中京競馬場

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世界測地系: 35°4′0.25″N, 136°59′22.0″E

中京競馬場西門
中京競馬場西門

中京競馬場(ちゅうきょうけいばじょう)は愛知県豊明市にある競馬場中央競馬では毎年3月、5月 - 6月、12月の3開催、24日間に渡ってレースを開催する。かつては地方競馬(愛知県競馬組合主催)も開催していたが2002年以降休止しており、現在は場外発売所としてのみ使用している。

目次

[編集] コース概要

コース・ダートコースともに中央競馬では唯一「平坦」「小回り」「左回り」の3条件が揃ったコースである。このため、「中京でしか勝てない」「中京は大の得意である」という馬が少なからず存在し、こういった馬たちは中京巧者と呼ばれる。障害コースは第3コーナーから第1コーナーに向かう襷コースがあるほかは専用コースはなく、芝コースに仮設の竹柵を置いて(置き障害)レースを行う。一周距離は芝・ダートとも福島競馬場と並び中央競馬の競馬場では最も短いが、ゴールまでの直線は中山競馬場よりわずかに長い。3~4コーナーにかけて緩やかな上り下りの坂があり、ゴール前200mからゴールまで緩やかな上り坂になっているがほぼ平坦。

競走馬は一般的に左回りの方がいいタイムが出ると言われていることと、平坦なコース特性もあって、速いタイムが出る条件は揃っているが、意外に速いタイムが出るようになったのはここ最近である。これは近年芝コースの路盤が固くなり、高速馬場になってきたためである。

芝2000mでは、1998年にサイレンススズカがコースレコードを10年ぶりに記録し、その後馬場の高速化が顕著になってからはタップダンスシチーが2004年に更新。この2頭はのちにGI級を優勝するが、その後も条件馬のワンモアチャッターが、さらにGIII級でローゼンクロイツが更新するなど、レコードタイムが頻繁に更新されるようになった。
芝コース
1周1600m(Aコース)・1619m(Bコース)・1631m(Cコース)(内側の移動柵の位置によって3通り存在する)、直線314m、高低差2.9m
設定可能な距離:*1000m、1200m、*1700m、1800m、2000m、2500m、*2800m
フルゲート:1700mは14頭、1000m、1800m、2500mは16頭、1200m、2000m、2800mは18頭(いずれもAコース使用時)
ダートコース
1周1418m、直線312m、高低差2.2m
設定可能な距離:1000m、*1600m、1700m、2300m
フルゲート:16頭(1600mは14頭)
障害コース
襷コースの長さ474m
設定可能な距離:2800m、3330m(Aコース)、3370m(Bコース・発走地点はAコースの3330mと同じ)、*3600m
フルゲート:14頭
  • *印の距離の競走は、2007年現在施行されていない。芝1000m、1700m、ダート1600mについては出走可能頭数が他のコース設定より減るためである。なお、芝2800mは1994年京都競馬場の改修工事による変則日程の関係で、通常では阪神競馬場の芝3000mで行われる「阪神大賞典(GⅡ)」が中京競馬場で行なわれた際に設定された距離で、現在まで施行されたのはこの1回だけである。

開場当時は砂コースしか存在しなかった。砂コースは現在のダートコースとはやや異なるもので、当時の重賞競走の記録等でも「砂」と表記されている。1970年に砂コースが芝コースに改修され、遅れて調教用コースがダートコースに改修されている。

[編集] リーディング

  • 騎手
第1回 第2回 第3回 年間
名前 勝数 名前 勝数 名前 勝数 名前 勝数
2007年 中舘英二 17勝
  • 調教師
第1回 第2回 第3回 年間
名前 勝数 名前 勝数 名前 勝数 名前 勝数
2007年 鶴留明雄 4勝

[編集] 名古屋競馬株式会社

中京競馬場の施設運営と管理は、名古屋競馬株式会社によって行われている。競馬法により東海地方に国営競馬(現在の中央競馬の前身)の開催レース場をという声に応えるため、1952年8月に設立された。翌1953年8月に競馬場が完成、農林省(現・農林水産省)と施設貸借契約を結び、第1回国営中京競馬を開催することになった。現在は競馬場の他に競馬場近接地にある駐車場の管理・運営を行っている。

