ブリーダーズゴールドカップ
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| ブリーダーズゴールドカップ | |
|---|---|
| 開催地 | 門別競馬場 |
| 格付け | JpnII |
| 1着賞金 | 4000万円 |
| 距離 | ダート2000m |
| 出走条件 | サラブレッド系3歳以上 |
| 負担重量 | 3歳53kg、4歳以上56kg、牝馬2kg減(牝馬限定GI級優勝馬を除くGI級優勝馬2kg増、牝馬限定GI級優勝馬、牝馬限定GII級優勝馬を除くGII級優勝馬1kg増) |
| 第1回施行日 | 1989年10月10日 |
ブリーダーズゴールドカップはホッカイドウ競馬が施行している競馬の重賞競走である。
目次 |
[編集] 概要
1989年に、当時はまだ数少ない中央競馬と地方競馬のサラブレッド系4歳(現3歳)以上の馬による全国交流競走として創設。1994年までは札幌競馬場のダート2400mで秋季に施行されていたが、1995年より旭川競馬場のダート2300mに変更、施行時期も夏季となり旭川ナイトレース期間中における最大のレースとして施行していたが、旭川競馬場での開催は2008年をもって終了し、2009年は8月13日に門別競馬場・ダート2000mで施行予定。
1996年の第8回では、スパーキングナイター開催中の川崎競馬場で指定交流重賞競走としては初となる地域間場外発売が実施された。この日、川崎競馬場でのブリーダーズゴールドカップの馬券発売締切時刻は発走10分前であったにもかかわらず、当時関東地方では購入できなかったホッカイドウ競馬の馬券が買えるとあって、地元のみならず関東地方各地からも地方競馬ファンが集まり、この日の川崎競馬場はメインレースが下級条件馬の特別戦であったにも関わらず、重賞開催日並みの盛況をみせた[1]。この成功がきっかけとなり、全国各地で広域場外発売が盛んに行われるようになっていった。
1997年よりダート競走格付け委員会によってダートグレード競走に指定され、ホッカイドウ競馬の競走では最高のGIIとして格付けされ、2007年には国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告より、重賞格付けがJpnIIへ変更された。
第1回を「笠松の怪物」と呼ばれたフェートノーザンが制し、その後はJRA所属馬が連勝を続けていたが、2007年の第19回でギルガメッシュがホッカイドウ競馬所属馬として初優勝した[2]。
第1回の優勝馬フェートノーザンに騎乗した安藤勝己は当時笠松競馬場所属であったが、その後JRAの騎手免許を取得したため、第16回ではJRA所属騎手として自身2度目の優勝を果たしている。
札幌開催時は道内向けにHBCがテレビで中継していた時期もあったものの、旭川開催に移った後も全国向けに放送していたラジオたんぱ(現・ラジオNIKKEI)が撤退してからは、地上波放送での実況生中継はされていない。[3]
2008年の1着賞金は4000万円で、これはホッカイドウ競馬における最高額である。
スタリオンシリーズ競走として施行されており、2009年はアドマイヤムーンの種付権が副賞として贈られる。
多くの企業や団体などから協賛を受けており、名称は「JBC協会賞・農林水産大臣賞典スポーツニッポン杯 ブリーダーズゴールドカップ」と表記される。
負担重量はグレート別定で、3歳は53キロ、4歳以上は56キロを基本とし、牝馬は2キロ減で、更に牝馬限定GI優勝馬を除くGI優勝馬は2キロ、牝馬限定GI優勝馬、牝馬限定GII優勝馬を除くGII優勝馬は1キロの負担が課せられる。ただし2歳時のグレード・グループ優勝は対象外。
[編集] 歴代優勝馬
優勝馬の馬齢は2000年まで旧表記、2001年以降は現表記。
| 回数 | 施行日 | 開催地 | 距離 | 頭数 | 優勝馬 | 性齢 | 所属 | タイム | 優勝騎手 | 管理調教師 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 1989年10月10日 | 札幌 | 2400m | 12頭 | フェートノーザン | 牡7 | 笠松 | 2.31.9 | 安藤勝己 | 吉田秋好 |
| 第2回 | 1990年9月24日 | 札幌 | 2400m | 10頭 | プレジデントシチー | 牡8 | JRA | 2.31.0 | 村本善之 | 中尾謙太郎 |
