エクリプスステークス

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エクリプスステークスEclipse Stakes)は、イギリスのBHB(英国競馬公社)がサンダウン競馬場の10ハロン7ヤード(約2018m)で施行する競馬G1(グループ1)競走である。出走条件は3歳以上。1886年競走馬エクリプスを記念し創設された。

創設当時はイギリスで最も賞金の高い競走であり、1903年には前年クラシックを4勝したセプターエプソムダービーにてセプターを破ったアードパトリック、後の三冠馬ロックサンドが対決し大きな注目を集めた。現在もイギリス競馬の春の中距離最強馬決定戦として、この競走を目標にする陣営も多い。また、このレースを3歳馬が勝つとその馬は出世するとも言われており出走してくる3歳馬も多い。

[編集] 歴史

  • 1886年 - 創設(10f)
  • 1887,1890 - 中止
  • 1915-18年 - 第一次世界大戦により中止
  • 1940-45年 - 第二次世界大戦により中止
  • 1973年 - ケンプトンパークにおいて実施
  • 1991年 - 現距離(10f7y)

[編集] 歴代の優勝馬

施行日 優勝馬 日本語読み 性齢 優勝騎手 管理調教師
第1回 1886年月日 Bendigo
第2回 1888年月日 Orbit
第3回 1889年月日 Ayrshire
第4回 1891年月日 Surefoot
第5回 1892年月日 Orme
第6回 1893年月日 Orme
第7回 1894年月日 Isinglass
第8回 1895年月日 Le Justicier
第9回 1896年月日 St. Frusquin
第10回 1897年月日 Persimmon
第11回 1898年月日 Velasquez
第12回 1899年月日 Flying Fox
第13回 1900年月日 Diamond Jubilee
第14回 1901年月日 Epsom Lad
第15回 1902年月日 Cheers
第16回 1903年月日 Ard Patrick
第17回 1904年月日 Darley Dale
第18回 1905年月日 Val d’Or
第19回 1906年月日 Llangibby
第20回 1907年月日 Lally
第21回 1908年月日 Your Majesty
第22回 1909年月日 Bayardo
第23回 1910年月日 Lemberg,Neil Gow
第24回 1911年月日 Swynford
第25回 1912年月日 Prince Palatine
第26回 1913年月日 Tracery
第27回 1914年月日 Hapsburg
第28回 1919年月日 Buchan
第29回 1920年月日 Buchan
第30回 1921年月日 Craig an Eran
第31回 1922年月日 Golden Myth
第32回 1923年月日 Saltash
第33回 1924年月日 Polyphontes
第34回 1925年月日 Polyphontes
第35回 1926年月日 Coronach
第36回 1927年月日 Colorado
第37回 1928年月日 Fairway
第38回 1929年月日 Royal Minstrel
第39回 1930年月日 Rustom Pasha
第40回 1931年月日 Cearleon
第41回 1932年月日 Miracle
第42回 1933年月日 Loaningdale
第43回 1934年月日 King Salmon
第44回 1935年月日 Windsor Lad
第45回 1936年月日 Rhodes Scholar
第46回 1937年月日 Boswell
第47回 1938年月日 Pasch
第48回 1939年月日 Blue Peter
第49回 1946年月日 Gulf Stream
第50回 1947年月日 Migoli
第51回 1948年月日 Petition
第52回 1949年月日 Djeddah
第53回 1950年月日 Flocon
第54回 1951年月日 Mystery
第55回 1952年月日 Tulyar
第56回 1953年月日 Argur
第57回 1954年月日 King of the Tudors
第58回 1955年月日 Darius
第59回 1956年月日 Tropique
第60回 1957年月日 Arctic Explorer
第61回 1958年月日 Ballymoss
第62回 1959年月日 Saint Crespin セントクレスピン A.ヘッド
第63回 1960年月日 Javelot
第64回 1961年月日 St. Paddy
第65回 1962年月日 Henry the Seventh
第66回 1963年月日 Khalkis
第67回 1964年月日 Ragusa
第68回 1965年月日 Canisbay
第69回 1966年月日 Pieces of Eight
第70回 1967年月日 Busted
第71回 1968年月日 Royal Palace
第72回 1969年月日 Wolver Hollow
第73回 1970年月日 Connaught
第74回 1971年月日 Mill Reef
第75回 1972年月日 Brigadier Gerard
第76回 1973年月日 Scottish Rifle
第77回 1974年月日 Coup de Feu
第78回 1975年月日 Star Appeal
第79回 1976年月日 Wollow ウォロー
第80回 1977年月日 Artaius アーテイアス
第81回 1978年月日 Gunner B
第82回 1979年月日 Dickens Hill
第83回 1980年月日 Ela-Mana-Mou
第84回 1981年月日 Master Willie
第85回 1982年月日 Kalaglow
第86回 1983年月日 Solford
第87回 1984年月日 Sadler’s Wells
第88回 1985年月日 Pebbles ペブルス
第89回 1986年月日 Dancing Brave ダンシングブレーヴ
第90回 1987年月日 Mtoto
第91回 1988年月日 Mtoto
第92回 1989年月日 Nashwan
第93回 1990年月日 Elmaamul
第94回 1991年月日 Environment Friend
第95回 1992年月日 Kooyonga
第96回 1993年月日 Opera House オペラハウス
第97回 1994年月日 Ezzoud
第98回 1995年月日 Halling
第99回 1996年月日 Halling
第100回 1997年7月5日 Pilsudski ピルサドスキー 牡5 M.キネーン M.スタウト
第101回 1998年7月4日 Daylami デイラミ 牡4 L.デットーリ S.スルール
第102回 1999年7月3日 Compton Admiral コンプトンアドミラル 牡3 D.ホランド G.バッテラ
第103回 2000年7月8日 Giant's Causeway ジャイアンツコーズウェイ 牡3 G.ダフィールド A.オブライエン
第104回 2001年7月7日 Medicean メディシアン 牡4 K.ファロン M.スタウト
第105回 2002年7月6日 Hawk Wing ホークウイング 牡3 M.キネーン A.オブライエン
第106回 2003年7月5日 Falbrav ファルブラヴ 牡5 D.ホランド L.クマーニ
第107回 2004年7月3日 Refuse To Bend リフューズトゥベンド 牡6 L.デットーリ S.スルール
第108回 2005年7月2日 Oratorio オラトリオ 牡3 K.ファロン A.オブライエン
第109回 2006年7月8日 David Junior デビッドジュニア 牡4 J.スペンサー B.ミーハン
第110回 2007年7月7日 Notnowcato ノットナウケイト 牡5 R.ムーア M.スタウト
第111回 2008年7月5日 Mount Nelson マウントネルソン 牡4 J.ムルタ A.オブライエン

