農林水産大臣

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農林水産大臣
Central Gov't Bldg 1.jpg
農林水産省が設置される
中央合同庁舎第1号館
Y. Hayashi.png
現職者
林芳正

就任日 2012年12月26日
任命者 内閣総理大臣
初代 中川一郎
創設 1978年7月5日
ウェブサイト 農林水産省/ホーム

農林水産大臣(のうりんすいさんだいじん、英語Minister of Agriculture, Forestry and Fisheries)は、日本の農林水産省を所管する国務大臣である。略称は農水相(のうすいしょう)、農相(のうしょう)。

1925年以前及び1943年から1945年までの農商務大臣・農商大臣の一覧表は農商務省の項目を参照。

概要[編集]

広く農林水産行政を統括するポスト。農村を重要な支持基盤としていた戦後の自民党政権において、重要な閣僚の一つであり、有力政治家の歴任も数多い。

第一次産業従事者が人口の最も多くを占めた戦前日本において、農相は現在よりさらに枢要なポストであり、敗戦直後は現下の国難である食糧危機を乗り越えるため最重要のポストとも目された。近年はWTOの通商交渉や「食の安全」などを巡って注目されることが多く、とりわけ通商交渉にあたっては国際交渉力に加え、国内の農業団体・農林族議員を押さえ込める政治力が求められる。このため、農水省OBや農林族の有力政治家が任命されることが多いとされる。

歴代大臣[編集]

農林大臣[編集]

  • 辞令のある再任は記載し、辞令のない留任は記載しない。
  • 臨時代理は、大臣を欠いた場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  • 兼任は、他の大臣が同時に務めることをいい、臨時代理とは異なる。

戦前[編集]

農林大臣(農林省)
氏名 内閣 就任日 出身党派
1 高橋是清 加藤高明内閣 1925年4月1日
商工大臣兼任
立憲政友会
2 岡崎邦輔 1925年4月17日 立憲政友会
3 早速整爾 1925年8月2日 憲政党
4 第1次若槻内閣 1926年1月30日
5 町田忠治 1926年6月3日 憲政党
6 山本悌二郎 田中義一内閣 1927年4月20日 立憲政友会
7 町田忠治 濱口内閣 1929年7月2日 立憲民政党
8 第2次若槻内閣 1931年4月14日
9 山本悌二郎 犬養内閣 1931年12月13日 立憲政友会
10 後藤文夫 齋藤内閣 1932年5月26日 貴族院議員
11 山崎達之輔 岡田内閣 1934年7月8日 立憲政友会→昭和会
12 島田俊雄 廣田内閣 1936年3月9日 立憲政友会
13 山崎達之輔 林内閣 1937年2月2日 昭和会
14 有馬頼寧 第1次近衛内閣 1937年6月4日 貴族院議員
15 櫻内幸雄 平沼内閣 1939年1月5日 立憲民政党
16 伍堂卓雄 阿部内閣 1939年8月30日 貴族院議員
17 酒井忠正 1939年10月16日 貴族院議員
18 島田俊雄 米内内閣 1940年1月16日 立憲政友会
近衛文麿 第2次近衛内閣 1940年7月22日
臨時代理
貴族院議員
19 石黒忠篤 1940年7月24日 農林官僚
20 井野碩哉 1941年6月11日 農林官僚
21 山崎達之輔 第3次近衛内閣 1943年4月20日 翼賛政治会

※1943年11月1日付で農林省商工省商工省から軍需省へ移転しなかった残りの部門)とが統合されて農商省となるが、この農商省は1945年8月26日付で農林省商工省とに戻る。

戦後[編集]

