日本中央競馬会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日本中央競馬会
Japan Racing Association
Japan Racing Association logo.svg
スポーツ 中央競馬
創設 1954年9月16日
提携団体 日本プロスポーツ協会
本部所在地 東京都港区
最高責任者 土川健之
前身団体 農林省競馬部
前身団体創設日 1947年9月7日
公式サイト
jra.jp
日本の旗
日本中央競馬会本部

日本中央競馬会(にっぽんちゅうおうけいばかい)は、競馬の健全な発展を図っての改良増殖その他畜産の振興に寄与するため、競馬法(昭和23年法律第158号)により競馬を行う団体として1954年に設立された法人である(日本中央競馬会法第1条・第2条、日本中央競馬会定款第1条・第2条)。農林水産大臣の監督を受け(日本中央競馬会法第31条、日本中央競馬会定款第1条・第2条)、政府が資本金の全額を出資する特殊法人である(日本中央競馬会法第4条、日本中央競馬会定款第4条)。

概要[編集]

日本中央競馬会が資金の一部を協力する道路工事

日本中央競馬会は競馬法に規定する中央競馬を開催するとともに競走馬の育成や騎手の養成などを行い、中央競馬を開催する競馬場・トレーニングセンター・競走馬の育成場などの施設を保有する。日本中央競馬会を監督する部局は、農林水産省生産局畜産部競馬監督課である。世界最大の馬券売り上げを誇り、毎年3,000億円以上を国庫に納入し畜産の振興や社会福祉へ役立てられている。

略称の「JRA」は、英文表記の「Japan Racing Association」の頭文字を取ったもの。以前は「NCK(Nippon Chuo Keiba-kai[† 1]の略)」という略称で1987年に現在の略称へ変更されたが、電話投票等の口座振替で一部銀行では「NCK」と表示される。

日本中央競馬会が主催するレースの賞金は世界的に見て高水準である。国際的に一部高額なレースとしてはアラブ首長国連邦ドバイワールドカップ凱旋門賞があるものの、平均的に見れば日本中央競馬会が主催する重賞競走・一般競走の賞金は非常に高い(2010年現在の最高額はジャパンカップの2億5,000万円)。馬主団体と呼ばれる馬主の団体の運営費を日本中央競馬会が持っている。これは「競走協力金」と呼ばれ、各レースの上位3頭の馬主が所属する馬主協会に支給される。

所在地[編集]

東京都港区西新橋一丁目1番19号(ウインズ新橋を併設)に置かれている(日本中央競馬会法第3条第1項、日本中央競馬会定款第3条)。

沿革[編集]

1923年に競馬法が制定されて、各地で競馬を開催する主催団体として認められた競馬倶楽部が設立され、やがてそれら11競馬倶楽部が合体して1936年に設立された日本競馬会が、当時7競馬場に下賜されていた帝室御賞典(天皇賞)を受け継ぎ、東京競馬倶楽部が創設した東京優駿(日本ダービー)に加えて横浜農林省賞典4歳呼馬(皐月賞)、京都農林省賞典4歳呼馬(菊花賞)、中山4歳牝馬特別(桜花賞)、阪神優駿牝馬(オークス)を創設した。そして戦後も日本競馬会のもとで競馬が運営されたが、GHQの独占禁止法に抵触するとの見解から1948年に日本競馬会は解散して農林省畜産局が直営するいわゆる国営競馬へ移行された。しかし競馬を直接国が運営するという世界でも例がない形態にやがて、対日講和条約が成立して占領期間が終了する前後から国営競馬の存在が問題視されるようになった。

この動きに合わせて1951年に全国馬主協会連合会、軽種馬生産農業協同組合、日本馬事協会、全日本調教師騎手会などが政府に民営移管の陳情書を提出し、翌年1952年に政府内に農林大臣の諮問機関として競馬制度審議委員会が設置された。この委員会の委員52名の中には中村勝五郎(中山馬主協会会長)、永田雅一(東京馬主協会副会長)、栗林友二(全国馬主連合会会長)、安井誠一郎(東京都知事及び全国公営競馬協議会会長)、安田伊左衛門(元日本競馬会理事長)、河野一郎(日本畜産会会長)、正力松太郎(関東レースクラブ取締役会長)等々のメンバーが揃い、主に競馬施行主体の性格及び組織、競馬施行主体の数と統制、納付金、競馬場の数と開催回数、監督機構とその内容、施設の国有財産の処理、そして地方競馬についてを民営移管の重要な問題点として多くの意見が出され論議された。この委員会では地方競馬について意見が分かれて結局最終的な結論を出すには至らなかったが、国営競馬の速やかな民営化、その施行主体は公共性の強い単一の特殊法人でという点では一致した結論が出ていた。[1]

