安田記念
| 安田記念 | |
|---|---|
第60回安田記念
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| 主催者 | 日本中央競馬会 |
| 開催地 | |
| 施行時期 | 6月上旬 (原則3回東京2日目) |
| 格付け | GI |
| 1着賞金 | 1億円 |
| 賞金総額 | 1億9000万円 |
| 距離 | 芝1600m |
| 出走条件 | サラブレッド系3歳以上(国際)(指定) 出走資格も参照 |
| 負担重量 | 定量(3歳54kg、4歳以上58kg、牝馬2kg減) |
| 第1回施行日 | 1951年7月1日 |
安田記念(やすだきねん)とは日本中央競馬会 (JRA) が東京競馬場の芝1600メートルで施行する中央競馬の重賞 (GI) 競走である。正賞は農林水産大臣賞・日本馬主協会連合会会長賞。農林水産大臣賞が正賞となっているため、正式名称は農林水産省賞典安田記念と表記される。競走名は日本中央競馬会初代理事長・安田伊左衛門の功績を称えることから付けられている。
目次 |
[編集] 概要
1951年、競馬法の制定や東京優駿大競走(日本ダービー)の創設など日本競馬の発展に尽力した日本中央競馬会初代理事長・安田伊左衛門の功績を称え4歳(現3歳)以上のハンデキャップの重賞競走安田賞として創設、第1回は東京競馬場の芝1600mで施行された。1951年当時としては古馬の重賞は全て2000m以上で開催されており、古馬が出走可能なマイルの重賞はこの安田賞が初となる。個人名を冠した重賞競走も日本初であった。
1958年、安田伊左衛門が5月18日に死去したため名称を現在の安田記念に変更、1960年からは施行距離を芝1800mに変更したが1962年には芝1600mに戻した。1967年は東京競馬場の改修工事により中山競馬場の芝外回り1600mで施行、1972年は流行性の馬インフルエンザの影響により1ヶ月遅れの7月23日に施行した。
1984年からはグレード制施行に伴い最高位のGIに格付けすると共に施行時期をオークスの前週に移設されたことにより出走資格を5歳(現4歳)以上に負担重量を定量に変更、更に混合競走に指定され外国産馬の出走が可能になり春のマイル最強馬決定戦として位置付けられ同年に新設された秋のマイルチャンピオンシップとマイル最高峰の双璧を成す競走として施行される事になる。
1993年からは国際競走に指定され外国調教馬が出走可能になり、更に1995年からは指定競走に指定、地方所属馬が出走可能になり、1996年からは施行時期を日本ダービーの翌週に移設されたことにより再び出走資格を4歳(現3歳)以上に変更、2004年からは国際セリ名簿基準作成委員会により国際グレードのGIに格付け、2005年からは香港ジョッキークラブとの提携でアジアマイルチャレンジを構成した(2011年を最後に休止)。
創設当初はそれほど重要視された重賞競走ではなく、ハンデキャップ競走として施行されていた。しかし1983年までの日本競馬界は長距離重賞最優遇の時代であった。当時、血統の都合などから長距離適性がない短中距離馬にとってはあまりにも不遇の時代であった。1600m以下の重賞は番組形態も整理されておらず、重賞がポツポツと年間カレンダーに点在する状況だった。その中でも春季の締め、東京競馬春開催最終日のメインレースとして行われる当競走は当時の一線級の短中距離馬が揃う名物レースであり、当時としては八大競走以外の数少ない全国発売レースの1つであった。だがそのようなレースでありながらも1983年の当競走の優勝賞金は3200万円であり、古馬1600m以下の重賞では最高金額ではあるものの他の長距離重賞に比べれば安めに設定されていた[1]。この事からも当時の短中距離馬の冷遇ぶりは伺える。
