天白区
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天白区(てんぱくく)は、名古屋市を構成する行政区16区のひとつである。名古屋市の東部に位置しており、住宅地の性格が強い区である。中世には鳴海庄天白村であった。天白の名は、1906年に愛知郡天白村が成立したときに、区域を流れる川(天白川)から名前を採ったことに始まる。
天白川の名前は、河口付近(緑区鳴海町天白橋)に天白神が祀られていたことに由来し、そこからやや上流の天白区野並から下流は、江戸時代に埋め立てが進むまでは、鳴海潟(より古くは阿由知潟)と呼ばれた干潟であった。天白橋付近に渡し場があり、船で笠寺・熱田方面に向かい、陸路の場合は、野並より上流で渡っていた。
そこで祭られていた天白神は緑区鳴海町の成海神社から、現在の緑区白土の熊野日白社として祀られている。天白神は洪水から田畑を守る神といわれる。養蚕との関連、瀬織津姫との関連性を指摘する学説もある。
目次 |
[編集] 地理
天白川および植田川周辺の平坦な地形と区北部の植田山、西部の音聞山、南部の相生山に見られるような丘陵地をあわせ持つ。
[編集] 隣接する自治体
[編集] 歴史
- ~室町時代、天白川流域に鳴海荘の一部として水田が広がる。戦国時代には、鳴海荘の横地氏が植田城を天白川沿いに造り、今川氏の側について川ぞいの領主となり、一方丘陵地帯ぞいでは織田信長の妹の婿である真木(牧)宗十郎長清が、島田城を居城に構え、織田方につき、ため池による新田開発を始めていた。真木氏は、桶狭間の戦いで丹下砦に配備され功績をあげている。信長は桶狭間の合戦以前から、今川方と、現在の名東区・天白区から西三河に至るまでの丘陵地帯の領地紛争にからんだ戦闘をしており、平針の秋葉山慈限寺で、戦勝祈願をしていた。
- 江戸時代、植田村は伝馬除地(免租地)、野並村は熱田神宮領、平針村は桶狭間の戦いの元今川方浪人の村瀬氏が飯田街道と岡崎姫街道が交差する平針の宿を開き、島田村とともに、尾張藩の領地となった。
- 1889年 野並村と島田村が合併し、島野村になる。
- 1906年 植田村、島野村、平針村が合併し、天白村になる。
- 1955年 天白村が名古屋市に編入合併されて、昭和区天白町になる。
- 1975年 昭和区天白町が分区し、天白区になる。
- 2000年 9月11日、東海豪雨により野並地区で大きな被害が出る。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] 道路
[編集] 教育
[編集] 大学
[編集] 高校
[編集] その他
[編集] 友好都市
政令指定都市の行政区では珍しく長野県中川村と「ふれあい協定」を結んでおり、友好都市を持っている。
[編集] 名所・施設
- 天白川緑地
- 相生山緑地
- 天白公園
- 天白図書館
- 名古屋市農業センター
- 牧野ヶ池緑地
- 八事霊園
- 愛知県運転免許試験場
- 針名神社(一千年以上の歴史がある)
- 塩竈神社
- 荒木集成館
[編集] 外部リンク
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