名東区

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めいとうく
名東区
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
名古屋市
団体コード 23115-1
面積 19.44km²
(境界未定部分あり)
総人口 163,073
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 8,390人/km²
隣接自治体
隣接行政区
名古屋市千種区天白区守山区
日進市長久手市
区の木 ケヤキ
区の花 ナデシコ
名東区役所
所在地 466-8585
愛知県名古屋市名東区上社二丁目50番地
北緯35度10分33.1秒東経137度0分36.5秒座標: 北緯35度10分33.1秒 東経137度0分36.5秒
名東区役所
外部リンク 名古屋市名東区
名東区の県内位置

名東区位置図

特記事項 世帯数:68,902世帯(2006年10月1日)
外国人登録者数:2,689人(2004年10月1日)
長久手市と境界の一部が未定
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名東区(めいとうく)は、名古屋市を構成する16のうちのひとつ。

概要[編集]

名古屋市東部丘陵地帯に広がる閑静な新興住宅地。かつては、多くの灌漑(かんがい)用ため池が点在し、畑、稲作の他、養蚕や葉煙草も栽培する田園地帯であったが、昭和30年代後半から急速に宅地造成が進んだ。社宅や質の良いマンション・アパートが多く、比較的地元色が薄い地域であるため地元の東海地方出身者のみならず他地方からの新住民や転勤族家庭、学生なども多く在住している。

名古屋中心部から伸びる名古屋市営地下鉄東山線が区の中央を東西に横断し、その終点の藤が丘駅は、2005年3月に開業したリニアモーターカー 愛知高速交通東部丘陵線(リニモ)の始発駅でもあり、愛知万博会場に直結していた。また、東名高速道路名古屋第二環状自動車道名古屋高速インターチェンジジャンクションがあり、国道302号(環状2号)も整備され、中村区名古屋駅が名古屋の西玄関(鉄道の玄関)であるのに対して名古屋の東玄関(道路の玄関)として交通の要衝となっている。

地理[編集]

名東区は尾張丘陵の南西部に位置する。

尾張丘陵は、濃尾平野の東側、瀬戸市から大府市にかけて広がり、標高は60-120mと起伏の少ない緩やかな丘陵地帯で、湧水湿地が分布している。

新生代第三紀新第三紀鮮新世に、濃尾平野域の東縁に当たる猿投山地から知多半島一帯の隆起に伴い形成された。古木曽川が流れ込む東海湖と呼ばれる淡水湖に堆積していた砂層、泥層、砂礫層、亜炭層に覆われている。

名東区内においては、猪高緑地内の長久手市との境界にある根岳(標高108.6m)が最高位となる。区北部には矢田川香流川が東から西へと流れ、植田川が区東部の猪高緑地を水源として中央部を経て南端へと流れている。そして区内にはが点在していた。

山(高所)[編集]

三角点の高さから抽出

河川[編集]

  • 天白川水系
    • 植田川(うえだがわ):二級河川。猪高緑地辺りを水源とし、天白川に合流。
    • 前川(まえがわ):準用河川。牧野池辺りを水源とし、植田川に合流。
  • 庄内川水系
    • 矢田川(やだがわ):一級河川。海上の森を水源とし、庄内川に合流。
    • 香流川(かなれがわ):一級河川。長久手市岩作三ケ峯辺りを水源とし、矢田川に合流。

湖沼[編集]

  • 牧野ヶ池(まきのがいけ)
  • 明徳池(めいとくいけ)
  • 塚の杁池(つかのいりいけ)
  • デッチョ池
  • 上社調節池:洪水時、植田川の水を貯留する。地下鉄東山線上社駅ターミナルビルの地下2階に設置されている。最大貯留量は約35,500m³。平成11年に完成。

隣接する自治体・行政区[編集]

歴史[編集]

