第1次若槻内閣

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第1次若槻内閣
内閣総理大臣 第25代 若槻禮次郎
成立年月日 1926年(大正15年)1月30日
終了年月日 1927年(昭和2年)4月20日
与党・支持基盤 憲政会
施行した選挙 なし
衆議院解散 なし
内閣閣僚名簿(首相官邸)
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第1次若槻内閣(だいいちじわかつきないかく)は、内務大臣若槻禮次郎が第25代内閣総理大臣に任命され、1926年(大正15年)1月30日から1927年(昭和2年)4月20日まで続いた日本の内閣である。

概要[編集]

憲政会単独内閣を組閣した加藤高明1926年(大正15年)1月22日に、現職総理のまま病に倒れ急逝したことから、加藤高明政権の内務大臣だった若槻禮次郎に、摂政宮裕仁親王組閣の大命を下し、組閣された。

第1次若槻禮次郎内閣のトピックスとして、

  1. 1926年(大正15年)12月25日大正天皇崩御し、摂政宮裕仁親王が践祚したことに伴い、大正から昭和元号改元されたこと。
  2. 第52回帝国議会に於ける、大蔵大臣片岡直温の「渡辺銀行が破綻致しました」という失言をきっかけに金融不安が顕在化し昭和金融恐慌が起きたこと。

が挙げられる。

昭和金融恐慌によって経営危機となった台湾銀行を救済する緊急勅令案発布を枢密院に諮ったが、枢密院で19対11で否決され[1]、総辞職となった。これは枢密院によって内閣が倒れた唯一の例である。

閣僚[編集]

  • 内閣総理大臣
若槻禮次郎:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日
幣原喜重郎:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日
若槻禮次郎(兼任):1926年(大正15年)1月30日 - 同年6月3日
濱口雄幸:1926年(大正15年)6月3日 - 1927年(昭和2年)4月20日
濱口雄幸:1926年(大正15年)1月30日 - 同年6月3日
早速整爾:1926年(大正15年)6月3日 - 同年9月14日
片岡直温:1926年(大正15年)9月14日 - 1927年(昭和2年)4月20日
宇垣一成:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日
財部彪:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日
江木翼:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日
岡田良平:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日
早速整爾:1926年(大正15年)1月30日 - 同年6月3日
町田忠治:1926年(大正15年)6月3日 - 1927年(昭和2年)4月20日
片岡直温:1926年(大正15年)1月30日 - 同年9月14日
藤沢幾之輔:1926年(大正15年)9月14日 - 1927年(昭和2年)4月20日
安達謙蔵:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日
仙石貢:1926年(大正15年)1月30日 - 同年6月3日
井上匡四郎:1926年(大正15年)6月3日 - 1927年(昭和2年)4月20日
塚本清治:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日
山川端夫:1926年(大正15年)1月30日 - 1927年(昭和2年)4月20日

政務次官[編集]

  • 外務政務次官
    • 矢吹省三:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 内務政務次官
    • 俵孫一:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 大蔵政務次官
    • 武内作平:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 陸軍政務次官
    • 水野直:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 海軍政務次官
  • 司法政務次官
    • 本田恒之:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 文部政務次官
  • 農林政務次官
    • 小山松寿:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 商工政務次官
    • 柵瀬軍之佐:前政権(1925年8月20日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 逓信政務次官
    • 頼母木桂吉:前政権(1925年6月1日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 鉄道政務次官

参与官[編集]

  • 外務参与官
    • 永井柳太郎:前政権(1924年8月12日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 内務参与官
    • 鈴木富士彌:前政権(1924年8月12日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 大蔵参与官
    • 三木武吉:前政権(1924年8月12日) - 1927年2月2日
    • 中野正剛:1927年2月5日 - 次政権(1927年4月22日)
  • 陸軍参与官
    • 溝口直亮:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 海軍参与官
    • 伊東二郎丸:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 司法参与官
    • 八並武治:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 文部参与官
    • 山道襄一:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 農林参与官
    • 高田耘平:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 商工参与官
    • 野村嘉六:前政権(1925年4月20日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 逓信参与官
    • 川崎克:前政権(1925年8月10日) - 次政権(1927年4月22日)
  • 鉄道参与官
    • 古屋慶隆:前政権(1924年8月12日) - 次政権(1927年4月22日)

脚注[編集]

  1. ^ 「緊急勅令案否決され若槻内閣総辞職」大阪朝日新聞、1927年4月18日神戸大学附属図書館新聞記事文庫

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。

外部リンク[編集]