だが1984年のグレード制施行により短距離路線の番組形態が整理されGIに格付けされたことに伴い、優勝賞金を5000万円に大幅増額。名実ともに日本の春のマイル最強馬決定戦となる。その後、国際レース化され2004年には国際グレードのGIに格付け、2005年からはアジアマイルチャレンジを構成したため香港マイルやドバイデューティーフリーと並ぶアジアのマイル最強馬決定戦として定着。日本で最も歴史と伝統があり、最も格の高いマイル重賞として世界的にも知られる事になる。国内のマイラーのみならず中長距離馬にとっても栄誉の一戦であり宝塚記念と共に春の最強馬を占うレースとして君臨する事になった。現在では、「春の東京GI5連戦」のラストを飾るレースである。
秋の天皇賞や秋華賞、エリザベス女王杯、ジャパンカップが直近にあるマイルチャンピオンシップと違い春季は中距離のGIレースが無く6月下旬開催の宝塚記念は梅雨時である事を嫌い、中長距離馬であっても特に重馬場を苦手とする馬は安田記念を春の最大目標とする陣営が多くなってきている。故に短中長距離の一線級の豪華メンバーが一堂に集う事が多い。そのためJRAのGIレースの中でも大きい注目を集めるレースの1つである。売上規模も有馬記念、日本ダービー、天皇賞、ジャパンカップ、皐月賞に次ぐ規模であり例年200億円前後を売り上げる。また、アジアマイルチャレンジの最終戦となった事により世界的にも注目されるレースとなり、香港やUAEなど海外から有力馬が多く遠征している。1995年、2000年、2006年は外国調教馬が本競走に優勝した。
直線の長い東京コースで行われるマイルGIということもありスピードだけでなく相応のスタミナも要求される。歴代の優勝馬にもギャロップダイナ、オグリキャップ、ウオッカなど中長距離の重賞の優勝経験を持つ馬が多い。秋の同じ距離で行われるマイルチャンピオンシップとは対照的に1番人気がかなり不振であることも特徴的で、1992年以降馬番連勝複式馬券で万馬券が10回飛び出すなどかなり波乱の様相が出ている。
また、1984年にGI格付けされて以降は3歳馬の出走が不可となっていたが、施行時期が移設された1996年に再び出走可能な条件になった。同じ競馬場・距離で行われるNHKマイルカップから中3週で、斤量が同競走よりも3kg軽い(NHKマイルカップは牡馬57kg、牝馬2kg減)という有利な条件ではあるが、東京優駿を最大目標にする陣営が多いことから、当競走への出走自体が少なく優勝馬は出ていなかったが、2011年のリアルインパクトが59年ぶりに、GI格付け以降では初の優勝を記録した。
負担重量は定量で3歳は54kg、4歳以上は58kg、牝馬は2kg減である。
2011年度現在の総額賞金は1億9000万円で1着賞金1億円、2着賞金4000万円、3着賞金2500万円、4着賞金1500万円、5着賞金1000万円と定められている。
現在の優勝レイの配色は、赤色地に金色文字となっている。
[編集] 出走資格
- 基本はサラ系3歳(旧4歳)以上のJRA所属の競走馬及び本競走に出走登録した外国調教馬(9頭まで)。
- 地方所属馬は当年のマイラーズカップ・京王杯スプリングカップ・ニュージーランドトロフィー・高松宮記念・NHKマイルカップ・ヴィクトリアマイル、海外で実施されたアジアマイルチャレンジのいずれかの競走で1着・2着の入賞馬及び谷川岳ステークス(2011年まで)・葵ステークス(2009年まで)・橘ステークス(2010年から)の1着馬は出走権(優先出走権ではない)で出走できる。
- JRA所属馬は出走登録馬のレーティング順位の上位5頭に優先出走権が与えられる(ただし同年に実施されたアジアマイルチャレンジ対象競走で2着以内に入着したJRA所属馬は上記よりも最優先で出走できる)。
- 残りは通算の収得賞金と前年の安田記念開催節から6月1日までの収得賞金算入額の合計が多い順で出走権が与えられる。
2012年の出走馬選定方法は以下のとおり。出走枠は18頭まで。
