社会保障

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社会保障(しゃかいほしょう、: Social security)とは、個人的リスクである、病気けが出産障害死亡老化失業などの生活上の問題について貧困を予防し、貧困者を救い、生活を安定させるために国家または社会所得移転によって所得を保障し、医療介護などの社会サービスを給付すること、またはその制度を指す。社会保障という言葉は社会福祉と同義で使われることも多いが、公的には、社会福祉の他に公衆衛生をも含む、より広い概念である[1]

概要[編集]

OECD各国のGDPにおける社会的支出割合(公費および私費)[2]

社会保障の概念と規模[編集]

社会保障の目的は多くの国で共通するが、言葉の意味するところは国によって異なる。たとえばイギリスでは、Social Security(社会保障)は経済的保障のみを指す。国際労働機関欧州連合などではSocial Securityに代えてSocial Protection(社会保護、社会的保護)という言葉も用い、経済協力開発機構(OECD)の統計ではSocial Expenditure(社会支出)の概念を採用するなど、国際比較や統計処理のために様々な分類を行っている。

社会保障給付と税・保険料負担の大きさを比較し、北欧諸国は「高福祉・高負担」、アメリカは「低福祉・低負担」の代表例と言われている。

日本では、経済政策によって失業率が低く抑制されてきたこともあり、欧州諸国と比較して、日本の社会保障費は規模がそれほど大きくない。また、社会保障給付費に占める割合では、経済政策では代替できない高齢者関係給付が約7割を占め、逆に児童家庭分野などの割合が相対的に低い。

国民負担率の比較[編集]

国民負担率とは、租税負担額と社会保障負担額を、国民所得で割った100分比である。また、潜在的国民負担率とは、国民負担率に国と地方の財政赤字を加味したものである。

  • 国民負担率(%)=(租税負担額+社会保障負担額)÷国民所得×100
  • 潜在的国民負担率(%)=(租税負担額+社会保障負担額+財政赤字)÷国民所得×100

国民所得の中に占める社会保障のための国民負担率は、スウェーデンで約75%、フランスで約65%、日本で37.7%(2006年度)となっている(2008年時点)[3]。2010年現在の日本の国民負担率は約4割であるが、2025年には7割を越えると予想されている[4]

日本の潜在的国民負担率(国民所得比)は、2007年度で43.9%である。1980年度39.5%→1990年度38.2%→2000年度47.2%と推移している。諸外国の潜在的国民負担率は、2005年度実績で、アメリカ39.6%、イギリス52.1%、ドイツ56.0%、フランス66.3%、スウェーデン70.7%である。

納めた税金が社会保障にどれだけ使われるかを示す「見返り率」は、アメリカ47%、ドイツ44%、イギリス43%、日本29%であり、日本は低い(2008年時点)[5]

用語[編集]

  • 社会保障負担率(%)=社会保障費÷国民所得×100
    2025年に、26.1%と予想されている。

社会保障の歴史[編集]

社会保障の歴史は、経済社会の動きと密接に関係しており、社会保障の仕組みは、各国が長い歴史の中で、相互に影響を与えながら積み重ねてきたものである。19世紀から20世紀にかけては、各国で失業問題が最大の課題であり、その中から社会保障が進展してきた。また、本来、福祉とは正反対の戦争が契機となって社会保障の基礎がスタートした。21世紀の先進各国では少子高齢化と財源確保が社会保障の大きな課題である。

救貧法[編集]

大航海時代は、世界貿易を発展させ、商業の一大変革をもたらした。毛織物工場を刺激し、輸出を志向するエンクロージャー(囲い込み)政策により、イギリス農業地帯はいっせいに羊牧場へ変わっていった。農地から追い出された農民たちは都市へ流れ込み無産者(貧民)となった。1601年、イギリスではこれまでの救貧施策をまとめた(エリザベス救貧法)、家族による支援が得られない貧困者を救済する法を制定した。この救貧法(Poor Law)は現在の公的扶助にいたる原形となるが、当時社会保障という言葉は生まれていなかった。1834年に救貧法の大改正が行われ、貧民処遇の一元化や中央集権化が図られた。新救貧法では、貧困者は救貧院に収容されて、そこで働かされることになった。救貧の水準について「自立して働いている人のうちのもっとも貧しい人の生活水準以下で救済する」という、劣等処遇の原則や院外救済の禁止、市民権の剥奪などが確立されていったが、その劣等処遇の過酷さに社会的批判が高まるようになる。

社会保険の誕生[編集]

産業革命により資本主義が定着していくと、資本家から失業は個人の問題であり国による貧民救済は有害との主張がなされた。一方、工場労働者たちも防貧のために、自分たちの賃金の一部を出し合って助け合う共済組合を作っていった。共済組合はイギリスでは友愛組合、ドイツでは疾病金庫などの名前で親しまれ、主に疾病と失業による雇用の中断の際の経済的保障を提供していた。これらは、共済内メンバーの所得保障等に寄与したが、一方で共済外の高齢者(退職した労働者)の貧困問題には対処できなかった。また、小規模の助け合いの仕組みでは給付水準も限られ不安定であった。