そして政府内でこの競馬制度審議委員会での議論を基調に1年余りをかけて成案の検討を進めて日本中央競馬会法案を作成し、1954年5月29日に衆議院本会議で可決、5月31日に参議院本会議で修正案が可決、6月2日に衆議院で参議院の修正に同意する形で法案が成立した。[2]

ここに日本中央競馬会法1954年7月1日に公布されて、7月14日に設立委員が農林大臣によって任命された。この設立委員は、競馬制度審議委員会議長であった荷見安(日本銀行政策委員)、谷田俊二郎(西日本馬主協会会長)、永田雅一、安田伊左衛門、河野一之(大蔵省事務次官)、東畑四郎(農林省事務次官)の6名で、9月10日に初代理事長に安田伊左衛門が任命され、9月16日に農林省畜産局から施行を引き継ぐ形で日本中央競馬会が設立し、9月25日に中央競馬が東京と京都競馬場で華やかにスタートした。 [3]

  • 1955年 「日本中央競馬会の国庫納付金等の臨時特例に関する法律」公布。翌年から5年間毎年2回の臨時競馬を開催して、その分の国庫納付金が免除されて主にスタンド他の施設改修や厩舎の復旧や改築の資金に充てた。
  • 1956年 「特例法競馬」の開催で中山競馬場のスタンドが改築されて、それに付随して第2代有馬頼寧理事長が新装なった中山競馬場のメインレースとして「中山グランプリ」競走(翌年から有馬記念)を提唱して開催。日本短波放送による競馬実況中継開始。
  • 1957年  騎手のヘルメット着用及び帽色を枠ごとの色に統一(当時は6枠制)。トータライザーを設置
  • 1958年  福島・札幌競馬場を改築。
  • 1960年  東京競馬場にダートコース設置。宝塚記念創設。スターティングゲートにウッド式発馬機が使用される。
  • 1963年  8枠制での連勝複式馬券発売。
  • 1964年  場内テレビでオッズや馬体重を発表。馬券発売機も登場。
  • 1965年  新潟競馬場が22年ぶりに再開。
  • 1966年  トータリゼータ・システムが完成。中山競馬場にダートコース設置。
  • 1967年   春の厩務員ストが長期化。シンザン以降の競馬ブームで観客増に対応してダービーを完全前売り制にして入場制限。翌年から他の競走にも実施される。
  • 1968年  東京競馬場のスタンド改築工事が完成。この工事のためダービーが7月7日に開催。
  • 1969年  栗東トレーニングセンターが完成し、中京・阪神競馬場からの移動が始まる。年間の競馬場入場者総数が1000万人を超える。
  • 1971年  活馬の輸入自由化に伴い、持込み馬が外国産馬と同じ取扱いとなる。京都競馬場にダートコース設置。年末に馬インフルエンザが関東地区で猛威をふるい、年末最終週から翌年2月末まで関東での競馬が中止。
  • 1972年  前年末のインフルエンザ禍で、春のクラシック競走が大幅に遅れて、7月にオークス・ダービーを開催。有馬記念の馬券売上げが初めて100億円を超える。
  • 1973年  中央競馬と地方競馬の指定交流競走が初めて行われる。
  • 1974年  厩務員ストが長びき、皐月賞が3週間近く遅れる。この年から前年のハイセイコーブームで採用されたシード(単枠指定)制が実施される。阪神競馬場にダートコース設置。
  • 1975年  年間競馬場総入場者数が14,898,794人を記録。
  • 1976年  エリザベス女王杯創設。電話投票を設置。
  • 1978年  美浦トレーニングセンターが完成。
  • 1980年  京都競馬場のスタンド改築工事が完成。
  • 1981年  国際招待競走ジャパンカップ創設。
  • 1982年  馬事公苑白井分苑に競馬学校開校。
  • 1984年  重賞競走にグレード制を導入し距離体系を確立。安田記念をG1競走として、新たにマイルチャンピオンシップを創設。顕彰馬選定委員会を設けて「競馬の殿堂」入りの10頭を選出。
  • 1985年  栗東トレーニングセンターに坂路馬場が出来て、その後改築工事を行い、1991年に完成。
  • 1989年  中山競馬場のスタンド改築工事が完成。
  • 1990年  日本ダービーに競馬場入場者総数が196,517人を記録。スプリンターズSがG1競走に昇格。