なお名古屋競馬場を運営する愛知県競馬組合とは、別法人である。

また、中央競馬に馬主登録しており、主な持ち馬にグリーンサンダー佐賀記念勝ち)などがいる。

[編集] アクセス

名鉄名古屋本線中京競馬場前駅から徒歩10分。2005年春季開催(5月~6月)のシリーズから、競馬場西口とを結ぶ屋根付き通路(「フローラルウォーク」)ができた。桶狭間の戦いで知られる桶狭間古戦場跡も近い。

ちなみに、歩道・車道(片側1車線)は名古屋競馬株式会社の私道である。

[編集] 主な競走

GI
GII
GIII
JpnIII


特別競走


中京競馬場で施行される競走には、中央競馬で唯一となる形態が多い。

  • 「高松宮記念」は、中央競馬の主要4場(東京・中山・京都・阪神)以外でかつ第3場開催で施行される唯一のGI競走である(代替開催[1]は除く)。
  • 「東海ステークス」は、中央競馬で施行される唯一のダートGII競走である。
  • 「中京記念」はトヨタ自動車が冠スポンサーとして施行している。これは中央競馬の重賞では唯一、マスコミ(テレビ・ラジオ・新聞社・通信社)・鉄道会社以外の企業が冠となっている競走である[2]。優勝馬の馬主にはより副賞として自動車が贈呈される。
  • 「中日新聞杯」は、2004年度より2007年度まで中央競馬で唯一の父内国産馬(マル父)限定重賞となっていたが、2008年度から混合競走に変更されることになり、父内国産馬限定重賞は姿を消すこととなった。
  • 「名鉄杯」では、冠スポンサーである名鉄電車の「ミュージックホーン」をアレンジしたファンファーレが使用されており、レース発走前には名鉄ブラスバンドによるファンファーレの生演奏が行われる。独自のファンファーレを使用し、なおかつそれが生演奏されるレースは、条件戦特別競走では中央競馬で唯一。
  • 障害競走が施行される競馬場では唯一、障害の重賞・特別競走が施行されない。

[編集] 地方競馬での開催

国営競馬の中京競馬開催が始まった同年(1953年・翌1954年からは中央競馬)の10月8日から開催を始めたが、2002年の正月開催を最後に休止している。

かつては地方競馬で唯一、コースを使用してレースが行われていた(現在は盛岡競馬場でも行われている)。1989年には芝2000mのコースで名古屋市制100周年記念(中央・地方全国交流競走)を行ったこともある。

中京開催を行っていた頃は、地方競馬招待を勝ったリュウアラナス、オールカマーを勝ったジュサブロー、テレビ愛知オープンを勝ったトミシノポルンガなど、中央の芝でも活躍した馬が多数いた。中央に移籍して活躍したステートジャガーヒカリデユール、「芦毛の怪物」と呼ばれたオグリキャップも地方時代に芝の重賞を勝っている。逆に、中央から移籍してきた馬では日本ダービーで1番人気に推された経験もあるロングシンホニーが重賞勝ちしている。騎手の安藤勝己も中京の芝コースは乗り慣れていた。

現在、名古屋競馬笠松競馬開催時は場外発売を行っている。

[編集] ファンファーレ

一般・特別・(GI級を除く)重賞競走では小倉競馬場と同じく川口真作曲のファンファーレが使用されるが、「高松宮記念(GI)」では京都阪神で使用されるGI級用ファンファーレ(名古屋市消防音楽隊による生演奏)、名鉄杯では前述の専用ファンファーレとなる。

1991年に阪神競馬場、1994年に京都競馬場で改修工事を行った際、中京競馬と小倉競馬が同時開催となったため、主場扱いの中京競馬で京都・阪神のファンファーレが使用された。

