緑区 (名古屋市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日本 > 中部地方 > 愛知県 > 名古屋市(行政区) > 緑区 (名古屋市)
みどりく
緑区
有松の町並み(愛知県指定文化財「服部邸」前).jpg
有松の旧東海道沿いの街並み
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
名古屋市
団体コード 23114-2
面積 37.84km²
(境界未定部分あり)
総人口 237,211
推計人口、2014年5月1日)
人口密度 6,270人/km²
隣接自治体
隣接行政区
名古屋市南区天白区
大府市東海市豊明市日進市
愛知郡東郷町
区の木 カエデ
区の花 ミヤコワスレ
緑区役所
所在地 458-8585
愛知県名古屋市緑区青山二丁目15番地
北緯35度4分14.9秒東経136度57分8.4秒座標: 北緯35度4分14.9秒 東経136度57分8.4秒
緑区役所
外部リンク 名古屋市公式ウェブサイト:緑区
緑区の県内位置

緑区 (名古屋市)位置図

特記事項 世帯数:81,652世帯(2006年10月1日)
外国人登録者数:3,398人(2004年10月1日)
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

緑区(みどりく)は、名古屋市を構成する16区のうちのひとつ。名古屋市の東南部に位置する。1963年4月1日、愛知郡鳴海町が名古屋市に編入されたとき新設された区である(1964年12月1日、知多郡有松町大高町も名古屋市に編入)。2004年8月1日現在の人口推計において中川区を抜き、名古屋市の区の中で最も人口の多い区となった。

伝統工芸の「有松・鳴海絞り」(ありまつなるみしぼり)で有名な有松があり、織田信長軍が今川義元を倒したことで知られる1560年の桶狭間の戦いの舞台のひとつが、有松町桶狭間である。鳴海には東海道鳴海宿があった。大高伊勢湾岸自動車道新東名高速道路)・名古屋高速道路知多半島道路の交わる高速道路の要衝である。昭和40年代(1965年 - 1974年)以降、区の北東部の開発(土地区画整理事業)が進み、これが人口急増の原因となっている。

地理[編集]

天白川をはじめとする河川に沿った平地とゆるやかな丘陵地で形成され、大高緑地公園に代表される公園および緑地が多い。

  • 河川:天白川、扇川、大高川
  • 池:四郎曽池、新海池(にいのみいけ)、琵琶ヶ池

緑区南部に位置する大高町に氷上山がある。またそこには熱田神宮の元宮である氷上姉子神社がある。昔は氷上ではなく、火上であった。大火事があり、火上から氷上に変更されたという噂がある。

従来から区南部にはJR東海道本線名鉄名古屋本線が通っており、住宅も区の南部に多く、区の北部は里山が多かったが、2011年3月に地下鉄桜通線が区の北部に延伸したのちは、北部も住宅街の発達が著しくなった。

隣接自治体・行政区[編集]

レジ袋有料化促進モデル事業[編集]

緑区では、2007年10月からレジ袋有料化促進モデル事業を実施している。2010年度までに名古屋市内全域でレジ袋有料化を実施することを目指していた。人口や世帯数、スーパーマーケットの数が多いことなどから緑区がモデルとされた。

歴史[編集]

  • 江戸時代、現在の区域はすべて尾張藩の領地であった。家老の志水家が大高に1万石で館を構える。
  • 1889年(明治22年) 愛知郡鳴海村が愛知郡鳴海町になる。
  • 1892年(明治25年) 知多郡有松村が知多郡有松町になる。
  • 1893年(明治26年) 知多郡有松町が知多郡桶狭間村を併合する。
  • 1895年(明治28年) 知多郡大高村が知多郡大高町になる。
  • 1927年(昭和2年)10月17日 愛知郡鳴海町に鳴海球場が開場。
  • 1936年(昭和11年)2月9日 鳴海球場にて日本初のプロ野球試合(同年2月5日に発足した日本職業野球連盟に属するチーム同士の対戦)である「東京ジャイアンツ(巨人軍)vs名古屋金鯱軍」が行われる。
  • 1953年(昭和28年)、町村合併促進法が施行され、名古屋市と周辺町村との合併が議論され始める。各町村議会や名古屋市議会が合併を次々と承認するが、愛知県の合併阻止活動が活発化しはじめる(県は、農業の衰退や役場職員の失職などが起こるとするビラまで作って配布した)。鳴海町は議会が合併推進であったが、反対運動がエスカレートし、賛成派議員の拉致や賛成派住民に対する傷害事件も発生、更には反対派による町長のリコール運動も起こった。有松町では一部に反論があったものの議会が合併を承認した。一方、大高町は名古屋市と愛知県の対立や鳴海町の傷害事件を踏まえ、合併賛成から一転見送りになる)。こうした中、鳴海町は合併を県に申請するも県議会はこれを否決した。
  • 1955年 (昭和30年)鳴海町・有松町の両議会が、内閣総理大臣へ審査請求提出(これに名古屋市や他町村も付随)。しかし、両町編入を否定する内閣総理大臣裁定が出されるに至り、1度目の合併構想は頓挫した。これ以降も鳴海町などで合併運動が巻き起こるも、反対派の抵抗が続き、実らない。
  • 1963年(昭和38年)4月1日 合併に向けての3度目の動きが高まり、先行して愛知郡鳴海町が名古屋市に編入され、14番目の区として緑区となる。旧鳴海町役場がそのまま緑区役所となる。
  • 1964年(昭和39年)12月1日 一部に合併反対の動きが残っていた知多郡有松町および大高町が名古屋市緑区に編入される。両町の旧役場はそれぞれ区役所の有松支所・大高支所となる。
  • 1974年(昭和49年)1月21日 区役所が現在地に移転。同時に有松・大高の両支所が廃止される。2007年(平成19年)現在、旧区役所は緑生涯学習センター、旧有松支所は有松・鳴海絞会館、旧大高支所は江明公園となっており、いずれにもそこに(合併前の)役場が存在したことを示す碑が建てられている。
  • 2010年(平成22年)5月6日 緑区役所徳重支所が開設される。
  • 2011年(平成23年)3月27日 桜通線の野並-徳重間の開通により緑区に初めて地下鉄の駅が設置される(相生山駅神沢駅徳重駅)。

