岩田康誠
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岩田 康誠(いわた やすなり、1974年3月12日 - )は、兵庫県姫路市出身の日本中央競馬会(JRA)所属の騎手である。1991年10月から2006年2月までは、兵庫県競馬組合の清水正人厩舎に所属していた。地方競馬での勝負服の柄は白・青襷。
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[編集] 来歴
[編集] 兵庫県競馬所属時代
90年代後半から小牧太のJRA移籍まで、園田の2本柱と呼ばれた。地方・中央で通算勝利数は3000勝(後述)を数え、中央競馬移籍までは地方競馬の同一施行者での生え抜き騎手の中では断トツであった(生え抜きに限らなければ中津競馬場から移籍してきた有馬澄男が通算で3800勝あまりを挙げており、現役に限らなければ田中道夫が3166勝、小牧太が中央移籍までに3376勝を挙げている)。
デビューして数年した頃、田中道夫の重なったお手馬の片方に騎乗した際、鮮やかに勝利を収めた。田中は後に「アイツにだけは乗ってもらいたくないと思った」「康誠のスタートは出た瞬間、二の足三の足が違う」と回顧しており、当時からスタートの良さには定評があった。もちろんスタートが上手いだけでなく騎乗技術も備えており、1997年の楠賞全日本アラブ優駿を見ると、馬上で激しく動く赤木高太郎に対し岩田の姿勢はぶれることなく最後まで馬を追い続けていた。
所属した当時は弱小といえる清水厩舎の岩田と、有力馬を多数抱える曾和直榮厩舎に所属する小牧太とは互角に渡り合い、2000,2002年などで兵庫県のリーディングを奪っている。1996年には保利厩舎のケイエスヨシゼンで兵庫アラブ三冠を達成し、同馬で全国のアラブ系競走を回った。兵庫県競馬史上、アラブ三冠は1970年のアサヒマロットに次いで2頭目。このケイエスヨシゼンの騎乗時に、プレッシャーから吐いたのは有名な逸話である。本人も何度かインタビューなどで自分のプレッシャーに対する弱さを吐露している。
2002年はゴールデンジョッキーカップが9月5日に行われ、7月31日までに2000勝しているジョッキーが出場できるとされていた。当落線上にいた岩田の2000勝達成は8月1日にずれこんだが、特例として出場がかなった。
2004年は、小牧太がいなくなり自分が頑張らなければというプレッシャーと、12月1日の落馬もあり思うほど勝利数は重ねられなかったが、それでも279勝を挙げている。なお、当日園田金盃で騎乗予定だったロードバクシンは有馬澄男に乗り替わっている。この落馬は意外に尾を引き完全回復まで2ヶ月を要し、勘を取り戻したのは姫路開催からだったという。
中央競馬への遠征
兵庫県競馬所属時代から中央競馬にも積極的に参戦し、2002年にはビリーヴでセントウルステークスを制して中央競馬の重賞を初制覇した。同馬とは3戦3勝と相性が良かった。
2004年には菊花賞をデルタブルースで制し、地方競馬所属の騎手としては初めて中央競馬のクラシックを制覇した。また、地方競馬所属の騎手が中央の競走馬に騎乗してGI競走を制覇したのも史上初であった。
2005年、第1回WSJS地方騎手代表選定競走に優勝し、ワールド・スーパー・ジョッキーズ・シリーズには地方競馬代表として参戦。ゴールデンサドルトロフィーではオースミグラスワンで1着になるなど、総ポイントで41点を挙げ、総合優勝した(地方競馬の騎手が同シリーズを総合優勝するのは第8回(1994年)の石崎隆之(船橋)、第11回(1997年)の川原正一(当時笠松所属)、第15回(2001年)の鮫島克也(佐賀)に次いで4年ぶり4人目であった)。
前述のとおり、2005年12月8日の園田競馬第1競走で1着となり通算3000勝を達成した。1991年10月23日のデビュー以来、14年2ヶ月での達成は佐々木竹見についで史上2番目の速さである。
