伊藤隼太
| 阪神タイガース #51 | |
|---|---|
慶應義塾大学時代(2011年)
|
|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 愛知県瀬戸市 |
| 生年月日 | 1989年5月8日(24歳) |
| 身長 体重 |
176 cm 84 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2011年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 2012年3月30日 |
| 年俸 | 1,500万円 (2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
伊藤 隼太(いとう はやた、1989年5月8日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
経歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
小学1年時から野球を始め、投手、遊撃手としてプレー。中学時代から外野手を務めた。
中京大中京高進学後は1年秋からレギュラーに定着し、2年時の秋から4番を務めた。3年時の夏は、愛知県予選決勝で愛工大名電高に敗れ、甲子園出場には一歩届かなかった。高校通算29本塁打。
慶應義塾大学環境情報学部(SFC)に進学後は1年春からリーグ戦に出場する。2年春に規定打席不足ながら打率.345をマークしレギュラーに定着。秋には4番に抜擢されリーグ5位の打率.326をマークした。3年春にはリーグトップの12打点をマークして11季ぶりのリーグ優勝に貢献。早稲田大学1回戦では斎藤佑樹から三塁打を放ち、2回戦では福井優也から本塁打を放った。
夏には第5回世界大学野球選手権大会の日本代表に選出され、全試合で4番を務め3本塁打を放った。4年時から主将を務め、春は打率.405、4本塁打、17打点の好成績で優勝に貢献した。
2011年のドラフト会議では阪神タイガースから1位指名を受けた。11月22日に契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円で仮契約。背番号は51となった[1]。
プロ入り後 [編集]
2012年
春季キャンプは1軍スタート。2月12日の対北海道日本ハムファイターズとの練習試合で日本ハムの中村勝から実戦初打席で初安打を記録し、5打席目には宮本賢からライト前タイムリーヒットを打ち、この試合5打数2安打1打点と活躍した。しかし、オープン戦では16試合で打率.154、0本塁打、1打点と不振に陥った[2]。その後、開幕直前の日米親善試合、対オークランド・アスレチックス戦で2安打するなど[2]、徐々に調子を取り戻しつつあることなどから、開幕1軍となった[3]。そして、新人外野手としては望月充以来40年ぶりの開幕スタメンとなった[4]。しかし、2試合に出場し5打数無安打で3三振を喫するなど良いところなく[5]、開幕カード3連戦後の4月2日、故障から復帰するマット・マートンと入れ替わりで二軍落ちとなった[6]。
ウエスタンリーグでも、一時は打率1割代に落ち込むなど打率2割前後を彷徨い、プロの投手への対応に苦しむ[7]。7月に入り、打撃が好調になってきたと判断され、7月15日に一軍昇格[8][9]。7月17日の対読売ジャイアンツ戦に、7番・中堅で先発出場し、5回裏にプロ9打席目で初ヒットをライト前に放った[10]。9月27日の対東京ヤクルトスワローズ戦で、5回表の2死満塁の場面で松井光介から右越満塁本塁打を放ち、初本塁打・初打点を記録した[11]。阪神のルーキーが初本塁打を満塁本塁打で記録したのは、プロ野球創設年の1936年に、伊賀上良平が記録して以来、史上2人目である[11]。
2013年
2月26日に京セラドームで開かれたWBC日本代表との強化試合に、阪神の9番・左翼手として先発出場。5回裏の第2打席では、涌井秀章(日本代表・西武ライオンズ)から決勝点となる先制の適時打を放った。しかし、6回表の守備で坂本勇人(日本代表・讀賣ジャイアンツ内野手)の左飛を追って後退した際に、遊撃を守っていた上本博紀と交錯。伊藤は打球を捕球したものの、左顎部を打撲した[12]。
その後のオープン戦では、打撃面で好調を維持。2年続けて開幕一軍入りを果たしたが、先発投手陣の一員であるジェイソン・スタンリッジの出場選手登録を優先する関係で、4月3日にいったん登録を抹消した。同月26日に田上健一と入れ替わる格好で再登録を果たすと、開幕からレギュラー右翼手として出場していた福留孝介の故障・戦線離脱を機に、「8番・右翼手」として主に右投手が先発する試合でスタメンで起用されている。24歳の誕生日に当たる5月8日には、東京ドームのジャイアンツ戦で、8回表に澤村拓一から0-0の均衡を破る2点本塁打を放った(試合は延長12回の末に阪神が勝利)[13]。
プレースタイル [編集]
鋭いスイングスピードと長打力[14]に加え、遠投110メートルの強肩に50メートル走6.0秒台、一塁到達4.0秒台の俊足を備える[15]。高校時代は『走力のある巧打の外野手』という評価だったが、大学進学後に長打力を開花させた[16]。プロのスカウトからは「高橋由伸のタイプに近い、技術の高さが飛距離を生むタイプの打者」と評され[17]、大学時代の監督の江藤省三からは広島東洋カープから阪神タイガースへ移籍した当初の金本知憲に例えられた[15]。
打席での集中力に優れ、「毎打席無心でいること」を理想にしている[16]。特に「完全に集中していました。独特な雰囲気の中で冷静に球種を感じ取ることができた」という[15]大学3年秋のリーグ戦優勝決定戦のような打席を理想として挙げている[16]。
