トウカイテイオー
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| トウカイテイオー | |
|---|---|
若駒ステークス出走時(1991年1月19日)
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| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1988年4月20日 |
| 父 | シンボリルドルフ |
| 母 | トウカイナチュラル |
| 生国 | |
| 生産 | 長浜牧場 |
| 馬主 | 内村正則 |
| 調教師 | 松元省一(栗東) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 12戦9勝 |
| 獲得賞金 | 6億2563万3500円 |
トウカイテイオー(1988年 - )は、日本の競走馬である。現在は種牡馬。七冠馬シンボリルドルフの代表産駒で、主な勝ち鞍は、皐月賞、東京優駿(日本ダービー)、ジャパンカップ、有馬記念。本馬が優勝したジャパンカップは、その年から国際GIに認定されており、日本調教馬で初めて国際GIを勝利した。1991年JRA年度代表馬、JRA賞最優秀4歳牡馬、JRA賞最優秀父内国産馬(JRA賞の部門名は当時のもの)、1993年JRA賞特別賞。1995年、顕彰馬に選出。
※馬齢は旧表記で統一する。
目次 |
[編集] 戦績
[編集] 1991年(4歳)
安田隆行を鞍上に1990年12月1日の中京競馬新馬戦に初出走。これを勝利した後、年末のシクラメンステークス(12月23日)、翌1991年の若駒ステークス(1月19日)、東上初戦の若葉ステークス(3月17日)と順調に勝ち進んだ。シンボリルドルフの初年度産駒として注目され、「繋ぎ」(人間でいうと足首に見える部分。実際には指先)が柔らかい歩様が話題になった。
クラシック第1戦の皐月賞(4月14日)は、重賞未勝利でありながら、弥生賞勝ちのイブキマイカグラを抑えて単枠指定で1番人気となり、大外枠の18番から先行し、直線で早めに抜け出して勝った。2着には後方から追い込んだ16番人気のシャコーグレイド(父ミスターシービー)が1馬身差で入り、シンボリルドルフとミスターシービーの三冠馬対決の再現と評された。安田隆行は勝利後の記念撮影で指一本を掲げて「三冠獲り」を宣言した。
続く東京優駿(5月26日)でも20頭中の20番枠という大外枠の単枠指定で、1.6倍の圧倒的な1番人気になると、スタート直後にスムーズに6番手につけ、最後の直線で抜け出すと2着レオダーバンに3馬身差の快勝。父シンボリルドルフと同様、無敗で二冠を制した。
次は親子二代の無敗のクラシック三冠達成と期待が高まったが、東京優駿のレース中に骨折していたことが判明。休養を余儀なくされ、三冠の夢は絶たれることとなった。トウカイテイオーが出走できなかったその年の菊花賞を勝利したのは、東京優駿で2着となったレオダーバンであった。
この年のJRA賞で、最優秀4歳牡馬に選出され、古馬を抑えて年度代表馬にも選出された。更に、ダイイチルビー(父トウショウボーイ)、メジロマックイーン(父メジロティターン)、メジロライアン(父アンバーシャダイ)、シスタートウショウ(父トウショウボーイ)、ダイタクヘリオス(父ビゼンニシキ)と揃ったGI勝馬の中から最優秀父内国産馬にも選出された。
[編集] 1992年(5歳)
翌1992年、鞍上には父シンボリルドルフに騎乗していた岡部幸雄が新たに迎えられ、休養明けの大阪杯(4月5日)に体重20キロ増の480キロで出走。阪神3歳ステークスを制した同世代のイブキマイカグラや前年の有馬記念を制したダイユウサクなどの強豪も出走したが、これらの凡走を尻目に、追われることなく手綱を持ったままの楽勝であった。
無敗のまま迎えた天皇賞(春)(4月26日)は、メジロマックイーンとの「世紀の対決」が大きな話題となる。トウカイテイオーは2400メートル超のレースを未経験であったが、井崎脩五郎は東京優駿の際のゴールを過ぎてウイニングランに入った800メートル地点、すなわち3200メートル地点の通過タイムがメジロマックイーンが天皇賞(春)を勝った時よりも速いと指摘し、岡部もスタミナには全く不安がないとして「トウカイテイオーは地の果てまででも駆けられる」と述べた。一方相手のメジロマックイーンは菊花賞や前年の天皇賞(春)に勝ち、阪神大賞典も連覇するなど長距離実績が十分であり、武豊は「それならこちらは天まででも駆けられる」と言って自信を見せた。当日の単勝人気はトウカイテイオーが1.5倍、メジロマックイーンが2.2倍で、トウカイテイオーが1番人気に支持されたが、先行したメジロマックイーンが第3コーナーから早めに先頭に立って後続を突き離したのに対し、トウカイテイオーは直線で抜け出せずに後ろから来た馬にもかわされて5着に敗れた。更にはレース後に2度目の骨折が判明し、以降春シーズンは休養となった。
