ゼンノロブロイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ゼンノロブロイ
Zenno Rob Roy 20041031.jpg
英字表記 Zenno Rob Roy
香港表記 荒漠英雄
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 2000年3月27日(14歳)
サンデーサイレンス
ローミンレイチェル
母の父 マイニング
生国 日本の旗 日本北海道白老町
生産 白老ファーム
馬主 大迫忍
→大迫忍・吉田照哉吉田勝己[1]
→大迫久美子・吉田照哉・吉田勝己
調教師 藤沢和雄美浦北
厩務員 川越靖幸
競走成績
生涯成績 20戦7勝
獲得賞金 11億1560万8000円
10万1200ポンド
テンプレートを表示

ゼンノロブロイ (Zenno Rob Roy) は日本競走馬2004年JRA賞年度代表馬で、引退後に種牡馬となった。馬名の由来は、冠名の「ゼンノ」と18世紀スコットランドに実在した英雄ロブ・ロイ(ロバート・ロイ・マクレガー)の合成。

馬主大迫忍であったが、途中から社台グループの吉田照哉吉田勝己との共同所有となる[1]。また2005年6月18日に大迫忍が死去したため、以後は大迫久美子に名義が変更された。

経歴[編集]

3歳(2003年)[編集]

ゼンノロブロイはセレクトセールで9000万円で落札された評判馬であったが体質が弱く、その影響から仕上がりが遅れデビューは3歳の2月となった。デビュー戦に騎乗した横山典弘はレース前、「ステッキを使わなくても勝つ」と宣言した。レースではスタートで後手を踏んだ影響で後方からレースを進め、ステッキを使う羽目になったものの直線で出走馬中最速の上がりを繰り出して優勝した。

この時期のゼンノロブロイは骨膜炎を発症しており、調教師藤沢和雄は強い負荷をかける調教を施さない方針をとっていたが、3戦2勝の成績で臨んだ東京優駿(日本ダービー)トライアル青葉賞を制し、重賞初制覇を達成。横山をして「(日本ダービーは)この馬で勝てなきゃ、当分勝てない」と言わしめた。東京優駿では終始2番手を進み先頭を伺う競馬を見せたが直線でネオユニヴァースに交わされ、2着に敗れた(ちなみに、横山はこの6年後ネオユニヴァースの仔ロジユニヴァースでダービーを初勝利している)。

夏期は休養にあてられ、後半シーズンは神戸新聞杯から始動し菊花賞または天皇賞(秋)を目指すローテーションが組まれた。神戸新聞杯を優勝後、陣営は菊花賞への出走を決定。しかしレース終盤に前方へ進出するための進路を確保することができず、4着に敗れた。続いて有馬記念に出走したが、コースレコードを記録して優勝した同厩舎のシンボリクリスエスの前に3着に敗れた。

4歳(2004年)[編集]

2004年3月27日 中山競馬場パドックにて

4歳の前半シーズン、ゼンノロブロイは初戦の日経賞で2着になったのを皮切りに天皇賞(春)2着、宝塚記念4着と勝ちきれないレースを続けた。後半シーズンに入り京都大賞典でも2着。目標としていた天皇賞(秋)に賞金不足で出走できない可能性も浮上したが最終的には出走が可能となり、1番人気に支持された。このレースを優勝しGI初制覇を成し遂げると、続くジャパンカップ、さらには有馬記念[2]を優勝。2000年テイエムオペラオー以来史上2頭目の秋古馬三冠を達成した。この年、ゼンノロブロイはサンデーサイレンス産駒として初めてJRA賞年度代表馬に選ばれた。

5歳(2005年)[編集]

5歳の前半シーズン、ゼンノロブロイは前哨戦を経ずに宝塚記念に出走し3着に敗れた。宝塚記念出走後陣営は海外遠征を敢行。イギリスのG1競走インターナショナルステークスに出走したがエレクトロキューショニストクビ差交わされ2着に敗れた。敗因について調教師の藤沢は「思ったよりも馬場がボコボコしていてノメっていた」とイギリス独特の重い芝が響いたと語った。また、騎乗した武豊も「思ったよりも馬場が悪くてビュッと切れる脚が使えなかった」と馬場を敗因として挙げている。

