近藤昭一
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こんどう しょういち
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| 生年月日 | 1958年5月26日(53歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 上智大学法学部卒業 |
| 前職 | 中日新聞社文化事業局職員 |
| 現職 | 民主党愛知県総支部連合会 常任顧問 民主党愛知県第三区総支部 総支部長 |
| 所属政党 | (新党さきがけ→) (旧民主党→) 民主党 |
| 称号 | 法学士(上智大学・1984年) |
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| 選挙区 | (比例東海ブロック→) 愛知県第3区 |
| 当選回数 | 5回 |
| 任期 | 1996年 - 現職 |
近藤 昭一(こんどう しょういち、1958年5月26日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(5期)、環境副大臣、リベラルの会代表世話人。
衆議院青少年問題に関する特別委員長、衆議院総務委員長などを歴任した。
目次 |
[編集] 概要
中日新聞社の職員を経て、新党さきがけに入党し、さきがけ愛知準備会の代表を務めた[1]。その後、1996年の民主党の結成に参加し[1]、愛知県総支部連合会の副代表に就任した[2]。第41回衆議院議員総選挙にて初当選を果たし、以来連続5回当選する。衆議院では、環境委員会や外務委員会の筆頭理事を務め[3]、青少年問題に関する特別委員会と総務委員会では委員長を務めた[1]。また、衆議院からの指名に基づき、国土交通省では国土審議会の委員を務めた[4]。菅第1次改造内閣にて環境副大臣に就任し、菅第2次改造内閣でも引き続き環境副大臣を務める。
そのほかの役職としては、格差是正に取り組む議員有志の会の座長、日中友好議員連盟の幹事長、北方領土返還要求愛知実行委員会の代表などを務める[5]。民主党の左派グループ「リベラルの会」代表世話人を務めており、北朝鮮、韓国のリベラル派、日本労働党[6][7]などの日本国内の左派市民団体とも関係が深い。
父は元名古屋市議会議員。弟も名古屋市議会議員をつとめたが在職中に死去(いずれも中村区選挙区選出で近藤昭一の選挙区(愛知県第3区)とは無関係)。
[編集] 来歴
- 名古屋市生まれ。愛知県立千種高等学校、上智大学法学部法律学科卒業。大学時代には、中国北京語言学院へ留学。卒業後、中日新聞社入社、文化事業局に所属。
- 1996年10月20日に行われた第41回衆議院議員総選挙で愛知3区より出馬し、東海ブロック比例にて初当選。
- 以後、小選挙区で2000年、2003年、2005年、2009年と連続当選を重ね、2009年8月の選挙後に衆議院総務委員会委員長に就任した。
- 2004年の年金未納問題の際に1カ月の未納期間があったことが発覚した[8]。
- 2006年2月、民主党愛知県総支部連合会代表就任。
- 2007年、格差是正に取り組む議員有志の会を結成し、座長に就任する[9]。
[編集] 主な活動
- 2001年5月7日、「2001政権奪取大作戦/明日があるさ隊」の隊長に就任[10]。
- 2003年、第43回衆議院議員総選挙では、小泉総理の公約は「自民党内のコンセンサスを全く得ていない"口約"」と皮肉り、民主党の公約であるマニフェストは実現を約束する誓約書まで書いていると有権者に訴えた[11]。
- 2004年、愛知万博、中部国際空港の誘致活動を行う[12]。
- 2010年5月に衆議院総務委員長として放送法改正案や郵政改革法案の議事を運営した。
[編集] 外交
アジア外交への思いは強く、1992年に行われた日中国交正常化20周年記念式典で、中国の江沢民国家主席を見たときに「目先の利益にばかり走り本当の政治をしていない日本の政治家で、この中国ときちんとやっていけるのだろうか。アジアの平和と発展にきちんと寄与していかなくては日本の未来はない」と政治家になることを志す[13]。 また、「日本は朝鮮半島の平和と安定に寄与し、この地域の発展につくすべきと考えます」[14]と主張している。
[編集] 北朝鮮との関係
- 1998年
- 1999年