秋シーズンは、復帰戦に天皇賞(秋)(11月1日)を選び、ぶっつけで挑んだ。レースは、メジロパーマーが引っ張るハイペースをダイタクヘリオスと2、3番手で競り合う形になり、7着に敗れる。
続くジャパンカップ(11月29日)は、この年から国際GI競走として認定され、英国二冠牝馬のユーザーフレンドリー(GIは4勝、この年の全欧年度代表馬)を筆頭に、史上初めて現役の英国ダービー馬が一挙に2頭来日、オーストラリアから全豪年度代表馬のレッツイロープ、フランスからはアーリントンミリオンの優勝馬ディアドクターなど、この年世界中で活躍した一流馬のうち、カナダのスカイクラシックを除くほとんどが集まって「史上最も豪華なメンバーが集まった」と言われる強豪揃いの中、同馬としては生涯最低の5番人気となった。しかし、道中は4、5番手をスムーズに追走し、最後の直線坂下で外から抜け出すとナチュラリズムとの競り合いを制し、2:24.6と重馬場としてはかなりの好タイムで勝利、普段は冷静な岡部が珍しくガッツポーズを上げた。これによりトウカイテイオーは日本競馬史上初の国際GI優勝馬になった。なお、ジャパンカップは、1985年の父シンボリルドルフ以来の日本馬の優勝であり、ジャパンカップ史上初の親子制覇でもあった。また、岡部幸雄にとっても父シンボリルドルフ以来のジャパンカップ優勝であり、ジャパンカップ史上初の2勝騎手となった。
次走有馬記念(12月27日)では岡部が騎乗停止となり、急遽田原成貴が鞍上に迎えられる。しかし、トウカイテイオーは終始後方のまま見せ場なく、生涯最低着順となる11着に敗れた。スタート直後に腰の筋肉を故障し、体重は4歳の春と同じ460キロまで落ちており、後日調教師の松元によって、寄生虫駆除のための下剤を競走直前に服用していたことが明らかにされた。
[編集] 1993年(6歳)
翌1993年、宝塚記念での復帰をめざすが、休養中に3度目の骨折を起こしてしまう。
その結果、復帰戦となったのは364日ぶりのレースとなる有馬記念(12月26日)。鞍上には再び田原が迎えられた。トウカイテイオーは、単勝式では岡部騎乗の菊花賞優勝馬ビワハヤヒデ、河内洋騎乗のジャパンカップ優勝馬レガシーワールド、柴田政人騎乗の東京優駿優勝馬ウイニングチケットに続く4番人気で、二冠牝馬のベガや天皇賞(春)優勝馬のライスシャワーよりも人気があった。しかし複勝は8番人気で、馬連人気も低かった。レースが始まると、中盤まで後方待機策のトウカイテイオーは、第3コーナーから徐々に進出し、最後の直線に入ると先に抜け出したビワハヤヒデを猛追、叩き合いを制して半馬身差で優勝した。この長期休養明けGI勝利最長記録である中363日は現在も破られていない。
この勝利はフジテレビの堺正幸アナウンサーが「トウカイテイオー、奇跡の復活!!」と実況し、優勝騎手インタビューでは鞍上を務めた田原成貴も涙を流し、「彼自身がつかんだ勝利です」とコメントするほどであった。また、この1戦のみでJRA賞特別賞を受賞した(レースに関する詳細については第38回有馬記念も参照のこと)。
翌1994年も現役を続けたが、レースに出走することなく4度目の骨折により引退。10月23日に東京競馬場にて引退式が挙行され、ファンに現役馬としての最後の勇姿を披露した。ちなみにこの引退式には騎乗した安田、岡部、田原の3騎手(但し安田は既に引退、調教師に転身)も出席している。
[編集] 競走成績
| 年月日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 頭 数 |
枠 番 |
馬 番 |
オッズ (人気) |
着順 | 騎手 | 斤量 | 距離(馬場) | タイム (上り3F) |
タイム 差 |
勝ち馬/(2着馬) | ||
| 1990 | 12. | 1 | 中京 | 3歳新馬 | 13 | 2 | 2 | 2.6(1人) | 1着 | 安田隆行 | 54 | 芝1800m(不) | 1:52.9(37.9) | -0.7 | (カラーガード) | |
| 12. | 23 | 京都 | シクラメンS | 9 | 6 | 6 | 5.4(3人) | 1着 | 安田隆行 | 54 | 芝2000m(良) | 2:03.8(35.3) | -0.3 | (イイデサターン) | ||
| 1991 | 1. | 19 | 京都 | 若駒S | 9 | 8 | 8 | 1.3(1人) | 1着 | 安田隆行 | 55 | 芝2000m(良) | 2:01.4(36.8) | -0.4 | (イイデサターン) | |