組織[編集]

2007年、特殊法人改革の一環で競馬法が改正された。同法の改正前まで、JRAの運営を監視・指揮する機関(役員会にあたる組織)は「理事会」が務めていた。同法の改正後、役員組織の上部に位置する新たな最高意思決定機関として、「政府によって外部から選ばれたメンバー」で構成される「経営委員会」が置かれることとなった(日本放送協会(NHK)にも、経営委員会が置かれている)。

経営委員会[編集]

  • 日本中央競馬会には経営委員会が置かれている(日本中央競馬会法第8条の2、日本中央競馬会定款第6条の2)。経営委員会では経営の基本方針及び目標その他業務運営の重要事項を決定する(日本中央競馬会法第8条の3、日本中央競馬会定款第6条の3)。
  • 経営委員会は委員6人及び理事長で組織され、農林水産大臣が任命する(日本中央競馬会法第8条の4第1項・第8条の5、日本中央競馬会定款第6条の4第1項)。
  • 委員長は委員の互選により選任され、経営委員会の会務を総理する(日本中央競馬会法第8条の4第2項・第3項、日本中央競馬会定款第6条の4第2項・第3項)。
  • 委員の任期は3年で、補欠の委員の任期は前任者の残任期間である(日本中央競馬会法第8条の6第1項、日本中央競馬会定款第6条の5第1項)。委員は再任されることができる(日本中央競馬会法第8条の6第2項、日本中央競馬会定款第6条の5第2項)。

役員[編集]

  • 日本中央競馬会には役員として理事長(1人)、副理事長(1人)、理事(10人以内)、監事(3人以内)が置かれる(日本中央競馬会法第9条、日本中央競馬会定款第7条)。
  • 理事長は農林水産大臣が任命する(日本中央競馬会法第11条第1項、日本中央競馬会定款第8条第1項)。理事長は競馬会を代表するとともに業務を総理する(日本中央競馬会法第10条第1項、日本中央競馬会定款第9条第1項)。理事長は経営委員会にも加わる。任期は3年である(日本中央競馬会定款第10条第1項)。
  • 副理事長は経営委員会の同意を得て理事長が任命する(日本中央競馬会法第11条第2項、日本中央競馬会定款第8条第2項)。副理事長は理事長の補佐や事務の掌理等を行う(日本中央競馬会法第10条第2項、日本中央競馬会定款第8条第2項)。任期は3年である(日本中央競馬会定款第10条第1項)。
  • 理事は経営委員会の同意を得て理事長が任命する(日本中央競馬会法第11条第2項、日本中央競馬会定款第8条第2項)。理事は理事長及び副理事長の補佐や事務を掌理等を行う(日本中央競馬会法第10条第3項)。任期は2年である(日本中央競馬会定款第10条第2項)。
  • 監事は農林水産大臣が任命する(日本中央競馬会法第11条第1項、日本中央競馬会定款第8条第1項)。監事は業務の監査を行う(日本中央競馬会法第10条第4項、日本中央競馬会定款第8条第5項)。任期は2年である(日本中央競馬会定款第10条第2項)。

歴代理事長[編集]

氏名 就任時期 備考
1 安田伊左衛門[4] 19541955年[4]
2 有馬頼寧[4] 1955 - 1957年[4] 在任のまま死去
3 酒井忠正[4] 1957 - 1962年[4]  
4 石坂弘[4] 1962 - 1966年[4]
5 清井正[4] 1966 - 1972年[4]
6 大澤融[4] 1972 - 1978年[4]
7 武田誠三[4] 1978 - 1981年[4]
8 内村良英[4] 1981 - 1985年[4]
9 澤邊守[4] 1985 - 1990年[4]
10 渡邊五郎[4] 1990 - 1995年[4]
11 京谷昭夫[4] 1995・1996年[4] 在任のまま死去
12 濱口義曠[4] 1996 - 1999年[4]  
13 高橋政行 1999 - 2007年
14 土川健之 2007年 - 初の生え抜き

運営審議会[編集]

  • 日本中央競馬会には運営審議会が置かれている(日本中央競馬会法第16条第1項、日本中央競馬会定款第14条第1項)。運営審議会では理事長の諮問に応じて、業務執行に関する重要事項を調査審議する(日本中央競馬会法第16条第2項、日本中央競馬会定款第14条第2項)。
  • 運営審議会は理事長が農林水産大臣の認可を受けて任命した10人の委員で組織される(日本中央競馬会法第17条第1項・第2項、日本中央競馬会定款第15条第1項)。任期は2年である(日本中央競馬会定款第15条第2項)。

