凱旋門賞

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凱旋門賞
Prix de l'Arc de Triomphe
Danedream wins the 2011 Arc for Germany.jpg
第90回凱旋門賞
開催地 ロンシャン競馬場
施行時期 10月第1日曜日
格付け G1
1着賞金 2,285,600ユーロ
賞金総額 400万ユーロ
距離 2400m
出走条件 サラブレッド3歳以上牡馬牝馬
負担重量 3歳56kg、4歳以上59.5kg、牝馬1.5kg減
第1回施行日 1920年10月3日
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凱旋門賞(がいせんもんしょう、:Prix de l'Arc de Triomphe)とはフランスフランスギャロが毎年10月の第1日曜日(ロンシャンウィークエンド2日目)にロンシャン競馬場2400mで施行する競馬重賞グループ1競走である。略してアルクまたはアークArc)と呼ばれる。国際的に著名なスポーツ催しである。

目次

[編集] 概要

1920年第一次世界大戦後に衰退したフランス競馬再興を掲げかつての大レースであるパリ大賞典に匹敵する大レース創設を目指しパン・ヨーロッパ(欧州一)、パン・ワールド(世界一)を目標として誕生した国際競走である。ヨーロッパのみならず世界中のホースマンがダービーステークスケンタッキーダービーと並び憧れ、勝利を目標とする世界最高峰の競走の1つとして名を馳せている。

ヨーロッパでの競馬シーズンの終盤に開催されることから、その年のヨーロッパ各地の活躍馬が一堂に会するヨーロッパチャンピオン決定戦として実に長い間その地位を保っている。同じような位置づけの競走であるイギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスはヨーロッパ上半期のチャンピオン決定戦となっているが、凱旋門賞のほうは各国のダービーなどを勝ってきた3歳馬が参加することでより高い価値を有している(日本に当てはめると、その年の総決算であるということで有馬記念と各国のチャンピオン級が集まるということでジャパンカップと両方を合わせたようなものである)。

全体ではドバイワールドカップ、ジャパンカップに次いで世界で3番目の賞金額であり、2008年に芝の競走ではジャパンカップを上回り世界一総額賞金の高い競走になった(これによりジャパンカップは賞金額では世界3番目のレースとなった)。しかし、2010年以後はユーロ安の影響によりジャパンカップの総額賞金を下回っている。

日本でも抜群に知名度や人気の高い競走で日本の馬が海外遠征をする場合も凱旋門賞を目指す場合が多く、日本国内で最上級の活躍をした競走馬が1960年代後半からしばしば参戦している。

なお、欧州以外の国で調教を受けた馬が優勝したことはない(欧州調教師の管理下でのUAE調教馬の優勝例はある)。欧州馬以外の最高着順は日本から出走したエルコンドルパサーナカヤマフェスタとニュージーランドから出走したBalmerino(バルメリーノ)の2着である。

[編集] 解説

同競走の出走条件は3歳以上の牡馬牝馬で、騸(せん)馬には出走資格がない[1]。これは同競走が繁殖馬の選定の競走と定められているためである。

負担重量は3歳牡馬は56kg、4歳以上の牡馬は59.5kg、牝馬1.5kg減と定められており(1995年以降)、3歳馬と古馬との斤量差が同時期の日本より0.5kg大きくなっている。

1着賞金は228万5,600ユーロ、総賞金額は400万ユーロである(同じヨーロッパの大レースであるキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスの1着賞金は43万UKポンド)。2008年よりスポンサーがそれまでのルシアン・バリエール(フランスの代表的な高級ホテルグループ)からカタール・レーシング&エクエストリアンクラブとなり、2007年の総額賞金の2倍にあたる400万ユーロが総額賞金となった。これによりドバイワールドカップに次ぐ総額賞金の高い競走となり、芝の競走ではジャパンカップを上回り世界一総額賞金の高い競走になった(ただし、2011年現在はユーロ安の影響によりジャパンカップを下回る)。

1着賞金228万5600ユーロ、2着賞金91万4400ユーロ、3着賞金45万7200ユーロ、4着賞金22万8400ユーロ、5着賞金11万4400ユーロと定められている。フルゲートは20頭。