- 2000年12月、在日本朝鮮人総連合会の招請による民主党の訪朝団に選ばれ、北朝鮮を訪問[18]。
- 2001年、東京・千代田区の朝鮮会館で行われた朝鮮総連議長・韓徳銖の密葬に参加し、弔意を示した。
- 2002年
[編集] 韓国との関係
- 2003年2月、若手国会議員メルマガ『未来総理』の「今年の公約」というテーマに、『韓国との真の交流を進めたいと思います。真の交流とはきちんと過去を清算した歴史認識に基づく交流です。』と寄稿した[21]。
- 2008年2月25日 李明博大統領の就任式に、菅直人、白眞勲と共に出席。
- 2009年10月4日、韓統連の反MB李明博闘争の集会に対して、連帯のメッセージを送る[22]。
[編集] アジア諸国に対する日本の公式謝罪への取り組み
- 1999年、日本の戦争責任資料センター代表の荒井信一が主催する「恒久平和調査局設置を求める院内集会」に参加。「若い人たちから過去の戦争に対する責任は自分たちにはないということばを聞く。しかし、私は過去に対しては責任を負わねばならないと考えている」と述べた[23]。
- 2002年、朝鮮人強制連行・強制労働に関する質問主意書を衆議院に提出[24]。
- 2006年
- 5月23日、恒久平和調査局設置法案を提出[25][26]。
- 日本の戦争責任を検証することを目指す政策勉強会「日本の歴史リスクを乗り越える研究会」の呼びかけ人となる。
- 2008年
- 2009年
[編集] 安全保障
- 民主党マニフェストの外交安保政策「国民を守ることができる防衛力整備」にある「ミサイル防衛力の向上」に反対している[31]。
- 「防衛庁の省昇格法案は米軍とともに自衛隊が海外で戦争するためのものだ」と主張し、反対している[32]。
- テロ対策特別措置法、イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法の廃案を主張している[33]。
- 普天間基地代替施設移設問題では、普天間基地の代替地として辺野古基地を建設することやグアムへの移転案に「平和による国際貢献ではない」ではないと反対している[34]。民主党の川内博史が普天間飛行場を将来的に国外・県外に移設することを実現するため、連立与党・政府の基本方針の策定を求める沖縄等米軍基地問題議員懇談会を発足させると、その事務局長に就任した。
[編集] 環境副大臣として
- 2011年4月4日、韓国大使館が日本政府が開いた福島第1原発からの低濃度汚染水放出をする事前通告を行うための在京大使館向け説明会を欠席したため、韓国政府が汚染水放出を事前に察知できなかったこと[35]について、4月29日、近藤は日本政府が事前通知を怠ったとして「韓国国民に不安を抱かせた」と謝罪した[36]。
- 2011年4月28日、韓国の釜山で開催された第13回日韓中3カ国環境大臣会合に出席。東日本大震災について、韓国の李万儀長官から慰労の言葉をかけられると、韓国の誠意に感謝すると答えた。また、中国の周生賢環境保護相と二酸化炭素25%削減について意見交換した[37]。
[編集] 主な所属議員連盟
[編集] 関わった政治運動
以下の政治運動に対して署名をしている。
- 防衛省昇格法案反対署名[38]
- 静岡空港土地収用反対!建設凍結!を求める国会議員署名[39]
- 辺野古基地建設でIUCN勧告履行をもとめる請願署名[40]
- NGO非戦ネットのイラク戦争等の武力によらない解決を求める署名[41]
- PSE法の改正を求める署名[42]
[編集] 脚注
- ^ a b c 「環境省のご案内――大臣・副大臣・政務官」『環境省のご案内..大臣・副大臣・環境大臣政務官』環境省。
- ^ 「略歴」『近藤昭一【自己紹介/略歴と役職】』。
- ^ 「経歴」『近藤昭一【自己紹介/略歴と役職】』。
- ^ 「国土審議会(総会)・名簿」『国土審議会(総会)・名簿』国土交通省、2008年4月15日。
- ^ 「現在の役職」『近藤昭一【自己紹介/略歴と役職】』。
- ^ 日本労働党中央委員会 各地で労働党創立25周年・新年旗開き開催 「全国戦災傷害者連絡会会長の杉山千佐子氏の音頭により参加者全員で乾杯を行ったあと、近藤昭一氏(衆議院議員)、柴田勝雄氏(社会民主党愛知県連合幹事長)、寺尾光身氏(広範な国民連合愛知代表世話人・名古屋工業大学教授)、李博之氏(朝鮮総聯国際部副部長)、板倉みさお氏(鈴鹿市会議員)、山口笑鬼氏(東郷町自由自治党党首)から連帯のあいさつがあった。」
