種牡馬

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種牡馬(しゅぼば)とは繁殖用の牡馬のこと。種馬(たねうま)ともいう。

牛、豚、羊などの畜産では優秀な種牡の精子を採出して凍結保存することが許されているが、競走馬に代表される馬産は一般的に人工授精や凍結精子の利用などによる人工的な妊娠手段を拒んでいる。凍結した精子は保存や運搬、売買が容易であるが、馬産においては常に生きた種牡馬が生きた繁殖牝馬(種牝馬)に直接交配をする必要がある。

したがって、優秀な種牡馬があっても繁殖牝馬にとって移動不可能な地域にいては交配ができないし、またいずれは寿命で死んでしまうため、生産界は常に新しい優秀な種牡馬を創出し発見する必要がある。また、競走馬の場合、交配が行われてから、子供が誕生して競走年齢に達して一定の成績が判定できるまでに4年から5年ほどの時間を要する事から、新しく種牡馬になったものが優秀であるかそうでないか判明するまでにタイムラグが生じる。

これらの事情により、種牡馬の市場は他の畜産市場よりも流動的である。

この項では主に競走用の種牡馬について説明する。乗用や食肉用の種牡馬では異なる点もある。

種牡馬市場[編集]

種牡馬になるまで[編集]

日本では、国内で競走を引退した競走馬、競走に出場していないが血統などから期待されて種牡馬になるもの、海外から輸入されるもの、などの経緯により新しく種牡馬となる。繁殖に用いられる馬については血統管理が必要とされているため、野生馬を捕獲して種牡馬(繁殖牝馬も)にするというようなことはない。当然、生殖機能を有してなければならないため(人工授精は認められない)、生殖機能を失った騸馬も種牡馬になる資格はない。生殖機能を有し、種牡馬になっても、何らかの事情によって生殖能力がないと判明する場合もある。

馬の品種によって登録を行う機関は異なるが、サラブレッドを含む軽種馬の場合は日本軽種馬登録協会が血統登録を行っており、新たにサラブレッドの種牡馬となるものは日本軽種馬登録協会で登録を受ける必要がある。

種牡馬の所有[編集]

種牡馬の所有者は、繁殖牝馬の所有者から種付料をとって交配させる。実績のある、人気の高い種牡馬ほど種付料は高額となり、日本国内の最高水準の種牡馬の場合、後述のように必ずしもすべてが額を公表されているわけではないが、公表されているものの中にも1000万円を超す種付料をとるものいる。一方、人気のない種牡馬の場合、種付料を低く抑えたり、場合によっては無料や交配した繁殖牝馬の所有者に一定の金品を提供することで繁殖牝馬を集めようとする場合もある。この場合、種牡馬の所有は事業として行われるというよりは趣味として行われている場合が多い。また、かつては種付料は交配そのものに対する対価であり牝馬が妊娠に至らない場合でも返金されないのが通例であったが、1980年代から以下のような新しい種付料の支払い形式が登場した。

  • 受胎条件 : 妊娠が判明した場合のみ種付料を支払う形式
  • ライブフォール : 妊娠しても出産に至らず死産や流産だった場合種付料の一部や全部を返金する形式
  • フリーリターン : 何らかの理由で産駒ができなかった場合に翌年同じ牝馬に限り(一部例外あり)無料で交配を認める形式。翌年のみの権利で翌年の種付けで産駒ができなくても権利は消滅する。
  • 出生条件 : 産駒が正常に出生したときのみ種付料を支払う形式
  • 牝馬出生無料 : 牝馬が出生した場合に限り種付料が無料となり、牡馬が出生した場合は通常通り種付料を支払う形式
  • 実際に産駒が競走に出走した場合に種付料の支払いが発生する形式
  • 種付料の一部または全部を分割で支払う形式

など、新しい形式が生まれている。一時、ある種牡馬が、交配した牝馬の所有者に、景品として抽選で自動車をプレゼントするという広告を行ったが、これは禁止となった。

こうした新形式の登場の背景には、種付権の取引市場が確立されたという事情がある。かつての馬産界では繁殖牝馬の交配相手の選別、種付料の支払いから産駒の誕生に至るまでは不確定要素が多く、当事者にとって賭けとも言える大変大きなリスクをはらんでいた。しかし、1970年代の米国にノーザンダンサーが種牡馬として登場すると、その産駒は安定して優秀な成績を出すと考えられて、ノーザンダンサーの種付を行う事は賭けであるというよりは投資であるとみなされるようになった。