凱旋門賞当日はロンシャンウィークエンドと呼ばれる国際競走デーが開催され同レースをメインに7つのGI競走が施行される。

[編集] 傾向

2011年までの90回中、地元の3歳馬の優勝が43回とほぼ半数を占めており近年に限っても1992年より2011年までの20年間に10勝を挙げているようにフランス調教の3歳馬が優位となっている[2][3]

近年のフランス競馬の高速化に伴い好時計で優勝する事が相次いでいるが、一方で硬すぎる[4]馬場に対する批判も少なくない。フランスの馬場はイギリスの競馬場の馬場に比べると硬く、イギリスの競馬よりスピードが必要であるといわれている。そのため、イギリスのクラシックレースキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを制覇した馬の最後の難関とされている。近年ダービーステークス優勝馬のニューアプローチも凱旋門賞を回避している。しかし硬いとは言っても日本やアメリカ、イタリアなどの馬場に比べればかなり重い馬場である。

[編集] 海外での評価

2000年から2009年までの10年間のうち凱旋門賞優勝馬がヨーロッパ年度代表馬に選出されたのは5回と必ずしもその年の「ヨーロッパチャンピオン決定戦」と見なされるとは限らない[5]が、他の競走と比較してその機会は多い[6]

一方、2008年に賞金総額が200万ユーロから倍になる前の、特に21世紀以降においては世界の趨勢として種牡馬になる際に高額賞金の競走が多くなってきていた2000mの中距離戦や1600mのマイル戦、アメリカ合衆国のダート戦などが重視される傾向が強くなってきており[7][8][9]こうした競走での賞金獲得や適性を示して種牡馬価値を高めるなどのため、一部の陣営が凱旋門賞を回避[10]し出走馬のレベル低下が顕著で、20052007年に至ってはサーパーシーなどヨーロッパにおいて名を馳せていたビッグネームがことごとく出走を回避しヨーロッパチャンピオン決定戦などとは到底呼べない「ただのG1レース」と呼ぶべき有様となってしまった[11]

スポンサーを務めるカタール競馬馬事クラブによると、早ければ2018年までに賞金総額が530万ユーロまで引き上げられる[12]

[編集] 馬券の売り上げ

長引く不況の影響からか2010年におけるフランス国内における売り上げは低迷し、インターネットを通じた香港からの馬券購入によって助けられかろうじて収益を維持している状態である[13]

[編集] 日本での評価

日本では必ずしもヨーロッパで高い評価を得られた場合でなくとも凱旋門賞の優勝馬には大きな注目が集まり1959年以降、2008年までに15頭が種馬として輸入されている(1年間のみのリース種牡馬1頭、牝馬1頭を含む)。特に1988年以降は10年間で6頭が種牡馬として日本に輸入される人気だった。

これらのうち1959年優勝のセントクレスピン1986年優勝のダンシングブレーヴは種牡馬としての重大な欠陥[14]をもって輸入されたが、日本での治療により種牡馬能力を回復して八大競走優勝馬を複数出すほどの好成績を残した。最良の成績を残したのは1988年優勝のトニービンで、1994年に日本の種牡馬チャンピオンとなった。また、1994年優勝のカーネギーは日本と南半球を行き来するシャトル種牡馬となってオセアニアで活躍馬を輩出している。また牝馬の優勝馬はサンサンがただ1頭輸入され、重賞勝ち馬2頭を産んでいる。

一方、ラインゴールド、プリンスロイヤルのように不振だったものもおり中でも1995年優勝のラムタラは44億円と言う巨額のシンジケートが組まれて輸入されたものの大きく期待に反する種牡馬成績に終わった。このラムタラのほかボンモー、キャロルハウスエリシオマリエンバードが再輸出された。トピオはもっぱら三冠馬ミスターシービーの母の父として名を残すにとどまっている。