名東区は、1975年(昭和50年)に千種区から分区独立して誕生した。区の名称は、「名古屋市の東部に位置し、区内に東名高速道路名古屋ICを有し、名古屋の東玄関にふさわしい名称」ということから「名東区」と名付けられた。区のシンボルマークも、「め」の字を名古屋インターチェンジのイメージを盛り込んでデザインされている。

この地域には、縄文弥生時代より人が住んでいたと推測されている。松井町近辺より、鏃(やじり)、石槍、石斧が大量に出土しており、高間町からは甕棺(かめかん)が発見されている。(瓶井(かめい)遺跡)

また、この地域は、古墳時代から鎌倉時代の初めにかけて一大窯業生産地であった。区内各地で古窯が発掘されている。

律令制下の名東区は尾張国山田郡・愛知郡に属していたと言われるが、境界が明らかでなく正確なことは不明である。山田郡に属する郷として、中嶋、海部、葉栗、丹羽、春部、山田、愛智、智多と「和名類聚抄」にある。山田郡は太閤検地の際に春部郡と愛智郡に分属して消滅した。

奈良時代、名東区は山田荘として「東大寺諸荘園文書目録」に掲載されている。西区や守山区にも散在する形を取っている。山田荘は1213年建保元年)には後鳥羽上皇に寄進されている。

南北朝期には尾張は守護土岐頼康が支配し、地方武士を被官化していた。南北朝統一後、越前守護斯波義重が尾張の守護を兼任することになり、斯波氏の尾張領支配が150年続くことになる。ただし実質的に管理していたのは守護代織田氏であった。

沿革(江戸 - 名古屋市編入前)[編集]

現在の名東区の大部分は、東春日井郡猪子石原村、愛知郡猪子石村、藤森村、上社村、一色村、下社村、高針村であった。これらの村々は水野代官所の支配下にあった。矢田川水系に属する北部と天白川水系に属する南部に分かれ、主要交通路の山口街道・中馬街道も北部の猪子石地区と南部の高針地区をそれぞれ東西に通っていて、南北をつなぐ交通路は近代まで貧弱であった。ただし中馬街道は信濃名古屋の物資交換を果たす上で重要な役割を担った。また高針街道は名古屋から飯田元善光寺に参詣する道の一つでもあった。産業の中心は農業であり、米作りが主であった。しかし起伏の激しさや乾燥した土地の多さのため農業用水が不足した。そのため各地にため池が150箇所も作られた。その中で区内最大なのが大代官勝野太郎左衛門良政の指揮で作られた牧野ヶ池である。すり鉢状の地形を利用し、長さ240m、高さ9mの堤防は村の男が、導水用の堤は女がと、村を上げての大工事で正保三年(1646年)春に完成した。1810年頃の人口は以下の通り。

    • 高針: 960
    • 上社: 497
    • 下社: 347
    • 一色: 220
    • 猪子石: 922
    • 藤森: 453
  • 1878年(明治11年):一色村と下社村が合併し一社村となる。
  • 1889年(明治22年)12月:藤森村、猪子石村、猪子石原村が合併し猪子石村に、上社村、一社村、高針村が合併して高社村となる。
  • 1906年(明治39年)5月10日:猪子石村と高社村が合併し猪高村となる。村役場は上社の観音寺西堂を借用。
  • 1914年(大正3年):村役場が上社字丁田に作られる。

明治期に入っても名東区の主産業は農業であり主な産物は米・であったが、第二次大戦までは養蚕も盛んに行われていた。最盛期の大正初期で30貫ほどの収量があったといわれる。しかし戦争の影響による食糧増産や化学繊維の増加により養蚕業は衰退した。また葉タバコの生産が盛んで、ほとんどの家で一反歩ほど栽培されていた。しかし葉タバコ栽培と養蚕の両立は難しく、タバコが政府の専売となって煩雑な手続きが増えたのを機会に、明治末期にはほとんど栽培されなくなった。また、高針地域で亜炭が産出し、その炭質は優秀と言われ、鉱山局に重要鉱山として指定されたほどだった。明治30年塀和孝三郎が採掘を始めてから毎年出炭量が増加、最盛期には年産3万トンを記録したが、エネルギー革命の波に押され昭和20年代で採掘は終わった。