1883年、ドイツで初めて疾病保険が制定された。1884年には労災保険1889年には年金保険が制定された。このように、社会保険制度を創設しつつ社会主義運動を弾圧する鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクの政策は「飴とムチ」の政策と呼ばれる。疾病保険は、既存の共済組合を利用したもので、経費の公費負担はなかったが、労災保険の費用は全額事業主負担だった。年金保険は30年以上保険料を払い込んだ70歳以上の高齢者に給付を行うものであり、公費負担が3分の1だった。ドイツで始まった社会保険の仕組みは、その後世界各国で導入されるようになる。

ベヴァリッジ報告[編集]

1929年ウォール街での株の大暴落を契機として始まった世界大恐慌により、世界各国には大量の失業者があふれ、社会不安が増大した。アメリカでは、フランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策の一環として1935年に連邦社会保障法(Social Security Act)を制定した。社会保障という言葉はこのとき初めて使われたが、この連邦社会保障法は、老齢年金、失業保険、障害者扶助、母子衛生及び児童福祉事業等をその内容としており、必ずしも、今日使われているような社会保障を意味するものではなかった。

社会保障という言葉が、国際的に本格的に使われるようになったのは、ベヴァリッジ報告以後である。イギリスでは、戦時中の1942年ウィリアム・ベヴァリッジが「社会保険と関連サービス」と題したベヴァリッジ報告書を提言し、その後、多くの国の社会保障の発展に大きく影響を与えることになる。この報告では、社会保険制度を中心とし、公的扶助・関連諸サービスを総合し、「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにした社会保障計画を提唱した。戦後の社会保障の理想的体系を示したものであり、社会保険制度については均一拠出と均一給付を採用していた。

世界人権宣言[編集]

第二次世界大戦後、貧困が社会不安と戦争の惨禍を生んだことから、世界人権宣言は前文で『恐怖と欠乏からの自由』その第22条で社会保障を人権の一つとして明記した。

「全て人は、社会の一員として、社会保障を受ける権利を有し、かつ国家的努力及び国際的協力により、また、各国の組織及び資源に応じて、自己の尊厳と自己の人格の自由な発展に欠くことのできない経済的、社会的及び文化的権利を実現する権利を有する。」

この項目は、1961年に採択された欧州社会憲章と1966年に採択された「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」により基本的人権である社会権の一つとして法定拘束力を与えられた。

社会保障の拡充[編集]

戦後の高度経済成長期には、多くの先進国で社会保障が拡充された。その要因としては、

  • ケインズ主義の受容によって消極国家から積極国家へと転換したことにより、財政政策を通じた市場への介入と同時に社会保障政策を通じた市民生活への介入も正統性を得た。
  • 社会保障(たとえば公的扶助失業給付)の対象となる受給者が膨大であれば財政を大いに圧迫してしまうため、ケインズ主義政策による完全雇用の実現は社会保障の質的向上の必要条件である。
  • 大量生産が実現して資本主義がフォーディズム段階に至ると、労働者に単純労働を強いる代償として社会保障の拡充が容認されうる。
  • 社会保障を通じた所得再分配は大量生産の受け皿である国内需要の拡大に寄与する。
  • 特に開放経済の諸国においては、賃上げ抑制の見返りとして、政府が社会保障を拡充する。

社会保障の充実は必ずしもプラスの効果ばかりをもたらすものではなく、社会保障制度が充実するにつれて、

  1. 労働供給への影響
  2. 資本蓄積への影響
  3. モラルハザード

というマイナスの効果も認識されるようになった[6]

社会保障の見直し[編集]

1970年代から社会保障の抑制の必要性が喧伝されるようになる。その要因としては、

その後、先進諸国における人口の急激な高齢化・少子化は社会保障の役割と規模の拡大を要請し続けている。

脚注[編集]

  1. ^ 社会保険庁 『社会保険のテキスト(研修教材)』 - 社会保障のあらまし- 第1節 社会保障の概念
  2. ^ OECD Social Expenditure Statistics (Report). OECD. (2011). doi:10.1787/socx-data-en. http://www.oecd.org/els/soc/expenditure.htm. 
  3. ^ 神樹兵輔 『面白いほどよくわかる 最新経済のしくみ-マクロ経済からミクロ経済まで素朴な疑問を一発解消(学校で教えない教科書)』 日本文芸社、2008年、244頁。
  4. ^ 栗原昇・ダイヤモンド社 『図解 わかる!経済のしくみ[新版]』 ダイヤモンド社、2010年、122頁。
  5. ^ 神樹兵輔 『面白いほどよくわかる 最新経済のしくみ-マクロ経済からミクロ経済まで素朴な疑問を一発解消(学校で教えない教科書)』 日本文芸社、2008年、253頁。
  6. ^ 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、179-180頁。

参考文献[編集]

  • 新川敏光他 『比較政治経済学』 有斐閣<有斐閣アルマ>、2004年。ISBN 9784641122253
  • 新川敏光 『日本型福祉レジームの発展と変容』 ミネルヴァ書房、2005年。ISBN 9784623043941
  • 宮本太郎 『福祉政治-日本の生活保障とデモクラシー』 有斐閣<有斐閣Insite>、2008年。ISBN 9784641178021
  • HMG(英国政府(柏野健三訳『新福祉契約-英国の野心』帝塚山大学出版会、2008年。ISBN 9784925247030
  • Jose Harris(柏野健三訳)『ウィリアム ベヴァリッジ その生涯(上・中・下)』ふくろう出版、1995・1997・1999年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]