教育[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]


小学校[編集]


専修学校[編集]

その他の学校[編集]

自動車学校

交通[編集]

鉄道[編集]

※区の西部に名鉄常滑線が通っているが、はない(天白川橋梁上を、数十mのみ通る)。又、東海道本線に並行して東海道新幹線が通っているが、駅はない。

区の中心駅は名鉄鳴海駅と地下鉄徳重駅であるが、利用者は分散している。区役所への最寄駅は名鉄左京山駅となる。また、上記に掲げた区内所在の駅の他に、徒歩圏内の駅として地下鉄野並駅と地下鉄鳴子北駅(いずれも天白区所在)がある。

バス[編集]

道路[編集]

自動車専用道路[編集]

一般国道[編集]

主要地方道[編集]

一般県道[編集]

幹線道路の道路通称名[編集]

<南北の道路>

<東西の道路>

公共施設[編集]

病院・医療機関
警察署

商業施設[編集]

タチヤ緑神沢店

緑区は、住宅街であることから、スーパーマーケットをはじめとした商業施設が非常に多く、競争も熾烈である。


寺社[編集]

鳴海町
  • 誓願寺
  • 浄蓮寺
  • 桂林寺
  • 光明寺
  • 長翁寺
  • 功徳院
  • 東福院
  • 圓道寺
  • 如意寺
  • 円龍寺
  • 浅間社
  • 万福寺
  • 浄泉寺
  • 瑞泉寺
  • 善明寺
  • 金剛寺
  • 津島神社
  • 緒畑稲荷神社
  • 鳴海神社
  • 鳴海八幡宮
  • 諏訪神社
  • 神明社
  • 天満社
  • 熊野神社
  • 明神社
  • 篭山社
  • 豊藤稲荷神社
  • 古鳴海八幡社
  • 秋葉社


大高町
  • 春江院
  • 金剛華寺
  • 安昌寺
  • 海岸寺
  • 弥陀寺
  • 明忠院
  • 長寿院


名所・旧跡[編集]

有松町並み保存地区

土地区画整理組合[編集]

緑区は名の通り古くより田畑が多かったが、近年組合事業による土地区画整理事業を行い、住宅地化した。下記に主な組合を記す。

  • 名古屋市鳴海中部土地区画整理組合 - 1960年認可 作の山公園
  • 名古屋市鳴海西部土地区画整理組合 - 1963年認可 浦里公園
  • 名古屋市鳴汐見ヶ丘土地区画整理組合 - 1963年認可 緑高等学校 
  • 名古屋市鳴海北部土地区画整理組合 - 1964年認可 鳴子保育園
  • 名古屋市六条土地区画整理組合 - 1966年認可 鳴海中学校
  • 名古屋市篠ノ風土地区画整理組合 - 1967年認可 篠ノ風公園
  • 名古屋市セト山土地区画整理組合 - 1967年認可 セト山公園 
  • 名古屋市鳴海東丘土地区画整理組合 - 1967年認可 太子小学校
  • 名古屋市鳴海大根土地区画整理組合 - 1967年認可 鳴海大根公園
  • 名古屋市鳴海嫁ヶ茶屋土地区画整理組合 - 1971年認可 長根台小学校
  • 名古屋市緑ヶ丘土地区画整理組合 - 1974年認可 相原小学校
  • 名古屋市鳴弥生ヶ丘土地区画整理組合 - 1976年認可 旭出小学校
  • 名古屋市鳴海姥子山土地区画整理組合 - 1967年認可 鎌倉台中学校
  • 名古屋市桶狭間北部土地区画整理組合 - 1981年認可 ユーストア
  • 名古屋市桶狭間南部土地区画整理組合  

出身人物[編集]

外部リンク[編集]