地方競馬開催時は、名古屋競馬場と同じファンファーレを使用していた。

[編集] 主な誘導馬

現役馬
引退馬

[編集] スタンド

スタンド
スタンド

現在のスタンドは1993年に完成し、西側に隣接する搭形の建物は正門から見た形状が帽子を2つ並べたようにみえることから「ツインハット」の愛称がついている。

ツインハットは6階建て、従来のスタンドは5階建てで、ツインハットの6階は馬主・来賓席とS指定席(120席)、4階・5階はA指定席(304、500席)、従来スタンドの4階がB指定席(336席)とC指定席(370席)、5階がC指定席(350席)となっている。

現在、S・A指定席については事前に整理券を配布して発売を行っている。


[編集] その他

パドック
パドック
  • 2006年より12月に開催されているオープン特別「尾張ステークス」は、尾張を「終わり」になぞらえて、中京競馬場の一年を締め括る最終競走として施行されている。[3]
  • 競馬新聞の過去の成績欄では、中京競馬場を「」と略している。これは、中京の「中」だと中山の「中」、「京」だと京都(及び東京)の「京」と重複するため、中京競馬場に近い名古屋の「名」をとったもの。
    • ただし地方競馬の名古屋競馬で中央との交流戦が組まれるようになり、「名」も重複する場合が発生したため、活字サイズを縮小して「中京」「中山」と記す場合も多い。また、名古屋競馬は「名古」と表記する場合もある。中央との交流戦が活発化する以前は、名古屋競馬・中央中京競馬とも「名」で記されて重複していたが、馬の所属である程度判断できた(公営中京競馬は「中」で表記される場合もあった)。
  • 過去に一度、1980年に「宝塚記念」が芝2400mで行われたことがある。このときの優勝馬はテルテンリュウであった。
  • 東海地震に関する注意情報が発表された場合には開催を中止し、勝馬投票券の発売と払戻を停止することになっている(ウインズ名古屋石和も同様の措置が採られる)。
  • ビュッフェ・パノラマステーションに名鉄7000系車輌が使われている。
  • 中京競馬場はコース特性から逃げ馬に有利とされるが、短距離GI級の高松宮記念を逃げ切って勝利したのはショウナンカンプのみである(2007年現在)。
  • 関西地区に属する競馬場であるが、地理的特性から関東馬の参戦も多い。
  • 昭和30年代までは、厳冬期には関東・関西地区での中央競馬開催は行われず、中京競馬場のみで開催された時期が続いた。その名残で、以前は2月中旬に中京競馬の開催が行われており、きさらぎ賞がその開催の目玉レースとして実施されていた。
  • 3月の第1回開催では、主場では騎乗機会が少ない多くの新人ジョッキーのデビューの競馬場となる。

[編集] 厩舎

かつては競馬場に厩舎地区が存在し、競走馬の調教が行われていた。京都競馬場や阪神競馬場の収容能力が限界となったために設置されたもので、後に栗東トレーニングセンターの設置により栗東に集約移転された。

ここに厩舎を構えた調教師の中でも星川泉士は1958年第18回のタイセイホープ、1959年第19回のウイルデイールで皐月賞連覇をなし遂げた事で知られる。また、アドラーブルフサイチコンコルドで知られる小林稔が厩舎を開業した際も中京所属で、後に第1回高松宮杯にシュンサクオーで勝利した際、小林は「縁ある中京の新設重賞をどうしても勝ちたかった」と語っている。ちなみに、この小林は国営中京競馬の勝利騎手第1号でもある。

[編集] 主な元所属調教師

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ 2002年新潟競馬場で「スプリンターズステークス」が代替開催された例がある。
  2. ^ 冠ではないが、高松宮記念で名古屋競馬株式会社賞、阪神大賞典は京阪神不動産賞が正賞として贈られている。
  3. ^ 2005年までは「尾張特別」の名称だった。なお、1500万条件戦として「尾張ステークス」が施行されていた時期もある。ただし、この時はメインレース(第11競走)として施行されていた。また、「ウインターステークス」が第3回中京競馬8日目のメインレースとして施行されていた頃(当時は有馬記念の一週前)は、「尾張特別」が第9競走または第10競走で施行されていた。
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