馬事公苑
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馬事公苑(ばじこうえん)は東京都世田谷区上用賀にある公園であり、日本中央競馬会(JRA)が運営する、馬事普及の拠点である。1940年の第12回東京オリンピックに向けて日本の馬術選手を育成する目的で開設された。同大会は日中戦争の影響で中止となったが、第二次世界大戦後の第18回東京オリンピックでは馬場馬術競技の会場となった。
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[編集] 概要
かつては国営競馬、日本中央競馬会(JRA)の騎手養成所が置かれていて、1982年に競馬学校が開設されるまでは中央競馬の騎手の養成が行われていた。
現在は、JRA馬事公苑馬術大会のような統合的な競技会の他、東京馬術大会などの馬場馬術競技、キャロット・ステークスなどの障害飛越馬術競技、ホーストライアルなどの総合馬術競技、近代五種日本選手権大会馬術競技といった各種専門馬術競技会も定期的に開催され、関東における主要な馬術競技会場となっている。競技会では、競技馬の貸与も行っている。また、愛馬の日(秋分の日)では流鏑馬などの伝統馬事芸能や横鞍や軽乗演技の供覧、馬に親しむ日(競技会等のない第3日曜日、年8回程度)では体験乗馬や馬車運行、ホースショー(5月3日から5日)ではJRA馬事公苑馬術大会としての馬場、障害飛越競技に加えて、警視庁第三方面交通機動隊騎馬隊やアンダルシアン種馬演技の供覧といった、馬事普及の活動を行っている。
[編集] 歴史
- 1934年(昭和9年) 当時の帝国競馬協会が東京市世田谷区用賀(現在の世田谷区上用賀)の土地約5万坪の土地を30万円で購入
- 1939年(昭和14年)3月29日 建設着工
- 1940年(昭和15年)9月29日 開苑
- 1944年(昭和19年) 名称を「修練場」と改める
- 1948年(昭和23年) 国営競馬の開始に伴い、「農林省畜産局競馬部東京競馬事務所」に改称、「騎手養成所」を復活
- 1950年(昭和25年) 第1回長期騎手講習(競馬学校騎手過程の前身)開始
- 1954年(昭和29年)9月16日 日本中央競馬会の設立により同会の管轄下に置かれ、再び「馬事公苑」の名になる
- 1964年(昭和39年) 第18回東京オリンピックの馬術競技開催
- 1982年(昭和57年)3月23日 競馬学校開校、騎手養成業務の全てを競馬学校に移管
- 1991年(平成3年) スパニッシュ・ライディング・スクール(スペイン王立乗馬学校、オーストリア)来日公演。今上天皇・皇后行幸啓
- 1998年(平成10年) カドルノワール・ド・ソミュール(国立乗馬学校、フランス)来日公演。今上天皇・皇后行幸啓
[編集] 三つの苑訓
「騎道作興」(きどうさっこう)
「百錬自得」(ひゃくれんじとく)
「人馬一如」(じんばいちにょ)
[編集] 施設
- 厩舎:本厩舎4棟(156頭収容)、外来馬用厩舎(149頭収容)、検疫厩舎(6頭収容)
- インドアアリーナ:覆(屋内)馬場、95m * 42m、スタンド(2,300人収容)、道路をはさんだ立地で地下通路で結ばれている
- メインアリーナ:砂馬場、123m * 62m、スタンド(760人収容)
- グラスアリーナ:芝馬場、112m * 67m、スタンド(1,746人収容)
- 走路:砂、1周1,100m
- ドレッサージュアリーナ:砂場場
- 耐久競技(総合馬術競技)用走路:固定障害(飛び込み水濠など)
- 放牧場
- 庭園:日本庭園(ひょうたん池)、児童遊園