地方競馬のトップジョッキーだけに中央競馬への移籍は時間の問題と見られていた。そして、2006年度の新規騎手試験を受験し合格、3月より中央競馬の騎手として正式にデビューした。地方競馬から中央競馬へは安藤勝己、小牧太、赤木高太郎、柴山雄一がこれまでに移籍したが、安藤と小牧は中央競馬の特例(下記参照)をクリアし中央に移籍した。岩田はこの特例を2004年にクリアし、2006年度の新規騎手試験は二次試験からの受験が可能となっていた。ちなみに過去2年続けて一次試験から受験しているが2度とも不合格となっていた。
[編集] 中央移籍後
2006年に中央競馬に移籍した最初のレースをキアヌバローズで制し、移籍後初勝利を挙げる。秋にはタイムパラドックスでJBCクラシックを勝利し、JRA移籍後の初GI勝利を果たした。さらに翌週には菊花賞でコンビを組んだデルタブルースと共に海外G1メルボルンカップに出走、見事に勝利し、自身初の海外G1勝利を果たした。年末の第20回ワールドスーパージョッキーズシリーズには前年に続き2年連続で参戦し連覇が期待されたが惜しくも2位だった。最終的に2006年は123勝をあげ全国リーディングでも武豊、藤田伸二に続く3位と素晴らしい成績をあげた。
また、12月24日にはJRAでの年間騎乗回数を952回を記録し、それまでのJRAでの年間最多騎乗回数は2004年に記録した柴田善臣騎手の940回を超えて年間最多騎乗回数の記録保持者となった。
2007年、4月22日にJRA通算300勝達成、同日に行われたアンタレスステークスではワイルドワンダーで優勝し、花を添えた。
アドマイヤの冠名を使用する近藤利一オーナーの意向により、同年の宝塚記念では、それまで武豊が主戦を務めていたアドマイヤムーンに初騎乗し、中央移籍後初の中央GI制覇を達成した。また、7月2日から7月8日まで自身2度目となる海外遠征で、キャッシュコールマイルとアメリカンオークスに参戦するもそれぞれ5着という結果だった。その後は、松田博資調教師からは「アドマイヤ」はもちろん、それ以外の管理馬の多くを騎乗依頼を受けていた。しかし、ジャパンカップのアドマイヤムーン以降、松田博資調教師の管理馬への騎乗が激減している。
同年9月1日に札幌競馬第10R富良野特別において、最後の直線で斜行し2位入線から14着(最下位)に降着となり、JRAに移籍してから初の騎乗停止となった。期間は9月8日から9月16日までの開催日4日間。騎乗停止から戻ってきた9月17日、阪神競馬第7Rにおいて、最後の直線で斜行したことにより、過怠金の処分を受けた。その5日後の9月22日、札幌競馬第12Rニセコ特別において、4コーナーで斜行、6位入線から16着(最下位)に降着。これにより、9月29日から10月7日までの開催日4日間の騎乗停止処分となり、短期間で2度も騎乗停止処分を受けてしまうことになった。さらに10月28日までに関西所属騎手の中で2位となる中央で126勝を挙げたことから11月8日に第21回ワールドスーパージョッキーズシリーズへの出場が発表された。11月25日の第27回ジャパンカップで近藤利一とのトレードで新オーナーとなったダーレー・ジャパン・ファーム(有)の中央登録後初のGI制覇に導くと共に中央競馬での左回り競馬場で初めてGI競走を制覇した(※)。そして第21回ワールドスーパージョッキーズシリーズは31ポイントで5位タイと過去最低の結果に終わった。さらに12月3日から12月6日までこの年2度目の海外出張届を提出し、香港ジョッキークラブのインターナショナルジョッキーズチャンピオンシップに初出場した。12月5日にハッピーバレー競馬場で行われた同チャンピオンシップ第1戦で香港初騎乗を果たし、スーパーファイターに騎乗し3着となった。なお同チャンピオンシップは3戦で4点を獲得し8位だった。騎乗後「短期免許などでも(香港に)来てみたい。来年も招待されるように頑張りたい。」といった発言を残した。
2008年は、アドマイヤジュピタで春の天皇賞、ウオッカで安田記念、ブラックエンブレムで秋華賞を制覇し、重賞も多数勝利するなど大舞台での活躍が光る。