- 原則サラ系3歳(旧4歳)以上のJRA所属の競走馬及び本競走に出走登録した外国調教馬(9頭まで)。
- 地方馬は、マイラーズカップ・京王杯スプリングカップ・ニュージーランドトロフィー・高松宮記念・NHKマイルカップ・ヴィクトリアマイルの2着以内の馬及び橘ステークスの1着馬は優先出走できる。
- JRA所属競走馬は、以下の順で出走馬を決定する。(地方馬で2歳馬競走を除くGI競走1着に入った馬も含む。)
- レーティング順位の上位5頭に対しては優先出走が認められる。(牡馬・セン馬は110ポンド、牝馬は106ポンド以上であることが条件)
- その他の競走馬は「通算の収得賞金」+「過去1年間の収得賞金」+「過去2年間のGI(JpnI)競走の収得賞金」の総計が多い順に出走できる。
[編集] 歴史
- 1951年 - 東京競馬場の芝1600mの4歳(現3歳)以上のハンデキャップの重賞競走、安田賞として創設。
- 1953年
- 1958年 - 名称を現在の安田記念に変更。
- 1960年
- 施行距離を芝1800mに変更。
- 前年の9月1日から日本競馬の時計表示が変更になったのに伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
- 1962年 - 施行距離を芝1600mに戻す。
- 1967年 - 東京競馬場の改修工事により中山競馬場の芝外回り1600mで施行。
- 1972年 - 流行性の馬インフルエンザの影響で7月に順延開催。
- 1984年
- グレード制施行によりGIに格付け。1着賞金は3200万円から5000万円に増額。
- 施行時期をオークスの前週に移設されたことにより、出走条件が「4歳(現3歳)以上」から「5歳(現4歳)以上」に変更。
- 負担重量を定量に変更(負担斤量は牡馬・騸馬は57kg、牝馬は55kgに設定)。
- 混合競走に指定。
- 農林水産省賞典の副称が付く。
- 当競走で史上最多の22頭が出走。
- 1990年 - 元地方笠松所属のオグリキャップがJRA転厩馬として史上初の制覇。
- 1993年
- 1995年
- 1996年
- 1998年 - 藤沢和雄が調教師として史上2人目の連覇。
- 2000年
- イーグルカフェが当年のNHKマイルカップ優勝馬として史上初の出走。
- 香港のフェアリーキングプローンが外国調教馬として2頭目の制覇。また2着にはディクタットが入り、初の外国調教馬のワンツー。
- 2001年 - 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
- 2004年
- 国際セリ名簿基準作成委員会より国際GIに指定。
- 安藤勝己が地方競馬出身の騎手として史上初の優勝。
- 2005年
- 外国調教馬の出走枠が9頭に拡大。
- アジアマイルチャレンジに参加。
- 2006年
- 香港のブリッシュラックが外国調教馬として3頭目の制覇。
- 1着賞金が9400万円から1億円に増額。
- 2008年 - ウオッカが日本ダービー優勝馬として初制覇。
- 2009年
- 2011年
- 2012年 - アジアマイルチャレンジが一時中止。
[編集] 歴代優勝馬
国際競走となった1993年以降は優勝馬の国旗を表記する。
| 回数 | 施行日 | 調教国・優勝馬 | 性齢 | 勝時計 | 優勝騎手 | 管理調教師 | 馬主 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 1951年7月1日 | イツセイ | 牡3 | 1:38 0/5 | 保田隆芳 | 尾形藤吉 | 岩崎利明 |
| 第2回 | 1952年7月6日 | スウヰイスー | 牝3 | 1:39 0/5 | 保田隆芳 | 松山吉三郎 | 高峰三枝子 |
| 第3回 | 1953年6月14日 | スウヰイスー | 牝4 | 1:38 1/5 | 保田隆芳 | 尾形藤吉 | 鈴木健之 |
