ジェンティルドンナ

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ジェンティルドンナ
17th Shuka-sho 20121017.JPG
2012年秋華賞
原語表記 Gentildonna
香港表記 貴婦人
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2009年2月20日(5歳)
登録日 2011年5月4日
ディープインパクト
ドナブリーニ
母の父 Bertolini
生国 日本の旗 日本北海道安平町
生産 ノーザンファーム
馬主 サンデーレーシング
調教師 石坂正栗東
厩務員 日迫真吾
競走成績
生涯成績 15戦9勝
中央競馬)13戦8勝
(日本国外)2戦1勝
獲得賞金 10億3075万8000円
400万ドル
(2014年3月29日現在)
勝ち鞍 GI桜花賞優駿牝馬秋華賞2012年)
ジャパンカップ(2012年・2013年
ドバイシーマクラシック2014年
GIIローズステークス(2012年)
GIIIシンザン記念(2012年)
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ジェンティルドンナGentildonna)は日本競走馬である。馬名の意味はイタリア語で「貴婦人」。主な勝ち鞍は2012年牝馬三冠(史上4頭目)、2012年・2013年のジャパンカップ連覇(史上初)、2014年のドバイシーマクラシック

経歴[編集]

2歳(2011年)[編集]

京都競馬場の芝1600mの新馬戦ミルコ・デムーロ鞍上でデビューし、1番人気に支持されたが前を捉えきれず2着に敗れる。

2戦目の阪神競馬場の芝1600mの未勝利戦でイオリッツ・メンディザバル鞍上で後続に3馬身半差をつけ初勝利を挙げた。

3歳(2012年)[編集]

シンザン記念

シンザン記念ではクリストフ・ルメールを鞍上に出走した。道中でかかる場面があったが直線で抜け出すと後続の追撃を封じ2着馬に1馬身1/4差をつけ優勝、牝馬ながら牡馬相手に重賞初制覇を達成した。シンザン記念での牝馬の優勝はフサイチエアデール以来13年ぶりである。

次走のチューリップ賞から岩田康誠が主戦騎乗を担当。レースは2週間前の発熱の影響で体調が万全でなく、中団につけるも直線で伸び切れずハナズゴールの4着に敗れた。

桜花賞

4月8日桜花賞ではヴィルシーナアイムユアーズとの競り合いを制し、重賞2勝目をGI勝ちで達成し、ディープインパクト産駒では初の重賞2勝馬となった。

主戦の岩田がNHKマイルカップ(マウントシャスタに騎乗)でシゲルスダチ鞍上の後藤浩輝を強引な騎乗で落馬させたことにより騎乗停止となったため、川田将雅に乗り替わりとなった優駿牝馬では、初めての距離・関東への輸送に加え血統的な距離不安、ディープインパクト産駒のGI勝利が1600mのみであった点、さらに騎手の乗り代わりといったことが重なり、桜花賞馬でありながら3番人気にとどまっていた。しかしレースでは前半1,000mが59秒1という速い流れの中で川田が後方待機策を選択、第4コーナーでは後方から4番手という位置から一気に仕掛け、3F上がり34秒2という鋭い脚で追い込み、先頭に立つと2着ヴィルシーナに5馬身差をつけ、従来のレースレコードを1.7秒更新する2分23秒6のタイムで勝利、事前の低評価をあざ笑うかのような圧勝で2冠を獲得した。

夏の休養を挟んで秋初戦となったローズステークスはやはり秋初戦のヴィルシーナを寄せ付けず完勝した。

そして第17回秋華賞では1.3倍の圧倒的な1番人気に支持される。返し馬の途中に落馬するアクシデントがあったものの、レースではスタートから中団で折り合う。途中からチェリーメドゥーサがハナを切って乱ペースとなったが、ゴール直前でチェリーメドゥーサを捉えると、最後はヴィルシーナとの叩き合いの末にハナ差(推定7cm差)で勝利し、メジロラモーヌスティルインラブアパパネに次ぐ史上4頭目の牝馬三冠を達成した[注 1](牡馬・牝馬をあわせると史上11頭目)[注 2]。なお、父・ディープインパクトも三冠馬であり、日本競馬史上初となる親子三冠を達成した。

