藤野真紀子
| 生年月日 | 1949年9月15日(62歳) |
|---|---|
| 出身地 | |
| 出身校 | 聖心女子大学文学部 |
| 学位・資格 | 文学士 |
| 前職 | 料理研究家 |
| 世襲 | 無 夫・藤野公孝(元参議院議員) |
| 選出選挙区 | 比例東海ブロック (愛知県第4区) |
| 当選回数 | 1回 |
| 所属党派 | 自由民主党(二階グループ) |
| 会館部屋番号 | |
| ウェブサイト | fujinomakiko.com |
藤野 真紀子(ふじの まきこ、旧姓:金坂、1949年〈昭和24年〉9月15日 - )は、日本の政治家、料理研究家、エッセイストである。自由民主党所属の前衆議院議員(1期)。
目次 |
[編集] 人物
東京生まれ。白百合学園を経て、聖心女子大学卒業。大学ではフランス史を専攻していた。
アメリカとフランスでの経験に基づいて、菓子や料理の研究や指導を行う。特にフランスの食文化を日本に伝える活動をしているほか、食を通じて豊かな心を育てる「食育」にも力を入れており、子供たちには菓子作りの楽しさ、母親には子供とのお菓子作りの大切さを伝えるとしている。
[編集] 経歴
[編集] 料理研究
大学卒業の翌年である1973年(昭和48年)、当時運輸省の官僚であり、後に参議院議員を務めた夫、藤野公孝と結婚した。
夫の転勤に伴いニューヨークに転居、同地でアメリカン・ベーキングを学んだことをきっかけに料理研究家としてデビューした。その後パリに居住、エコール・リッツ・エスコフィエでお菓子と料理のディプロマを取得するとともに、ル・コルドン・ブルー、ラ・バレンヌ、ル・ノートルなどで料理を学んだ。また、マダム・ヴォージェルにフランス家庭料理を学んだ。
帰国後、菓子と料理の教室「マキコフーズ・ステュディオ」を主宰。2000年(平成12年)には、厚生省(当時)の「女性のライフスタイルの変化などに対応した年金の在り方に関する検討会」の委員を務めた。
[編集] フランス親善
毎年1 - 2回、藤野真紀子がプロデュースしたツアーでフランスの製菓学校「エコール・ガストロ・ノミック・ドゥ・パリ・ベルエ・コンセイユ」にて約60名近い生徒と研修を行っている。
同年10月18日フランス食品振興会が主催するロワールワイン・ソムリエコンクールレセプションで「レーヌ・ド・ローズ(薔薇の女王)」に任命された。2001年(平成13年)にはフランス政府観光局・エールフランスが共催した「2001年度フランスの旅委員会」親善大使に就任し、その後は同名誉親善大使とされている。
[編集] 衆議院議員
政治の素人なので選挙には出ないと公言していたが[1]、自民党執行部から請われて2005年(平成17年)の第44回衆議院議員総選挙で愛知県第4区から立候補した。選挙では食育で愛知県第4区を日本一治安の良い地域にすること、アトピー性皮膚炎の完治・撲滅、食のテーマパークを名古屋でつくることを訴え、障害者自立支援法の成立を公約した。選挙の結果、小選挙区では落選したものの、片山さつき、佐藤ゆかりと共に自民党の女性枠候補として比例名簿第一位に記載されたことから比例代表東海ブロックで当選、衆議院議員に就任した。
しかし、藤野が「本業」として料理研究家活動を続行していることには選挙中から批判もあり、衆議院議員就任後の10月6日には衆院本会議(民主党が提出した郵政民営化法案の趣旨説明と各党による質疑)を欠席して福岡市であった二つのトークショーに出演していたことが、「議員なのに国会に出ないのは無責任」と批判された。
藤野はその後も議員活動とともに、各地のトークショーへの出演など、料理研究家としての活動も併行して行っていた。2009年第45回衆議院議員総選挙では、公明党の推薦を受け、前回と同じく愛知県第4区から出馬するも民主党・牧義夫の約半分の得票にとどまり、比例代表での順位優遇もされなかったため、比例復活もならず落選、議員失職した。藤野は自身の年齢と「次の選挙は地元の人の出馬が適している」との理由を挙げて政界引退を表明した[2]。
[編集] 私生活
「食育」を推進する一方で、自身の料理研究を完全に仕事と割り切っていたために、藤野の子供はその手料理を食べる機会があまりなかったという。
[編集] 脚注
[編集] 関係団体
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- fujinomakiko.com(公式 - 衆議院議員サイト)
- makikofujino.com(公式 - 料理研究家サイト)
- 自民党愛知県連