大曽根駅
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| 大曽根駅 | |
|---|---|
| おおぞね - Ōzone | |
| 所在地 | 名古屋市東区・北区 |
| 所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海・駅詳細) 名古屋鉄道(駅詳細) 名古屋市交通局(駅詳細) 名古屋ガイドウェイバス(駅詳細) |
大曽根駅(おおぞねえき)は、愛知県名古屋市東区と北区にある、東海旅客鉄道(JR東海)・名古屋鉄道・名古屋市営地下鉄・名古屋ガイドウェイバスの駅である。
利用可能な鉄道路線数で言えば、名古屋市内では、名古屋駅、金山駅(金山総合駅)に次ぐターミナル駅となっている。
なお北区になるのは、名古屋市営地下鉄大曽根駅の西半分のみである。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
- 東海旅客鉄道
- 名古屋鉄道
- 名古屋市営地下鉄
- 名古屋ガイドウェイバス(ゆとりーとライン)
- ガイドウェイバス志段味線 - 駅番号はY01。
[編集] JR東海
[編集] 駅構造
| JR 大曽根駅 | |
|---|---|
改札口(北口)
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| おおぞね - Ōzone | |
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◄新守山 (2.5km)
(2.7km) 千種►
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| 所在地 | 名古屋市東区東大曽根町46-6 |
| 所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) |
| 所属路線 | 中央本線 |
| キロ程 | 387.1km(東京起点) 9.8km(名古屋起点) |
| 電報略号 | ヲネ |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
25,853人/日(降車客含まず) -2007年- |
| 開業年月日 | 1911年(明治44年)4月9日 |
| 備考 | 駅員配置駅 みどりの窓口 有 |
築堤上(一部高架上)に1面2線の島式ホームを有する高架駅。南北に伸びるホームの西側(1番線)を多治見方面行きの下り列車が使用し、ホームの東側(2番線)を名古屋方面行きの上り列車が使用する。待避線(副本線)が上下線外側に1本ずつあり、貨物列車や回送列車の待避に(ダイヤ混乱時にはまれに優等列車の追越にも)利用されている。
| 1 | ■中央本線(下り) | 高蔵寺・多治見・中津川方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■中央本線(上り) | 千種・金山・名古屋方面 |
改札口は、南口と北口の2か所。北口は高架下に位置するが、南口は築堤の西側に設けられている。南口には駅舎があったがマンションに建て替えられ、その1階部分に改札口とコンビニエンスストアが入居している。開業時は現在の南口のみであったが、地下鉄名城線開業に伴って北口が設けられた。このため、北口からホームまで100メートル弱の距離がある。
JR東海の駅員配置駅である。駅長は配置されていないため、千種駅が当駅を管理する。直営は北口のみで、南口は東海交通事業の職員が業務を受託している。また、混雑時は東海交通事業の職員がホームで案内にあたる。構内には、みどりの窓口や自動改札機、自動券売機が設置されている。
JRの特定都区市内制度における「名古屋市内」の駅である。「セントラルライナー」は通過するが、快速、普通と一部の「ホームライナー」が停車する。
上り待避線の東側には側線の痕跡が残る。ここに存在した側線から分岐する2本の専用線があったが、1982年(昭和57年)までに廃止された。1本は駅の東に隣接する三菱電機名古屋製作所の専用線で、築堤を下って製作所内へ向かっていた。もう1本は日本専売公社名古屋工場(後の日本たばこ産業名古屋工場、跡地はイオンナゴヤドーム前ショッピングセンター)の専用線で、駅南方へ向かった後、スイッチバックを行い東へ進路を変え、工場へ向かっていた。
下り待避線の西側には、瀬戸線に繋がる貨物線があり、瀬戸線との貨物の連絡輸送が行われていた。貨物輸送廃止後は、跡地にJR関連のビルが建設されている。
[編集] 歴史
- 1895年(明治28年)- 周辺町村により「大曽根停車場設置置期成同盟会」結成。
- 1900年(明治33年)7月25日 - 現在の中央本線にあたる国有鉄道、名古屋駅 - 多治見駅間開業。千種駅 - 勝川駅間に駅の設置なし。
- 1903年(明治36年)- 大曽根に駅の設置認可。
- 1904年(明治37年)- 城東合資会社設立。
- 1905年(明治38年)- 城東合資会社により用地買収完了。
- 1907年(明治40年)- 大曽根停車場設置同志会より城東合資会社に対し追加出資。
- 1910年(明治43年)- 竣工。
- 1911年(明治44年)4月9日 - 中央西線の駅として開業。
- 1911年(明治44年)5月1日 - 線路名称改定。当駅を含む中央西線が中央本線に編入される。