課題は外野の守備における打球への判断。WBC日本代表の強化試合で浅いフライを追って上本と激突した(前述)ほか、一軍の公式戦で守備に就く機会が増えるにつれて、エラーとして記録されない程度のミス(ファウルフライの落球や外野フェンス際でのフライの捕球ミスなど)が目立つようになった[18]。24歳のバースデーアーチを放った東京ドームでのジャイアンツ戦(前述)でも、アーチを放った後の9回裏に2度のミス(記録はファウルと坂本の三塁打)で同点に追い付かれたことから、試合後には「(自分の守備が)下手くそなだけです。ああいうこと(右翼守備でのミス)をしていたら試合に出るチャンスがなくなる」という自責のコメントを残している[19]。
人物 [編集]
高校時代には評定平均4.8を残すなど学業でも優秀な成績を修めた[15]。
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2012 | 阪神 | 22 | 56 | 54 | 2 | 8 | 1 | 0 | 1 | 12 | 5 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 18 | 0 | .148 | .179 | .222 | .401 |
| 通算:1年 | 22 | 56 | 54 | 2 | 8 | 1 | 0 | 1 | 12 | 5 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 18 | 0 | .148 | .179 | .222 | .401 | |
- 2012年度シーズン終了時
年度別守備成績 [編集]
| 年 度 |
外野 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2012 | 17 | 24 | 0 | 0 | 0 | 1.000 |
| 通算 | 17 | 24 | 0 | 0 | 0 | 1.000 |
- 2012年度シーズン終了時
記録 [編集]
- 初出場・初先発出場:2012年3月30日、対横浜DeNAベイスターズ1回戦(京セラドーム大阪)、8番・右翼手で先発出場
- 初打席:同上、2回裏に高崎健太郎から空振り三振
- 初安打:2012年7月17日、対読売ジャイアンツ14回戦(阪神甲子園球場)、5回裏にディッキー・ゴンザレスから右前安打
- 初本塁打・初打点:2012年9月27日、対東京ヤクルトスワローズ22回戦(明治神宮野球場)、5回表に松井光介から右越満塁本塁打
背番号 [編集]
- 51 (2012年 - )
登場曲 [編集]
- Steppenwolf - Born to Be Wild(2012年)
- 嵐 - Troublemaker(2013年)
出演CM [編集]
脚注 [編集]
- ^ “虎のイチロー誕生!伊藤隼、背番「51」”. SANSPO.COM (2011年11月23日). 2011年11月24日閲覧。
- ^ a b 阿部祐亮 (2012年3月27日). “阪神・伊藤隼ハッスル!開幕右翼スタメンあるで”. サンケイスポーツ 2012年3月28日閲覧。
- ^ “出場選手登録について”. 阪神タイガース (2012年3月28日). 2012年3月28日閲覧。
- ^ “阪神・伊藤隼、2三振…ホロ苦いデビュー”. サンケイスポーツ. (2012年3月31日) 2012年3月31日閲覧。
- ^ 高瀬悟嗣 (2012年4月2日). “虎・伊藤隼2軍落ち…2戦で5の0、3三振”. サンケイスポーツ 2012年4月2日閲覧。
- ^ “セ・リーグ公示【4月2日】”. サンケイスポーツ. (2012年4月2日) 2012年4月2日閲覧。
- ^ “阪神、悩める伊藤隼の“メンタルケア””. サンケイスポーツ. (2012年6月13日) 2012年7月19日閲覧。
- ^ “セ・リーグ公示【7月15日】”. サンケイスポーツ. (2012年7月15日) 2012年7月19日閲覧。
- ^ “阪神・伊藤隼、1軍昇格正式決定”. サンケイスポーツ. (2012年7月15日) 2012年7月19日閲覧。
- ^ “虎D1伊藤隼、3カ月ぶり先発でプロ初安打”. サンケイスポーツ. (2012年7月17日) 2012年7月19日閲覧。
- ^ a b “阪神、ドラ1伊藤隼、プロ1号満塁弾!”. サンケイスポーツ. (2012年9月27日) 2012年9月27日閲覧。
- ^ “上本、左足首の靱帯損傷…和田監督は「時間がかかりそう」”. スポーツニッポン. (2013年2月28日) 2013年3月5日閲覧。
- ^ “阪神伊藤隼、先制1発のち拙守2連発”. 日刊スポーツ. (2013年5月9日) 2013年5月13日閲覧。
- ^ ドラフト候補プロフィール スポーツナビ
- ^ a b c d ドラフト候補&監督直撃インタビュー『野球小僧』2011年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、174-175頁。
- ^ a b c d 『アマチュア野球 vol.30』 日刊スポーツ出版社、2010年、18-19頁。ISBN 978-4-8172-5509-9。
- ^ 『野球小僧』2011年6月号、白夜書房、雑誌18801-6、59頁。
- ^ “隼太、24歳バースデー弾もホロ苦拙守”. デイリースポーツ. (2013年5月9日) 2013年5月12日閲覧。
- ^ “虎・伊藤隼「下手くそ」複雑な誕生日に…”. サンケイスポーツ. (2013年5月8日) 2013年3月12日閲覧。
- ^ 『アマチュア野球 vol.31』 日刊スポーツ出版社、2011年、1100 -101頁。ISBN 978-4-8172-5513-6。
関連項目 [編集]
|
||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||