2006年ディープインパクトが挑戦した際には日本の放送史上初めて、地上波での海外競馬の生中継がNHKによって行われた。

[編集] 歴史

「凱旋門賞」という名称の競走は1890年以前から春に敗者限定競走として行われていた。一方、10月初めには「ナンテール賞」(Prix de Nanterre)という売却競走[15]が行われていた。そこでこの「ナンテール賞」を廃止し、「凱旋門賞」を改めて新設の国際競走として秋に施行されるようになった(後に「ナンテール賞」は春に施行される3歳限定の競走として改めて創設された)。第一次世界大戦の勝利を記念した「戦勝賞」(Prix de Victoire)にしようという案もあった。

[編集] 歴代優勝馬

回数 施行日 調教国・優勝馬 日本語読み 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師
第1回 1920年10月3日 イギリスの旗Comrade コムリッド 牡3 2:39.00 F.ブロック P.ギルピン
第2回 1921年10月9日 フランスの旗Ksar クサール 牡3 2:32.96 G.スターン W.ウォールトン
第3回 1922年10月8日 フランスの旗Ksar クサール 牡4 2:38.78 F.ブロック W.ウォールトン
第4回 1923年10月7日 イギリスの旗Parth パース 牡3 2:38.26 F.オニール J.クロフォード
第5回 1924年10月5日 フランスの旗Massine マシーヌ 牡4 2:40.98 A.シャープ E.カニントン
第6回 1925年10月4日 フランスの旗Priori プリオリ 牡3 2:33.96 M.アルマン P.カーター
第7回 1926年10月3日 フランスの旗Biribi ビリビ 牡3 2:32.96 D.トルテローロ J.トルテローロ
第8回 1927年10月9日 フランスの旗Mon Talisman モンタリスマン 牡3 2:32.90 C.サンブラ F.カーター
第9回 1928年10月7日 フランスの旗Kantar カンタル 牡3 2:38.98 A.エスリン R.カーヴァー
第10回 1929年10月6日 イタリアの旗Ortello オルテッロ 牡3 2:42.94 P.カプリオーリ W.カルテル
第11回 1930年10月5日 フランスの旗Motrico モトリコ 牡5 2:44.98 M.フリュインショルツ M.ドクイセン
第12回 1931年10月4日 フランスの旗Pearl Cap パールキャップ 牝3 2:38.96 C.サンブラ F.カーター
第13回 1932年10月9日 フランスの旗Motrico モトリコ 牡7 2:44.66 M.フリュインショルツ M.ドクイセン
第14回 1933年10月8日 イタリアの旗Crapom クラポム 牡3 2:41.76 P.カプリオーリ F.レゴーリ
第15回 1934年10月7日 フランスの旗Brantome ブラントーム 牡3 2:41.82 C.ブイヨン L.ロベール
第16回 1935年10月6日 フランスの旗Samos サモス 牝3 2:42.64 W.シブリット F.カーター
第17回 1936年10月4日 フランスの旗Corrida コリーダ 牝4 2:38.72 C.エリオット J.ワッツ
第18回 1937年10月3日 フランスの旗Corrida コリーダ 牝5 2:33.88 C.エリオット J.ワッツ
第19回 1938年10月9日 フランスの旗Eclair au Chocolat エクレールオーショコラ 牡3 2:39.82 C.ブイヨン L.ロベール
第20回 1941年10月5日 フランスの旗Le Pacha ルパシャ 牡3 2:38.26 P.フランコロン J.カニントン
第21回 1942年10月4日 フランスの旗Djebel ジェベル 牡5 2:37.96 J.ドワイヤベール C.サンブラ
第22回 1943年10月3日 フランスの旗Verso ヴェルソ 牡3 2:23.2 G.デュフォレ C.クルー
第23回 1944年10月22日 フランスの旗Ardan アルダン 牡3 2:35.0 J.ドワイヤベール C.サンブラ
第24回 1945年9月30日 フランスの旗Nikellora ニケローラ 牡3 2:34.82 W.ジョンストン R.ペラ
第25回 1946年10月6日 フランスの旗Caracalla カラカラ 牡4 2:33.32 C.エリオット C.サンブラ
第26回 1947年10月5日 フランスの旗Le Paillon ルパイヨン 牡5 2:33.42 F.ロケッティ W.ヘッド
第27回 1948年10月3日 イギリスの旗Migoli ミゴリ 牡4 2:31.60 C.スマーク F.バターズ