区画整理が行われる前には猪高町高針メクソという地名があった。

  • 1955年(昭和30年)4月5日:愛知郡猪高村が名古屋市千種区に編入

沿革(名古屋市編入後)[編集]

  • 1975年(昭和50年)2月1日:千種区猪高町(旧猪高村。ただし当時の宮根学区は地元の希望で千種区に残留)、昭和区の一部(梅森坂学区)が名東区として分区独立した。なおその後、天白区の植田地区との間で、区画整理の道路に合わせた軽微な境界変更が行われている。

行政[編集]

名東区役所[編集]

2006年(平成18年)4月1日現在)

  • 総務課
    庶務係、統計選挙係
  • 区民福祉部
    • 民生子ども課
      民生子ども係、主査(子ども家庭支援)、保護係
    • 福祉課
      福祉係、主査(障害)、介護保険係
    • 保険年金課
      管理係、保険係
  • 区民生活部
    • まちづくり推進室
      まちづくり推進係、主査(生涯学習)、主幹・主査(安心・安全で快適なまちづくりの企画)
    • 主幹(安心・安全で快適なまちづくりの推進)
    • 生涯学習センター
      事業係
    • 市民課
      管理係、窓口係
    • 税務課
      税務会計係、市民税係、土地係、家屋係
    • 納税課
      納税係、収納係


  • 名東保健所(上社二丁目50番地)
    次長
    • 企画調査係、主査(保健情報)
    • 生活環境課
      主査(環境衛生)、主査(食品獣疫)、主査(公害対策)
    • 保健予防課
      保健感染症係、主査(医務)、主査(成人保健)、主査(保健看護)
    • 主幹(医務)

警察[編集]

  • 名東警察署(猪高台二丁目1009番地)
    • 猪子石交番(香坂1104番地)
    • 藤が丘交番(藤が丘162番地)
    • 高針交番(高針四丁目909番地)
    • 牧の原交番(牧の原三丁目305番地)
    • 西山交番(西山本通一丁目31番地)
    • 一社交番(一社三丁目3番地)
    • 蓬来交番(八前二丁目1406番地)

消防[編集]

  • 名東消防署(野間町40番地)
    • 星ヶ丘出張所(名東本町162番地)
    • 猪子石出張所(香流一丁目1112番地)
    • 豊が丘出張所(豊が丘802番地)

名古屋市の機関[編集]

  • 名古屋市緑政土木局 名東土木事務所(上社五丁目1101番地)
  • 名古屋市上下水道局 名東営業所(貴船一丁目48番地)
  • 名古屋市環境局 名東環境事業所(藤里町101番地)

国の機関[編集]

  • 厚生労働省愛知労働局 名古屋東公共職業安定所(ハローワーク名古屋東)(平和が丘一丁目2番地)
    • 管轄区域:名古屋市東区・千種区・昭和区・名東区・天白区・日進市・長久手市・愛知郡東郷町

地域[編集]

医療[編集]

健康・福祉[編集]

  • 名東スポーツセンター(猪高町大字高針字勢子坊307番地の12) - 競技場、軽運動室、トレーニングジム、温水プールを備える。1997年10月7日に開館。
  • 上社レクリエーションルーム(上社一丁目802番地 上社ターミナルビル3階) - 軽運動室、会議室を備える。1998年6月16日に開館。
  • 名古屋市障害者スポーツセンター(勢子坊二丁目1501番地) - 体育室、卓球室、トレーニングジム、温水プール、料理実習室、会議室を備える。1981年に開館。
  • 名東児童館(亀の井二丁目201番地)
  • 名東福祉会館(亀の井二丁目201番地)- 老人福祉センター
  • 若松寮(山香町321番地)- 児童養護施設
  • 社会福祉法人 名古屋市名東区社会福祉協議会(一社二丁目30番地 東名グランドビル6F)
  • 名古屋市高年大学鯱城学園 楽陶館(社が丘三丁目1206番地) - 陶芸学科の実習施設
  • 名古屋市高年大学鯱城学園 附属実習農園(勢子坊四丁目405・409番地) - 園芸学科の実習施設