| 第4回 | 1954年6月6日 | フソウ | 牡5 | 1:41 2/5 | 高橋英夫 | 鈴木信太郎 | 中村正行 |
| 第5回 | 1955年6月12日 | クリチカラ | 牡5 | 1:38 4/5 | 森安弘明 | 尾形藤吉 | 栗林友二 |
| 第6回 | 1956年6月10日 | ヨシフサ | 牡4 | 1:38 2/5 | 渡辺正人 | 中村広 | 岡田吉信 |
| 第7回 | 1957年6月9日 | ヘキラク | 牡4 | 1:38 4/5 | 蛯名武五郎 | 藤本冨良 | 浅井礼三 |
| 第8回 | 1958年6月1日 | ラプソデー | 牡4 | 1:37 2/5 | 坂本栄三郎 | 小西喜蔵 | 椎野浅五郎 |
| 第9回 | 1959年6月7日 | ヒシマサル | 牡4 | 1:37 3/5 | 小野定夫 | 矢野幸夫 | 阿部雅信 |
| 第10回 | 1960年6月5日 | オンワードベル | 牡4 | 1:50.2 | 高橋英夫 | 二本柳俊夫 | 樫山純三 |
| 第11回 | 1961年6月11日 | ホマレボシ | 牡5 | 1:49.7 | 八木沢勝美 | 稗田敏男 | 川口文子 |
| 第12回 | 1962年6月10日 | トウコン | 牡4 | 1:38.3 | 山岡忞 | 矢野幸夫 | 塩飽望 |
| 第13回 | 1963年6月2日 | ヤマノオー | 牡4 | 1:36.6 | 森安弘明 | 内藤潔 | 山口米吉 |
| 第14回 | 1964年6月7日 | シモフサホマレ | 牡5 | 1:37.2 | 油木宣夫 | 矢野幸夫 | 遠田光子 |
| 第15回 | 1965年6月6日 | パナソニツク | 牝5 | 1:37.6 | 嶋田功 | 稲葉幸夫 | 那須野牧場 |
| 第16回 | 1966年6月5日 | ヒシマサヒデ | 牡4 | 1:39.5 | 小野定夫 | 稗田敏男 | 阿部雅信 |
| 第17回 | 1967年5月21日 | ブツシヤン | 牡5 | 1:36.3 | 大和田稔 | 二本柳俊夫 | 河野魁 |
| 第18回 | 1968年6月30日 | シエスキイ | 牡5 | 1:36.7 | 郷原洋行 | 大久保房松 | 小林庄平 |
| 第19回 | 1969年6月1日 | ハードウエイ | 牝4 | 1:35.9 | 加賀武見 | 柄崎義信 | 鈴木健司 |
| 第20回 | 1970年5月31日 | メジロアサマ | 牡4 | 1:35.9 | 矢野一博 | 保田隆芳 | 北野豊吉 |
| 第21回 | 1971年6月20日 | ハーバーゲイム | 牝4 | 1:36.8 | 野平祐二 | 野平省三 | 小川乕三 |
| 第22回 | 1972年7月23日 | ラファール | 牝4 | 1:38.4 | 中島啓之 | 奥平真治 | 高木美典 |
| 第23回 | 1973年6月10日 | ハクホオショウ | 牡4 | 1:35.7 | 伊藤正徳 | 尾形藤吉 | 西博 |
| 第24回 | 1974年6月9日 | キョウエイグリーン | 牝5 | 1:35.7 | 東信二 | 境勝太郎 | 松岡正雄 |
| 第25回 | 1975年6月8日 | サクライワイ | 牝4 | 1:36.6 | 小島太 | 高木良三 | (株)さくらコマース |
| 第26回 | 1976年6月13日 | ニシキエース | 牡5 | 1:36.6 | 森安重勝 | 森安弘昭 | 小林清 |
| 第27回 | 1977年6月12日 | スカッシュソロン | 牝4 | 1:35.1 | 横田吉光 | 古賀嘉蔵 | 飯田正 |
| 第28回 | 1978年6月11日 | ニッポーキング | 牡5 | 1:35.1 | 郷原洋行 | 久保田金造 | 山石祐一 |
