遠藤利明
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| 生年月日 | 1950年1月17日(62歳) |
|---|---|
| 出身地 | |
| 出身校 | 中央大学法学部 |
| 学位・資格 | 法学士 |
| 前職 | 山形県議会議員 |
| 所属委員会 | 文部科学委員会 |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 比例東北ブロック(山形1区) |
| 当選回数 | 5回 |
| 所属党派 | 自由民主党(古賀派) |
| 党役職 | 山形県第1選挙区支部長 |
| 会館部屋番号 | 衆議院第1議員会館708号室 |
| ウェブサイト | えんどう利明 Official Web Site |
遠藤 利明(えんどう としあき、1950年1月17日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(5期)。元山形県議会議員。
元上山市長の鈴木行男は叔父。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 略歴
山形県上山市出身。山形県立山形東高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。近藤鉄雄衆議院議員秘書を経て、1983年から山形県議会議員を2期務める。県議時代は自由民主党に所属していた。1990年、第39回衆議院議員総選挙に旧山形県第1区(定数4)から出馬したが、6位で落選。1993年の第40回衆議院議員総選挙では無所属(日本新党推薦)で再び旧山形1区から出馬し、3位で初当選する。
当選後、自由民主党に復党。自民党復党後は、同じ山形県選出の加藤紘一の側近。小選挙区比例代表並立制導入後初めて実施された1996年の第41回衆議院議員総選挙では山形県第1区から出馬し、小選挙区では鹿野道彦に敗れたが、重複立候補していた比例東北ブロックで復活した。2000年の第42回衆議院議員総選挙では山形1区で鹿野に敗れ、比例復活も叶わず落選。同年、第2次森内閣不信任決議案をめぐる所謂加藤の乱による加藤派分裂後は谷垣派に所属し、以降は谷垣禎一の側近。2006年自由民主党総裁選挙では谷垣陣営の選挙対策を取り仕切り、安倍晋三、麻生太郎に次ぐ3位に終わったものの予想を上回る議員票66票の獲得に貢献した。安倍内閣では文部科学副大臣に就任。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では、山形1区で9年ぶりに鹿野に敗れるが、比例復活により5選を果たした。
2011年10月の党役員人事により、幹事長代理に就任した。
[編集] 主な所属議員連盟
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 宮腰光寛 |
2008年- 2009年 |
次代: 筒井信隆 |
| 官職 | ||
| 先代: 河本三郎・馳浩 |
2006年 - 2007年 |
次代: 松浪健四郎・池坊保子 |
|
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