シンジケート[編集]

このようなリスクを分散させるために、現在、高額で人気のある種牡馬は個人が所有するよりも、シンジケートと呼ばれる法人による所有が一般的である。この法人は種牡馬の種付権をに分割してシンジケートの構成員がそれぞれ所有し、株の売買は一般的に自由である。現在シンジケートは60口で構成されるのが通例である。例えばディープインパクトの場合は1口8500万円で60口、総額51億円でシンジケートが組まれたといわれている。この場合、仮に種牡馬の所有を単独で行った場合は一人で51億円ものリスクを負うことになるが、シンジケートを組む事で一人あたりのリスクは8500万円に抑える事ができるというメリットがあり、この手法によって従来では考えられなかったような高額の種牡馬の売買が可能になった。

株の名義者は、1株につき毎年1頭の交配権利を有すると共に、種牡馬の維持のためのさまざまな経費を持分に応じて分割して負担する。株は売買も可能で、そのための市場も存在する。株の売買は、株の所有権を完全に売買するもの(本株)、単年度の権利に限って売買するもの(シーズン株、ノミネーション)がある。60口のシンジケートを組んだ種牡馬でも毎年60頭以上の種付が行われる場合があり、これを余勢という。余勢種付によって得られた利益は株の所有者に分配される。株の所有者は株主総会を開いてこうした余勢の数を決めるなどの運営を行うが、種牡馬の価値が低下した場合はシンジケートが解散され、種牡馬が売却される場合もある。

種付料の価格はシンジケートが組まれる場合や市場で種付権が売買される場合、種牡馬所有者によって公表される場合もあるが、公表されない場合もあり、この場合種付料はプライベートと表示される。プライベートの設定になっている種牡馬の種付を希望する者は、種牡馬の所有者と種付料について直接交渉することになる。この場合種牡馬の所有者は、種付数や種付料を自由に設定でき、例えば3000万円以上の種付料を提示した申込者にはすべて応じるとか、ある者には2000万円だが別の者には2500万円で種付させるとかといったことが可能である。ただし相当な人気種牡馬でなければこのような手法は通用しない。

このような種付権の売買市場と売買手法は1970年代から1980年代の米国で急速に発達し、米国とヨーロッパとの大陸間の種付権や種牡馬の売買も活発化して、グレード制・グループ制と呼ばれる競走の統一格付も生み出された。また、種牡馬の価値を高める手段としてマーケティングの手法が導入されることにより、新しい種牡馬が登場してからその産駒が走り始めて真価が判明するまで5年程度要するにもかかわらず、2年や3年といったもっと短いサイクルで種牡馬の淘汰が行われるようになった。こうした事情により、米国ではサラブレッド取引が投機化し、1000万ドルを超す巨額の取引も行われるようになった。

日本でも1980年代から社台グループがこの手法を積極的に取り入れて大成功し、バブル期にはCBスタッドが種牡馬のテレビコマーシャルを放映した。

種牡馬の選定[編集]

サラブレッドアングロアラブなど、競走馬として主に用いられる種の場合、競馬開催の根本に優秀な種を選別するという目的があることから、基本的に競走成績優秀馬が種牡馬になっている。ただし、競走成績が優秀でなくとも、優秀な身体能力を持っていると判断されたり活躍馬の近親など血統が優れているなどの要因があると種牡馬になることも多い。

成績優秀であるからといっても必ず良い産駒が生まれるとは限らない。競走馬時代は大活躍したオグリキャップが引退後種牡馬となったが、スターホースということで当時は話題となり種付けの申し込み数も多かった。しかし産駒の成績が芳しくなく、近年は勝ち馬(ある競走を勝ち上がる競走馬)どころかその血を持つ馬ですら見ることは珍しい。また、ラムタラはその優れた競走成績から、44億円という当時としては最高額のシンジケートが組まれたが、これといった活躍馬を出すことができず、購入時から大幅に値を下げて売却されている。