| 3. | 17 | 中山 | 若葉S | 10 | 4 | 4 | 1.2(1人) | 1着 | 安田隆行 | 56 | 芝2000m(稍) | 2:03.6(35.7) | -0.3 | (アサキチ) | ||
| 4. | 14 | 中山 | 皐月賞 | GI | 18 | 8 | 18 | 2.1(1人) | 1着 | 安田隆行 | 57 | 芝2000m(稍) | 2:01.8(36.6) | -0.2 | (シャコーグレイド) | |
| 5. | 26 | 東京 | 東京優駿 | GI | 20 | 8 | 20 | 1.6(1人) | 1着 | 安田隆行 | 57 | 芝2400m(良) | 2:25.9(35.9) | -0.5 | (レオダーバン) | |
| 1992 | 4. | 5 | 阪神 | 大阪杯 | GII | 8 | 2 | 2 | 1.3(1人) | 1着 | 岡部幸雄 | 58 | 芝2000m(良) | 2:06.3(35.2) | -0.3 | (ゴールデンアワー) |
| 4. | 26 | 京都 | 天皇賞(春) | GI | 14 | 8 | 14 | 1.5(1人) | 5着 | 岡部幸雄 | 58 | 芝3200m(良) | 3:21.7(37.8) | 1.7 | メジロマックイーン | |
| 11. | 11 | 東京 | 天皇賞(秋) | GI | 18 | 7 | 15 | 2.4(1人) | 7着 | 岡部幸雄 | 58 | 芝2000m(良) | 1:59.1(38.0) | 0.5 | レッツゴーターキン | |
| 11. | 29 | 東京 | ジャパンC | GI | 14 | 8 | 14 | 10.0(5人) | 1着 | 岡部幸雄 | 57 | 芝2400m(重) | 2:24.6(36.3) | -0.1 | (ナチュラリズム) | |
| 12. | 27 | 中山 | 有馬記念 | GI | 16 | 3 | 5 | 2.4(1人) | 11着 | 田原成貴 | 57 | 芝2500m(良) | 2:34.8(35.5) | 1.3 | メジロパーマー | |
| 1993 | 12. | 26 | 中山 | 有馬記念 | GI | 14 | 3 | 4 | 9.4(4人) | 1着 | 田原成貴 | 56 | 芝2500m(良) | 2:30.9(35.0) | -0.1 | (ビワハヤヒデ) |
[編集] 種牡馬時代
1995年より北海道勇払郡の社台スタリオンステーションにて種牡馬として供用されている。有馬記念優勝のインパクトもあり、初年度より多数の良血牝馬をあつめ、例年100頭以上の繁殖牝馬と交配された。1998年に初年度産駒がデビュー。産駒の成績が関係者の期待に反して振るわず、シンボリルドルフ譲りの気性の悪さが出た産駒が多いこともあり[要出典] 、一時は種付け頭数も70頭台に減少した。
21世紀に入ってトウカイポイントがマイルチャンピオンシップを、ヤマニンシュクルが阪神ジュベナイルフィリーズを、2005年にはダート交流GIへ昇格したばかりのかしわ記念をストロングブラッドが勝利し、種牡馬としても一定の実績を残している。ただし、トウカイポイントはせん馬、ストロングブラッドは引退後乗馬となって去勢されている。2009年現在、トウカイテイオーを父に持つ種牡馬は登録されておらず、後継種牡馬の目処は立っていないのが現状である。
ジャパンカップ優勝から12年後の2004年、JRAゴールデンジュビリーキャンペーンの「名馬メモリアル競走」の一環として「トウカイテイオーメモリアル」が同年のジャパンカップ施行日に東京競馬場にて施行された。
[編集] 主な産駒
- 1996年産
- トウカイポイント(マイルチャンピオンシップ、中山記念)
- トウカイパルサー(愛知杯)
- タイキポーラ(マーメイドステークス)
- 1999年産
- 2000年産
- マイネルソロモン(プリンシパルステークス、NSTオープン)
- ナチュラルナイン(札幌日経オープン)
- 2001年産
- ヤマニンシュクル(阪神ジュベナイルフィリーズ、中山牝馬ステークス)
- トウカイカムカム(大阪-ハンブルクカップ)
[編集] 母の父としての代表産駒
[編集] エピソード・特徴
- 父シンボリルドルフは距離適性の幅が広かったが、同馬は本質的に中距離タイプであると松元調教師は語っている。メジロマックイーンとの対戦前も、「マックイーンは最強のステイヤー。天皇賞という舞台に関していうなら、我々はあくまでもチャレンジャーですよ」と語っていた。[1]。
- トウカイテイオーのデビュー戦の日に、安田隆行騎手は中京競馬場で1日6勝の当時のJRA新記録を達成した。
