鹿戸雄一

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鹿戸雄一
Yuichi-Shikato20101128.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道
生年月日 1962年5月23日(52歳)
身長 164.0cm
体重 52.0kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 美浦・久保田金造(1984年3月 - 1991年8月)
美浦・相川勝敏(1991年8月 - 1991年11月)
美浦・フリー(1991年11月 - 引退)
初免許年 1984年3月1日
免許区分 平地
騎手引退日 2007年2月28日
重賞勝利 中央4勝/地方6勝
通算勝利 5487戦346勝
調教師情報
初免許年 2007年(2008年開業)
経歴
所属 美浦トレーニングセンター
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鹿戸 雄一(しかと ゆういち、1962年5月23日- )は、日本中央競馬会 (JRA) 美浦トレーニングセンター所属の調教師で、元騎手

元調教師の鹿戸幸治、元調教師の鹿戸明は親戚にあたる。

来歴[編集]

騎手時代[編集]

馬事公苑を卒業後、1984年久保田金造厩舎所属で騎手デビュー。同期は坂本勝美中舘英二天間昭一出津孝一木幡初広谷中公一(谷中はデビュー1年遅れ)らがいる。

初騎乗は同年3月4日中山競馬第1競走のキクノファイターで13頭立ての9着。初勝利は同年10月27日東京競馬第1競走のグレーカスタムであった。

1991年に師匠の久保田金造調教師が死去し、厩舎が解散したため、フリーとなった。また、同年のアングロアラブの重賞、タマツバキ記念をヨドノチカラで制し、重賞初勝利を飾った。しばらく重賞勝ちがなかったが、1998年マイネルプラチナム札幌3歳ステークスを制し、7年ぶりの重賞勝利を挙げた。その後はビーマイナカヤマとのコンビで2000年2001年ガーネットステークスを連覇するなど、ダート重賞で活躍した。ダートグレード競走1999年6月10日北海道スプリントカップと、2001年12月10日とちぎマロニエカップ、および群馬記念朱鷺大賞典かしわ記念を勝利している。

2001年12月9日中京第8競走でグントラムに騎乗し1着、通算300勝を達成した。

2007年3月に調教師免許を取得し、騎手を引退。騎手成績は5,487戦346勝、重賞は4勝であった。

調教師時代[編集]

騎手時代の末期から調教に参加するなど、関係が深かった藤沢和雄調教師の下で技術調教師として学んだ。また、この頃に同厩舎で管理されていたゼンノロブロイのイギリス遠征にも帯同している。

そして2008年3月、2月限りで定年勇退した増沢末夫調教師並びに矢野進調教師の厩舎を実質的に引き継ぐ形で厩舎を開業した。初年度は18馬房が割り当てられた。3月2日に管理馬が初出走を迎え、中京競馬場で行われた大須特別にダイワジーニアスが1番人気で出走したが4着だった。

2008年11月9日、第46回アルゼンチン共和国杯スクリーンヒーロー(旧矢野進厩舎からの引き継ぎ馬)が出走、蛯名正義が騎乗し重賞初勝利を挙げると、3週間後に出走した第28回ジャパンカップではミルコ・デムーロ鞍上で出走し優勝。厩舎開業から約1年という早さでGI競走初勝利も記録した。

人物[編集]

  • 騎手時代は面倒見がよく、美浦の若手騎手のリーダー格で、日本騎手クラブの副会長も務めていた。
  • 騎手対抗サッカー大会や野球大会、レース終了後のオークションやイベントの司会、さらにはとんねるずの番組などに武豊の付き添いで出演するなど、地味ではあるが騎乗以外で目立つ部分は多かった。釣りを趣味としている柴田善臣と似通った部分がある。また、兄弟子の蛯名信広、加藤和宏の影響が強いとも考えられる。
  • 初騎乗はグレーカスタムだが、実はその前日に初騎乗馬が用意されていた。しかし、その馬が取り消し、幻となった。なお、同期である出津孝一の活躍はあまり目に入らなかったというが、障害では出津より先駆者である。9月のレースでカキチョウシロウに騎乗し、落馬したのちは障害には騎乗しなかった。
  • ビーマイナカヤマで2002年は重賞5勝をあげているが、この年、実際には高市調教師はかしわ記念に出す予定はなかったといっている。師のエピソードによれば、「鹿戸君がイギリスへの土産代が欲しいと言ってね。」といっている。ちなみに鹿戸騎手はこの年イギリスに遠征を行っている。
  • エルムステークスにビーマイナカヤマで出走する前の週に、突然未勝利1鞍だけのために札幌遠征を行っているが、これは騎乗予定馬がすべて除外になったためではなく、その当日にススキノで行われた自身と高市圭二調教師とのトークショーのために来札したものというエピソードがある。
  • 上のエピソードに伴い、途中鹿戸がビーマイナカヤマに乗らなかった時期があるが、師によれば「鹿戸君が一番合っていることを証明しようと思ってね」と言っている。しかし、この乗り変わりは馬主の指示ではなく高市の判断であったとのことである。なお、現在鹿戸厩舎にビーマイナカヤマの馬主である中山牧場はまだ預託を行っていない。

騎手成績[編集]

通算成績 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率
平地 346 345 386 5482 0.63 .126
障害 0 2 0 5 .000 .400
346 347 386 5487 .063 .126
日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1984年3月4日 - キクノファイター - - 9着
初勝利 1984年10月27日 - グレーカスタム - - 1着
重賞初騎乗 1985年9月29日 セントライト記念 トラストリベロ 10頭 6 4着
GI初騎乗 1986年5月18日 優駿牝馬 ミデオンルビー 22頭 21 20着
重賞初勝利 1991年9月15日 タマツバキ記念 ヨドノチカラ 14頭 6 1着

主な騎乗馬[編集]

調教師成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 2008年3月2日 1回中京2日11R 大須特別 ダイワジーニアス 15頭 1 4着
初勝利 2008年5月17日 1回新潟5日9R 4歳上500万下 ダイワバイロン 15頭 6 1着
重賞初出走 2008年3月15日 1回阪神5日9R 阪神SJ マンテンフラワー 12頭 11 5着
重賞初勝利 2008年11月9日 5回東京2日11R アルゼンチン共和国杯 スクリーンヒーロー 16頭 3 1着
GI初出走 2008年4月13日 2回阪神6日11R 桜花賞 エフティマイア 17頭 15 2着
GI初勝利 2008年11月30日 5回東京8日10R ジャパンC スクリーンヒーロー 17頭 9 1着

主な管理馬[編集]

主な厩舎所属者[編集]

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

外部リンク[編集]