| 第29回 | 1979年6月10日 | ロイヤルシンザン | 牡4 | 1:35.7 | 的場均 | 大久保房松 | 鄭恩植 |
| 第30回 | 1980年6月8日 | ブルーアレツ | 牡5 | 1:36.0 | 嶋田功 | 見上恒芳 | 佐野済 |
| 第31回 | 1981年6月7日 | タケデン | 牡6 | 1:36.7 | 増沢末夫 | 元石孝昭 | 武市伝一 |
| 第32回 | 1982年6月13日 | スイートネイティヴ | 牝5 | 1:35.0 | 岡部幸雄 | 野平祐二 | 和田共弘 |
| 第33回 | 1983年6月12日 | キヨヒダカ | 牡5 | 1:35.8 | 増沢末夫 | 森安弘昭 | 清峯隆 |
| 第34回 | 1984年5月13日 | ハッピープログレス | 牡6 | 1:37.8 | 田原成貴 | 山本正司 | 藤田晋 |
| 第35回 | 1985年5月12日 | ニホンピロウイナー | 牡5 | 1:35.1 | 河内洋 | 服部正利 | 小林百太郎 |
| 第36回 | 1986年5月11日 | ギャロップダイナ | 牡6 | 1:35.5 | 柴崎勇 | 矢野進 | (有)社台レースホース |
| 第37回 | 1987年5月17日 | フレッシュボイス | 牡4 | 1:35.7 | 柴田政人 | 境直行 | 円城和男 |
| 第38回 | 1988年5月15日 | ニッポーテイオー | 牡5 | 1:34.2 | 郷原洋行 | 久保田金造 | 山石祐一 |
| 第39回 | 1989年5月14日 | バンブーメモリー | 牡4 | 1:34.3 | 岡部幸雄 | 武邦彦 | 竹田辰一 |
| 第40回 | 1990年5月13日 | オグリキャップ | 牡5 | 1:32.4 | 武豊 | 瀬戸口勉 | 近藤俊典 |
| 第41回 | 1991年5月12日 | ダイイチルビー | 牝4 | 1:33.8 | 河内洋 | 伊藤雄二 | 辻本春雄 |
| 第42回 | 1992年5月17日 | ヤマニンゼファー | 牡4 | 1:33.8 | 田中勝春 | 栗田博憲 | 土井肇 |
| 第43回 | 1993年5月16日 | 牡5 | 1:33.5 | 柴田善臣 | 栗田博憲 | 土井肇 | |
| 第44回 | 1994年5月15日 | 牝4 | 1:33.2 | 角田晃一 | 加藤敬二 | (有)大北牧場 | |
| 第45回 | 1995年5月14日 | 牡4 | 1:33.2 | 武豊 | S.スルール | ゴドルフィン | |
| 第46回 | 1996年6月9日 | 牡7 | 1:33.1 | 横山典弘 | 相川勝敏 | 藤本照男 | |
| 第47回 | 1997年6月8日 | 牡6 | 1:33.8 | 岡部幸雄 | 藤沢和雄 | (有)大樹ファーム | |
| 第48回 | 1998年6月14日 | 牡4 | 1:37.5 | 岡部幸雄 | 藤沢和雄 | (有)大樹ファーム | |
| 第49回 | 1999年6月13日 | 牡4 | 1:33.3 | 蛯名正義 | 伊藤正徳 | (株)ラッキーフィールド | |
| 第50回 | 2000年6月4日 | 騸5 | 1:33.9 | R.フラッド | I.アラン | 劉錫康 | |
| 第51回 | 2001年6月3日 | 牡7 | 1:33.0 | 横山典弘 | 国枝栄 | 金子真人 | |
| 第52回 | 2002年6月2日 | 牡6 | 1:33.3 | 後藤浩輝 | 橋田満 | 近藤利一 | |
| 第53回 | 2003年6月8日 | 牡6 | 1:32.1 | 四位洋文 | 白井寿昭 | 渡辺孝男 | |
| 第54回 | 2004年6月6日 | 牡6 | 1:32.6 | 安藤勝己 | 橋口弘次郎 | 鶴田任男 | |
| 第55回 | 2005年6月5日 | 牡6 | 1:32.3 | 藤田伸二 | 河野通文 | 田原源一郎 | |
