愛知郡 (愛知県)

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愛知郡(あいちぐん)は、愛知県尾張地方東部に位置する尾張藩の城下町部分を含む名古屋市の多くの部分がかつては愛知郡に属しており、愛知県の県名の由来となった郡であるが、現在は 東郷町(とうごうちょう)のみが愛知郡に属している。人口42,395人、面積18.03km²、人口密度2,350人/km²。(2014年1月1日、推計人口

歴史[編集]

伊勢湾東岸の丘陵地と沖積平野からなる地域で、古くから漁労や農耕が盛んに行われてきた。熱田神宮そばの断夫山古墳は尾張最大の前方後円墳で、周囲の古墳群とともに尾張氏の陵墓だと考えられている。

古代[編集]

愛知郡の最も古い記述は、平城京出土木簡で、尾張国愛知郡と記載されている。 和名抄に、愛智とあり、訓読は阿伊知(あいち)である。

なお、江戸時代末期編纂の尾張志では、あいちは誤りであり、あゆちが正しいという説を唱えており、世間に流布する愛知は古代はあゆち説の元となっているが、木簡の愛知の記述(あゆち阿由知、という記述の木簡が出土せず)、平安時代の和名抄に愛智の訓読は阿伊知(あいち)と明記されていることから、疑問がある。

中世[編集]

尾張源氏は多くが承久の乱で京都方に加わり衰退し、室町時代には管領斯波氏の領国となっていく。さらに応仁の乱の後に守護代織田氏一族が勢力を固め、今川氏との勢力争いの末に織田信秀那古野城はじめ一帯を手中に収めた。織田信長は信秀の子で那古野城生まれ、豊臣秀吉も愛知郡中村生まれだと考えられている。この頃山田郡南部が併合され愛知郡の範囲が大きく拡大した。江戸時代に入ると名古屋城が築城されて城下が整備され、近郊の村々も次第に発展していく。

近現代[編集]

1871年(明治4年)、廃藩置県により尾張藩名古屋県となったが、翌年名古屋城下町の所在する郡の名を採って愛知県と改称された。愛知県発足当時、愛知郡は、第一大区(愛知郡名古屋など)と第二大区(その他の愛知郡が更に13小区分割)に区分された後、1876年(明治9年)、従来の第一大区は第一区となり、第二大区は、第二区となった。1878年(明治11年)、郡区町村編制法により愛知郡内の名古屋が「名古屋区」(のちに1889年(明治22年)に市制施行して名古屋市となる)として分離独立した。 1896年(明治29年)以降、御器所村の一部、那古野村、古沢村の一部、熱田町小碓村等が名古屋市へ編入された。その後も周辺町村の名古屋市等への編入が進む。以降の郡域は旧・山田郡の領域と考えられ、律令期の愛知郡とは重ならない。平成期は合併は行われず,名古屋市のベッドタウン化による人口増加により日進町・長久手町がそれぞれ単独で市制を施行して、現在は東郷町1町のみとなった。

沿革[編集]