中央移籍後も地方競馬へは積極的に参戦しており、特に園田・姫路競馬参戦時はJRA交流競走以外に、特別競走(B級以上)を中心に地元馬にもよく騎乗している。時には地元重賞に騎乗する事もあるが、JRA移籍後はまだ地方馬限定の兵庫の重賞勝ちは無い(ダートグレード競走は兵庫チャンピオンシップと兵庫ゴールドトロフィーを勝っている)。なお、中央移籍後も園田・姫路競馬で兵庫所属馬に騎乗する際の勝負服は、これまで通りの白・青襷である。
[編集] エピソード
中央に移籍して以来、マスメディアへの露出増加に伴ってその天然キャラも注目されつつある。
- レース後や調教後のコメントとして「バキューン」や「ズキューン」など擬音を多用する。
- その後、このような擬音を四位洋文も使うようになった。
- 印象に残った馬の名前として色紙に「イチゴイチエ」と書くつもりが「イチゴイチエイ」と記入してしまう。
- 2008年の阪神大賞典後のレースコメントでは「スローペースなので下げました」と発言(通常競馬ではスローペースの際は馬を追って位置を上げる)。
- また、同年の金鯱賞のインタビューで嬉しさのあまり、「きんか賞」と言って笑顔で締めくくっている。
- 仲のよい藤田伸二には、『漢字どころか平仮名もあまり読めない』と冗談交じりに発言された。
- それらが取り上げられることも多いせいか、最近では自ら「天然キャラ」であることを自認している。
[編集] 中央競馬の特例
5年間で年間20勝以上を2回クリアすると、一次試験の筆記試験(国語・数学・競馬法規)が免除され二次試験(技能試験と面接)から受験できる。この特例は、その当時から中央競馬でも非常に顕著な活躍を見せていた安藤勝己が、一次試験から受験し不合格となったため、ファンからの声によって設けられた特例である。
この特例を利用し、園田の小牧太、笠松の安藤勝己、そして岩田が合格した(のち、2008年に大井の内田博幸も合格)。この特例を岩田の他に、名古屋競馬の吉田稔も2004年にクリアしていたが、吉田は2006年度~2008年度まで騎手試験には3度不合格となった。
地方競馬から中央競馬へ移籍した騎手の中には、一次試験から受験した赤木高太郎・柴山雄一・安藤光彰・鷹野宏史が見事に合格している。競馬学校でみっちり一次試験の勉強をしている騎手候補生とは違い、毎週競馬に乗りながら、さらに毎日調教をこなしながら、そして独学で勉強をしなければならない地方所属騎手は、この一次試験に合格するのは非常に困難である。
[編集] 年度別成績表
- 中央競馬(2009年の成績は2月22日現在)
| 年 | 騎乗数 | 勝利数 | 勝率 | 連対率 | 順位 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 関西 | 全国 | |||||
| 1999年 | 11 | 0勝 | .000 | .000 | - | 188位 |
| 2000年 | 21 | 2勝 | .095 | .095 | - | 155位 |
| 2001年 | 38 | 6勝 | .158 | .184 | - | 100位 |
| 2002年 | 116 | 18勝 | .154 | .231 | - | 56位 |
| 2003年 | 239 | 25勝 | .105 | .172 | - | 36位 |
| 2004年 | 400 | 45勝 | .113 | .223 | - | 24位 |
| 2005年 | 264 | 28勝 | .106 | .223 | - | 37位 |
| 2006年 | 952 | 126勝 | .132 | .252 | 3位 | 3位 |
| 2007年 | 873 | 145勝 | .166 | .298 | 2位 | 2位 |
| 2008年 | 852 | 118勝 | .138 | .263 | 3位 | 4位 |
| 2009年 | 126 | 16勝 | .127 | .278 | 2位 | 5位 |
| 通算 | 3894 | 529勝 | .136 | .253 | - | - |
- 地方競馬(成績は2009年2月17日現在)