帰国後出走した天皇賞(秋)では1番人気に推されたものの、レースでは直線でヘヴンリーロマンスに競り負けてアタマ差の2着に敗れた。続くジャパンカップでは接戦の末3着、引退レースとなった有馬記念ではスタート直後に脚を捻った影響で8着に敗れ、競走生活で初めて掲示板(5着以内)を外す。

競走成績[編集]

年月日 競馬場 競走名


オッズ
(人気)
着順 騎手 斤量 距離(馬場) タイム
(上り3F
着差 勝ち馬/(2着馬)
2003. 2. 9 中山 3歳新馬 15 6 10 1.8(1人) 1着 横山典弘 56 芝1600m(稍) 1.37.8 (35.0) -0.4 (ペイシャンスキング)
3. 2 阪神 すみれS 10 5 5 2.8(2人) 3着 横山典弘 56 芝2200m(稍) 2.17.3 (34.5) 0.4 リンカーン
4. 12 中山 山吹賞 10 8 10 1.4(1人) 1着 横山典弘 56 芝2200m(良) 2.14.9 (34.7) -0.4 (ルーベンスメモリー)
5. 3 東京 青葉賞 GII 15 6 11 2.3(1人) 1着 横山典弘 56 芝2400m(良) 2.26.3 (34.1) -0.2 (タカラシャーディー)
6. 1 東京 東京優駿 GI 18 2 3 6.4(3人) 2着 横山典弘 57 芝2400m(重) 2.28.6 (35.7) 0.1 ネオユニヴァース
9. 28 阪神 神戸新聞杯 GII 13 2 2 3.9(3人) 1着 K.デザーモ 56 芝2000m(良) 1.59.5 (34.8) -0.6 サクラプレジデント
10. 26 京都 菊花賞 GI 18 2 4 2.5(2人) 4着 O.ペリエ 57 芝3000m(良) 3.05.3 (35.6) 0.5 ザッツザプレンティ
12. 28 中山 有馬記念 GI 12 2 2 5.9(3人) 3着 柴田善臣 55 芝2500m(良) 2.32.1 (36.8) 1.6 シンボリクリスエス
2004. 3. 27 中山 日経賞 GII 14 4 6 1.1(1人) 2着 柴田善臣 57 芝2500m(良) 2.32.8 (34.9) 0.0 ウインジェネラーレ
5. 2 京都 天皇賞(春) GI 18 8 16 7.7(4人) 2着 D.オリヴァー 58 芝3200m(良) 3.19.5 (35.1) 1.1 イングランディーレ
6. 27 阪神 宝塚記念 GI 15 2 3 3.9(2人) 4着 田中勝春 58 芝2200m(良) 2.11.6 (35.7) 0.5 タップダンスシチー
10. 10 京都 京都大賞典 GII 10 4 4 1.4(1人) 2着 岡部幸雄 57 芝2400m(良) 2.25.2 (34.0) 0.0 ナリタセンチュリー
10. 31 東京 天皇賞(秋) GI 17 7 13 3.4(1人) 1着 O.ペリエ 58 芝2000m(稍) 1.58.9 (34.4) -0.2 ダンスインザムード
11. 28 東京 ジャパンC GI 16 5 9 2.7(1人) 1着 O.ペリエ 57 芝2400m(良) 2.24.2 (34.7) -0.5 コスモバルク
12. 26 中山 有馬記念 GI 15 1 1 2.0(1人) 1着 O.ペリエ 57 芝2500m(良) R2:29.5 (35.3) -0.1 (タップダンスシチー)
2005. 6. 26 阪神 宝塚記念 GI 15 4 6 3.0(2人) 3着 K.デザーモ 58 芝2200m(良) 2.11.7 (36.1) 0.2 スイープトウショウ
8. 16 ヨーク 英国際S GI 7 6 5 5.0(2人) 2着 武豊 59.4 芝10F88Y(良) クビ Electrocutionist
10. 30 東京 天皇賞(秋) GI 18 7 13 2.2(1人) 2着 横山典弘 58 芝2000m(良) 2.00.1 (32.7) 0.0 ヘヴンリーロマンス
11. 27 東京 ジャパンC GI 18 4 8 2.1(1人) 3着 K.デザーモ 57 芝2400m(良) 2.22.4 (34.7) 0.3 アルカセット
12. 25 中山 有馬記念 GI 16 2 3 6.8(2人) 8着 K.デザーモ 57 芝2500m(良) 2.32.8 (35.4) 0.9 ハーツクライ
  1. 良…良馬場、稍…稍重馬場、重…重馬場、不…不良馬場
  2. タイム欄のRはレコードタイム。
  3. 英インターナショナルステークスでの負担重量キログラムに換算(9ストーン5ポンド