  • 1889年(明治22年)10月1日 - 市制町村制施行により、愛知郡に熱田町鳴海町と45村が成立。(2町45村)同年名古屋市も成立。
  • 1889年(明治22年)10月1日 - 西春日井郡鍋屋上野村に愛知郡千種村の一部を編入し、同時に愛知郡に移る。
  • 1897年(明治30年)7月12日 - 呼続村が町制施行し呼続町となった。(3町44村)
  • 1898年(明治31年)8月22日(3町42村)
    • 那古野村と古沢村の一部が名古屋市に編入された。
    • 古沢村の残部が熱田町に編入した。
  • 1902年(明治35年)2月13日 - 千種村が町制施行して千種町となった。(4町41村)
  • 1904年(明治37年)12月10日 - 笈瀬村が町制・改称して愛知町となった。(5町40村)
  • 1906年(明治39年)5月10日(5町16村)
    • 鍋屋上野村と田代村が合併して東山村となった。
    • 長湫村、上郷村、岩作村が合併して長久手村となった。
    • 高社村、猪子石村が合併して猪高村となった。
    • 幡野村、山口村が合併して幡山村となった。
    • 諸和村、春木村が合併して東郷村となった。
    • 香久山村、白山村、岩崎村が合併し、日進村となった。
    • 沓掛村、知多郡豊明村が合併し、愛知郡豊明村となった。
    • 広路村、御器所村が合併し、御器所村となった。
    • 笠寺村、鳴尾村、星崎村が合併して笠寺村となった。
    • 岩塚村、柳森村、松葉村が合併して常磐村となった。
    • 鷹場村、日比津村、織豊村が合併して中村となった。
    • 荒子村、御厨村、一柳村が合併して荒子村となった。
    • 明徳村、寛政村、宝田村が合併して小碓村となった。
    • 瑞穂村、弥富村、島野村、植田村、平針村が合併して天白村となった。
  • 1907年(明治40年)6月1日 - 熱田町が名古屋市に編入された。(4町16村)
  • 1917年(大正6年)7月6日 - 下之一色村が町制施行し下之一色町となった。(5町15村)
  • 1921年(大正10年)8月22日 - 中村、千種町、東山村、愛知町、常磐村、御器所村、荒子村、笠寺村、呼続町、八幡村、小碓村が西春日井郡金城村枇杷島町六郷村杉村清水町とともに名古屋市へ編入された。(2町7村)
  • 1928年(昭和3年)3月15日 - 天白村の一部が名古屋市に境界変更した。
  • 1937年(昭和12年)3月1日 - 下之一色町が名古屋市に編入された。(1町7村)
  • 1955年(昭和30年)2月11日 - 幡山村瀬戸市に編入された。(1町6村)
  • 1955年(昭和30年)4月5日(1町4村)
  • 1957年(昭和32年)1月1日 - 豊明村が町制施行して豊明町となった。(2町3村)
  • 1958年(昭和33年)1月1日 - 日進村が町制施行して日進町となった。(3町2村)
  • 1963年(昭和38年)4月1日 - 鳴海町が名古屋市に編入。知多郡大高町・知多郡有松町と合わせて名古屋市緑区となった。(2町2村)
  • 1970年(昭和45年)4月1日 - 東郷村が町制施行して東郷町となった。(3町1村)
  • 1971年(昭和46年)4月1日 - 長久手村が町制施行して長久手町となった。(4町)
  • 1972年(昭和47年)8月1日 - 豊明町が市制施行して豊明市となった。(3町)
  • 1994年(平成6年)10月1日 - 日進町が市制施行して日進市となった。(2町)
  • 2012年(平成24年)1月4日 - 長久手町が市制施行して長久手市となった。(1町)
明治22年以前 1889年10月1日 1889年 - 1926年 1927年 - 1954年 1955年 - 1988年 1989年 - 現在 現在
名古屋市 名古屋市 名古屋市 名古屋市 名古屋市 名古屋市 名古屋市 名古屋市
那古野村 1898年8月22日
名古屋市に編入
古沢村
1898年8月22日
熱田町に編入
1907年6月1日
名古屋市に編入
熱田町 熱田町
千種村 1902年2月13日
町制
1921年8月22日
名古屋市に編入
笈瀬村 1904年12月10日
町制・改称して愛知町
1921年8月22日
名古屋市に編入
呼続村 1897年7月12日
町制
1921年8月22日
名古屋市に編入
鷹場村 1906年5月10日
中村
1921年8月22日
名古屋市に編入
日比津村
織豊村
鍋屋上野村 1906年5月10日
東山村
1921年8月22日
名古屋市に編入
田代村
岩塚村 1906年5月10日
常磐村
1921年8月22日
名古屋市に編入
柳森村
松葉村
御器所村 1906年5月10日
御器所村
1921年8月22日
名古屋市に編入
広路村
荒子村 1906年5月10日
荒子村
1921年8月22日
名古屋市に編入
御厨村
一柳村
笠寺村 1906年5月10日
笠寺村
1921年8月22日
名古屋市に編入
鳴尾村
星崎村
八幡村 八幡村 1921年8月22日
名古屋市に編入
明徳村 1906年5月10日
小碓村
1921年8月22日
名古屋市に編入
寛政村
宝田村
下之一色村 1917年7月6日
町制
1937年3月1日
名古屋市に編入
瑞穂村 1906年5月10日
天白村
天白村 1955年4月5日
名古屋市昭和区に編入
弥富村
島野村
植田村
平針村
高社村 1906年5月10日
猪高村
猪高村 1955年4月5日
名古屋市千種区に編入
猪子石村
鳴海町 鳴海町 鳴海町 1963年4月1日
名古屋市緑区に編入
豊明村 1906年5月10日
豊明村
豊明村 1957年1月1日
町制
1972年8月1日
市制
豊明市 豊明市
沓掛村
香久山村 1906年5月10日
日進村
日進村 1958年1月1日
町制
1994年10月1日
市制
日進市
白山村
岩崎村
諸和村 1906年5月10日
東郷村
東郷村 1970年4月1日
町制
東郷町 東郷町
春木村
長湫村 1906年5月10日
長久手村
長久手村 1971年4月1日
町制
2012年1月4日
市制
長久手市
上郷村
岩作村
幡野村 1906年5月10日
幡山村
幡山村 1955年2月11日
瀬戸市に編入
瀬戸市 瀬戸市
山口村