農林大臣(農林省)
氏名 内閣 就任日 出身党派
1 千石興太郎 東久邇内閣 1945年8月26日 貴族院議員
2 松村謙三 幣原内閣 1945年10月9日 日本進歩党
3 副島千八 1946年1月13日 民間
4 和田博雄 第1次吉田内閣 1946年5月22日 農林省
5 吉田茂 1947年1月31日
内閣総理大臣兼任
自由党
6 木村小左衛門 1947年2月15日 日本進歩党
片山哲 片山内閣 1947年5月24日
臨時代理
日本社会党
7 平野力三 1947年6月1日 日本社会党
片山哲 1947年11月4日
臨時代理
日本社会党
8 波多野鼎 1947年12月13日 日本社会党
9 永江一夫 芦田内閣 1948年3月10日 日本社会党
吉田茂 第2次吉田内閣 1948年10月15日
臨時代理
自由党
10 周東英雄 1948年10月19日 自由党
11 森幸太郎 第3次吉田内閣 1949年2月16日 自由党
12 廣川弘禅 第3次吉田第1次改造内閣 1950年6月28日 自由党
13 根本龍太郎 第3次吉田第2次改造内閣 1951年7月4日 自由党
14 廣川弘禅 第3次吉田第3次改造内閣 1951年12月26日 自由党
15 小笠原三九郎 第4次吉田内閣 1952年10月30日 自由党
16 廣川弘禅 1952年12月5日 自由党
17 田子一民 1953年3月3日 自由党
18 内田信也 第5次吉田内閣 1953年5月21日 自由党
19 保利茂 1953年6月22日 自由党
20 河野一郎 第1次鳩山内閣 1954年12月10日 日本民主党
21 第2次鳩山内閣 1955年3月19日 日本民主党→自由民主党
22 第3次鳩山内閣 1955年11月22日 自由民主党
23 井出一太郎 石橋内閣 1956年12月23日 自由民主党
24 第1次岸内閣 1957年2月25日
25 赤城宗徳 第1次岸改造内閣 1957年7月10日 自由民主党
26 三浦一雄 第2次岸内閣 1958年6月12日 自由民主党
27 福田赳夫 第2次岸改造内閣 1959年7月19日 自由民主党
28 南条徳男 第1次池田内閣 1960年7月19日 自由民主党
29 周東英雄 第2次池田内閣 1960年12月8日 自由民主党
30 河野一郎 第2次池田第1次改造内閣 1961年7月18日 自由民主党
31 重政誠之 第2次池田第2次改造内閣 1962年7月18日 自由民主党
32 赤城宗徳 第2次池田第3次改造内閣 1963年7月18日 自由民主党
33 第3次池田内閣 1963年12月9日
第3次池田改造内閣 1964年7月18日
34 第1次佐藤内閣 1964年11月9日
35 坂田英一 第1次佐藤第1次改造内閣 1965年6月3日 自由民主党
36 松野頼三 第1次佐藤第2次改造内閣 1966年8月1日 自由民主党
37 倉石忠雄 第1次佐藤第3次改造内閣 1966年12月3日 自由民主党
38 第2次佐藤内閣 1967年2月17日
第2次佐藤第1次改造内閣 1967年11月25日
39 西村直己 1968年2月23日 自由民主党
40 長谷川四郎 第2次佐藤第2次改造内閣 1968年11月30日 自由民主党
41 倉石忠雄 第3次佐藤内閣 1970年1月14日 自由民主党
42 赤城宗徳 第3次佐藤改造内閣 1971年7月5日 自由民主党
43 足立篤郎 第1次田中角榮内閣 1972年7月7日 自由民主党
44 桜内義雄 第2次田中角榮内閣 1972年12月22日 自由民主党
45 倉石忠雄 第2次田中角榮第1次改造内閣 1973年11月25日 自由民主党
第2次田中角榮第2次改造内閣 1974年11月11日
46 安倍晋太郎 三木内閣 1974年12月9日 自由民主党
47 大石武一 三木改造内閣 1976年9月15日 自由民主党
48 鈴木善幸 福田赳夫内閣 1976年12月24日 自由民主党
49 中川一郎 福田赳夫改造内閣 1977年11月28日 自由民主党

農林水産大臣[編集]