また、種牡馬は生産界からの需要の問題もあり、一概に実績を残せば種牡馬になれる訳ではない。2000年以降でも、交流GI・JpnI計7勝をあげたブルーコンコルド菊花賞メルボルンカップを優勝したデルタブルース、GI・JpnI含め3勝したサクセスブロッケンなどは引退後に種牡馬入りしていない。

逆に全く競走成績の伴わなかった馬が種牡馬として大成することもある。有名な例はミルジョージ(1989年度全国リーディングサイアー)である。また、競走実績もなくミルジョージの代替的な存在として扱われていたが、GI馬4頭を出したマグニテュード、牧場所有の当て馬兼種牡馬でありながら、優駿牝馬(オークス)の優勝馬コスモドリームを出したブゼンダイオーのような例もある。近年では、競走不出走のエイシンサンディが、地方競馬で数多くの重賞優勝馬を出している例がある。

海外での例としてはダンジグミスタープロスペクターが有名で、成功という領域を越え、もはや世界的な大種牡馬と呼ばれるまでになっている。

種牡馬の淘汰[編集]

日本国内の軽種の種牡馬の総頭数は1991年には600頭を超えていたが、2004年には320頭あまりにまで減少した。種牡馬の数が減るという状況は優秀な種への選別が進んでいると考えることもできるが、多様性が失われてつまらないと感じる者もいる。

種牡馬の数が減った原因は、バブル景気の後退、地方競馬の廃止縮小、地方競馬におけるアラブ競走の廃止縮小等が考えられるが、一方、馬医療の進歩で多頭数の種付が容易になったこともあげられる。

1980年代頃までは一般に1頭の種牡馬が1シーズンに種付する牝馬の数は多い場合でも50から80頭程度であった。(もちろん例外もあり、セイユウやミルジョージは100頭を超える牝馬に交配した年度もある。)1度の種付で牝馬が妊娠に至らない場合は再度種付が試みられる事もあるため、実際の交配試行数はこの数を上回る。種付のシーズンは春に限られるため、人気種牡馬は多い場合で1日に数頭の牝馬に交配することになり、これは種牡馬にとって大変な負担となるため、一般的には過剰な交配は避けられてきた。実際に種付けの際に心臓発作などで死亡した種牡馬は枚挙に暇がなく、近年ではメジロアルダンメジロブライトなどが種付時に死亡している。

1990年代から、牝馬の発情状態を正確に把握する技術が進歩し、1回の交配での種牡馬の負担が減った事などにより、1シーズンに100頭を超す牝馬と交配する種牡馬が出現した。1993年に種牡馬になったミュージックタイムはGIIをひとつ勝った程度の成績であったが血統の良さを買われて初年度から132頭の繁殖牝馬を集める人気種牡馬となり、初期の産駒からサプライズパワーが登場して地方競馬で活躍すると、1997年には145頭の牝馬を集めるに至った。

それまでは、あまり多くの交配を行うと「種牡馬の遺伝の活力が損なわれ優秀な産駒ができなくなる」、「種牡馬の寿命を縮める」、といった俗説が通用していたり、交配数を制限して稀少価値を高めたほうが種付料の市場における総和が高まると考えられていた。しかし、1993年に社台グループの総帥であった吉田善哉が死去し、吉田照哉を中心としてグループの再編が行われると、方針転換が行われて社台グループに属する種牡馬は軒並み100頭を大きく超す牝馬を集めるに至った。ミュージックタイムはその第1号である。1995年以降、サンデーサイレンスは183頭、フジキセキが171頭、トニービンが159頭、ダンスインザダークは164頭、サマーサスピションが157頭、タヤスツヨシが145頭、グルームダンサーが143頭、ジェイドロバリーが142頭と、従来の倍ほどの交配数を集めている。社台グループ以外でもシアトルダンサーIIが151頭、コマンダーインチーフが130頭など、交配数は増加している。視点を変えると、そのぶんだけ他の種牡馬の交配数が減少しており、寡占化が進み、種牡馬の淘汰が行われて種牡馬の総数が減っている。また日本では欧米と比較して極端に狭い地域に馬産が集中している事で、このような寡占が発生しやすい状況にある。

淘汰における問題[編集]

実績を残せなかった種牡馬は廃用となる。ただし内国産種牡馬や外国産馬として日本で現役生活を行った馬の場合は廃用となってもファンの厚意等によって余生を送ることができることが多い。特に中央競馬の重賞競走を勝った馬の場合は、軽種馬育成調教センター功労馬繋養展示事業による助成制度も用意されている。