ジャパンカップ

三冠達成後はジャパンカップに出走。この競走には前年の三冠馬であるオルフェーヴルも出走を表明しており、ジャパンカップでは28年ぶり2例目の三冠馬同士の対決となった[注 3][注 4]。初の古牡馬相手のGI出走であることや、当日の馬体重が前走比でマイナス14キロと大きく馬体を減らしたこともあり6.6倍の3番人気に留まった。レースではビートブラックが後続を引きつけて逃げる展開を3番手で追走。第4コーナーでやや位置を下げ、4番手で直線に入り、直線途中で外で伸びようとするオルフェーヴルを吹き飛ばし進路をこじ開けた。そこからゴールまで叩き合った末にハナ差で1位入線。オルフェーヴルに接触した際オルフェーヴルは減速しておりこれがなければオルフェーヴルが勝利した可能性も高く(オルフェーヴルもややうちに寄れており、全く責任がないというわけではない。また最後の直線ではジェンティルドンナにもたれかかる格好になっておりジェンティルドンナも大きな不利を受けている。)非常に後味の悪いジャパンカップとなった。なお翌年もこの馬はジャパンカップを制しており、この年にまともな戦いが見たかったというのがファンの心情である。しかし最後は牡牝三冠馬同士の一騎打ちとなり他馬を置き去りにしたその壮絶な戦いは競馬ファンに複雑な思いを抱かせながらも名勝負であったといえる。なお父・ディープインパクトも2006年のジャパンカップを制しており、シンボリルドルフトウカイテイオースペシャルウィーク・ブエナビスタに次ぐ史上3組目の親子制覇となった。日本の牝馬三冠馬として初となる牡馬混合GI制覇を果たした。また、3歳牝馬の優勝はジャパンカップ史上初である。そしてこの勝利で、これまでブエナビスタが持っていた121ポンドを超える、日本調教の牝馬で歴代最高となる122ポンドのレーティングをIFHAより与えられた[1]

当年は牝馬三冠を含むGI・4勝、7戦6勝の好成績を収め、JRA賞年度代表馬および最優秀3歳牝馬に選出された[2][注 5][注 6]

4歳(2013年)[編集]

陣営は、この年の初戦にドバイシーマクラシックに直行し、その後宝塚記念凱旋門賞に向かうプランを発表した[3]。前年のジャパンカップで凱旋門賞2着馬のオルフェーヴルを破っていたことから海外での評判も高く、ブックメーカーでは1番人気に支持された[4]。現地時間3月30日(日本時間3月31日)に行われたレースでは、シャレータが逃げ、セントニコラスアビー、ジェンティルドンナの順で進む。道中、隊列は変わらずこのまま最後の直線に向くが、先に抜け出したセントニコラスアビーを捕らえることができず、2着に敗れた。

帰国後は宝塚記念に直行。1番人気に推されたが、道中ゴールドシップにマークされる形となり、最後はゴールドシップに抜け出され、ダノンバラードも捕らえることが出来ず3着に敗れた。国内での敗戦は2012年のチューリップ賞以来1年3ヶ月ぶりとなった。この敗戦を受けて凱旋門賞挑戦は白紙となり、秋は国内戦に専念することとなった。

秋はステップレースを使わずに天皇賞に出走。宝塚記念に出走したゴールドシップやフェノーメノが不在ということもあり休み明けながら1番人気に支持された。しかしレースでは好スタートが逆に災いしトウケイヘイローが作り出した1000m通過58秒4のハイペースを掛かり気味に2番手で追走する形となり、直線で一旦は先頭に立つも後方待機していたジャスタウェイに差され、そのまま4馬身離された2着に敗れた。