  • 辞令のある再任は記載し、辞令のない留任は記載しない。
  • 臨時代理は、大臣を欠いた場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  • 兼任は、他の大臣が同時に務めることをいい、臨時代理とは異なる。
農林水産大臣(中央省庁再編前の農林水産省)
氏名 内閣 就任日 出身党派
1 中川一郎 福田赳夫改造内閣 1978年7月5日 自由民主党
2 渡邉美智雄 第1次大平内閣 1978年12月7日
3 武藤嘉文 第2次大平内閣 1979年11月9日
4 亀岡高夫 鈴木善幸内閣 1980年7月17日
5 田澤吉郎 鈴木善幸改造内閣 1981年11月30日
6 金子岩三 第1次中曽根内閣 1982年11月27日
7 山村新治郎 第2次中曽根内閣 1983年12月27日
8 佐藤守良 第2次中曽根第1次改造内閣 1984年11月1日
9 羽田孜 第2次中曽根第2次改造内閣 1985年12月28日
10 加藤六月 第3次中曽根内閣 1986年7月22日
11 佐藤隆 竹下内閣 1987年11月6日
12 羽田孜 竹下改造内閣 1988年12月27日
13 堀之内久男 宇野内閣 1989年6月3日
14 鹿野道彦 第1次海部内閣 1989年8月10日
15 山本富雄 第2次海部内閣 1990年2月28日
16 近藤元次 第2次海部改造内閣 1990年12月29日
17 田名部匡省 宮澤内閣 1991年11月5日
宮澤改造内閣 1992年12月12日
18 宮澤喜一 1993年8月4日
内閣総理大臣兼任
19 畑英次郎 細川内閣 1993年8月9日 新生党
羽田孜 羽田内閣 1994年4月28日
臨時代理
20 加藤六月 1994年4月28日
21 大河原太一郎 村山内閣 1994年6月30日 自由民主党
22 野呂田芳成 村山改造内閣 1995年8月8日
23 大原一三 第1次橋本内閣 1996年1月11日
24 藤本孝雄 第2次橋本内閣 1996年11月7日
25 越智伊平 第2次橋本改造内閣 1997年9月11日
26 島村宜伸 1997年9月26日
27 中川昭一 小渕内閣 1998年7月30日
小渕第1次改造内閣 1999年1月14日
28 玉澤徳一郎 小渕第2次改造内閣 1999年10月5日
29 第1次森内閣 2000年4月5日
30 谷洋一 第2次森内閣 2000年7月4日
31 谷津義男 第2次森改造内閣 2000年12月5日
農林水産大臣(農林水産省)
氏名 内閣 就任日 出身党派
32 谷津義男 第2次森改造内閣 (中央省庁再編後) 2001年1月6日 自由民主党
33 武部勤 第1次小泉内閣 2001年4月26日
34 大島理森 第1次小泉第1次改造内閣 2002年9月30日
35 亀井善之 2003年4月1日
第1次小泉第2次改造内閣 2003年9月22日
36 第2次小泉内閣 2003年11月19日
37 島村宜伸 第2次小泉改造内閣 2004年7月19日
38 小泉純一郎 2005年8月8日
内閣総理大臣兼任
39 岩永峯一 2005年8月11日
40 第3次小泉内閣 2005年9月21日
41 中川昭一 第3次小泉改造内閣 2005年10月31日
42 松岡利勝 第1次安倍内閣 2006年9月26日
- 若林正俊 2007年5月28日
臨時代理
43 赤城徳彦 2007年6月1日
44 若林正俊 2007年8月1日
環境大臣兼任
45 遠藤武彦 第1次安倍改造内閣 2007年8月27日
- 甘利明 2007年9月3日
臨時代理
46 若林正俊 2007年9月4日
47 福田康夫内閣 2007年9月26日
48 太田誠一 福田康夫改造内閣 2008年8月2日
- 町村信孝 2008年9月19日
臨時代理
49 石破茂 麻生内閣 2008年9月24日
50 赤松広隆 鳩山由紀夫内閣 2009年9月16日 民主党
51 山田正彦 菅内閣 2010年6月8日
52 鹿野道彦 菅第1次改造内閣 2010年9月17日
菅第2次改造内閣 2011年1月14日
53 野田内閣 2011年9月2日
野田改造内閣 2012年1月13日
54 郡司彰 野田第2次改造内閣 2012年6月4日
野田第3次改造内閣 2012年10月1日
55 林芳正 第2次安倍内閣 2012年12月26日 自由民主党

その他[編集]

閣僚としての重要性が増す一方で、就任した政治家は就任尚早不祥事に直面し、職をまっとう出来ず辞任したり、退任後に不幸に見舞われたりしている。このため、マスコミなどでは「鬼門」「呪われたポスト」と呼ばれている。