| 第56回 | 2006年6月4日 | 騸7 | 1:32.6 | B.プレブル | A.クルーズ | W.ウォン | |
| 第57回 | 2007年6月3日 | 牡6 | 1:32.3 | 安藤勝己 | 上原博之 | 大城敬三 | |
| 第58回 | 2008年6月8日 | 牝4 | 1:32.7 | 岩田康誠 | 角居勝彦 | 谷水雄三 | |
| 第59回 | 2009年6月7日 | 牝5 | 1:33.5 | 武豊 | 角居勝彦 | 谷水雄三 | |
| 第60回 | 2010年6月6日 | 牡6 | 1:31.7 | 後藤浩輝 | 杉浦宏昭 | 山岸桂市 | |
| 第61回 | 2011年6月5日 | 牡3 | 1:32.0 | 戸崎圭太 | 堀宣行 | (有)キャロットファーム |
[編集] 安田記念の記録
- レースレコード - 1:31.7(第60回優勝馬ショウワモダン)
- 2着との最大着差 - 6馬身(第15回優勝馬パナソニツク・第28回優勝馬ニッポーキング)
- 最多優勝騎手 - 岡部幸雄 4回(第32、39、47、48回)
- 最多連続優勝騎手 - 保田隆芳 3連覇(第1~3回)
- 最多勝調教師 - 尾形藤吉 4勝(第1、3、5、23回)
[編集] 父仔制覇
過去に3組の父仔制覇の例がある。
| 組 | 父馬名 | 優勝回 | 仔馬名 | 優勝回 |
|---|---|---|---|---|
| 1組目 | ヒシマサル | 第9回 | ヒシマサヒデ | 第16回 |
| 2組目 | ニホンピロウイナー | 第35回 | ヤマニンゼファー | 第42・43回 |
| 3組目 | エアジハード | 第49回 | ショウワモダン | 第60回 |
[編集] 本競走との短距離GI連覇
1984年から春の短距離最強馬決定戦として施行されているが優勝馬7頭が日本内外で短距離GIで優勝を果たしている。
| 回数 | 馬名 | 性齢 | 優勝競走 |
|---|---|---|---|
| 第35回 | ニホンピロウイナー | 牡5 | 第2回マイルチャンピオンシップ |
| 第39回 | バンブーメモリー | 牡4 | 第24回スプリンターズステークス |
| 第40回 | オグリキャップ | 牡5 | 第6回マイルチャンピオンシップ |
| 第41回 | ダイイチルビー | 牝4 | 第25回スプリンターズステークス |
| 第44回 | ノースフライト | 牝4 | 第11回マイルチャンピオンシップ |
| 第48回 | タイキシャトル | 牡4 | 第77回ジャック・ル・マロワ賞 第15回マイルチャンピオンシップ |
| 第49回 | エアジハード | 牡4 | 第16回マイルチャンピオンシップ |
| 第50回 | フェアリーキングプローン | 騸5 | 第47回スチュワーズカップ 第2回ボーヒニアスプリントトロフィー 第22回チェアマンズスプリントプライズ |
| 第57回 | ダイワメジャー | 牡6 | 第23回マイルチャンピオンシップ 第24回マイルチャンピオンシップ |
[編集] 関連項目
- 有馬記念 - 中央競馬会理事長・有馬頼寧を称えた競走
- チャンピオンズマイル
- 京王杯スプリングカップ
- マイラーズカップ
- ダービー卿チャレンジトロフィー
- NHKマイルカップ
- マイルチャンピオンシップ
[編集] 注釈
- ^ 1983年当時の賞金体型は現在のG2上位で3500万円。3歳トライアルで3000万円前後。一般重賞は2500万円前後。短距離重賞は基本2400万円以下と安く設定されていた。
- ^ 【安田記念(GI)】特別登録日本馬のレーティング順位 - JRA公式サイト 2011年5月29日閲覧
[編集] 外部リンク
- JRA公式サイト「今週の注目レース」 より(2011年版)