瀬戸市

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瀬戸市
せとし
日章旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
団体コード 23204-1
面積 111.61km²
総人口 132,806
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 1,190人/km²
隣接自治体 名古屋市守山区春日井市
尾張旭市豊田市長久手町
岐阜県多治見市土岐市
市の木 クロガネモチ
市の花 ツバキ
-
瀬戸市役所
所在地 〒489-8701 愛知県
瀬戸市追分町64番地の1
電話番号 0561-82-7111
外部リンク 瀬戸市

瀬戸市位置図(愛知県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
特記事項:
瀬戸市役所
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瀬戸市(せとし)は、中部地方・愛知県北中部の

矢田川の支流瀬戸川のなす渓谷の極まる所に位し、名古屋都心より北東へ約18km、名鉄瀬戸線の終点(尾張瀬戸駅)に当たる。また市内西部を愛知環状鉄道が縦断している。このため岡崎市や豊田市、春日井市へのアクセスも良い。東海環状道のせと品野IC・せと赤津ICがあり、工業団地や住宅地の開発が進んでいる。

近年は観光都市として各種イベントを積極的に行っており、街全体を博物館に見立て「せと・まるっとミュージアム」を展開している。

キャッチフレーズは『見せる魅せられるまち 瀬戸』

目次

[編集] 概要

日本有数の陶磁器である瀬戸焼の生産地として知られる。「瀬戸物」(せともの)という名称は、この地の古くからの地名である「瀬戸」に由来する。市内に点在する鉱山では、陶磁器ガラスの原料となる粘土珪砂が産出される。

たとえば瀬戸内海が「瀬戸に挟まれた内の海」を意味するように、「瀬戸」は、現在では通常「狭い海峡の出口」をいうが、もともとは「瀬の開ける場所」、すなわち「狭くて流れが急な場所から開けたところに出る場所」を意味し、ここでの「瀬戸」も、その地勢からとって「狭い山間を流れる川が急に開けた場所」を意味する。また「陶処(すえと = 陶器の産地)」が転じたとする説もある。

市の主産業であった窯業は近年低迷が続き、関連工場の数は、最盛期の半分程度まで減少している。窯業関連工場は規模が大きくまとまった敷地を使用していたこともあり、跡地にはマンションが建設される事が多い。また、鉱山関連産業は輸入物の粘土・珪砂等に圧され、低迷している。

中京広域圏および県域放送地上デジタルテレビジョン放送を送信する瀬戸デジタルタワーが市南部にある。

2005年3月、2005年日本国際博覧会(愛・地球博)が長久手町と瀬戸市の2会場で開催された。のちに瀬戸会場は2009年3月20日瀬戸万博記念公園 愛・パークとして開園した。

毎年9月の第2土・日曜日に開催される「せともの祭」は、全国最大級の陶器の廉売市が行われ、毎年約50万人の人出で賑わう瀬戸市最大のイベントである。

瀬戸市にはしょうゆ味のいわゆる瀬戸焼きそばがあるほか、五目ごはんの発祥地でもある。昔は窯焼きの人の栄養補給にうなぎが重宝されていた為、現在でも瀬戸市はうなぎ屋が多い。

瀬戸市は財政状況が芳しくない中、職員の給与所得は県内第1位である。また、全国でも第5位の為、市民からは批判的な声もある。また愛知県内の10万人以上の市で交付税交付団体は瀬戸市と一宮市だけである。

愛知県下で全市的にレジ袋を有料化にした最初の自治体でもある。

名古屋市守山区と隣接しているが尾張小牧ナンバーである。

[編集] 地理

尾張丘陵の一角に位置する。

中心部を東西に瀬戸川が流れ、旧市街地や官公庁・鉄道などが集中する。北部・東部・南東部は山地である。特に南東部には海上の森(かいしょのもり)がある。南部は市内最大の住宅地である菱野団地があり、北西部には水野団地がある。

  • 北東部には穴田企業団地があり、南東部に赤津工業団地がある。
  • 河川:矢田川瀬戸川・蛇ヶ洞川(オオサンショウウオの生存が確認されている)
  • 山:猿投山・権現山・城見山

[編集] 隣接する自治体

[編集] 人口

瀬戸市と全国の年齢別人口分布図(比較) 瀬戸市の年齢・男女別人口分布図
紫色は瀬戸市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 120,774人
1985年 124,623人
1990年 126,340人
1995年 129,393人
2000年 131,650人
2005年 131,925人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 歴史

