第2次若槻内閣(だいにじわかつきないかく)は、立憲民政党総裁の若槻禮次郎が第28代内閣総理大臣に任命され、1931年(昭和6年)4月14日から同年12月13日まで続いた日本の内閣である。
概要 [編集]
当時総理であった濱口雄幸の病状悪化により濱口内閣が総辞職した後に若槻禮次郎が組閣した。
外交においては中国が日本がロシアより獲得した満洲権益を返還するよう求めており、中村大尉事件や万宝山事件が発生し国民の対中感情が悪化、融和路線をとってきた幣原外交に行き詰まりが見え始めていた。内政では世界恐慌でダメージを受け、金解禁後に生糸価格や米価が暴落、大量の失業者が発生し中小企業や農村が窮乏化していた。
1931年9月18日には柳条湖事件を始端として満洲事変が発生。軍の応急派兵の検討に入ったが、19日午前10時の閣議で陸軍大臣南次郎は関東軍増援を提議できず、事態不拡大の方針が決定された。しかし、朝鮮軍は独断で国境を越えた。これに対して予算を付けなければ朝鮮軍の活動は停止せざるをえなかったが、予算を認めてしまい満洲事変が拡大するきっかけとなった。
若槻は安達謙蔵の提案で軍部を抑える挙国一致内閣を作るために立憲政友会との協力を模索させた。その後の閣内相談で閣僚は協力内閣に拒否の意見であったため中止しようとしたが、今度は安達謙蔵が離反、辞職を要求するも拒否された。明治憲法下では首相に閣僚の罷免権がなく閣内不一致を是正する方法がなかったため総辞職することとなった。
閣僚 [編集]
- 若槻禮次郎:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 幣原喜重郎:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 安達謙蔵:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 井上準之助:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 南次郎:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 安保清種:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 渡邊千冬:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 田中隆三:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 町田忠治:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 櫻内幸雄:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 小泉又次郎:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 江木翼:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年9月10日
- 原脩次郎:1931年(昭和6年)9月10日 - 同年12月13日
- 原脩次郎:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年9月10日
- 若槻禮次郎(兼任):1931年(昭和6年)9月10日 - 同年12月13日
- 川崎卓吉:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年12月13日
- 武内作平:1931年(昭和6年)4月14日 - 同年11月8日
- 斎藤隆夫:1931年(昭和6年)11月9日 - 同年12月13日
政務次官 [編集]
- 外務政務次官
- 永井柳太郎:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 矢吹省三:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 内務政務次官
- 斎藤隆夫:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 古屋慶隆:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 大蔵政務次官
- 小川郷太郎:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 田昌:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 陸軍政務次官
- 伊東二郎丸:前政権(1930年8月19日) - 次政権(1931年12月15日)
- 海軍政務次官
- 矢吹省三:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 牧山耕蔵:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 司法政務次官
- 川崎克:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 八並武治:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 文部政務次官
- 野村嘉六:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 横山金太郎:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 農林政務次官
- 高田耘平:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 西村丹治郎:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 商工政務次官
- 横山勝太郎:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 松村義一:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 逓信政務次官
- 中村啓次郎:前政権(1930年12月23日) - 1931年4月15日
- 小池仁郎:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 鉄道政務次官
- 黒金泰義:前政権(1930年3月12日) - 1931年4月15日
- 末松偕一郎:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 拓務政務次官
- 小坂順造:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 紫安新九郎:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
参与官 [編集]
- 外務参与官
- 織田信恒:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 田中武雄:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 内務参与官
- 一宮房治郎:前政権(1930年3月11日) - 1931年4月15日
- 小山谷蔵:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 大蔵参与官
- 勝正憲:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 前田房之助:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 陸軍参与官
- 吉川吉郎兵衛:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 比佐昌平:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 海軍参与官
- 粟山博:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 鍋島直縄:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 司法参与官
- 井本常作:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 戸沢民十郎:1931年4月15日 - 1931年10月15日
- 文部参与官
- 大麻唯男:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 工藤鉄男:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 農林参与官
- 山田道兄:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 岡本実太郎:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 商工参与官
- 野田文一郎:前政権(1930年3月11日) - 1931年4月15日
- 桜井兵五郎1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 逓信参与官
- 福田五郎:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 平川松太郎:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 鉄道参与官
- 山本厚三:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 中島弥団次:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
- 拓務参与官
- 武富済:前政権(1929年7月5日) - 1931年4月15日
- 杉浦武雄:1931年4月15日 - 次政権(1931年12月15日)
参考文献 [編集]
- 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
- 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
外部リンク [編集]
日本国歴代内閣 |
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第2次若槻内閣
1931年4月14日 - 1931年12月13日
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| 名前は内閣総理大臣、名前の後の数字は任命回数(組閣次数)、「改」は改造内閣、「改」の後の数字は改造回数(改造次数)をそれぞれ示す。 |
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