挙においても自民党からの公認を得るために必要な郵政民営化賛成の誓約書になかなか署名をしなかったため、一時は無所属での出馬の可能性も報道された。しかし、最終的には誓約書に署名し、自民党の公認を受けて群馬5区で3選。

衆議院議員を務める傍ら、2005年(平成17年)9月、早稲田大学大学院公共経営研究科専門職学位課程に入学した。少子化について学び、2006年(平成18年)9月に修了した。同年に発足した安倍内閣において文部科学大臣政務官に任命された。2007年(平成19年)4月、群馬県高崎市内で記者会見を開き、妊娠を報告。同年9月23日の2007年自由民主党総裁選挙では不在者投票を行った後、25日に河野洋平衆議院議長に産休届を提出。男児を都内の病院で出産した。

2008年(平成20年)、麻生内閣内閣府特命担当大臣(男女共同参画・少子化対策)として初入閣(戦後最年少の34歳9ヶ月)。翌2009年2月、第2子の妊娠を発表し(閣僚の妊娠は史上初)、9月30日に第2子(次男)を出産。同年の第45回衆議院議員総選挙では自民党に逆風が吹き荒れる中、群馬5区で対立候補を大差で破り4選。

2010年(平成22年)7月の第22回参議院議員通常選挙は、当選した中曽根弘文(元外務大臣)の選挙対策本部長を務めた。元首相の福田康夫も選対トップの選挙対策事務長を務め、長年上州戦争で争ってきた福田赳夫中曽根康弘、小渕恵三の実子3人が手を組んだ。同年11月、自由民主党こどもHAPPYプロジェクト特別委員会委員長に就任。2011年(平成23年)10月の党役員人事により、幹事長代理に就任。

2012年(平成24年)12月26日に発足した第2次安倍内閣で、財務副大臣に任命された。2013年(平成25年)10月、財務副大臣を退任し、衆議院文部科学委員長に就任。

2014年(平成26年)9月3日に発足した第2次安倍改造内閣で、経済産業大臣、及び特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)に任命。通商産業大臣時代も含め、経産相ポストに女性で初めて就任した。しかし1カ月後の10月16日週刊新潮政治資金収支報告書に観劇費用2600万が未記載であることを報じ政治資金規制法違反であることを指摘。その後の調べて2009年より未記載の費用が1億円を超えると報じた。10月18日、『産経新聞』を発行する産業経済新聞社が、突如「小渕経産相辞任へ」[5]と題した号外を配布し始めた。しかし、同日午後に行われた、経済産業省での記者との会見にて「今やらなければならないのは、私自身の問題でしっかり調査をすることだ」[6]と述べるなど、辞任を否定した。2014年10月20日、午前、政治資金をめぐる疑惑の件で首相の安倍と会談後、経済産業大臣の辞表を提出。その後、経産省で辞任記者会見を行った。小渕は、自身の問題を国民、支持者などに謝罪したが、自分でも自身の事務所の政治資金報告書に「疑念を持った」として、専門家を入れた第三者に調査を依頼する方針を示した[7]。なお、同日には 第94代法務大臣松島みどりも正午過ぎに辞表を提出し受理され、女性閣僚2名が辞任する結果となった。

小渕は逆境の中、2014年12月14日執行の第47回衆議院議員総選挙群馬県第5区から自由民主党公認候補として立候補し、114,458票を得て6度目の当選を果たした[8][9]。12月16日に群馬県庁で当選証書交付を受け、6期目をスタートさせた[10]

政策・主張[編集]

  • 選択的夫婦別姓制度の導入に賛成[11][12][13]
  • 「日中緑化交流基金」の植林事業に参加、以後、何度も訪中し、現在では自民党の若手親中派のリーダー的存在[要出典]。「日中関係が難しい時期だからこそ、様々なレベルの交流によって信頼関係を作っていくべきだ」として超党派若手議員団の団長として訪中した際、首相の安倍晋三靖国神社を参拝したために、副首相との会談を中国側にドタキャンされたことについて、「大変残念だ。中国国民の感情が決して穏やかではないことに一定の理解はしていかないといけない」と述べ、安倍を批判している[14]
  • 第2次安倍内閣発足時に入閣を打診されたが固辞し[15]、財務副大臣に就任した。これに副総理に内定していた麻生太郎が「大臣をやって副大臣というのはいかがなものか」と述べたことに対し、小渕は「総理をやってから副総理をやっている人もいる」と切り返した[16]
  • 第2次安倍改造内閣発足に際し、再度要職への就任を打診された際は、派内でもこれ以上の固辞は無理との意見が大勢を占め、入閣を受け入れる意向を示し[要出典]経済産業大臣に就任した。原子力発電所の再稼働や小渕の年齢・政界における人気を考慮した安倍の意向が強く働いたとされる[15]

人物[編集]