ジャパンカップでは、石坂師とオーナーサイドの話し合いの結果、ライアン・ムーアが手綱を取ることとなり、主戦の岩田はヴィルシーナへの騎乗となった。宝塚記念で先着を許したゴールドシップも出走しており、前走の結果で折り合い面が不安視されたが1番人気の支持を受けた。そして迎えたレースでは前走とは打って変わってエイシンフラッシュが作り出す1000m通過62秒4の超スローペースを折り合いをつけて先行し、残り400mで抜け出してデニムアンドルビーの追撃をハナ差で振り切り連覇を果たした。ジャパンカップの連覇は牡馬を含めてもこれまで1頭もおらず、本馬が史上初の快挙となった。

この年はジャパンカップの1勝のみに終わったが、ドバイシーマクラシックや秋の天皇賞での好走も評価され、JRA賞最優秀4歳以上牝馬に選出された。

5歳(2014年)[編集]

前年に続きドバイシーマクラシックへの挑戦を表明。ドバイへ直行した前年と異なり、鞍上に福永祐一を迎え叩き台として京都記念に出走。レースでは圧倒的一番人気に支持され、好位で競馬を進めるも直線で伸びを欠きデスペラードの6着に敗戦。デビュー以来初めて掲示板を外す結果となった。

ドバイシーマクラシックでは鞍上に再びライアン・ムーアを迎え、好スタートを切るものの最初のコーナーを曲がったところで逸脱馬に当てられる。しかし影響はほとんどなく、その後も中団でレースを進める。直線に入っても何度も馬体をぶつけられ馬群に囲まれ進路がなかなか開かず、さらに最後の直線ではスミヨン騎乗のシリュスデゼーグルに前を塞がれる絶対絶命の状態に陥る。しかし、勝負をあきらめなかったライアン・ムーアはやや強引とも言える進路変更でジェンティルドンナを後ろに下げて外に持ち出す。ジェンティルドンナも騎手の手綱さばきに即座に反応し、先頭に立ったシリュスデゼーグルを差し切り1馬身1/2差をつけて優勝した[5]。 日本調教馬の牝馬でドバイミーティングのG1を優勝したのは史上初である。 なお2着のシリュスデゼーグルに騎乗していたスミヨン騎手はレース後、騎乗停止処分を受けた。

帰国後は優駿牝馬以来2年ぶりの川田とのコンビで宝塚記念に出走。道中は中団でゴールドシップをみる形でレースを進めたが、直線では手ごたえが全くなくなり9着と大敗を喫した。

競走成績[編集]

競走日 競馬場 競走名 距離(馬場)


