鈴木馨祐
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| 生年月日 | 1977年2月9日(36歳) |
|---|---|
| 出身地 | イギリスロンドン |
| 出身校 | 東京大学法学部卒業 |
| 前職 | 国家公務員(財務省) |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | (比例南関東ブロック→) 神奈川7区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 所属党派 | 自由民主党(麻生派) |
| ウェブサイト | 鈴木けいすけ 公式ホームページ ~I Believe in Japan~ |
鈴木 馨祐(すずき けいすけ、1977年2月9日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。
目次 |
来歴・人物[編集]
東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省。国際局総務課・開発政策課、福岡国税局勤務、ジョージタウン大学フェロー、ニューヨーク副領事、厚生労働省出向などを経て退官。
2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙に自民党から立候補し、比例南関東ブロックで当選。2006年12月9日、麻生派(為公会)の旗揚げに参加。
2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙では、引退表明した同じ派閥の鈴木恒夫の後継者として神奈川7区から立候補(同じ苗字だが血縁関係はない)したが落選。
2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙では、再度神奈川7区から立候補し、返り咲いた。
略歴[編集]
- 1977年2月9日 英国ロンドン生まれ
- 1989年3月 目黒区立不動小学校卒業
- 1992年3月 開成中学校卒業
- 1995年3月 開成高等学校卒業
- 1999年
- 2005年
- 8月 財務省退官
- 9月11日 第44回衆議院議員総選挙(比例南関東ブロック、自民党公認)1期目当選。
- 2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙に自由民主党から出馬。公明党の推薦も受けるが落選。[1]
- 2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙(神奈川7区、自民党公認)2期目当選。
エピソード[編集]
- 2005年の衆院選では、比例南関東ブロックの自民党名簿で杉村太蔵の一つ上の24位。将来の選挙のための名簿掲載という触れ込みで、選挙中はもっぱら越智隆雄候補の選挙運動などを手伝っていたが、自民党の大勝により期せずして「棚ぼた」当選を果たした。1年生議員ということもあり、TV取材などは基本的に辞退していた(ブログ2005年10月23日)という。
- 東京大学時代はアメフト部ウォーリアーズに所属したが、負傷してボート部に移籍、対校エイトのクルーを務めた。
- 開成高校時代はソフトボール部だった。運動会では組責任者だった。
- 馨祐という字を初対面の人のほとんどが読めなかったらしい。
所属議員連盟[編集]
- 再チャレンジ支援議員連盟
- 地球環境国際議員連盟
- 北朝鮮外交を慎重に進める会
- 福田提案を支持し道路特定財源の一般財源化を実現する会
- 北京オリンピックを支援する議員の会
- 日本台湾経済文化交流を促進する若手議員の会
- アメリカンフットボール議員連盟
- 日中友好議員連盟
- 新政治研究会
- 国際刑事裁判所議員連盟
- 大衆文化「落語」の振興を図る議員連盟
- 伝統と創造の会
- 83会
脚注[編集]
- ^ 衆院選小選挙区 自民128人推薦 2009年8月7日公明新聞