運営[編集]

業務内容は競馬の施行や馬券の発売のみならず、競走馬の研究、競馬に関する広報活動(その一環として「優駿」の発行やJRA賞の制定)なども行っている。

日本中央競馬会の運営は公正さが求められるため競馬法日本中央競馬会法などの法律により厳しく定められている。

中央競馬は週末、休日開催が原則で年間36回288日開催。

日本中央競馬会は売り上げの75%にあたる当たり券の配当と国庫納付金や経費を支払った後の余剰金で畜産振興事業を実施しているが、畜産振興を名目とした2008年度交付金の99%以上が所管の農林水産省OBが役員を務める法人に渡ったことが判明している[5]

主な施設[編集]

広告・PR[編集]

JRA年間キャンペーン[編集]

中央競馬に対する年間通じた広告として出演者(200120122014年を除く)とキャッチコピーを定めてテレビラジオ新聞ポスターなど多岐にわたる広告を行っている。GI級競走の開催の直前にはそのGI級競走の告知の内容となる。

出演者 キャッチコピー 特記事項
1988年 小林薫[6] そういう、競馬が大好きです。[6] サブキャッチとして「GREENSPIRIT,JRA」[6]
1989年 見るたび新しい競馬です。[6]
1990年 柳葉敏郎[6]
賀来千香子[6]
好奇心100%の競馬です。[6] ターゲットは若年層と女性層[6]
1991年
1992年 高倉健[6] あなたと話したい競馬があります。[6]
1993年 他に裕木奈江が出演。
1994年 真田広之[6]
時任三郎[6]
中井貴一[6]
あなたがいるから、競馬は楽しい。[6]  
1995年
1996年 本木雅弘[6]
鶴田真由[6]
ひとりひとりに、競馬はうれしい。[6] ターゲットは若年層[6]
1997年 サブキャッチとして「どうなる競馬'97」[6]。ターゲットは若年層[6]
1998年 木村拓哉[6] キミの夢はここにある。[6] サブキャッチとして「EVERGREEN,JRA」[6]。ターゲットは若い男女[6]
1999年 走れ、JRA[6]
2000年 緒形拳[6]
松嶋菜々子[6]
私を楽しむ(それが競馬)。[6]
2001年 馬キャラクター[6] 競馬が、キミを呼んでいる。[6] ターゲットは若年層[6]。声優は草彅剛香取慎吾PUFFY前田亘輝ユースケ・サンタマリア華原朋美篠原ともえ近藤真彦中澤裕子。他に井川遥が出演。
2002年 小林薫[6]
永瀬正敏[6]
妻夫木聡[6]
GOOD LUCK![6]
2003年 明石家さんま[6] サプライズ![6] サブキャッチとして「JRAサプライズ!キャンペーン2003」[6]。他にジミー大西佐藤江梨子らが出演。
2004年 サプライズ!![6]
そして、次の名場面へ。[6]
サブキャッチとして「JRAサプライズ!!キャンペーン2004」、「ありがとう50周年ANNIVERSARY」[6]。他にユンソナが出演。
2005年 中居正広 大人をでっかく楽しむ時〜BIG TIME
2006年 BIG TIME.
〜競馬でうれしいのが、いちばんうれしい。〜
他に井崎脩五郎が出演。
2007年 織田裕二 FEEL LIVE  
2008年 佐藤浩市
大泉洋
小池徹平
蒼井優
CLUB KEIBA
2009年 他に岡部幸雄が出演。
2010年 他に光浦靖子上島竜兵大島優子篠田麻里子小嶋陽菜ルー大柴マツコ・デラックスが出演。
2011年 桐谷健太
吉高由里子
佐藤健
他に蒼井優、井崎脩五郎が出演。
2012年 近代競馬 150th ANNIVERSARY 日本の近代競馬発祥150年記念事業のCM。
2013年 (エマズウィッシュ物語を主点に置いたため、行われず)
2014年 LOVE, HOLIDAY. ‎ JRA60周年記念CM。CMソング(同題)はTOKIO。作詞・作曲:長瀬智也

JRAブランド広告[編集]