しかし、輸入種牡馬の場合はそのような保護制度が無く、ファンの愛着も高くないことが多い為ぞんざいに扱われることが多い。ラムタラピルサドスキーのように売却され別の国で種牡馬を続けることもあるものの、場合によってはファーディナンドのように殺処分されてしまうことが多い。そのため「輸出した種牡馬の仔が海外に出てこない」、「輸出した種牡馬は行方不明になることが多い」などの理由から「日本は種牡馬の墓場」と海外から揶揄されていると語られることが多い。しかし、実際に海外でそのような指摘がなされているかどうかというよりも「日本は種牡馬の墓場」という言葉が一人歩きしているのが現状で、日本の競馬ファンが日本の種牡馬事業に対しての自嘲や皮肉、批判、憂いなどを語るときに用いられる表現となっている。ダンシングブレーヴのように、病で種牡馬として見切りをつけられ殺処分になる可能性があった馬でも、輸出先の日本では関係者の尽力もあって産駒を出し続け種牡馬として生を全うした馬も存在し、一概に日本だけにある問題ではない。

2005年の生産統計によれば、日本は、アメリカ(約34000頭)、オーストラリア(約17200頭)、アイルランド(約11800頭)に次いでサラブレッドの生産頭数が多く、アルゼンチン(約6800頭)、イギリス(約6000頭)、フランス(約5300頭)、ニュージーランド(約4600頭)などを超える約7900頭を生産する世界有数のサラブレッド生産大国である。一方で、これら諸外国と比べると、馬産地は極端に狭い地域に集中している。このため、広い大陸に生産地が散在している諸外国と比較して、人気のある種牡馬には特に集中が起こりやすく、種牡馬の寡占が発生しやすい状況である。また、日本の高い経済力に下支えされた馬産界は、欧米と比べて旺盛な購買力があり、特にバブル期には世界中から名馬を購入していた。バブルの崩壊とオイルマネーの台頭、そしてヨーロッパで大活躍するサドラーズウェルズの仔が日本ではさほどの実績をあげられず日本には不向きであると考えられるようになるなど、近年では種牡馬として日本の競馬への適性がより重要視されることもありこうした傾向はピークを過ぎた。このような海外からの優秀な血の輸入、そしてその中での失敗の経験、その経験に基づく日本の競馬への適性重視の重要性を生産者側に知らしめたことは、1990年代の日本競馬のレベルの向上に大きく貢献していることは確かである。

過去には例えば1970年代以降、競馬ブームが加熱する中で、テスコボーイミルジョージ等が成功すると、その父であるプリンスリーギフトミルリーフの子をさまざまな事業者が次々と輸入し、結果的にこれらの一流の産駒のほとんどは日本に輸入されるという事態となった。これらの中には期待通りの成功をおさめたものもいるし、期待はずれに終わったものもいる。

しかし、例えばイギリスで代々細々と受け継がれてきた系統の末裔であるアウザールを輸入し種牡馬として失敗したときに、本国でこの系統がほとんど断絶してしまう状況をみて、日本のこのような「買い漁り」に対して批判がされることがある。また同時に、(市場原理や競走馬の能力向上を目指すといった観点は別として)輸入種牡馬によって市場競争に敗れてしまう日本産の種牡馬を保護するべきだとの観点からの批判も繰り返し行われてきている。

非流行の血統の種牡馬や、数代にわたって日本で生産されてきた日本の競馬ファンに馴染み深い種牡馬が、市場原理や競争原理によって淘汰されてしまう状況に対して批判がなされる場合は、これらの批判はしばしば、競走馬の配合には主流血統だけではなくて非主流血統も組み入れることが能力向上に有効であるとの疑似科学な考え方に基づいている。そうでない場合にも、優勝劣敗原則に基づいて能力の優れた種牡馬を残してそうでないものを淘汰するだけでなく、細々とでも父系子孫の代を重ねていく(「サイアーラインをつなげていく」)ことも必要であるという、文化的な考え方に基づいた批判である場合もある。

日本に限らず、自国で馬産を行っているあらゆる国では、たとえリーディングサイアーになったほどの実績のある種牡馬でも、断絶してしまったり断絶寸前にある血統もあり、かつて流行した血統や実績のあった種牡馬で現在も父系子孫が存続している血統は僅かである。

