遠藤利明

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日本の旗衆議院議員 遠藤利明
生年月日 1950年1月17日(64歳)
出身地 日本の旗山形県上山市
出身校 中央大学法学部
学位・資格 法学士
前職 山形県議会議員
所属委員会 予算委員会
選出選挙区 山形1区
当選回数 6回
所属党派 自由民主党→)
無所属→)
自由民主党(谷垣グループ
党役職 山形県連会長
山形県第1選挙区支部長
会館部屋番号 衆議院第1議員会館703号室
ウェブサイト えんどう利明 Official Web Site
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遠藤 利明(えんどう としあき、1950年1月17日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)、自民党山形県連会長。文部科学副大臣安倍内閣)、山形県議会議員(2期)等を歴任した。2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事[1]

叔父は元上山市長の鈴木行男。

来歴[編集]

山形県上山市出身。山形県立山形東高等学校中央大学法学部法律学科卒業。山形東高時代の同級生には、現:山形県副知事である細谷知行らがいた[2]近藤鉄雄衆議院議員秘書を経て、1983年から山形県議会議員を2期務める。県議時代は自由民主党に所属していた。1990年第39回衆議院議員総選挙旧山形1区(定数4)から出馬したが、6位で落選。1993年第40回衆議院議員総選挙では無所属日本新党推薦)で再び旧山形1区から出馬し、3位で初当選する[2]

当選後、自民党に復党。自民党復党後は、同じ山形県選出の加藤紘一の側近となる。小選挙区比例代表並立制導入後初めて実施された1996年第41回衆議院議員総選挙では山形1区から出馬し、小選挙区では鹿野道彦に敗れたが、重複立候補していた比例東北ブロックで復活した。2000年第42回衆議院議員総選挙では山形1区で鹿野に敗れ、比例復活も叶わず落選。同年、第2次森内閣不信任決議案をめぐる「加藤の乱」による加藤派分裂後は谷垣派に所属し、以降は谷垣禎一の側近となる。2003年第43回衆議院議員総選挙及び2005年第44回衆議院議員総選挙では連続で鹿野を破り当選。

2006年自由民主党総裁選挙では谷垣陣営の選挙対策を取り仕切り、安倍晋三麻生太郎に次ぐ3位に終わったものの予想を上回る議員票66票の獲得に貢献した。第1次安倍内閣では文部科学副大臣に就任。

2009年第45回衆議院議員総選挙では、山形1区で9年ぶりに鹿野に敗れるが、比例復活により5選。2011年10月、幹事長代理(総括)に就任した。2012年10月、党国際局長に就任した。同月に宏池会を脱退し、前自民党総裁・谷垣禎一による勉強会「有隣会」に参加。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、山形1区で前回敗れた鹿野を破り6選。2013年10月15日青少年問題に関する特別委員長に就任した。

自民党山形県連会長として、鈴木憲和大沼瑞穂落下傘候補を衆院選、参院選に擁立。両新人の当選に辣腕を振るった[2]

政策[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 評議員会を開催 組織委員会新理事を選任 一般財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
  2. ^ a b c “《土着権力の研究》遠藤利明自民党山形県連会長(山形県) ポスト「山形のドン」最右翼”. 選択. (2014年2月). http://www.sentaku.co.jp/category/politics/post-3256.php 2014年8月28日閲覧。 
  3. ^ 2012衆院選 山形1区 遠藤利明”. 毎日jp. 毎日新聞社. 2014年12月15日閲覧。
  4. ^ 2014衆院選 山形1区 遠藤利明”. 毎日jp. 毎日新聞社. 2014年12月15日閲覧。
  5. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  6. ^ 「自民党新役員にも多数、カジノ議連メンバー」、しんぶん赤旗、2014年9月15日

外部リンク[編集]

議会
先代:
松島みどり
日本の旗 衆議院青少年問題に関する特別委員長
2013年 - 2014年
次代:
廃止
先代:
宮腰光寛
日本の旗 衆議院農林水産委員長
2008年- 2009年
次代:
筒井信隆
公職
先代:
河本三郎馳浩
日本の旗 文部科学副大臣
2006年 - 2007年
次代:
松浪健四郎池坊保子