上川陽子
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かみかわ ようこ
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| 生年月日 | 1953年3月1日(58歳) |
| 出生地 | 静岡県静岡市 |
| 出身校 | 東京大学 ハーバード大学 |
| 前職 | 会社役員 |
| 現職 | 党選挙区支部長 |
| 所属政党 | (無所属→) (自由民主党→) (無所属→) 自由民主党 |
| 称号 | 政治行政学修士 |
| 公式サイト | かみかわ陽子 OFFICIAL WEB SITE |
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| 内閣 | 安倍改造内閣 福田内閣 |
| 任期 | 2007年8月27日 - 2008年8月2日 |
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| 選挙区 | (静岡県第1区→) (比例東海ブロック→) 静岡県第1区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 2000年6月25日 - 2009年7月21日 |
上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年3月1日 - )は、日本の政治家。前衆議院議員(当選3回)。
静岡雙葉中学校・高等学校を経て、東京大学卒業。二児の母。
目次 |
[編集] 経歴
- 1977年3月 - 東京大学教養学部教養学科卒業(国際関係論専攻)
- 1977年4月 - 株式会社三菱総合研究所研究員( - 1988年6月)
- 1988年6月 - 米国ハーバード大学大学院J.F.ケネディスクール政治行政学修士卒業。ボーカス米国連邦議会上院議員政策立案スタッフとして活動。
- 1988年12月 - 株式会社グローバリンク総合研究所代表取締役に就任。
- 1996年の総選挙では静岡1区より、無所属で出馬し、5位で落選。
- 2000年の総選挙では静岡1区より、無所属で出馬し、初当選。同選挙直前に党籍を有しながら、自民党候補の戸塚進也に対立する形で無所属での出馬をしたため自民党を除名される。当選後に復党。
- 2003年の総選挙では自民党から出馬するも、選挙区では民主党の牧野聖修に敗れ、比例復活当選。
- 2004年10月 - 自民党女性局長に就任。
- 2005年の総選挙では再び選挙区での当選を果たし、3期目。総務大臣政務官を歴任。
- 2007年8月27日、安倍改造内閣に内閣府特命担当大臣(少子化対策担当・男女共同参画担当)として初入閣。続く福田康夫内閣でも再任された。
- 2007年8月27日、新たに『公文書管理担当特命』国務大臣の辞令を交付された。
- 2009年8月30日の総選挙で静岡1区より出馬するも、元職の牧野聖修に敗れる。重複立候補した比例での復活もできず、落選。
[編集] 主な所属議員連盟
[編集] 政治的立場
- 衆議院財務金融委員会委員だった2002年に、消費者金融業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)から35万円のパーティー券による資金提供を受け(当時の国会議員の中では最高額)、当時の消費者金融業界は出資法の上限金利の引き上げを自民党に求めていたと日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」にて伝えられた[1] 。
- 朝鮮通信使が訪れた縁故地における日朝・日韓の相互交流、相互友好親善促進を目的とする朝鮮通信使交流議員の会の幹事を務める。
- 静岡空港の建設推進派国会議員の1人である。
[編集] 脚注
- ^ しんぶん赤旗 2003年9月12日 パーティ券リストの面々
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 高市早苗 (少子化・男女共同参画) |
初・第2代:2007年 - 2008年 |
次代: 中山恭子 |
第7・8代:2007年 - 2008年 |
次代: 中山恭子 |
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