芸術・学術[編集]

  • 名東図書館(文教台二丁目205番地)
  • 名東文化小劇場(上社一丁目802番地 上社ターミナルビル3階)
  • 神明社資料館(神月町602番地):猪子石地区の土地区画整理事業関係書類、御馬塔の馬標(だし)や棒の手の武具、古文書等を展示。
  • 宮島考古資料館(松井町140番地):主に名東区内から出土の土器・刀剣を展示。
  • 衣の民族館(大針一丁目204番地):衣生活を中心とした風俗史・生活文化史に関する私立博物館。

教育[編集]

大学[編集]

専修学校[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

沿革[編集]
  • 1942年(昭和22年)4月:愛知郡猪高村立猪高中学校開校(現猪高中学校。学区は猪高村のほぼ全域)
  • 1962年(昭和37年)4月:神丘中学校開校(猪高中学校から独立)
  • 1974年(昭和49年)4月:高針台中学校開校(神丘中学校から独立)
  • 1977年(昭和52年)4月:猪子石中学校開校(猪高中学校から独立。千種区に所在)
  • 1980年(昭和55年)4月:藤森中学校開校(猪高中学校から独立)
  • 1984年(昭和59年)4月:牧の池中学校開校(高針台中学校から独立)
  • 1985年(昭和60年)4月:上社中学校開校(猪高中学校から独立)
  • 1986年(昭和61年)4月:香流中学校開校(猪高中学校・猪子石中学校から独立)
現在の中学校の一覧[編集]

(猪子石中学校は千種区の宮根小学校区に所在するが、宮根小学校区の生徒は特別の許可がある場合を除いて猪子石中学校に通学できない)

小学校[編集]

  • 1872年(明治5年)の学制の公布により、それまでの寺子屋にかわって、高針村東勝寺太鼓堂に「啓迪(けいてき)学校」が開かれた。開校は1873年(明治6年)10月30日。高針村、上社村、一色村、下社村から子ども達が通った。