  • 身長168cm。
  • 中学時代は演劇部に、高校、大学ではゴルフ部に所属していた[17][4]
  • 小渕優子は本名。結婚時に夫が小渕姓に変えた[18]
  • 父・小渕恵三からは「優太郎」や「ユッチャー」(マーガレット・サッチャーの英国首相就任後)などと呼ばれていた[19]
  • 大正琴準師範の資格を有する[要出典]
  • 日本酒を愛する女性議員の会」幹事長を務めるなど[20]、無類の酒好きとして知られており、野田聖子は小渕がバーボン・ウイスキーをラッパ飲みする姿を目撃している[20]。地元の業者に頼んで自身の写真入の「小渕ワイン」なるものを作成し慶事に贈っている[21]
  • 好きな言葉は「誠実、謙虚」[22][2]

政治資金[編集]

公用車の運転委託業務の入札にまつわる談合疑惑を持たれている企業の1つである日本道路興運[23]から2000年(平成12年)から2004年(平成16年)まで計204万円、同社の前社長からも100万円の献金を受けていた。2009年(平成21年)6月23日に、小渕の事務所は産経新聞の取材に対し、献金を返還する意向を明らかにした[24]

所属団体・議員連盟[編集]

親族[編集]

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小渕光平
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小渕光平
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小渕千代
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小渕恵三
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小渕優子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小渕千鶴子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小渕克陽
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小渕暁子
 
 
 
小渕岩太郎
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

脚注[編集]

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  1. ^ 会社法人としては現在の東京放送ホールディングス、放送局としては現在のTBSテレビTBSラジオ&コミュニケーションズ
  2. ^ a b c d プロフィール (PDF) おぶち優子オフィシャルサイト
  3. ^ 衆議院議員 小渕優子さん ママリブインタビュー
  4. ^ a b 経歴 1990年代|衆議院議員 小渕優子
  5. ^ 「小渕経産相辞任へ――政治資金問題で引責――就任1ヵ月政権に打撃」『産経新聞』号外、産業経済新聞東京本社2014年10月18日
  6. ^ 「小渕経産相の辞任不可避=首相19日にも決断」『時事ドットコム:小渕経産相の辞任不可避=首相19日にも決断時事通信社2014年10月18日
  7. ^ 「会計処理に疑念」 小渕氏会見、第三者に調査依頼 2014年10月20日 夕刊 中日新聞
  8. ^ 平成26年12月14日執行衆議院小選挙区選出議員選挙開票結果 群馬県選挙管理委員会
  9. ^ 「おわび行脚」小渕優子氏、地元密着で6選 読売新聞 2014年12月14日閲覧
  10. ^ 衆院選:自民5人に当選証書/群馬 毎日新聞(群馬県版) 2014年12月17日閲覧
  11. ^ 野田聖子「選択的夫婦別姓制度」2001年11月6日
  12. ^ 第155回国会 - 衆議院 - 法務委員会 - 16号 平成14年12月13日
  13. ^ 金曜アンテナ、2014年10月17日
  14. ^ SAPIO 2014年9月号
  15. ^ a b 総理が小渕優子氏を「どうしても入閣させたかった」理由」、『AERA』2014年9月15日号、朝日新聞出版2014年9月14日閲覧。
  16. ^ 朝日新聞』 2012年12月29日
  17. ^ 経歴 1980年代|衆議院議員 小渕優子
  18. ^ 「不便を取り除く策は」琉球新報、2014年10月14日
  19. ^ 岩見隆夫『総理の娘 知られざる権力者の素顔』原書房。
  20. ^ a b “小渕氏“伝説”聖子氏が暴露…ラジオで酒豪トーク”. スポーツ報知. (2010年2月11日). http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20100211-OHT1T00046.htm 2010年2月11日閲覧。 
  21. ^ 祝い品、公選法違反の疑い」毎日新聞、2014年10月20日
  22. ^ 日本経済新聞 2014年9月3日
  23. ^ “公用車談合で10社に課徴金30億円 公取委”. iza!. 産経新聞. (2009年5月23日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/257293/ 2009年11月23日閲覧。 
  24. ^ “談合疑惑企業からの献金、小渕少子化相は返還へ”. 産経新聞. (2009年6月23日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090623/crm0906232121035-n1.htm 2009年11月23日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
茂木敏充
日本の旗 経済産業大臣
第18代:2014年
次代:
宮澤洋一
先代:
茂木敏充
日本の旗 特命担当大臣原子力損害賠償支援機構
第5代:2014年
次代:
宮澤洋一
先代:
中山恭子
日本の旗 特命担当大臣少子化対策
第4代:2008年 - 2009年
次代:
福島瑞穂
先代:
中山恭子
日本の旗 特命担当大臣男女共同参画
第10代:2008年 - 2009年
次代:
福島瑞穂
先代:
武正公一
大久保勉
日本の旗 財務副大臣
山口俊一と共同
2012年 - 2013年
次代:
古川禎久
愛知治郎
議会
先代:
松野博一
日本の旗 衆議院文部科学委員長
2013年 - 2014年
次代:
西川京子