用語[編集]

ファーストクロップ[編集]

産駒の最初世代の総称である。ファーストクロップの産駒を対象としたファーストシーズンリーディングサイアーというランキングもある。

ラストクロップ[編集]

産駒の最終世代の総称である。

種牡馬の種類[編集]

リース種牡馬[編集]

国外などから期間限定でレンタルされた種牡馬のこと。主に海外の一流種牡馬をリースする。日本へリースされた馬の代表例にデインヒルパントレセレブルラストタイクーンなど。 ロックオブジブラルタルも当初の予定に反して結果的に1年のみの日本供用となった。

シャトル種牡馬[編集]

馬の種付けは春に行うため、北半球と南半球の季節のずれを利用し1年に2期種付けを行う種牡馬のこと。代表例はラストタイクーンデインヒル。日本では1997年に初めて試みられ、以降輸出が相次いでいる。

日本のシャトル種牡馬のリスト[編集]

  • 1997年
カーネギーグルームダンサーヘクタープロテクターペンタイアロドリゴデトリアーノワージブ
  • 2000年
エンドスウィープ、カーネギー、ジェイドロバリージェネラスシンコウキングタヤスツヨシティンバーカントリードリームウェルバブルガムフェローフジキセキブロッコ、ペンタイア
  • 2001年
アグネスワールドウェイオブライト、エンドスウィープ、カーネギー、サマーサスピション、ジェイドロバリー、ジェニュイン、ジェネラス、スキーキャプテン、タヤスツヨシ、チーフベアハート、フジキセキ、ペンタイア
  • 2002年
ウェイオブライト、カーネギー、ジェニュイン、タヤスツヨシ、チーフベアハート、デヒア、フジキセキ、ブラックホーク、ブロッコ
  • 2003年
ウェイオブライト、エリシオグラスワンダー、ジェニュイン、ジャングルポケット、チーフベアハート、デヒア、ブラックタキシード、ブラックホーク、フレンチデピュティ、ペンタイア
  • 2004年
アグネスワールド、ウェイオブライト、グラスワンダー、グランデラ、ジャングルポケット、デヒア、トワイニングファルブラヴ、ブラックタキシード、ブラックホーク、フレンチデピュティ
  • 2005年
ウェイオブライト、グラスワンダー、グランデラ、ジャングルポケット、タヤスツヨシ、デザートキング、デヒア、ブラックホーク、フレンチデピュティ
  • 2006年
グラスワンダー、グランデラ、ジャングルポケット、ストラヴィンスキーゼンノロブロイ、タヤスツヨシ、ティンバーカントリー、デザートキング、ファルブラヴ、ブラックタキシード、ブラックホーク
グランデラ、ジャングルポケット、ストラヴィンスキー、スニッツェル、ゼンノロブロイ、ブラックホーク
  • 2008年は馬インフルエンザの影響で日本に帰国できず、北半球シーズンの供用を停止した馬も出たため、この年以降からシンジケート所有の種牡馬は見送られる傾向にある
  • 2009年
スタチューオブリバティ、ストラヴィンスキー
  • 2011年
スタチューオブリバティ、ストラヴィンスキー

内国産種牡馬[編集]

日本国内で生産された種牡馬のこと。産駒は父内国産馬として扱われ、父内国産馬奨励賞などの附加賞金や父内国産馬限定レースへの出走権が与えられる。持込馬も内国産扱いである。代表例は、ニホンピロウイナーサクラユタカオーダンスインザダークアグネスタキオンなど。かつては内国産種牡馬が冷遇された時代が長く続き、2007年まではリーディングサイアーを獲得した内国産種牡馬はクモハタアローエクスプレスの2頭のみだった。だが2008年にアグネスタキオンがリーディングサイアーとなって以降、マンハッタンカフェキングカメハメハディープインパクトと内国産種牡馬が次々とリーディングサイアーを獲得している。

代替種牡馬[編集]

特定の種牡馬が人気となった場合、おのずと種付け料の高騰や、種付け頭数の増加による受付終了(ブックフルとも呼ばれる)が起こる場合が少なくない。その対応策として導入される、人気種牡馬に似た血統構成の種牡馬を指して代替種牡馬と呼ぶ。ただし代替種牡馬が一概に代用として扱われ続けたわけではなく、代替種牡馬の方が高い実績を残した例もある。