第28回 1949年10月9日 フランスの旗Coronation コロネーション 牝3 2:33.22 R.ポワンスレ C.サンブラ
第29回 1950年10月8日 フランスの旗Tantieme タンティエーム 牡3 2:34.22 J.ドワイヤベール F.マテ
第30回 1951年10月7日 フランスの旗Tantieme タンティエーム 牡4 2;32.84 J.ドワイヤベール F.マテ
第31回 1952年10月5日 フランスの旗Nuccio ヌッチョ 牡4 2:39.84 R.ポワンスレ A.ヘッド
第32回 1953年10月4日 フランスの旗La Sorellina ラソレリーナ 牝3 2:31.82 M.ラローン E.ポレ
第33回 1954年10月3日 フランスの旗Sica Boy シカボーイ 牡3 2:36.34 W.ジョンストン P.ペラ
第34回 1955年10月9日 イタリアの旗Ribot リボー 牡3 2:35.68 E.カミーチ U.ペンコ
第35回 1956年10月7日 イタリアの旗Ribot リボー 牡4 2:34.76 E.カミーチ U.ペンコ
第36回 1957年10月6日 フランスの旗Oroso オロソ 牡4 2:33.42 S.ブーランジェ D.レスカル
第37回 1958年10月5日 アイルランドの旗Ballymoss バリーモス 牡4 2:37.91 A.ブリースリー M.V.オブライエン
第38回 1959年10月4日 フランスの旗Saint Crespin セントクレスピン 牡3 2:33.30 G.ムーア A.ヘッド
第39回 1960年10月9日 フランスの旗Puissant Chef ピュイッサンシェフ 牡3 2:43.96 M.ガルシア C.バーソロミュー
第40回 1961年10月8日 イタリアの旗Molvedo モルヴェド 牡3 2:38.44 E.カミーチ A.マッギ
第41回 1962年10月7日 フランスの旗Soltikoff ソルティコフ 牡3 2:30.94 M.デパルマ R.ペラ
第42回 1963年10月6日 フランスの旗Exbury エクスビュリ 牡4 2:34.98 J.ドフォルジュ G.ワトソン
第43回 1964年10月4日 フランスの旗Prince Royal プリンスロイヤル 牡3 2:35.50 R.ポワンスレ G.ブリッジラン
第44回 1965年10月3日 フランスの旗Sea-Bird シーバード 牡3 2:35.52 T.グレノン C.ポレ
第45回 1966年10月9日 フランスの旗Bon Mot ボンモー 牡3 2:39.8 F.ヘッド W.ヘッド
第46回 1967年10月8日 フランスの旗Topyo トピオ 牡3 2:38.2 W.パイアーズ C.バーソロミュー Jr
第47回 1968年10月6日 フランスの旗Vaguely Noble ヴェイグリーノーブル 牡3 2:35.2 W.ウィリアムソン E.ポレ
第48回 1969年10月5日 フランスの旗Levmoss レヴモス 牡4 2:29.0 W.ウィリアムソン S.マグラー
第49回 1970年10月4日 フランスの旗Sassafras ササフラ 牡3 2:29.7 Y.サンマルタン F.マテ
第50回 1971年10月3日 イギリスの旗Mill Reef ミルリーフ 牡3 2:28.3 G.ルイス I.ボールディング
第51回 1972年10月8日 フランスの旗San San サンサン 牝3 2:28.3 F.ヘッド A.ペナ
第52回 1973年10月7日 イギリスの旗Rheingold ラインゴールド 牡4 2:35.8 L.ピゴット B.ヒルズ
第53回 1974年10月6日 フランスの旗Allez France アレフランス 牝4 2:36.9 Y.サンマルタン A.ペナ
第54回 1975年10月5日 ドイツの旗Star Appeal シュターアピール 牡5 2:33.6 G.スターキー T.グリーパー
第55回 1976年10月3日 フランスの旗Ivanjica イヴァンジカ 牝4 2:39.4 F.ヘッド A.ヘッド
第56回 1977年10月2日 アイルランドの旗Alleged アレッジド 牡3 2:30.6 L.ピゴット M.V.オブライエン
第57回 1978年10月1日 アイルランドの旗Alleged アレッジド 牡4 2:36.5 L.ピゴット M.V.オブライエン
第58回 1979年10月7日 フランスの旗Three Troikas スリートロイカス 牝3 2:28.9 F.ヘッド C.ヘッド
第59回 1980年10月5日 フランスの旗Detroit デトロワ 牝3 2:28.0 P.J.エデリー C.ヘッド