[編集] 瀬戸焼の興り

10世紀頃から焼き物作りが始まったとされている。

鎌倉時代には良質の土が取れるこの地で加藤四郎左衛門景正(藤四郎)が陶器の製造を始める。

江戸時代には尾張藩尾張徳川家)の直轄領となり、瀬戸で産する陶器製造は藩の独占産業となった。

18世紀後半になると陶器が磁器に押され始めたため、加藤民吉肥前で磁器を学び、その技術によって瀬戸での磁器の製造が始まった。

[編集] 明治維新以後

窯業は、明治時代になるとますます盛んになり、隆盛とともに、鉄道やバスなどの交通基盤の整備などが進み、人口も増え、昭和の初めには市制を施行するまでになった。

その後、昭和恐慌第二次大戦を経て、浮き沈みはあったものの、長期的に見れば、製造業としての窯業は次第に衰退しつづけている。

現在では、名古屋市ベッドタウン化が進行し、また、窯業は観光資源としての位置づけを高めつつある。また念願の高速道路ICも開業し、工業団地などに企業誘致を積極的に行っている。

[編集] 年表

[編集] 行政

  • 市長:増岡錦也(1999年5月1日-)

[編集] 郵便番号

  • 郵便番号は以下の通りとなっている。2006年10月1日に変更。
    • 瀬戸郵便局:489-00xx、489-08xx、489-09xx、489-85xx、489-86xx、489-87xx、480-12xx

[編集] 市外局番

  • 市内は鹿乗町を除いて0561(-2○・4○・8○・9○)となる(瀬戸MA:尾張旭市・日進市・愛知郡・西加茂郡三好町と共通、鹿乗町は0568:春日井MA)

[編集] 姉妹都市・友好都市

[編集] 教育

瀬戸市立の小・中学校は隣接学校選択制を導入している。

[編集] 大学

大学コンソーシアムせと」という、瀬戸市近郊6大学による連携組織がある。

[編集] 高校

[編集] 中学校

[編集] 小学校

[編集] 専修学校

  • 緑ヶ丘女学院(松原町)
  • 公立瀬戸旭看護専門学校(進陶町)

[編集] 学校教育以外の施設

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

市内にJR線は通っていないが、市北東部では庄内川の対岸(春日井市)にあるJR中央本線定光寺駅を利用できる。なお、2005年からJR中央本線が愛知環状鉄道線に片乗り入れしている。このため名古屋駅まで乗り換え無しで行く事ができる様になった。

[編集] 道路

[編集] バス

  • ジェイアール東海バス(JR東海バス)
    • 2009年10月をもって路線バス事業から撤退する予定の為、市内東北部の品野地区周辺は公共交通空白地区になるおそれがあり代替の事業者の選定や瀬戸市コミュニティバスの拡充などが急務となっている。
    • 2009年3月現在、瀬戸市コミュニティバスがJR東海バスが運行していた路線を引き継ぎ、品野公民館前にバスロータリーや駐輪場、トイレなどを整備する事が予定されている。
  • 名鉄バス
    • 瀬戸駅前を中心に名鉄バスセンター行きの基幹バスや、愛・地球博記念公園駅、菱野団地などへ向かうバスなどを運行している。
  • 瀬戸市コミュニティバス
  • 瀬戸万博記念公園 愛・パーク行きシャトルバス
  • ゆとりーとライン
    • 瀬戸みずの坂と大曽根駅を結ぶ路線があり、JR東海バスが運行しているが、撤退後の担当事業者は未定。

また市内北部では東濃鉄道も路線バスとして運行している。愛知県内で東濃鉄道の路線バスが走っているのは瀬戸市だけである。

[編集] 名所・旧跡・観光スポット

[編集] 公共施設

[編集] 主な企業

[編集] 瀬戸市に本社を置く企業

[編集] 瀬戸市に事業所を置く企業

[編集] 主な商業施設

[編集] 祭事・催事

  • 尾張えびす(1月5日)
  • 陶のまち 瀬戸のお雛めぐり(2月上旬-3月3日)
  • 陶祖まつり(4月)
  • せともの祭(9月第2土・日曜日)
  • 来る福招き猫まつり(9月29日周辺の土日)
  • せと市民祭(10月 2003年を最後に実施されていない)
  • ごんか祭(10月)
  • 窯垣の小径まつり(10月)
  • 陶のあかり路(12月上旬 - 12月24日)

[編集] 宿泊施設

  • 新瀬戸ステーションホテル(東横山町)
  • 一松旅館(東松山町)
  • ビジネスホテル九番館(北脇町)
  • 瀬戸パークホテル(深川町)
  • 應夢亭(定光寺町)
  • 角甚(鳥原町)
  • サンパレア瀬戸(川平町)

[編集] 出身有名人

[編集] 架空

  • モリゾー・キッコロ(特別市民、愛・地球博イメージキャラクター)

瀬戸市役所でモリゾー・キッコロの特別住民票を発行してもらうことができる。

[編集] 地域

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