| 第3回 | 1991年10月10日 | 札幌 | 2400m | 12頭 | カミノクレッセ | 牡5 | JRA | 2.32.0 | 南井克巳 | 工藤嘉見 |
| 第4回 | 1992年8月27日 | 札幌 | 2400m | 10頭 | マンジュデンカブト | 牡7 | JRA | 2.32.1 | 山田和広 | 坪正直 |
| 第5回 | 1993年10月11日 | 札幌 | 2400m | 11頭 | ヒデノリード | 牡5 | JRA | 2.32.8 | 斉藤博美 | 斉藤義美 |
| 第6回 | 1994年10月10日 | 札幌 | 2400m | 12頭 | カリブソング | 牡9 | JRA | 2.33.4 | 安田富男 | 加藤修甫 |
| 第7回 | 1995年8月16日 | 旭川 | 2300m | 9頭 | ライブリマウント | 牡5 | JRA | 2.28.0 | 石橋守 | 柴田不二男 |
| 第8回 | 1996年8月15日 | 旭川 | 2300m | 10頭 | メイショウアムール | 牡6 | JRA | 2.30.2 | 河内洋 | 高橋直 |
| 第9回 | 1997年8月20日 | 旭川 | 2300m | 12頭 | デュークグランプリ | 牡7 | JRA | 2.28.8 | 田中勝春 | 小西一男 |
| 第10回 | 1998年8月20日 | 旭川 | 2300m | 12頭 | メイショウアムール | 牡8 | JRA | 2.31.0 | 河内洋 | 高橋直 |
| 第11回 | 1999年8月16日 | 旭川 | 2300m | 14頭 | スノーエンデバー | 牡6 | JRA | 2.29.2 | 武豊 | 森秀行 |
| 第12回 | 2000年8月15日 | 旭川 | 2300m | 13頭 | ウイングアロー | 牡6 | JRA | 2.32.5 | 岡部幸雄 | 南井克巳 |
| 第13回 | 2001年8月16日 | 旭川 | 2300m | 10頭 | ウイングアロー | 牡6 | JRA | 2.29.5 | 岡部幸雄 | 南井克巳 |
| 第14回 | 2002年8月15日 | 旭川 | 2300m | 14頭 | アルアラン | 牡6 | JRA | 2.30.2 | 本田優 | 昆貢 |
| 第15回 | 2003年8月14日 | 旭川 | 2300m | 11頭 | イングランディーレ | 牡4 | JRA | 2.30.7 | 五十嵐冬樹 | 清水美波 |
| 第16回 | 2004年8月12日 | 旭川 | 2300m | 9頭 | タイムパラドックス | 牡6 | JRA | 2.31.4 | 安藤勝己 | 松田博資 |
| 第17回 | 2005年8月17日 | 旭川 | 2300m | 14頭 | サカラート | 牡5 | JRA | 2.32.2 | 秋山真一郎 | 石坂正 |
| 第18回 | 2006年8月17日 | 旭川 | 2300m | 12頭 | ハードクリスタル | 牡6 | JRA | 2.31.0 | 横山典弘 | 作田誠二 |
| 第19回 | 2007年8月16日 | 旭川 | 2300m | 8頭 | ギルガメッシュ | 牡4 | 北海道 | 2.36.2 | 齋藤正弘 | 角川秀樹 |
| 第20回 | 2008年8月14日 | 旭川 | 2300m | 13頭 | メイショウトウコン | 牡6 | JRA | 2.31.3 | 藤田伸二 | 安田伊佐夫 |
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 現在では、南関東地方競馬の電話投票システム「SPAT4」でホッカイドウ競馬全レースの購入が可能である。
- ^ 第19回はJRA施設内で所属馬の一部に馬インフルエンザの感染が確認され、JRAに所属する全馬の移動が制限されたため、出走を予定していたJRA所属馬4頭が、防疫上の理由から競走除外となった(なお、この日は別のJRA交流競走でも同様の理由から6頭のJRA所属馬が競走除外となった)。
- ^ ただし、インターネットや「懐かし音楽★グラフィティTV/keiba」(スカパー!795ch等)ではホッカイドウ競馬の全レース完全生中継が行われている。
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