第60回 1981年10月4日 フランスの旗Gold River ゴールドリヴァー 牝4 2:35.2 G.ムーア A.ヘッド
第61回 1982年10月3日 フランスの旗Akiyda アキイダ 牝3 2:37.0 Y.サンマルタン F.マテ
第62回 1983年10月2日 フランスの旗All Along オールアロング 牝4 2:28.1 W.スウィンバーン P.ビアンコーヌ
第63回 1984年10月7日 フランスの旗Sagace サガス 牡4 2:39.1 E.サンマルタン P.ビアンコーヌ
第64回 1985年10月6日 イギリスの旗Rainbow Quest レインボウクエスト 牡4 2:29.5 P.J.エデリー J.ツリー
第65回 1986年10月5日 イギリスの旗Dancing Brave ダンシングブレーヴ 牡3 2:27.7 P.J.エデリー G.ハーウッド
第66回 1987年10月4日 フランスの旗Trempolino トランポリーノ 牡3 2:26.3 P.J.エデリー A.ファーブル
第67回 1988年10月2日 イタリアの旗Tony Bin トニービン 牡5 2:37.3 J.リード L.カミーチ
第68回 1989年10月8日 イギリスの旗Carroll House キャロルハウス 牡4 2:30.8 M.キネーン M.ジャーヴィス
第69回 1990年10月7日 フランスの旗Saumarez ソーマレズ 牡3 2:29.8 G.モッセ N.クレマン
第70回 1991年10月6日 フランスの旗Suave Dancer スアーヴダンサー 牡3 2:31.4 C.アスムッセン J.ハモンド
第71回 1992年10月4日 フランスの旗Subotica スボーティカ 牡4 2:39.0 T.ジャルネ A.ファーブル
第72回 1993年10月3日 フランスの旗Urban Sea アーバンシー 牝4 2:37.9 E.サンマルタン J.レボルド
第73回 1994年10月2日 フランスの旗Carnegie カーネギー 牡3 2:31.1 T.ジャルネ A.ファーブル
第74回 1995年10月1日 アラブ首長国連邦の旗Lammtarra ラムタラ 牡3 2:31.8 L.デットーリ S.ビン・スルール
第75回 1996年10月6日 フランスの旗Helissio エリシオ 牡3 2:29.9 O.ペリエ E.ルルーシュ
第76回 1997年10月5日 フランスの旗Peintre Celebre パントレセレブル 牡3 2:24.6 O.ペリエ A.ファーブル
第77回 1998年10月4日 フランスの旗Sagamix サガミックス 牡3 2:34.5 O.ペリエ A.ファーブル
第78回 1999年10月3日 フランスの旗Montjeu モンジュー 牡3 2:38.5 M.キネーン J.ハモンド
第79回 2000年10月1日 アイルランドの旗Sinndar シンダー 牡3 2:25.8 J.ムルタ J.オックス
第80回 2001年10月7日 アラブ首長国連邦の旗Sakhee サキー 牡4 2:36.1 L.デットーリ S.ビン・スルール
第81回 2002年10月6日 アラブ首長国連邦の旗Marienbard マリエンバード 牡5 2:26.7 L.デットーリ S.ビン・スルール
第82回 2003年10月5日 フランスの旗Dalakhani ダラカニ 牡3 2:32.3 C.スミヨン A.ロワイエ=デュプレ
第83回 2004年10月3日 フランスの旗Bago バゴ 牡3 2:25.0 T.ジレ J.ピース
第84回 2005年10月2日 フランスの旗Hurricane Run ハリケーンラン 牡3 2:27.4 K.ファロン A.ファーブル
第85回 2006年10月1日 フランスの旗Rail Link レイルリンク 牡3 2:26.3 S.パスキエ A.ファーブル
第86回 2007年10月7日 アイルランドの旗Dylan Thomas ディラントーマス 牡4 2:28.5 K.ファロン A.オブライエン
第87回 2008年10月5日 フランスの旗Zarkava ザルカヴァ 牝3 2:28.8 C.スミヨン A.ロワイエ・デュプレ
第88回 2009年10月4日 アイルランドの旗Sea the Stars シーザスターズ 牡3 2:26.3 M.キネーン J.オックス
第89回 2010年10月3日 イギリスの旗Workforce ワークフォース 牡3 2:35.3 R.ムーア M.スタウト
第90回 2011年10月2日 ドイツの旗Danedream デインドリーム 牝3 2:24.49 A.シュタルケ P.シールゲン

