浅尾慶一郎
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あさお けいいちろう
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| 生年月日 | 1964年2月11日(49歳) |
| 出生地 | 東京都 |
| 出身校 | 東京大学法学部 スタンフォード大学経営大学院 |
| 前職 | 参議院議員 |
| 現職 | 衆議院議員 みんなの党政策調査会長 |
| 所属政党 | (新進党→) (新党友愛→) (民主党→) みんなの党 |
| 称号 | 法学士 MBA |
| 親族 | 曽祖父・浅尾長慶(衆議院議員) 曽祖父・樋口秀雄(衆議院議員) |
| 公式サイト | あさお慶一郎ホームページ |
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| 選挙区 | (比例南関東ブロック→) 神奈川4区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2009年8月 - 現職 |
| 所属委員会 | 懲罰委員会 |
| 議員会館 | 衆議院第2議員会館614号室 |
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| 選挙区 | 神奈川県選挙区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 1998年7月 - 2009年8月 |
浅尾 慶一郎(あさお けいいちろう、1964年2月11日 - )は、日本の政治家。みんなの党所属の衆議院議員(2期)、みんなの党政策調査会長。元参議院議員(2期)。
目次 |
来歴 [編集]
東京都出身。栄光学園高等学校、東京大学法学部卒業。東大卒業後、日本興業銀行に入行する。1992年、アメリカ合衆国スタンフォード大学経営大学院を修了し、経営学修士号(MBA)を取得。帰国後は興銀で3年間プロジェクトファイナンスを担当する。1995年、新進党の候補者公募に応募し合格したため、興銀を退職する。
1996年10月20日執行の第41回衆議院議員総選挙に、新進党公認で神奈川県第4区から出馬。旧民主党前職の中島章夫の得票を上回るものの、自由民主党公認の飯島忠義の後塵を拝し、次点で落選(新進党は一部の例外を除き、重複立候補を認めていなかったため比例復活出来ず)。1997年の新進党解党に伴い、新党友愛の結党に参加。その後、1998年の民主党結党に加わる。
1998年7月12日執行の第18回参議院議員通常選挙に、民主党公認(公明党推薦)で神奈川県選挙区から出馬し、初当選を果たした。2002年6月、ワットマン監査役に就任。
2004年7月11日執行の第20回参議院議員通常選挙に、民主党公認で出馬し、再選。同年参議院財政金融委員長に就任。2005年9月から前原誠司代表の下、次の内閣でネクスト外務大臣を務める。
2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙に際しては、参院議員を辞職し、衆院に鞍替えして神奈川県第4区から出馬したい意向を示していたが、民主党本部は元逗子市長の長島一由を公認。浅尾は神奈川県第8区からの立候補を提案されるも拒否し、7月24日に離党届を提出した(離党届は受理されず、除籍処分が下った)上で再度神奈川4区からの出馬を明言。同年8月8日、みんなの党結党に参加。選挙公示日の8月18日に参議院議員を自動失職。同党公認で神奈川4区から出馬し、民主党公認の長島に敗れたものの、重複立候補していた比例南関東ブロックで復活した。当選後、みんなの党政策調査会長に就任。
2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、みんなの党公認で神奈川4区から出馬。京都府第2区から国替えした自民党の山本朋広らを破り、当選した(前回敗れた民主党の長島一由は不出馬)。
政策・主張 [編集]
外交・安全保障 [編集]
- 民主党時代は、「防衛省の天皇」の異名を取った守屋武昌元防衛事務次官や、政府見解に反する論文を発表して更迭された田母神俊雄元航空幕僚長の証人喚問を参議院外交防衛委員会で行った経験がある[要出典]。
- 憲法改正論者であり、安全保障に関しては自衛権の憲法への明記を主張している[1]。
- 北朝鮮問題では、1999年に日本から北朝鮮への輸出規制強化及びその関連法の整備を主張し[2]、外為送金を停止する法律の改正の必要性を主張。また2012年までに北朝鮮が核放棄を行わない場合には、日本の敵基地攻撃能力の保有も検討するよう主張した[3]。
- 2004年の第20回参議院議員通常選挙に際し、「イラクにおける人道復興支援活動の廃止」を公約に掲げ、当選後はイラク復興支援特別措置法廃止法案の参議院における審議に尽力。参院外交防衛委員会及び本会議で可決され衆議院へ送られたが、閉会中審査には付されず、国会閉会に伴う審査未了により廃案。
- 「次の内閣」のネクスト防衛大臣在職中は、新テロ対策特別措置法案の対案の作成に尽力。2008年1月8日の参院外交防衛委員会の質疑では、テロ行為が続くアフガニスタンへの自衛隊の派遣に反対した。
社会保障 [編集]
- 年金制度改革については社会保険庁による記録漏れの問題を指摘し、社会保険庁・国税庁の統廃合による一体化を提案している[4]。
財政・金融 [編集]
移民受け入れ [編集]
- 「1000万人移民受け入れ構想」の提唱者に名を連ね、移民受け入れを積極的に主張している[7]。
地球温暖化対策 [編集]
人物 [編集]
- 自由民主党の若林正俊参議院議員が偽装投票を行った責任を取り議員辞職した問題について、浅尾は自身のツイッターで「会派で賛否が決まっている事案で他の議員のボタンを押すのと、親やゼネコンから不明朗なお金をもらうのと、どちらが有権者に対する裏切り行為なのだろうか?」と記している[9]。
- ジャーナリストの田原総一朗から献金を受けている[10]。
親族 [編集]
- 父・浅尾新一郎 - 駐イタリア大使、国際交流基金理事長を歴任。
- 祖父・浅尾新甫 - 元日本郵船社長。
- 祖父・三谷隆信 - 駐フランス大使、侍従長を歴任。
- 曽祖父・浅尾長慶、樋口秀雄 - 元衆議院議員。
脚注 [編集]
- ^ 【2003年9月号 月刊Voice掲載】1000万人移民受け入れ構想 日本を「憧れの国」にしたい。~民主党若手の共同提案~
- ^ 山本一太、浅尾慶一郎「「北朝鮮兵器」日本企業リスト」、『文藝春秋』第77巻第8号、文藝春秋、1999年8月、2011年6月27日閲覧。
- ^ 『毎日新聞』2009年6月1日
- ^ http://live.nicovideo.jp/watch/lv78039855
- ^ http://live.nicovideo.jp/watch/lv78039855
- ^ http://live.nicovideo.jp/watch/lv78039855
- ^ 「1000万人移民受け入れ構想」http://blog.goo.ne.jp/think_pod/e/6c9a1274eb4952277c4e09728e2c04c0
- ^ 「人工光合成、夢のプロジェクト」 湘南の風 あさお慶一郎のブログ 2007年04月13日 (金)
- ^ 4:24 PM Apr 1st あさお慶一郎のtwitter 2010年4月1日 4:24 PMt
- ^ “田原総一朗のタブーに挑戦!(10.07.06)”. JFN. (2010年7月6日)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 衆議院議員 あさお慶一郎のホームページ(公式サイト)
- 浅尾慶一郎 公式ブログ
- 浅尾慶一郎 (asao_keiichiro) - Twitter
- あさお慶一郎のtumblr
- あさお慶一郎のfriendfeed
| 議会 | ||
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| 先代: 円より子 |
2004年 - 2005年 |
次代: 山本孝史 |
| 党職 | ||
| 先代: 結成 |
みんなの党政策調査会長 初代:2009年 - (当初は「パートナー(政策)」) |
次代: 現職 |
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