オッズ
(人気)
着順 タイム
(上り3F)
着差 騎手 斤量 1着馬(2着馬)
2011.11.19 京都 2歳新馬 芝1600m(不) 17 5 09 2.1(1人) 2着 1:41.0(36.7) -0.4 M.デムーロ 54kg エーシンフルマーク
0000.12.10 阪神 2歳未勝利 芝1600m(良) 18 8 16 1.6(1人) 1着 1:36.7(34.1) -0.6 I.メンディザバル 54kg (ヤマニンカヴァリエ)
2012.01.08 京都 シンザン記念 GIII 芝1600m(良) 15 4 07 4.0(2人) 1着 1:34.3(34.7) -0.2 C.ルメール 54kg (マイネルアトラクト)
0000.03.03 阪神 チューリップ賞 GIII 芝1600m(良) 14 1 01 4.4(2人) 4着 1:36.1(34.7) -0.6 岩田康誠 54kg ハナズゴール
0000.04.08 阪神 桜花賞 GI 芝1600m(良) 18 5 10 4.9(2人) 1着 1:34.6(34.3) -0.1 岩田康誠 55kg ヴィルシーナ
0000.05.20 東京 優駿牝馬 GI 芝2400m(良) 18 7 14 5.6(3人) 1着 2:23.6(34.2) -0.8 川田将雅 55kg (ヴィルシーナ)
0000.09.16 阪神 ローズS GII 芝1800m(良) 10 6 06 1.5(1人) 1着 1:46.8(33.2) -0.2 岩田康誠 54kg (ヴィルシーナ)
0000.10.14 京都 秋華賞 GI 芝2000m(良) 18 7 14 1.3(1人) 1着 2:00.4(33.1) -0.0 岩田康誠 55kg (ヴィルシーナ)
0000.11.25 東京 ジャパンC GI 芝2400m(良) 17 8 15 6.6(3人) 1着 2:23.1(32.8) -0.0 岩田康誠 53kg オルフェーヴル
2013.03.30 メイダン ドバイSC G1 芝2410m(Gd[注 7] 11 8 08 発売なし 2着 計測不能 2馬身1/4 岩田康誠 54.5kg St Nicholas Abbey
0000.06.23 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(良) 11 8 11 2.4(1人) 3着 2:13.8(35.9) -0.6 岩田康誠 56kg ゴールドシップ
0000.10.27 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 17 5 09 2.0(1人) 2着 1:58.2(35.8) -0.7 岩田康誠 56kg ジャスタウェイ
0000.11.24 東京 ジャパンC GI 芝2400m(良) 17 4 07 2.1(1人) 1着 2:26.1(33.9) -0.0 R.ムーア 55kg デニムアンドルビー
2014.02.16 京都 京都記念 GII 芝2200m(稍) 12 3 03 1.6(1人) 6着 2:16.5(34.6) -0.5 福永祐一 56kg デスペラード
0000.03.29 メイダン ドバイSC G1 芝2410m(Gd[注 7] 15 12 発売なし 1着 2:27.25(0.0) 1馬身1/2 R.ムーア 55kg Cirrus des Aigles
0000.06.29 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(良) 12 5 06 4.1(3人) 9着 2:15.1(36.2) -1.2 川田将雅 56kg ゴールドシップ

競走成績は2014年6月29日現在

血統表[編集]

ジェンティルドンナ血統サンデーサイレンス系 / Northern Dancer 5×4×5=12.50%、Lyphard 4×4=12.50%)

ディープインパクト
2002 鹿毛
*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
*ウインドインハーヘア
1991 鹿毛
Alzao Lyphard
Lady Rebecca
Burghclere Busted
Highclere

*ドナブリーニ
Donna Blini
2003 栗毛
Bertolini
1996
Danzig Northern Dancer
Pas de Nom
Aquilegia Alydar
Courtly Dee
Cal Norma's Lady
1988
*リファーズスペシャル
Lyphard's Special
Lyphard
My Bupers
June Darling *ジュニアス Junius
Beau Darling F-No.16-f

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 過去の牡馬・牝馬三冠馬はいずれも三冠競走(牝馬は桜花賞優駿牝馬秋華賞(1995年以前はエリザベス女王杯)、牡馬は皐月賞東京優駿菊花賞)で同一騎手が騎乗しており、騎手が乗り替わったケースは史上初となった。
  2. ^ 牡馬・牝馬を含めると2010年の牝馬のアパパネ2011年の牡馬のオルフェーヴルに続く三冠馬誕生となり、三年連続は史上初である。
  3. ^ 1例目は、1984年にシンボリルドルフ(3着)とミスターシービー(10着)が対戦。
  4. ^ 三冠馬同士の対決自体は1985年の天皇賞・春でのシンボリルドルフ(1着)とミスターシービー(5着)以来27年ぶり、牡馬三冠馬と牝馬三冠馬の対決は史上初である。
  5. ^ 3歳牝馬としては初めての年度代表馬受賞である。
  6. ^ 父・ディープインパクトも2005年、2006年の年度代表馬であり、父仔での年度代表馬受賞はトウショウボーイミスターシービー、シンボリルドルフ・トウカイテイオーに次ぐ史上3組目である。
  7. ^ a b Good。日本では稍重に相当する。

出典[編集]

外部リンク[編集]