この啓迪学校が現在の名東区の各小学校の前身となった。

沿革[編集]
  • 1873年(明治6年)9月:香流学校を月心寺に開校
  • 1873年(明治6年)10月30日:啓迪学校を東勝寺に開校
  • 1873年(明治10年):第2大学区第2中学区第6番高針学校と改称
  • 1879年(明治12年):第51番小学校高針学校と改称
  • 1886年(明治19年):尋常小学高針学校と改称
  • 1888年(明治21年):一社学校と改称、北島に移転
  • 1891年(明治24年):高社村立高針尋常小学校と改称
  • 1892年(明治25年):香流尋常小学校と改称
  • 1901年(明治34年):香流学校に高等科併置し香流尋常高等学校と改称
  • 1907年(明治40年)1月:高針尋常小学校と一社尋常小学校が合併し猪高尋常小学校となる
  • 1912年(明治45年)2月1日:猪高村立猪高尋常高等小学校開校(猪高尋常小学校・香流尋常高等小学校は廃校される)
  • 1918年(大正7年)11月:猪高村立猪高尋常小学校南部分教場開校(現在の高針小学校)
  • 1919年(大正8年)2月:猪高村立猪高尋常小学校北部分教場開校(現在の香流小学校)
  • 1941年(昭和16年):国民学校令により、愛知郡猪高村立猪高国民学校と改称
  • 1947年(昭和22年):学校教育法により、愛知郡猪高村立猪高小学校と改称
  • 1961年(昭和36年)4月:西山小学校開校
  • 1962年(昭和37年)4月:高針小学校開校(猪高小学校南部分校が独立)
  • 1973年(昭和48年)4月:藤が丘小学校開校(猪高小学校から分離独立)、名東小学校開校(西山小学校から分離独立)、猪子石小学校開校(香流小学校から分離独立)、梅森坂小学校開校(植田小学校から分離独立)
  • 1975年(昭和50年)4月:蓬来小学校開校(香流小学校から分離独立)
  • 1978年(昭和53年)4月:本郷小学校開校(猪高小学校から分離独立)
  • 1979年(昭和54年)4月:貴船小学校開校(高針小学校北分校が独立)
  • 1980年(昭和55年)4月:上社小学校開校(猪高小学校から分離独立)、極楽小学校開校(高針小学校東分校が独立)、豊が丘小学校開校(藤が丘小学校から独立)、平和が丘小学校(蓬莱小学校から分離独立)、引山小学校開校(猪子石小学校から分離独立)
  • 1982年(昭和57年)4月:前山小学校開校(高針小学校南分校が独立)
  • 1987年(昭和62年)4月:牧の原小学校開校(前山小学校から分離独立)
  • 1988年(昭和63年)4月:北一社小学校開校(猪高小学校から分離独立)
現在の小学校の一覧[編集]
  • 名古屋市立猪高小学校(丁田町32番地)
  • 名古屋市立藤が丘小学校(藤が丘54番地)
  • 名古屋市立香流小学校 (香流二丁目1201番地)
  • 名古屋市立猪子石小学校(猪子石二丁目1201番地)
  • 名古屋市立高針小学校(高針二丁目1103番地)
  • 名古屋市立西山小学校(西山本通2丁目35番地)
  • 名古屋市立名東小学校(亀の井三丁目134番地)
  • 名古屋市立梅森坂小学校(梅森坂四丁目201番地)
  • 名古屋市立蓬来小学校(よもぎ台一丁目501番地)
  • 名古屋市立本郷小学校(本郷一丁目237番地)
  • 名古屋市立貴船小学校(貴船三丁目2301番地)
  • 名古屋市立上社小学校(上社五丁目1002)
  • 名古屋市立豊が丘小学校(豊が丘1501番地)
  • 名古屋市立引山小学校(引山一丁目1105番地)
  • 名古屋市立極楽小学校(高針台三丁目901番地)
  • 名古屋市立平和が丘小学校(平和が丘一丁目1番地)
  • 名古屋市立前山小学校(牧の里二丁目1501番地)
  • 名古屋市立北一社小学校(上菅一丁目101番地)
  • 名古屋市立牧の原小学校(牧の原三丁目401番地)

保育[編集]

学童保育[編集]

  • 梅森坂学童保育所 かなへびクラブ(閉所)
  • 猪子石荘学童保育の会 オリオンクラブ
  • 猪子石・引山学童保育所 あすなろクラブ
  • 西山子どもクラブ
  • 高針・極楽学童保育所 たかばりこどもクラブ
  • よもぎ学童保育の会 ペガサスクラブ
  • 貴船・名東子どもクラブ
  • 豊が丘留守家庭児童育成会
  • 前山子どもクラブ
  • 猪高留守家庭児童育成会
  • 北一社留守家庭児童育成会(閉所)
  • 藤が丘留守家庭児童育成会
  • 名東児童館留守家庭児童クラブ

交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

道路[編集]

自動車専用道路[編集]

一般国道[編集]

主要地方道[編集]

一般県道[編集]

幹線道路の道路通称名[編集]

<南北の道路>

<東西の道路>

ゆかりのある人物[編集]

現代[編集]

歴史上の人物[編集]

名所・旧跡・観光スポット[編集]

祭事・催事[編集]

外部リンク[編集]