小島敏男
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小島敏男(こじまとしお、1939年11月11日 - )とは日本の元政治家。自由民主党・志帥会所属、埼玉県第12区選出の前衆議院議員(4期)。埼玉県熊谷市出身。最終学歴中央大学法学部卒業。現職は立正大学客員教授(法学部)[1]。
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[編集] 経歴
熊谷市議会議員3期・同議長、埼玉県議会議員4期・同議長を経て、1996年の衆議院議員選挙に立候補するものの落選。1999年1月、中島洋次郎の議員辞職に伴う繰り上げ当選で初当選。文部科学副大臣、外務大臣政務官を経て、2006年9月より、北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会(拉致特別委員会)委員長として拉致問題の解決にあたる。更に衆院環境委員長などを歴任した。
2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙で落選。同年9月30日、年齢が70歳目前に迫っており再立候補時には70歳を超えてしまうことや世代交代への期待を理由に政界引退を表明した。
市議・県議・更に衆議院議員としてそれぞれ10年以上在職し、併せて三重の議員年金受給資格を持っていることでも知られている。
先の大戦による戦没者の遺骨収集を行うNPO法人空援隊の顧問であり、超党派の顧問議員団の会長を務めている。 平成19年に、フィリピン・イフガオ州知事からNPO法人空援隊に託された「フィリピンでのご遺骨収集を促す提案書」を本人が持参して、ご遺骨を一刻も早く日本に持ち帰ることができるように、総理官邸、外務省や厚生労働省に強く働きかけた。
自民党遊技業振興議員連盟に所属し、パチンコチェーンストア協会政治分野アドバイザーを務めていた。
2010年春、旭日重光章叙勲。
[編集] 政見
- 永住外国人の地方参政権:どちらとも言えない[2]
[編集] 役職
- 外務大臣政務官(2001年5月~2002年9月)
- 防衛庁長官政務官(2002年10月~)
- 自由民主党副幹事長(2003年9月~)
- 文部科学副大臣(2004年9月~2005年10月)
- 環境委員会委員長 (2007年9月~)
- 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会委員長(2006年9月~)
- パチンコ・チェーンストア協会政治アドバイザー)[3]
- NPO法人 空援隊 顧問・顧問議員団会長
[編集] 所属する議員連盟
- 賃貸住宅対策議員連盟(事務局長代理)
- 道州制推進議員連盟(事務局長)
- しいたけ等振興議員連盟(事務局長)
- 自民党遊技業振興議員連盟
- 日本・チリ友好議員連盟(事務局長)
- 日本・インド友好議員連盟(事務局長)
- 日本の前途と歴史教育を考える会(幹事長)
- 再チャレンジ支援議員連盟
[編集] 関連項目
- 北朝鮮による日本人拉致問題
- 議員年金(平成18年4月1日制度廃止)
- パチンコ・チェーンストア協会(PCSA)
- 増田敏男
[編集] 脚注
- ^ 立正大学学園新聞 第111号(2010年10月1日刊)の 3ページ目に写真が紹介されている
- ^ 2009年衆院選時 朝日新聞アンケート回答
- ^ 「パチンコ・チェーンストア協会」(PCSA)
| 議会 | ||
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| 先代: 西野あきら |
2007年 - 2008年 |
次代: 水野賢一 |
| 官職 | ||
| 先代: 小野晋也 稲葉大和 |
塩谷立と共同 2004年 - 2005年 |
次代: 河本三郎 馳浩 |
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