表彰[編集]

  • 秋季主要JRAGIレース完全優勝で、2000年のテイエムオペラオー以来2頭目となる特別報奨金(2億円)を獲得。
  • 2004年度JRA賞年度代表馬・最優秀4歳以上牡馬受賞

引退後[編集]

競走馬引退後は2006年春より種牡馬となり、社台スタリオンステーションで繋養されている。なお、2006年と2007年シャトル種牡馬としてオセアニアでも供用された[3]。初年度産駒は2009年にデビュー。2歳リーディングサイアーランキングで7位に入っており、ファーストシーズンリーディングサイアーとなった。2010年コスモネモシンフェアリーステークスを制し産駒重賞初制覇となった。そして同年、サンテミリオンが優駿牝馬を制し[4]アパパネと1着同着[5])、産駒によるGI初制覇を果たした。

年度別種牡馬成績(中央+地方)[編集]

出走 勝利 順位 AEI 収得賞金
頭数 回数 頭数 回数
2009年 70 207 19 25 75 0.93 2億6346万5000円
2010年 163 942 68 100 13 2.26 14億7993万6000円
2011年 211 1541 93 177 14 1.72 14億2022万3000円
2012年 252 1814 111 192 14 1.52 14億7954万4000円
2013年 313 1943 121 183 14 1.17 14億2859万4000円
  • 2013年終了時点。

おもな産駒[編集]

サンテミリオン(2007年産)

血統表[編集]

ゼンノロブロイ血統サンデーサイレンス系ヘイルトゥリーズン系) / アウトブリード

*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo
1969 黒鹿毛
Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well
1975 鹿毛
Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss

*ローミンレイチェル
Roamin Rachel
1990 鹿毛
*マイニング
Mining
1984 栗毛
Mr.Prospector Raise a Native
Gold Digger
I Pass Buckpasser
Imepish
One Smart Lady
1984 鹿毛
Clever Trick Icecapade
Kankakee Miss
Pia's Lady Pia Star
Plucky Roman F-No.2-b

全弟のグランデグロリアは中央競馬で未勝利に終わった[6]が、引退後に種牡馬となった[6][7]。近親にはタガノエリザベートファンタジーステークス)がいる。

脚注[編集]

  1. ^ a b ゼンノロブロイ、社台へ金銭譲渡」 サンケイスポーツ、2005年3月26日(インターネット・アーカイブによるcache)。
  2. ^ 芝2500メートルの日本レコードである2分29秒5の走破タイムで優勝。
  3. ^ 2007年馬インフルエンザの影響でシャトル先であるニュージーランドへの入国を拒否されたため、8月7日に出国しオーストラリアインディペンデントスタリオンズに繋養されることになった。
  4. ^ 3着のアグネスワルツ、4着のアニメイトバイオも本馬の産駒である。
  5. ^ 八大競走時代を含め、JRA主催のG1での1着同着は史上初。
  6. ^ a b ゼンノロブロイの全弟が種牡馬に” (日本語). netkeiba.com (2008年1月17日). 2012年6月21日閲覧。
  7. ^ 馬産地ニュース「イーストスタッドで種牡馬展示会」” (日本語). 競走馬のふるさと案内所. 日本軽種馬協会 (2008年2月26日). 2012年6月21日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]