[編集] 第110回エクリプスステークス

1番人気に同年の英ダービーを圧勝して臨んで来たオーソライズド、2番人気に前年のカルティエ賞最優秀3歳牡馬ジョージワシントン、3番人気に前年のインターナショナルS優勝馬ノットナウケイトなど8頭が出走した。

オーソライズド陣営がラビットとして出走させたシャンペリーがスタートから大きくリードを取りレースを引っ張る展開となる。 他の7頭は道中一団となって進むが、オーソライズドとジョージワシントンは後方で馬体を並べてお互いをマークするような形でレースを進めた。

最後の直線に入りシャンペリーが馬群に飲み込まれようとしたところで、奇策に出たのがノットナウケイトに騎乗したライアン・ムーアである。 馬郡から離れるように馬を進ませると、なんとそのまま外ラチ沿いまでノットナウケイトを持ち出したのである。 大幅に距離をロスする常識では有り得ない騎乗だが、内で激しい叩き合いを演じるオーソライズドとジョージワシントンを尻目に1馬身半の差をつけ見事に1着入線を果たした。

ジョージワシントンに競り勝ったことで勝利を確信していたオーソライズドの鞍上ランフランコ・デットーリは、レース後に調教師のピーター・チャップルハイアムにノットナウケイトが視界に入っていなかったことを謝罪した。

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