藤田伸二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

藤田 伸二(ふじた しんじ、1972年2月27日 - )は日本中央競馬会 (JRA) のフリー騎手北海道新冠町出身。本名は小川伸二(デビュー当時の姓は藤田であり改姓後も登録名は藤田伸二のままである)。愛称は「男」、「シンジ」。

目次

[編集] 来歴

[編集] エピソード

  • 近年は夏になると生まれ故郷である北海道に滞在し、函館札幌競馬場において騎乗する。
  • その縁があって、2006年8月16日札幌ドームのプロ野球日本ハム-西武戦で背番号「男」のユニフォームを着て始球式を務めた。直球、ストライクを投げ込んだ。
  • 近年は関西所属でありながら、関東での騎乗を大幅に増加させている。
  • 豪快な騎乗センスに定評があるが、同時にクリーンな騎乗を心がけており、制裁の対象となることは非常に少ない。そのため競馬学校の特別講師として招かれることもある。
  • その一方で仲の良い騎手や厩務員には感謝や気遣いの心を忘れない一面もある。
  • 公私共に親しく、2007年に落馬負傷した石山繁騎手の妻が執筆した単行本「落馬脳挫傷」のプロデュースを務める。
  • 先輩騎手である田原成貴に弟分として同期である四位洋文と共に可愛がられていた。その縁で田原が1999年に調教師に転身した後も同厩舎の期待馬フサイチゼノン等の主戦ジョッキーとして活躍していたが、2001年に田原が起こした覚せい剤所持事件をきっかけに関係が切れた(田原が15年間競馬業界に関われないこともあるため)。なお、同期である四位洋文とは競馬学校時代からの親友である。
  • 競馬学校時代に格闘技を習い始め、現在ではセミプロレベルの格闘技術を保有している。
  • 過換気症候群の持病がある。
  • 2006年12月21日栗東市内の飲食店で酒に酔い従業員の接客態度に腹を立て、その従業員に対し暴力行為に及び、裁定委員会による正式処分決定まで騎乗停止となる。2007年1月5日に処分が決定、2006年12月22日から2007年3月21日までの騎乗停止に。平成18年(2006年)度きゅう舎関係者表彰(優秀騎手賞の各部門及びフェアプレー賞)の対象でもあったがこの件を受けて除外された。また2007年3月19日までに傷害容疑で書類送検されたが、「被害者と示談が成立している」として起訴猶予処分となった。
  • 2009年から始めたブログの更新と麻雀が趣味で、「よろしいやん」という名言が生まれておりローレルゲレイロで勝利した高松宮記念の勝利ジョッキーインタビューの際「馬券が当たってよろしいやん」という発言もした。

[編集] 表彰

[編集] 記録

  • デビュー以来、毎年中央競馬の重賞を優勝している。
  • 2004年小倉大賞典を制し、安田富男武豊に次ぐJRA史上3人目となる中央競馬全10場重賞制覇を達成。
  • 2004年に年間の制裁点が0点でありかつ優秀騎手賞を受賞したことにより、JRA史上3人目(柴田政人河内洋に次いで)となる特別模範騎手賞を最年少で受賞した。藤田自身は「ようやく自分にも1つ、豊さんに破られない記録を作ることができた」と感想を語った。
  • 2007年6月16日(土)の函館開催の初日、1日9連対のJRAタイ記録を達成。武豊、横山典弘に次ぐ3人目の達成となった。

[編集] 主な騎乗馬

[編集] テレビ出演

[編集] 著書

  • 『直線一気』(1999年 マガジン・マガジン)
  • 『特別模範男』(2006年 東邦出版)

[編集] 外部リンク

[編集] 注釈

先代:
角田晃一1989年
1990年は該当者無し
JRA賞最多勝利新人騎手
1991年
次代:
上村洋行1992年
先代:
小島貞博
日本ダービー優勝騎手
1996年
次代:
大西直宏
先代:
横山典弘
有馬記念優勝騎手
1997年
次代:
的場均