- ^ 労働党旗開き 危機の時代、闘いの決意あふれる 「来賓あいさつでは、近藤昭一・衆議院議員が、アジアとの共生のためにいっそう努力していくと述べた。」
- ^ 民主党国会議員の納付状況を公表 33人が未納民主党 2004年5月13日
- ^ 保坂展人のどこどこ日記 - 格差是正・有志の会、動き出す
- ^ 民主党 web-site [1]
- ^ [未来総理 第58号 http://www.rosetta.jp/mirai/m058.html]
- ^ 岡田代表、愛知、三重で公共事業、先端工場を視察(2004年9月17日付け民主党Webページ)[リンク切れ]
- ^ 若手国会議員メルマガ『未来総理』第5号 ◎テーマ:「私が政治家をめざした理由」「アジアの平和と発展に寄与しないと日本の未来はない!」[2]
- ^ 若手国会議員メルマガ『未来総理』 第23号 ■「アジア国々と未来に向けた関係を打ち立てる」[3]
- ^ 朝鮮新報 [4]
- ^ 朝鮮新報 [5]
- ^ 朝鮮新報 日朝関係の発展望む。衆議院議員 近藤昭一 「国防委員会委員長という、国家を代表する地位に立たれたことを、心から祝福する。日本では少し前、共和国の「弾道ミサイル問題」に対し、過敏に反応した。この対応を大変遺憾に思う。日本はもっと冷静に対応すべきだった。日本の共和国への理解が足りないということで誤解が深まり、関係が悪化することを何よりも避けたい。日本は対話の窓口を閉ざすべきではない。今後は、金正日総書記がさらに指導力を発揮し、日朝関係が発展することを望む。」
- ^ 民主党ホームページ:北朝鮮に訪問団派遣~伊藤英成団長ら議員6名で [6]
- ^ 朝鮮人強制連行・強制労働に関する質問主意書 [7]
- ^ 週刊新潮の2007年2月1日発売号が最初にこれを報じ、読売新聞[8][リンク切れ]など全国紙各紙がこの週刊誌報道に追随した。
- ^ 若手国会議員メルマガ『未来総理』 第23号 ■「アジア国々と未来に向けた関係を打ち立てる」[9]
- ^ 韓統連<バックナンバー>2009年 名古屋 10・4宣言2周年を記念
- ^ 「恒久平和調査局設置を求める院内集会」開催 -1999年11月16日衆議院第二議員会館第1会議室-
- ^ 朝鮮人強制連行・強制労働に関する質問主意書 [10]
- ^ 戦争の真相究明重視し、恒久平和調査局設置法案を共同提出 民主党公式ホームページ 2006/05/23付
- ^ 国立国会図書館法の一部を改正する法律案(平成十八年五月二十三日提出)[11]
- ^ 衆院外務委員会 3号 発言者97-105国会会議録検索システム 2008年3月26日
- ^ 第170回国会 外務委員会 第3号衆議院会議録情報 2008年11月28日
- ^ http://news.liao1.com/newspage/2009/05/4286321.html
- ^ 朝鮮新報 "名古屋で「寃死同胞慰霊碑」建立61周年、関東大震災86周年記念追慕祭"
- ^ 政策・今後の課題 近藤昭一 2007/12/21 取得
- ^ 11.28海外の仲間と共に3千人が国会デモ/アジア太平洋反基地東京会議週刊かけはし(日本革命的共産主義者同盟 (JRCL)発行) 2006.12.11号
- ^ 全国集会に3000人 テロ特措法・イラク特措法廃止 在日米軍再編を許さない!週刊かけはし 2007.11.12号
- ^ 辺野古実が抗議の集会 海兵隊がグアム移転協定反対! 辺野古新基地建設を断念せよ週刊かけはし 2009.3.30号
- ^ 汚染水説明に韓ロ欠席、聞き逃す 放出前、在京大使館向け開催 - 共同通信 2011/04/18 02:02 [12]
- ^ 近藤環境副大臣が韓国に謝罪、放射能汚染水の海洋放出で 2011/04/30(土) 14:32:56 [サーチナ] [13]
- ^ 【韓国】日韓中が釜山で環境相会合、震災にも言及 [14]
- ^ 2006年11月28日の日本経済新聞より
- ^ 国会議員署名これまでと今後の展望 - 空港はいらない静岡県民の会
- ^ 沖縄ジュゴンをまもろう! 辺野古基地建設の中止を! [15]
- ^ NGO非戦ネット公式サイト内のページより [16]
- ^ PSE法(電気用品安全法)の改正を求めます。[17]
[編集] 外部リンク
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