上記の中央競馬の告知を行うJRA年間キャンペーンとは別に、競馬の素晴らしさをイメージした広告を行っている。

キャッチコピー 楽曲者 CMソング 出演者
2000年 それぞれの競馬がある。 小田和正 woh woh19の頃 なし
2001年 また、次の競馬へ。 風の街 なし
最後の10完歩 woh woh なし
2002年 (なし)
2003年 競馬に逢えて、よかった。 ゴスペラーズ めぐる想い なし
2004年 そして、次の名馬面へ 街角 -on the corner- なし
2005年 人が馬を愛すように、馬も人を愛している。 一青窈 ハナミズキ/影踏み なし
2006年 競馬が教えてくれたこと イム・ヒョンジュ 序曲 なし
2007年 今日も私の好きな馬が走っています。 レミオロメン 茜空(8月まで)/リズム(9月より) なし
2008年 Touch,your heart. 平井堅 写真 なし
2009年 空と、芝の、あいだに。 熊木杏里 雨が空から離れたら なし
2010年 想いを乗せて、吹く風がある。 ラムジ ユメオイビト なし
2011年 最後の10完歩[† 3] 小田和正 woh woh なし
(主要GI[† 4]時に使用) T-REX 20th century boy なし
2012年 最後の10完歩[† 5] 小田和正 woh woh なし
次の夢へ[† 6] 19の頃 なし
The WINNER(主要GI[† 7]時に使用) ??? ??? なし
2013年 エマズウィッシュ物語 小田和正 かなた[9] なし
The LEGEND(主要GI[† 8]時に使用) コーネリアス[† 9] - なし
2014年 The GI story(主要GI時に使用) なし なし 竹野内豊

JRA制定前のキャッチフレーズ[編集]

キャッチフレーズ テーマ
1954 - 1964年 明るく楽しい中央競馬[6] 新生中央競馬のイメージ[6]
1965 - 1969年 楽しさは一家そろって中央競馬[6] レジャーとしての競馬[6]。一般公募[6]
1970 - 1973年 新しい心の世界が発見できるフィーリングスポーツ[6] 健全娯楽としての競馬[6]
1974 - 1977年 Enjoy&Study。競馬は遊びの一つです。遊びの主役はあなたです。[6] 馬と人の文化[6]
19781979年 遊び・・・・心豊かに。[6]
1980年 人、馬、われら仲間[6] 競馬文化の強調[6]
1981年 マイフレンド、マイサラブレッド。サラブレッドが競馬が身近になった。[6]
1982年 WEEKEND CHALLENNGER. サラブレッドと新鮮な週末にチャレンジしよう。[6] 競馬入場者の減少対策[6]
1983年 ひらめき族は、THE KEIBA[6] ヤング層をターゲット[6]
1984年 今年は、KEIBAが面白い[6] 番組体系の変化・強い馬づくり・競走馬の美しさをアピール[6]
1985年 いま、KEIBAが面白い[6]
19861987年 人と馬の300年ロマン[6] イギリスを舞台に、競馬の伝統文化を強調[6]

インターネット上でのキャンペーン[編集]

2010年以降、公式サイトまたは特設サイトにおいて以下のゲームコンテンツを公開している。

マスコット・キャラクター[編集]

JRAでは1989年より「ターフィー」を公式マスコットキャラクターとして採用している。競馬場内やウインズで来客を迎えたりすることなどをおもな役目としている。2004年にデザインを一新し、2003年の有馬記念開催当日に引継式が行われた。新デザインはサンリオが行い、その見た目の和やかさはさらに増長された。

競馬場ごとのキャラクターとしては中山競馬場の「ナッキー」(1985年11月から)[11]、中京競馬場の「ペガスター」(2012年から)[12]がある。また期間限定で起用されたキャラクターには以下のものがある。

  • くぼ君[13][14](函館競馬場・札幌競馬場の薄暮競走。2005・2006年)
  • センニ・ミヤキネン(中京競馬場、2006年)
  • 長井千米太&サウザンド・ロボ[15](新潟競馬場、2006年)
  • 白鳥家の人々[16][17](京都競馬場、2010年)

提供番組(競馬関連番組以外)[編集]

現在
過去

主な関連企業[編集]

JRA柔道部[編集]

JRAの柔道部は日本の実業団柔道における名門の1つである。競馬開催日には柔道部所属職員を中心に場内警備に当たる姿を見ることができる。おもな出身選手は以下のとおり。

