政府 (フランス第五共和政)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

フランス第五共和政における政府(せいふ、フランス語: Gouvernement)は、フランス行政権(執行権)を司る機関である。1958年憲法(第五共和政憲法、以下「憲法」と略す)20条1項は、政府は国の政策を決定し、指導すると定めている。

政府の構成員は大統領により任命される。政府の首長は首相であり、政府は首相の権限の下に置かれる。

構成[編集]

政府の首長たる首相大統領により任命され(憲法8条1項)、政府の他の構成員は首相の提案に基づき、大統領により任命される(同条2項)。政府の構成員は政府の構成に関するデクレ(大統領令)により、以下のような序列が付けられる[1]

首相(Premier ministre
政府の首長。大統領により任命される。首相は大統領に対し、任命する閣僚を提案する。
国務大臣(ministre d’État
政府の次席に置かれる。今日では主として儀礼的な職名であり、実力者に対して副首相格の処遇を与えるために用いられる。国務大臣は、通常は首相が主宰する関係閣僚会議(réunion interministérielle)を主宰する権限を持つほか、閣議(Conseil des ministres[注釈 1])において、自己の管轄とは無関係の事項に関して意見を述べるために発言することが伝統的に許されている。
大臣(ministre
を所管する。大臣の人数はその時の政府および設置される省に応じて変動する。第四共和政以前は各省大臣(ministre à portefeuille)と無任所大臣(ministre sans portefeuille)または国務大臣とが区別されていたが、今日ではそのような慣行はなく、すべての政府構成員が特定の管轄を有している。
担当大臣(ministre délégué
大臣、あるいは稀に首相の下に置かれ、一定の権限を委任される。
副大臣(secrétaire d’État[注釈 2]
大臣、あるいは時に首相の下に置かれる。
高等弁務官(haut-commissaire
第五共和政においては、第1次および第2次フィヨン内閣においてのみ任命された。

担当大臣は議題に関わらず常に閣議に出席するのに対し、副大臣および高等弁務官は議題が自己の管轄と関連する場合のみ閣議に出席する。

権限[編集]

政府は国の政策を決定し、指導する(憲法20条1項)。政府の政策および目的に関する決定事項は、法案およびデクレ(政令)の作成という形で表される。政府のあらゆる政策決定は法的な文書となる。すべての法案および一部のデクレは閣議において採択される。政府が政策の方向性を集団的に決定し、重大な措置を実施するのもまた閣議においてである。政府の活動は、集団指導制という重要な側面を有している。

また、政府の活動は軍事力行政機構という2つの実行力によって支えられており、それによって政府は政策に沿った活動の方向性を決定する。

政府は必要最小限の権限だけでなく、非常に広範な権限を有している。具体的に政府は、公共サービスの適正な運営および継続性を確保し、国会の審議手続を指揮する権限を有するほか、経済改革法案に関して、経済社会環境評議会(Conseil économique, social et environnemental)に対し諮問を行うことができる。

職務[編集]

定例の閣議(Conseil des ministres[注釈 1])は毎週水曜日の午前にエリゼ宮殿で行われ、大統領が主宰する。閣議によって政府の業務には連帯感が生まれ、また閣議によって政府の業務は集団的に指導される。しかし、政府の業務の大部分を担っているのはそれぞれのであり、あるいはいくつかの省の代表者が集まって行われる会議や委員会である。他方、そのような各種会議に対して首相などが介入することによって、その場で取られた措置や決定の有効性と一貫性が保証される[2]

予算[編集]

政府は国の経済財政政策に関して責任を負う。各大臣は予算法律(loi de finances)に基づき、歳入歳出予算を執行する。各大臣は概算要求を作成し、それを予算担当省(ministère chargé du budget)に提出する。同省はその要求を承認するかしないかを決定する。同省はまた、次年度の国家予算を編成し、国の年間歳入総額および歳出総額を再編成した補正予算を作成する。

予算法律が執行されるためには、国会の議決を経なければならない。国会は予算法律に対して修正を加えることができる。

その他[編集]

兼職の禁止[編集]

政府構成員の職務は、国会議員の職務、全国的性格を持つ職能代表の職務、および公職、または職業活動の行使のすべてと両立しない(憲法23条1項)。これは、閣僚に対する外部からの圧力や影響力を避けるとともに、閣僚が政府の業務に集中できるようにするためである。

これに対して閣僚は、市町村長や地域圏議会議員、議会議員などの地方公職を保持することは許される。リオネル・ジョスパンは首相在職時に、政府の職務と地方公職との兼職を厳格に禁止した。この決定は、主として、地方に根を下ろし続けることの証しとして地方公職を保持することを望む者の圧力によって反故にされる前に、以後の政府にとっての先例とされた。

国会との関係[編集]

政府は国会に対して責任を負う(憲法20条3項)。特に政府は国民議会(下院)に対して責任を負い、国民議会は不信任動議(motion de censure[注釈 3])によって内閣を総辞職させることができる(憲法49条2項、50条)。

武力介入時には政府は国会に通知しなければならず(憲法35条2項)、また紛争が4か月以上に及ぶ場合には国会の承認を得なければならない(同条3項)。

首相は国会の会議の日程を補充し(憲法28条3項)、あるいは国会の臨時会(session extraordinaire)の開催を請求することができる(憲法29条1項)。

政府事務総局[編集]

政府事務総局(secrétariat général du gouvernement)は、第五共和政の下で政府の交代があったときに、国家の連続性を保証する機関である。政府事務総局は首相に属し、政府事務総長(secrétaire général du gouvernement)の権限の下に置かれる。

