半田市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

半田市
はんだし
日章旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県 
団体コード 23205-0
面積 47.24km²
総人口 118,442
推計人口、2008年8月1日)
人口密度 2,510人/km²
隣接自治体 常滑市碧南市高浜市
武豊町阿久比町東浦町
市の木 クロマツ
市の花 サツキ
他のシンボル
半田市役所
所在地 〒475-8666 愛知県
半田市東洋町二丁目1番地
電話番号 0569-21-3111
外部リンク 半田市

半田市位置図(愛知県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
テンプレート (ノート 解説) 日本の市町村PJ

半田市(はんだし)は、愛知県である。尾張知多地方に属する。

古くから知多半島政治経済の中心であり、港湾都市として発達した街である。戦前の1937年(昭和12年)3町合併により、知多半島で最初に市制を施行した。その後は、昭和30年前後の合併ブームや平成の大合併でも合併が行われないまま現在に至っている。
古くより醸造業が盛んで、太平洋戦争後には自動車関連産業などの製造業も進出。日本で初めて非核自治体宣言を提唱した市でもある。『ごんぎつね』などで知られる童話作家新美南吉の出身地でもあり、市内には新美南吉記念館があるほか、記念館周辺には童話にちなんだ花畑なども広がっている。

中部国際空港の開港に伴い、新たにこの地方への営業所の設置を図る企業も多かったが、常滑市内では十分な受け入れ体制が整っていなかった。その為、代わってこの半田市内に拠点を置く企業が多い。これは企業というより住居についてであり、知多半島の高校の約4割が半田市に集中している事から子弟の教育の面で半田を選ぶ傾向があるが、単身者向けの住居は常滑市内に多くできてきた。

目次

[編集] 地理

[編集] 隣接している自治体

[編集] 人口

半田市と全国の年齢別人口分布図(比較) 半田市の年齢・男女別人口分布図
紫色は半田市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 89,328人
1985年 92,883人
1990年 99,550人
1995年 106,452人
2000年 110,837人
2005年 115,845人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 歴史

江戸時代、市域は尾張藩犬山藩寺社の領地であった。市制施行まで知多郡に属していた。

  • 1889年(明治22年)10月1日 - 半田村・亀崎村がそれぞれ町制を施行し半田町亀崎町となる。
  • 1890年(明治23年)12月17日 - 成岩(ならわ)村が町制を施行し成岩町になる。
  • 1906年(明治39年)5月1日 - 亀崎町・有脇村・乙川(おっかわ)村が合併し亀崎町となる。
  • 1937年(昭和12年)10月1日 - 半田・成岩・亀崎の3町が合併し、県下6番目の市として半田市が発足する。当時の人口は5万477人。
  • 2008年(平成20年)3月31日 - 人口が12万人を突破する。

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内

[編集] 海外

[編集] 経済

古くから醤油味噌などの醸造業が栄えていた。江戸中期より酒粕を用いたの醸造が始まると、江戸のにぎり寿司ブームもあり、樽詰めされた酢は尾州廻船によって江戸にも運ばれた。こうした醸造業の発展は現在の半田市の形成に繋がり、ミツカンなどに代表される日本有数の食品産業の町への基礎となった。

戦前には重工業も盛んになり、中島飛行機に代表されるように航空機産業も発達した。軍需産業の一拠点となった半田市は戦争中には空襲の標的となり、多大な被害を受けることになった。戦後は再び重工業が復興し、臨海部の工業地帯を中心に栄えている。

[編集] 産業

[編集] 市内に本社をおく主要な企業

[編集] 慢性的な渋滞 半田市街・衣浦大橋

半田市街(半田市域)・阿久比町域および衣浦大橋が、道路事情の整備不足から慢性渋滞になっている。これが中部国際空港・知多半島と西三河を分断する要因になっており、新幹線三河安城駅からの中部国際空港直通バスにも影響が出ている。西三河のトヨタ自動車グループのような絶対的な産業基盤の乏しい半田市では、財政力の弱さから道路整備が遅れている。現在、衣浦大橋周辺での道路改良計画が愛知県によって策定されている。

衣浦トンネルについても半田市側はたどり着くまで、又は利用した後が大変である。 例えば知多半島道路・半田インターを降りてから東郷町より東は古くからの片側1車線の道しかないので、慢性渋滞になっていて、通過時間の予測がしにくい。他の市と比べて幹線における右折車線が肝心な所にないことも渋滞が多い一因である。 例えば出口町から半田大橋間の約5kmは赤信号が長く、いつも渋滞しており通過に10分から15分を要することが多い。

[編集] 中部国際空港開港と半田市立半田病院

常滑市内には3次救急に対応出来る病院が存在しない。その為、中部国際空港の開港に伴い、知多半島で唯一の救命救急センター(3次救急対応)が半田市立半田病院内に設置された。