- パナソニックが大画面高画質を売りにしたテレビ「画王」のイメージキャラクターにトウカイテイオーを採用し、テレビCM出演も果たしている。
- トウカイテイオーの引退式の日に、トウカイテイオーの制した皐月賞の2着馬シャコーグレイドがメインレースの東京スポーツ杯で約4年ぶりの勝利を挙げた。この日の東京競馬場の入場人員は106,179人であったが、この日は重賞競走が行われず、同時開催の京都競馬も集客力の高いGI競走では無かったことを考慮すると、競馬場の入場者は流動性が激しい(入ってすぐ出て行く人も多い)とはいえ、この馬と当時の競馬の人気が高かったことが窺える。
- 2009年1月1日現在、トウカイテイオーが勝利したジャパンカップは、トウカイテイオーを最後に父内国産馬が勝利していない。
- 安田隆行騎手はダービーのレース中「勝利騎手インタビューで何を言おうか考えていた」と言っている。
- 仔馬時代に牧場の柵を飛び越えるなど全身のバネは卓越したものがあり、体も柔らかく脚の飛節が地面につくほどであった[2]。
[編集] 血統
トウカイテイオーはアイルランド産の輸入種牡馬である祖父パーソロンを経たバイアリータークの子孫である。この系統は日本だけでなく世界でも珍しいと言われている。
また、母系は牝馬で初めて東京優駿(当時のレース名は東京優駿大競走)を制した悲劇の名馬ヒサトモの系列である。これは馬主の内村正則の意向が大きく、彼はヒサトモ系の牝馬を多く所有し、仔たちに「トウカイ」の冠号をつけて走らせている。伯母に1984年のオークス馬トウカイローマン(父ブレイヴェストローマン)。
[編集] 血統表
| トウカイテイオーの血統 (パーソロン系/Milesian3×5=15.62%) | |||
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父
シンボリルドルフ 1981 鹿毛 北海道門別町 |
*パーソロン Partholon 1960 鹿毛 アイルランド |
Milesian | My Babu |
| Oatflake | |||
| Paleo | Pharis | ||
| Colonice | |||
| スイートルナ 1972 栗毛 千葉県大栄町 |
スピードシンボリ | *ロイヤルチャレンジャー | |
| スイートイン | |||
| *ダンスタイム Dance Time |
Palestine | ||
| Samaritaine | |||
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母
トウカイナチュラル 1982 鹿毛 北海道浦河町 |
*ナイスダンサー Nice Dancer 1969 黒鹿毛 カナダ |
Northern Dancer | Nearctic |
| Natalma | |||
| Nice Princess | Le Beau Prince | ||
| Happy Night | |||
| トウカイミドリ 1975 鹿毛 北海道浦河町 |
*ファバージ Faberge |
Princely Gift | |
| Spring Offensive | |||
| トウカイクイン | *アトランテイス | ||
| トツプリユウ F-No.19-b | |||
[編集] 兄弟馬
- トウカイスバル(1987生騸 父:ニホンピロウイナー)中央5勝/地方5勝
- トウカイグリーン(1989生牝 父:イルドブルボン)中央1勝
- トウカイチャンプ(1990生牡 父:スルーザドラゴン)中央1勝/地方6勝
- トウカイリュウオー(1991生騸 父:スルーザドラゴン)中央3勝
- トウカイバトル(1993生牡 父:シンボリルドルフ)未勝利
- トウカイテネシー(1994生牝 父:シンボリルドルフ)中央2勝
- トウカイキャプテン(1995生牡 父:コマンダーインチーフ)中央1勝/地方6勝
- トウカイティアラ(1996生牝 父:サンデーサイレンス)中央4勝
- トウカイオーザ(1997生牡牡 父:サンデーサイレンス)中央8勝/2001年アルゼンチン共和国杯
- トウカイビクトリー(1998生牡 父:サンデーサイレンス)地方4勝
- トウカイエリート(2000生牡 父:サンデーサイレンス)中央6勝
- トウカイトロフィー(2001生牡 父:フォーティナイナー)地方2勝
- トウカイノーブル(2002生牡 父:グラスワンダー)未勝利
騸はせん馬。
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注
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