石原宏高
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| 衆議院議員 石原宏高 | |||
|---|---|---|---|
| 生年月日 | 1964年6月19日(44歳) | ||
| 出生地 | 神奈川県逗子市 | ||
| 出身校 | 慶應義塾大学 | ||
| 学位・資格 | 経済学士 | ||
| 前職 | みずほFG(旧興銀)参事役 | ||
| 所属委員会 内閣役職 |
衆議院議員 | ||
| 世襲 | 二世 父・石原慎太郎 (地盤の継承あり) |
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| 選出選挙区 | 東京3区 | ||
| 当選回数 | 1回 | ||
| 所属党派 | 自由民主党(無派閥) | ||
| 党役職 | |||
| 会館部屋番号 | 衆議院第一議員会館504号室 | ||
| 石原ひろたか公式ウェブサイト | |||
石原 宏高(いしはら ひろたか、男性、1964年6月19日 - )は、日本の政治家、自由民主党(自民党)所属の衆議院議員である。「83会」や保守派「伝統と創造の会」に参加する。
父は石原慎太郎(東京都知事・元衆議院議員)。兄に石原伸晃(衆議院議員・自民党元政調会長)、石原良純(俳優・タレント・気象予報士)。弟に石原延啓(画家)がいる。
目次 |
[編集] 来歴・人物
神奈川県出身。慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。日本興業銀行時代の同期には、楽天代表取締役会長兼社長の三木谷浩史がいる。子供がいなかった叔父の石原裕次郎は彼を可愛がり、養子にすることも考えたという。[1]
思想的には兄の伸晃よりも父親の慎太郎に近く、若手保守派グループ「伝統と創造の会」にも参画しており、「日本国憲法の改正」を是とし靖国神社に参拝している。
尊敬する政治家は父・石原慎太郎とフィリピン民主化の道半ばで凶弾に倒れたベニグノ・アキノである。石原家とアキノ家は家族ぐるみの付き合いがある。
朝鮮通信使が訪れた縁故地における日朝・日韓の相互交流、相互友好親善促進を目的とする朝鮮通信使交流議員の会の幹事を務める。
[編集] 衆議院議員へ
1998年の金融危機の際、政治への思いを強くし、2003年の総選挙では父や石原軍団の大々的な応援をバックにした選挙戦を繰り広げたが、松原仁に敗れ落選。落選後は地道に地盤固めを続け(品川区や田園調布など大田区の一部、伊豆諸島、小笠原諸島は父親・慎太郎のかつての地盤)、2005年の総選挙では父の慎太郎の応援を受けず、独力で選挙戦を戦い抜き、松原を破って選挙区で初当選を果たした。選挙戦終盤では内閣総理大臣(当時)小泉純一郎や安倍晋三、前述の三木谷浩史が応援した。マスメディアでは「石原ブランド」を封印したための勝利と報じたが、当選後は妻や兄の伸晃、更には舘ひろし、神田正輝ら石原軍団の俳優と一緒に、亡き叔父の裕次郎の墓前で衆院選の初当選を報告した。
同年12月8日放映のフジテレビ系列の「クイズ$ミリオネア」に出演。
[編集] みずほ銀行
みずほフィナンシャルグループ勤務時代に、石原慎太郎が「クイズ$ミリオネア」に生出演した際、みのもんたに勤務先を聞かれて、聞かれた本人ではなく、石原慎太郎が「あの悪名高いみずほ銀行」と発言した。
当時みずほ銀行のシステム問題があり、石原慎太郎が指定金融機関交代発言をしていたことも発言の一因となっている(実際には指定金融機関の変更は行われなかった)。また、自民党の元政調会長中川昭一はみずほ銀行の前身日本興業銀行の先輩にあたる。
[編集] 脚注
- ^ このエピソードは弟 (テレビドラマ)でも語られた。
[編集] 外部リンク
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