[編集] 教育

半田市は尾張学区に属し、中学生は尾張地方の県立および名古屋市立の普通科高校に進学可能だが、衣浦大橋を挟んで対岸の高浜市にある高浜高校の普通科には進学できない。

[編集] 大学・高等学校等

[編集] 中学校

[編集] 小学校

  • 半田市立半田小学校
  • 半田市立雁宿小学校
  • 半田市立さくら小学校
  • 半田市立岩滑小学校
  • 半田市立乙川小学校
  • 半田市立乙川東小学校
  • 半田市立横川小学校
  • 半田市立亀崎小学校
  • 半田市立有脇小学校
  • 半田市立成岩小学校
  • 半田市立宮池小学校
  • 半田市立花園小学校
  • 半田市立板山小学校

[編集] 交通

[編集] 国道

[編集] 県道

[編集] 有料道路

[編集] 鉄道

[編集] 路線バス・空港バス

半田市は知多半島の中心に位置し、古くから知多半島内や西三河地区への路線バスの基点となっており、現在は西三河地区から中部国際空港への中継地となっているため、路線バスの系統は多いが、バス利用者は多くなく便数も減少しつつある。同市に本社を置く知多乗合(知多バス)が市内を通るほぼ全ての路線バス・空港バスを運行しているが、空港バスの西尾空港線のみ名鉄東部観光バスとの共同運行。なお常滑線はほぼ毎時2本、それ以外の路線は毎時1本以下の運行頻度となっている。また、上池線・亀崎線・鴉根線・花園線については、半田市と知多乗合との協定により、赤字を補填するため市税から年度毎に約2,000万円程度の補助金を給付している。

2007年6月15日よりジェイアールバス関東による、東京駅行きの長距離バス路線知多シーガル号が運行開始した。

  • 知多乗合
    • 常滑線 - 知多半田駅~板山~常滑駅~中部国際空港
    • 半田空港線 - 知多半田駅~清城町~新美南吉記念館西~中部国際空港
    • 岩滑(上)線 - 知多半田駅~半田高校前~新美南吉記念館西~椎の木園
    • 岩滑(下)線 - 知多半田駅~岩滑小学校前~新美南吉記念館西~椎の木園
    • 刈谷線 - 知多半田駅~市役所前~乙川駅前~刈谷駅
    • 上池線 - 知多半田駅~市役所前~乙川駅前~緑ヶ丘
    • 衣浦線 - 知多半田駅~市役所前~乙川駅前~亀崎県社前~三河高浜駅
    • 亀崎線 - 知多半田駅~市役所前~乙川駅前~亀崎県社前
    • 鴉根線 - JR半田駅前~市役所前~成岩駅前~図書館・博物館~青山駅前~君ヶ橋住宅西
    • 花園線 - 青山駅前~君ヶ橋住宅西
    • 安城空港線 - 中部国際空港~住吉町駅~三河高浜駅前~三河安城駅前
    • 西尾空港線 - 中部国際空港~住吉町駅~市役所前~碧南中央駅西尾駅前~蒲郡駅
  • ジェイアールバス関東

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

  • 博物館「酢の里」
    • ミツカングループが設立した日本で唯一の酢の総合博物館
  • 國盛「酒の文化館」
    • 中埜酒造が運営する酒の博物館。
  • 新美南吉記念館
    • 半田市が設立した新美南吉の記念文学館。
  • 半田赤レンガ建物
  • 旧中埜家住宅
  • かみや美術館
  • 半田空の科学館
  • 常楽寺
    • 徳川家康ゆかりの寺。本能寺の変に際し、家康が岡崎へ逃げ帰る途上に立ち寄ったといわれる寺。家康から贈られたと言われる鐙などがここに保存されている。
  • はんだ山車まつり(5年毎に開催、10月第1土日)次回開催日程は2012年10月
    • 半田市内には豪華な彫刻・大幕で飾られた重厚な山車が市内各地区に全部で31台あり、毎年春に各地区の祭りで曳きまわされている。5年に1度開催されるこの祭りでは、その31台の山車が一堂に会し、期間中は多くの観光客で賑わう。
  • 亀崎潮干祭(5月3・4日)
    • 言い伝えによれば、室町時代の応仁・文明年間に起源を持つ半田市亀崎町に伝わる祭礼。神前神社(通称:県社)前の海浜に、江戸時代後期に建造された知多型(半田型)の山車5台を曳き下ろして整列、からくり人形を奉納する。その後は、町の西にある尾張三社へ神輿が移動することから、山車はそれに従う形で曳き回される。2日目は1日目と逆のコースを取る。「亀崎潮干祭の山車」5台は1966年(昭和41年)に愛知県有形民俗文化財に指定され、2006年(平成18年)には「亀崎潮干祭の山車行事」が国の重要無形民俗文化財に指定された。

[編集] 出身有名人

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