なお代替種牡馬の導入の経緯には様々な事情があり、以下にその代表的な例を挙げる。

ブライアンズタイム
当初いとこにあたるサンシャインフォーエヴァーの導入を検討していたが購入に失敗し、その代替種牡馬として輸入された。父馬は同じロベルト、母馬も同じくグロースタークを父に持つ全姉妹と極めて近い血統構成である。後年サンシャインフォーエヴァーも本邦に輸入されているが、産駒成績はブライアンズタイムが圧倒的に上回っており、代替種牡馬がいわば「本家」に勝る評価を得るに至った稀有な例である。
ヤマニンスキーラシアンルーブル
マルゼンスキーの代替種牡馬。父ニジンスキー、母の父バックパサーという共通点を持ち、しかもラシアンルーブルは祖母の父もマルゼンスキーと同じプリンスキロである。双方とも競走成績は一流とは言い難いものだったが、種牡馬としてGI馬を輩出するなどまずまずの実績を残している。
マグニテュード
当時次々に活躍馬を送り出し、種付け料が高騰していたミルジョージの代替種牡馬として扱われていた。両馬ともに父馬は凱旋門賞などGI6勝を挙げたミルリーフ。ただしマグニテュードは母馬のアルテッスロワイヤルもオークスなどGI2勝を挙げた活躍馬であり、血統的背景においては超一流ともいえる良血である。当馬の代表産駒であるミホノブルボンは、母の父シャレーもダンディルートの代替種牡馬であったエピソードは有名[1]

フジキセキの様に、実績のある期待馬が故障した際に、即座に種牡馬入りが選択されたことや、エイシンサンディ等実績に関係なく、これらサンデーサイレンスの初期産駒がこぞって種牡馬になったのも、代替種牡馬としての需要があったためである。特にサンデーサイレンスは種付けが極めて高額であったため、この傾向が顕著であった。(サンデーサイレンスは2002年に死亡しており、フジキセキは種牡馬実績からもすでに代替種牡馬ではなく後継種牡馬という位置づけにある。)

ブライアンズタイムのように本物以上の成功を収めることや、リーズナブルな種付料と成績を比較するとまずまずの成功を収める馬もあるが、一般に競走実績がなく血統だけで種牡馬になったタイプの馬は、相応の実績を挙げない限りは種付の申込数はそれほど増えることはない。むしろ種付は年々減っていき、毎年デビューする競走馬も数少なくなっていくため、結果が付いてこないまま埋もれていく場合の方が多い。前述のエイシンサンディは、代替種牡馬としてはミツアキサイレンスエイシンテンダーを輩出し実績をあげている。

代表的な種牡馬[編集]

括弧内は2013年の順位(JRAのみの成績)と代表産駒

馬名の表記については、全てカタカナ表記にする場合もあるが、ウィキペディアでは「日本で競走に走った馬」 ならびに「日本に繁殖で輸入された馬」はカタカナ表記、それ以外の日本に輸入されていない競走馬は英語表記とする(このルールは以後検討課題である)。またここでは日本に輸入された馬に対してアスタリスクをつけた。

現役種牡馬[編集]

引退種牡馬[編集]

歴史的種牡馬[編集]

三大始祖
主な歴史上の種牡馬

SW:ステークス勝ち馬の頭数とその割合、CS:チャンピオンサイアー、CBS:チャンピオンブルードメアサイアー

主な種牡馬繋養牧場[編集]

日本[編集]

アメリカ合衆国[編集]

カナダ[編集]

イギリス[編集]

アイルランド[編集]

フランス[編集]

ドイツ[編集]

イタリア[編集]

オーストラリア[編集]

ニュージーランド[編集]

アルゼンチン[編集]

チリ[編集]

ブラジル[編集]

ペルー[編集]

ウルグアイ[編集]

南アフリカ共和国[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Yahoo!Japanスポーツ内コラム『最強ヒストリー ミホノブルボン 無敵の“人造サラブレッド”』第1話『作られた名馬』で生産者本人が「経済的な理由で両馬を選択した」という旨のコメントをしている。[1]

関連項目[編集]