| 年 | 騎乗数 | 勝利数 | 2着 | 3着 | 4着 | 5着 | 着外 | 勝率 | 連対率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 中央移籍まで | 13099 | 2941勝 | 2119 | 1785 | 1394 | 1171 | 3689 | .225 | .386 |
| 2006年(JRA所属として) | 102 | 18勝 | 16 | 19 | 7 | 10 | 32 | .176 | .363 |
| 2006年(兵庫所属として) | 145 | 40勝 | 30 | 13 | 7 | 16 | 39 | .276 | .483 |
| 2007年 | 57 | 12勝 | 11 | 6 | 10 | 6 | 12 | .211 | .404 |
| 2008年 | 114 | 25勝 | 26 | 16 | 12 | 9 | 26 | .219 | .447 |
| 通算 | 13523 | 2997勝 | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- |
- 海外競馬
| 年 | 騎乗数 | 勝利数 | 勝率 | 連対率 |
|---|---|---|---|---|
| 2006年 | 1 | 1勝 | 1.00 | 1.00 |
| 2007年 | 2 | 0勝 | 0.00 | 0.00 |
| 通算 |
[編集] 表彰
- 日本プロスポーツ大賞
- 2005年(功労賞)
- JRA賞最多賞金獲得騎手
- 2008年
[編集] 主な騎乗馬
- ケイエスヨシゼン(1996年兵庫アラブ三冠など)
- ビリーヴ(2002年北九州短距離ステークス、セントウルステークス)
- デルタブルース(2004年菊花賞、2006年メルボルンカップ)
- ロードバクシン(2004年楠賞、2005年兵庫大賞典、2006年新春賞など)
- グレートステージ(2005年兵庫ダービー、菊水賞)
- マイネサマンサ(2006年京都牝馬ステークス)
- ドンクール(2006年名古屋大賞典)
- コンゴウリキシオー(2006年金鯱賞)
- チアフルスマイル(2006年キーンランドカップ)
- リミットレスビッド(2006年東京盃、兵庫ゴールドトロフィー、2007年黒船賞、兵庫ゴールドトロフィー、2008年さきたま杯)
- レマーズガール(2006年白山大賞典、クイーン賞)
- タイムパラドックス(2006年JBCクラシック)
- アドマイヤオーラ(2007年シンザン記念)
- ディアデラノビア(2007年京都牝馬ステークス)
- ワイルドワンダー(2007年アンタレスステークス、2008年根岸ステークス)
- フェラーリピサ(2007年兵庫チャンピオンシップ、2008年エルムステークス、2009年根岸ステークス)
- タスカータソルテ(2007年京都新聞杯)
- アドマイヤムーン(2007年宝塚記念、ジャパンカップ)
- エイシンデピュティ(2008年京都金杯 金鯱賞)
- ドリームシグナル(2008年シンザン記念)
- サヨウナラ(2008年エンプレス杯)
- アドマイヤジュピタ(2008年阪神大賞典、天皇賞・春)
- メイショウクオリア(2008年京都新聞杯)
- ウオッカ(2008年安田記念)
- キンシャサノキセキ(2008年函館スプリントステークス)
- セイウンワンダー(2008年新潟2歳ステークス、朝日杯フューチュリティステークス)
- ブラックエンブレム(2008年秋華賞)
- スマートファルコン(2008年白山大賞典、彩の国浦和記念、兵庫ゴールドトロフィー、2009年佐賀記念、名古屋大賞典、かきつばた記念、さきたま杯)
- アンライバルド(2009年スプリングステークス、皐月賞)
- ラヴェリータ(2009年関東オークス、スパーキングレディーカップ)
- テスタマッタ(2009年ジャパンダートダービー)
[編集] 関連項目
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