[編集]

省は、政府に直属する行政機関である。政府の構成員たる大臣が省の長となる。

歴代内閣[編集]

首相および大統領の所属政党:       新共和国連合共和国防衛連合共和国民主連合共和国連合国民運動連合       フランス民主連合       社会党

内閣 成立年月日 終了年月日 首相 大統領
氏名 所属政党
1 ミシェル・ドブレ内閣 1959年1月8日 1962年4月14日 ミシェル・ドブレ 新共和国連合 シャルル・ド・ゴール
2 第1次ジョルジュ・ポンピドゥー内閣 1962年4月14日 1962年11月28日 ジョルジュ・ポンピドゥー 新共和国連合
共和国防衛連合
3 第2次ジョルジュ・ポンピドゥー内閣 1962年11月28日 1966年1月8日
4 第3次ジョルジュ・ポンピドゥー内閣 1966年1月8日 1967年4月1日
5 第4次ジョルジュ・ポンピドゥー内閣 1967年4月5日 1968年7月10日
6 モーリス・クーヴ・ド・ミュルヴィル内閣 1968年7月10日 1969年6月20日 モーリス・クーヴ・ド・ミュルヴィル 共和国防衛連合
7 ジャック・シャバン=デルマス内閣 1969年6月20日 1972年7月5日 ジャック・シャバン=デルマス 共和国防衛連合
共和国民主連合
ジョルジュ・ポンピドゥー
8 第1次ピエール・メスメル内閣 1972年7月5日 1973年3月28日 ピエール・メスメル 共和国民主連合
9 第2次ピエール・メスメル内閣 1973年4月2日 1974年2月27日
10 第3次ピエール・メスメル内閣 1974年2月27日 1974年5月27日
11 第1次ジャック・シラク内閣 1974年5月27日 1976年8月25日 ジャック・シラク 共和国民主連合 ヴァレリー・ジスカール・デスタン
12 第1次レモン・バール内閣 1976年8月25日 1977年3月29日 レモン・バール 無所属
フランス民主連合と協力関係
13 第2次レモン・バール内閣 1977年3月29日 1978年3月31日
14 第3次レモン・バール内閣 1978年4月3日 1981年5月13日
15 第1次ピエール・モーロワ内閣 1981年5月21日 1981年6月22日 ピエール・モーロワ 社会党 フランソワ・ミッテラン
16 第2次ピエール・モーロワ内閣 1981年6月22日 1983年3月22日
17 第3次ピエール・モーロワ内閣 1983年3月22日 1984年7月17日
18 ローラン・ファビウス内閣 1984年7月17日 1986年3月20日 ローラン・ファビウス 社会党
19 第2次ジャック・シラク内閣 1986年3月20日 1988年5月10日 ジャック・シラク 共和国連合
20 第1次ミシェル・ロカール内閣 1988年5月10日 1988年6月22日 ミシェル・ロカール 社会党
21 第2次ミシェル・ロカール内閣 1988年6月23日 1991年5月15日
22 エディット・クレッソン内閣 1991年5月15日 1992年4月2日 エディット・クレッソン 社会党
23 ピエール・ベレゴヴォワ内閣 1992年4月2日 1993年3月29日 ピエール・ベレゴヴォワ 社会党
24 エドゥアール・バラデュール内閣 1993年3月29日 1995年5月11日 エドゥアール・バラデュール 共和国連合
25 第1次アラン・ジュペ内閣 1995年5月17日 1995年11月7日 アラン・ジュペ 共和国連合 ジャック・シラク
26 第2次アラン・ジュペ内閣 1995年11月7日 1997年6月2日
27 リオネル・ジョスパン内閣 1997年6月2日 2002年5月6日 リオネル・ジョスパン 社会党
28 第1次ジャン=ピエール・ラファラン内閣 2002年5月6日 2002年6月17日 ジャン=ピエール・ラファラン 国民運動連合
29 第2次ジャン=ピエール・ラファラン内閣 2002年6月17日 2004年3月30日
30 第3次ジャン=ピエール・ラファラン内閣 2004年3月30日 2005年5月31日
31 ドミニク・ド・ヴィルパン内閣 2005年5月31日 2007年5月15日 ドミニク・ド・ヴィルパン 国民運動連合
32 第1次フランソワ・フィヨン内閣 2007年5月17日 2007年6月18日 フランソワ・フィヨン 国民運動連合 ニコラ・サルコジ
33 第2次フランソワ・フィヨン内閣 2007年6月18日 2010年11月13日
34 第3次フランソワ・フィヨン内閣 2010年11月14日 2012年5月10日
35 第1次ジャン=マルク・エロー内閣 2012年5月15日 2012年6月18日 ジャン=マルク・エロー 社会党 フランソワ・オランド
36 第2次ジャン=マルク・エロー内閣 2012年6月18日 2014年3月31日
37 マニュエル・ヴァルス内閣 2014年3月31日 マニュエル・ヴァルス

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b 「大臣会議」とも訳される。
  2. ^ 「国務長官」とも訳される。
  3. ^ 「問責動議」とも訳される。

出典[編集]

  1. ^ Décret du 18 mai 2007 relatif à la composition du Gouvernement” (フランス語). Legifrance. 2013年4月21日閲覧。政府の構成に関するデクレの例。第1次フランソワ・フィヨン内閣の成立に際して。
  2. ^ La fonction de Premier ministre” (フランス語). Portail du Gouvernement. 2013年4月21日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]