[編集] 日本調教馬の成績

世界最高峰の競走の一つということもあり、日本からも2011年までに11頭の日本調教馬が遠征した。中でも1999年にはアメリカ産の日本調教馬であるエルコンドルパサーが、2010年にはナカヤマフェスタがそれぞれ2着に入っている。2006年には前年の日本牡馬クラシック三冠を無敗で制覇したディープインパクトが出走し3位に入ったが、その後ディープインパクトから禁止薬物が検出され失格処分となった(対象となったイプラトロピウムはフランスでも日本でも認められている気管支治療薬。レース時に体内から抜けていればよい。また人間の陸上競技でも禁止されていない)。

回数 施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第48回 1969年10月5日 スピードシンボリ Speed Symboli 牡6 野平祐二 野平省三 着外(11着以下)
第51回 1972年10月8日 メジロムサシ Mejiro Musashi 牡5 野平祐二 大久保末吉 18着
第65回 1986年10月8日 シリウスシンボリ Sirius Symboli 牡4 M.フィリッペロン 二本柳俊夫 14着
第78回 1999年10月3日 エルコンドルパサー El Condor Pasa 牡4 蛯名正義 二ノ宮敬宇 2着
第81回 2002年10月6日 マンハッタンカフェ Manhattan Cafe 牡4 蛯名正義 小島太 13着
第83回 2004年10月3日 タップダンスシチー Tap Dance City 牡7 佐藤哲三 佐々木晶三 17着
第85回 2006年10月1日 ディープインパクト Deep Impact 牡4 武豊 池江泰郎 失格(3位入線)
第87回 2008年10月5日 メイショウサムソン Meisho Samson 牡5 武豊 高橋成忠 10着
第89回 2010年10月3日 ナカヤマフェスタ Nakayama Festa 牡4 蛯名正義 二ノ宮敬宇 2着
ヴィクトワールピサ Victoire Pisa 牡3 武豊 角居勝彦 7着(8位入線)
第90回 2011年10月2日 ヒルノダムール Hiruno D'Amour 牡4 藤田伸二 昆貢 10着
ナカヤマフェスタ Nakayama Festa 牡5 蛯名正義 二ノ宮敬宇 11着
  • スピードシンボリの着順は各所で「10着」と表記されている事も多いが、実際の10着馬はZborである(11着以下は公式記録が残されていないため「着外」の扱いとなっている)。
  • ヴィクトワールピサは8位で入線したが、7位入線のプラントゥールが失格となったため7着に繰り上げられた。

[編集] 日本人騎手の成績

日本調教馬以外での騎乗成績

回数 施行日 騎乗馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第69回 1990年10月7日 アサティス Assatis 牡3 柴田政人 G.Harwood 12着
第73回 1994年10月2日 ホワイトマズル White Muzzle 牡4 武豊 P.Chapple-Hyam 6着
第73回 1994年10月2日 ダンシェンヌ Dancienne 牝4 岡部幸雄 E.Lellouche 20着
第80回 2001年10月7日 サガシティ Sagacity 牡3 武豊 A.Fabre 3着

[編集] 主な記録

[編集] 最多勝利

[編集] その他

  • レースレコード 2:24.49(第90回優勝馬・デインドリーム)

[編集] 主なステップレース

[編集] その他

[編集] 日本におけるテレビ中継

日本におけるテレビ中継権は長らくNHKが持っていたが、衛星テレビジョンで後日放送するような扱いだった。しかし1999年、エルコンドルパサーが出走したことにより初めての生中継に踏み切った。2006年、ディープインパクトが出走したことにより地上波生中継に踏み切った。衛星テレビだけでなく、総合テレビでも全国に向けて放送された。2007年以降は再び後日放送となっている。