古くは片山内閣平野力三農林大臣が西尾末広内閣官房長官と対立し、GHQの意向も手伝って片山哲首相から罷免された後、公職追放の憂き目に遭った。廣川弘禅農林大臣は吉田内閣における吉田首相懲罰動議に欠席して本会議で可決されたため罷免され、バカヤロー解散による解散総選挙で落選した。最後の農林大臣であり、初代の農林水産大臣である福田赳夫改造内閣中川一郎は退任の5年後、57歳の若さで自殺(不審死)している。よど号ハイジャック事件の人質身代わりとしても知られる山村新治郎は離任の8年後に次女に刺殺され、その次女も後に自殺を遂げた。

省庁再編後、2001年に就任した武部勤BSE問題を巡る失言などで批判を浴び、翌年の内閣改造で事実上の更迭、後任の大島理森は様々な疑惑から事実上更迭された。続く亀井善之は離任後まもなく病に倒れて死去している。2004年に就任した島村宜伸は翌年の郵政解散直前、閣議で衆議院の解散に反対して閣議決定への署名を拒否し、辞表を提出したが、小泉純一郎首相により罷免された。島村の罷免を受け、副大臣から昇格した岩永峯一も離任後に献金問題を指摘された。2005年に2度目の就任を果たした中川昭一(初代農林水産大臣・中川一郎の子息)は無難に職務をこなし退任したが、4年後には財務大臣辞任、落選の憂き目を見て、2009年10月に父・一郎より1歳若い56歳で急逝した。

特に2006年9月26日に発足した安倍内閣では農相の交代が頻繁に起こっており、最初就任した松岡利勝は光熱水費問題を国会で追及され、戦後の閣僚としては初めて在任中に自殺。若林正俊の臨時代理を経て後任の赤城徳彦も自身の数々の疑惑により、これが一因で7月の参院選における自民党敗北を招いたとされ、2007年8月1日に事実上の更迭、2009年の第45回衆議院総選挙は落選した。

そして、若林正俊環境大臣の兼任を経て8月27日に発足した安倍改造内閣では遠藤武彦が就任するも、置賜農業共済組合掛金不正受給問題などを追及され、9月3日に辞任。在任期間8日間という近年では稀に見る異例の事態となった。後任はまたも若林。同一政権下で臨時兼任も含めると3か月余りの間で3度目の農相就任となった。退任後の2010年4月2日、参議院本会議での不正投票問題によって議員辞職に追い込まれた。

2008年8月、太田誠一による事務所費問題も浮上し、在任中に事故米不正転売事件に関する発言が問題視された。9月19日、事故米の不正転売の責任を明確にするということで、福田康夫首相に辞表を提出。太田も赤城同様、同選挙で落選した。太田の辞任後は内閣官房長官町村信孝(町村は同総選挙で小選挙区落選。比例で復活)が臨時代理を務めていたが、麻生内閣で農林水産大臣に就任した石破茂は、この事態に「誰から事務引き継ぎするの?」と就任時のインタビューで皮肉を漏らした。2009年に誕生した鳩山内閣赤松広隆は翌年の口蹄疫問題への対応の遅れで強い批判を浴び、閣僚の大半が残留した6月の菅内閣の誕生に当たって、事実上責任を取る形で退任した。後任として副大臣から昇格した山田正彦は、職務そのものは無難につとめたものの、2010年9月民主党代表選挙で首相と対立する小沢一郎候補を支援したこともあり、わずか3か月で退任となった。菅第1次改造内閣からは鹿野道彦が職務を無難にこなしたが、中国書記官のスパイ疑惑に直面してしまい、2012年6月の野田第2次改造内閣発足に伴い退任し、郡司彰が農林水産大臣に就任した。第46回衆議院議員総選挙では両者とも比例復活もできずに落選、その後の第23回参議院議員通常選挙で比例区で出馬し落選したものの短期間ながら職務そのものを無難にこなした山田やスパイ疑惑に直面する前の鹿野が1年以上職務を無難にこなしたように、民主党政権に入ってからは不祥事による辞任及び農林水産相辞任後の不幸は減った。

なお、日本国憲法下において罷免された閣僚は5名であるが、3名が農相である。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]