古川元久

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日本の旗 日本の政治家
古川 元久
ふるかわ もとひさ
古川元久
生年月日 1965年12月6日(46歳)
出生地 日本の旗 愛知県名古屋市
出身校 東京大学法学部
前職 国家公務員大蔵省
所属政党 旧民主党)→
民主党前原グループ
称号 法学士(東京大学・1988年
公式サイト 古川元久@ウェブ

内閣 野田内閣
任期 2011年9月2日 - 現職

内閣 野田内閣
任期 2011年9月2日 - 現職

選挙区 愛知県第2区
当選回数 5回
任期 1996年 - 現職
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古川 元久(ふるかわ もとひさ、1965年12月6日 - ) は、日本政治家衆議院議員(5期)。内閣府特命担当大臣経済財政政策科学技術政策担当)。

内閣府副大臣鳩山由紀夫内閣)、内閣官房副長官菅内閣菅第1次改造内閣)などを歴任した。

目次

経歴

主張

  • 現在の社会保障は「本当の弱者には冷たい一方で、高齢者というだけでサポートしなければならない状況」であり、年齢で区別する時代はもう終わったのではないかと述べている。また社会保障の効率化、重点化が納税者番号制度導入の大きな目的の一つであるとしている[5]
  • 消費税について、現在の議論は消費税に焦点が集まりすぎである。税体系そのものを根本から変えることが必要であり、所得や消費、資産にかかる新たな税制の枠組みを決め、その上で、個別の税目について税率を何パーセントにするかという議論がなされるべきだと述べている。 [7]
  • 人口減少問題解決策として、大塚耕平細野豪志浅尾慶一郎(現みんなの党)・松井孝治松本剛明らと共に「1000万人移民受け入れ構想」を共同提案した。 「年金の財源がなくなり、若年サラリーマンの給与は膨らんだ老人たちを養うことにほとんど費やされてしまうだけでなく、マーケットの縮小による購買力の低下や土地価格の下落、国際社会での存在感や発言力の薄れといった変化が予測される」や「弥生時代には朝鮮半島から亡命者を中心に大量の外国人が日本に流入し、その彼らがもたらした稲作などの技術により急速に発展を遂げたという歴史があるのだ。」と主張し、移民の必要性を訴えた。[8]

脚注

関連項目

外部リンク


官職
先代:
与謝野馨
日本の旗 特命担当大臣経済財政政策
第17代:2011年 -
次代:
現職
先代:
玄葉光一郎
日本の旗 特命担当大臣科学技術政策
第19代:2011年 -
次代:
現職
先代:
松野頼久
日本の旗 内閣官房副長官(政務担当・衆議院)
2010年 - 2011年
次代:
藤井裕久
先代:
増原義剛
宮澤洋一
谷本龍哉
日本の旗 内閣府副大臣
大島敦大塚耕平と共同
2009年 - 2010年
次代:
大島敦
平岡秀夫
大塚耕平
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