2007年から、民放で長く競馬中継に積極的に取り組んでいた関西テレビ放送が中継権を取得。しかしこのため放送は関西ローカルとなった。ただ、関西テレビの中継は放送時間の関係により生中継ではなくレース1〜2時間後の録画放送となっている[17]

なおBSテレビの中継権に関しては農林水産省の関連団体が運営するグリーンチャンネルが有しており、加入視聴者向けに中継している。CSでは2010年からフジテレビTWOでも「みんなのフランスKEIBA」と題して中継放送を行っている。また2011年は同年から競馬中継が始まったBS11で『うまナビ!イレブン』の枠を拡大、当競走の生中継を挿入することが決まっている。

[編集] 注釈

  1. ^ このため1999年より2005年まで存在したワールドシリーズ・レーシング・チャンピオンシップに参加できなかったが、2003年に本競走の主催元のフランスギャロや当時のスポンサーであるルシアン・バリエールの訴えにより加入が認められた。
  2. ^ エルコンドルパサーが2着に敗れた際には地元メディアから「2頭チャンピオンが存在した」と評価され、ディープインパクトが3着に敗れた(後に失格)際に馬主金子真人が同レースを3歳馬のスターをつくるためのレースであると発言した。
  3. ^ http://www.jairs.jp/contents/w_news/2010/22/3.html
  4. ^ 一般に芝の種類や刈り方、水分含有量等により馬場の状態は変化するがその基準は各国まちまちである。
  5. ^ ただし、凱旋門賞が「2400m戦線における欧州チャンピオン決定戦」という名目で行われるのに対し、カルティエ賞年度代表馬はすべての距離カテゴリを総括した上での欧州チャンピオンを決定することを目的としているため、この2つを比較する場合は注意が必要である。かつてほど低価値とは見なされなくなったマイル路線やスプリント路線で顕著な活躍した馬がいた場合、凱旋門賞優勝馬の年度代表馬受賞は当然困難になる。
  6. ^ カルティエ賞創設以来20年間では凱旋門賞優勝馬が年度代表馬になったのは7頭。
  7. ^ 岡部幸雄も2008年の天皇賞・秋の解説で、「いまの世界では、(2000mのレースが)いちばん重要視されているレースなんですよね」と語っている。
  8. ^ 古くから、イギリスの2000ギニー1000ギニーの出走馬はそのままダービーオークスへの出走を目指すのが当たり前とされてきた。しかし現在では2000ギニーや1000ギニーの優勝馬でさえも二冠を目指さず生涯マイル路線へ進む例が増えている。このことも、マイル戦の価値が上がっていることの一つの裏付けである。なお、イギリスクラシック二冠を達成する馬は通常マイル路線ではなく中距離路線を進むが、このことは現在でも変わっておらず、ニューアプローチシーザスターズもその傾向に沿う。
  9. ^ 北米のサラブレッド生産規模は欧州に比べてはるかに大きく、したがって北米における種牡馬需要は欧州におけるそれよりも何倍も大きい。欧州馬が北米で種牡馬入りする際は北米のダートに実績があるほうが有利である。
  10. ^ ガリレオアラムシャーファルブラヴスラマニネイエフエレクトロキューショニストなど。イギリスのチャンピオンステークスや、アメリカのブリーダーズカップへ向かうことがあった。
  11. ^ [1]
  12. ^ [2]
  13. ^ [3]
  14. ^ セントクレスピンはインポテンツ、ダンシングブレーヴはマリー病だった。
  15. ^ 優勝馬が競売(セリ)に出される条件で行われる競走
  16. ^ ロンシャン競馬場、2012年凱旋門賞後に改築のため一時閉場 - ジャパン・スタッドブック・インターナショナル「海外競馬ニュース」 2011年10月30日閲覧
  17. ^ 凱旋門賞の発走時間がフジテレビ系列の全国ネット番組(新堂本兄弟FNNニュース)の放送時間帯にあたるため。

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