このほか中村義博賀持道明秀島大介といった有力選手も活躍した。

参考文献[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ Nippon Central Keiba Associationとする場合もある
  2. ^ J-PLACEは地方競馬の施設を利用し、各地方競馬主催者が発売業務を受託している。
  3. ^ 2001年版をハイビジョン化したもの
  4. ^ 春秋の天皇賞皐月賞東京優駿安田記念宝塚記念菊花賞ジャパンカップ有馬記念の9競走。施行1週間前から放映だったが有馬記念のみ3週間前から放映。
  5. ^ 前年より続投
  6. ^ 2000年放送の「21世紀へ」の一部変更版。登場馬は30秒版がワカタカシンザンハイセイコーオグリキャップヴィクトワールピサ。60秒版は前述の5頭に加え、セントライトテンポイントシンボリルドルフディープインパクト
  7. ^ 2011年の9競走に加え高松宮記念桜花賞優駿牝馬スプリンターズステークスエリザベス女王杯マイルチャンピオンシップを加えた15競走。エリザベス女王杯のCMは女王即位60周年を記念する特別版。
  8. ^ フェブラリーステークス・桜花賞・天皇賞(春)・東京優駿(日本ダービー)・宝塚記念・スプリンターズステークス・菊花賞・天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有馬記念の10競走。日本ダービーでは80回を記念する特別版も放映。
  9. ^ フェブラリーステークスではコーネリアス、桜花賞ではバッファロー・ドーター、天皇賞(春)ではモーサム・トーンベンダー、日本ダービー通常版では浅井健一、日本ダービー特別版ではBREAKERZ、日本ダービー「7197頭分の1」版では倉持明日香の『いつもそばに』、宝塚記念ではPE'Zの『The Legend』、スプリンターズステークスではTK、菊花賞ではavengers in sci-fi、天皇賞(秋)では、ジャパンカップではWHITE ASHの『Casa blanca』、有馬記念ではDragon Ashの『Lily』を使用している。

出典[編集]

  1. ^ 「競馬大全」著者 池田孝一郎 52P~53P 1988年12月発行 廣済堂出版 著者は元TBSアナウンサーで、数多くの競馬実況を担当して1978~1986年に「JNNスポーツデスク」のキャスターを務める。
  2. ^ 「競馬大全」 54P
  3. ^ 「競馬大全」 54P~55P
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 日本中央競馬会50年史、6頁。
  5. ^ 交付金の99%超が天下り法人へ 中央競馬会の畜産振興 共同通信 2010年3月29日
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk 日本中央競馬会50年史、269頁。
  7. ^ a b JRAニュース「『SMART!JRA』〜AKBのガチ馬〜がスタート」” (日本語). 日本中央競馬会 (2012年4月12日). 2012年9月25日閲覧。
  8. ^ JRAニュース「JRA×ヱヴァンゲリヲン新劇場版〜JRA補完計画〜がスタート!」” (日本語). 日本中央競馬会 (2012年6月14日). 2012年9月25日閲覧。
  9. ^ 2014年7月2日発売の小田のアルバム『小田日和』にも収録されているが、アルバムでは漢字表記の『彼方』になる。
  10. ^ a b c d 美人天才騎手のエピソード解禁! JRAに話題の「ウマドンナ」開発裏話を聞いてみた” (日本語). Walkerplus. 角川マガジンズ (2011年12月18日). 2011年12月18日閲覧。
  11. ^ 「中央競馬NEWSPLAZA『中山のシンボルマーク“ナッキー”誕生』」、『優駿』、日本中央競馬会、1986年1月、 160頁。
  12. ^ JRAニュース「新スタンド愛称は「ペガサス」に!その他重大発表が!!【中京競馬場】」” (日本語). 日本中央競馬会 (2011年11月27日). 2011年11月30日閲覧。
  13. ^ アイブラブ夏ケイバ「くぼ君の部屋」(日本中央競馬会) - ウェイバックマシン(2006年7月15日アーカイブ分)
  14. ^ 「はくぼ競馬」で「くぼ君」復活!” (日本語). 競馬場だより. 日本中央競馬会 (2006年7月13日). 2011年11月28日閲覧。
  15. ^ お仕事紹介 OEM事業部” (日本語). ザリガニワークス. 2012年4月24日閲覧。
  16. ^ 伝説に逢いにいく。京都競馬。【第5回京都競馬開催日イベント】” (日本語). 日本中央競馬会 (2010年10月2日). 2011年11月28日閲覧。 “京都競馬場オリジナルキャラクター『白鳥家の人々』ご紹介!!”
  17. ^ 白鳥家の人々のブログ” (日本語). 2011年11月28日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

※日本語版公式サイトのアドレスは「 http://www.jra.go.jp/ 」でも可