上川陽子

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日本の旗 日本の政治家
上川 陽子
かみかわ ようこ
生年月日 1953年3月1日(61歳)
出生地 日本の旗 静岡県静岡市
出身校 東京大学教養学部
ハーバード大学ケネディスクール
前職 三菱総合研究所研究員
グローバリンク総合研究所代表取締役
所属政党 無所属→)
自由民主党→)
(無所属→)
(21世紀クラブ→)
自由民主党(岸田派
称号 教養学士
政治行政学修士
公式サイト かみかわ陽子
OFFICIAL WEB SITE

選挙区 静岡1区→)
比例東海ブロック→)
静岡1区
当選回数 4回
任期 2000年6月25日 - 2009年7月21日
2012年12月17日 - 現職
議員会館 衆議院第2議員会館305号室

内閣 第1次安倍改造内閣
福田康夫内閣
任期 2007年8月27日 - 2008年8月2日
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上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年3月1日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(4期)、総務副大臣第2次安倍内閣)。

第1次安倍改造内閣福田康夫内閣内閣府特命担当大臣少子化対策男女共同参画)、第3次小泉改造内閣総務大臣政務官を務めた。

来歴[編集]

静岡県静岡市生まれ。静岡雙葉中学校・高等学校東京大学教養学部教養学科(国際関係論専攻)。大学卒業後は三菱総合研究所研究員。1988年アメリカ合衆国ハーバード大学ケネディスクールで政治行政学修士号を取得した。その後はアメリカ合衆国議会のマックス・ボーカス上院議員の政策スタッフを務める。同年12月、株式会社グローバリンク総合研究所代表取締役に就任。

1996年第41回衆議院議員総選挙静岡1区から無所属で出馬したが、得票数5位で惨敗。その後、自由民主党に入党したが、2000年第42回衆議院議員総選挙には再び無所属で静岡1区から出馬し、自民党元職の戸塚進也民主党元職の牧野聖修比例復活)、公明党前職の大口善徳らを僅差で振り切り、初当選した。自民党公認候補がいながら静岡1区での出馬を強行したため自民党を除名され、同じ保守無所属で当選した衆議院議員9人で院内会派「21世紀クラブ」を結成。同年11月の加藤の乱では、森内閣不信任決議案に反対票を投じる。2001年、自民党に復党した[1]2003年第43回衆議院議員総選挙では、静岡1区で牧野に敗れたが、重複立候補していた比例東海ブロックで復活し、再選。2004年10月、自民党女性局長に就任。

2005年第44回衆議院議員総選挙では、静岡1区で牧野に比例復活すら許さない大差をつけ、3選。第3次小泉改造内閣総務大臣政務官に任命された。

2007年第1次安倍改造内閣内閣府特命担当大臣少子化対策男女共同参画)に任命され、当選3回で初入閣した。安倍晋三は内閣改造後まもなく首相を辞任し、続く福田康夫内閣でも再任。また、新たに公文書管理担当の国務大臣の補職辞令を受けた。2009年第45回衆議院議員総選挙では、静岡1区で牧野に敗れ、比例復活もならず落選した。

2012年第46回衆議院議員総選挙では、静岡1区で牧野に比例復活すら許さない大差をつけて当選し、国政に復帰。2013年9月、第2次安倍内閣で閣僚経験者ながら総務副大臣に任命された。

所属団体・議員連盟[編集]

政策・主張[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 21世紀クラブの5人が自民入りへ読売新聞
  2. ^ 第154回国会 - 衆議院 - 法務委員会 - 20号 平成14年07月30日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
高市早苗
(少子化・男女共同参画)
日本の旗 特命担当大臣(少子化対策)
初・第2代:2007年 - 2008年
次代:
中山恭子
日本の旗 特命担当大臣(男女共同参画)
第7・8代:2007年 - 2008年
次代:
中山恭子
先代:
柴山昌彦
坂本哲志
日本の旗 総務副大臣
関口昌一と共同

2013年 -
次代:
(現職)
先代:
増原義剛山本保松本純
日本の旗 総務大臣政務官
桜井郁三古屋範子と共同

2005年 - 2006年
次代:
河合常則土屋正忠谷口和史