- 1945年(昭和20年)4月7日 - 駅東の三菱発動機等への空襲により大曽根駅全壊。駅員37名中30名が殉職。爆撃直前にいた乗客100人は、爆撃を避けるため駅員が列車を勝川にむけて出発させたため、全員無事であった。
- 1964年(昭和39年)4月1日 - 貨物の取扱いを、専用線発着のものに限定。
- 1982年(昭和57年)11月15日 - 貨物の取扱いを廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 国鉄での荷物の取扱いを廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道(JR東海)が継承。
- 2006年(平成18年)11月25日 -TOICA導入。
[編集] 隣の駅
[編集] 名古屋鉄道
[編集] 駅構造
| 名鉄 大曽根駅 | |
|---|---|
駅舎
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| おおぞね - ŌZONE | |
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◄森下 (1.0km)
(1.3km) 矢田►
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| 所在地 | 名古屋市東区矢田南五丁目2-6 |
| 所属事業者 | 名古屋鉄道(名鉄) |
| 所属路線 | 瀬戸線 |
| キロ程 | 4.6km(栄町起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
12,864人/日(降車客含まず) -2006年- |
| 開業年月日 | 1906年(明治39年)3月1日 |
高架上に6両編成対応の島式ホーム1面2線を有する高架駅。南北に伸びるホームの西側(1番線)を下り列車が、東側(2番線)を上り列車が使用する。
| 1 | ■瀬戸線 (下り) | 尾張瀬戸方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■瀬戸線 (上り) | 栄町方面 |
駅はJR大曽根駅北口や、ゆとりーとライン大曽根駅に隣接する。改札口は1か所のみ。2006年8月よりトランパスの導入に伴い、改札口の改修工事が行われ、改札口にもLED2段式の発車案内表示が設置された。以前はホームに行灯式発車案内が設置されていた。
1983年(昭和58年)に地上駅から高架駅となった。高架線およびホームの高さは隣接するJR線よりも高い。地上駅時代は、駅舎裏に旧国鉄線に繋がる貨物線があり、国鉄との貨物の連絡輸送が行われていた。名鉄の6600系電車もこの貨物線を通じて搬入された。高架化に伴い駅は東寄りに移動したが、駅西側の住居表示の境界(区界)はいまだに地上駅時代の線路に沿ったゆるい曲線で分割されている。
また、旧国鉄線に繋がる貨物線の南側には、駅前駅があった。
[編集] 歴史
[編集] 隣の駅
[編集] 名古屋市営地下鉄
[編集] 駅構造
| 名古屋市営地下鉄 大曽根駅 | |
|---|---|
地下鉄大曽根駅2番口
|
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| おおぞね - Ozone | |
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◄M11 平安通 (0.7km)
ナゴヤドーム前矢田 M13►
(0.8km) |
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| 所在地 | 名古屋市北区山田一丁目5-10 |
| 駅番号 | ○M12 |
| 所属事業者 | 名古屋市交通局 (名古屋市営地下鉄) |
| 所属路線 | 名城線 |
| キロ程 | 8.9km(金山起点) |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
16,613人/日(降車客含まず) -2007年- |
| 開業年月日 | 1971年(昭和46年)12月20日 |
島式ホーム1面2線を有する地下駅。
| 1 | ■名城線(左回り) | 栄・金山・(〓名港線直通)名古屋港方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■名城線(右回り) | 本山・八事方面 |
ナゴヤドーム前矢田駅側に引き上げ線があり、当駅折り返しの列車が利用する。名港線直通列車はほとんど当駅で折り返し、名城線を走る列車も一部が当駅を終点とする。ここから栄・金山方面は本数が倍増し、昼間は5分間隔で運転される。早朝の一部時間帯や深夜には名古屋港行きは設定されておらず、名城線左回りに乗り金山で乗り換えとなる。なお、当駅から新瑞橋駅へは右回り・左回りのどちらに乗っても所要時間はほとんど変わらない。
開業時にはまだ名古屋市電が走っていたため、1番出口と6番出口は市電矢田四丁目停留場と乗り換えの利便性を考えた位置に開設された。そのため、コンコースは、ホームと引き上げ線の上に、名古屋市道名古屋環状線の地下を長く東西に伸びている。
1976年(昭和51年)、星ヶ丘駅とともに、名古屋市内で初めて、磁気乗車券用自動改札機が導入された。
[編集] 歴史
[編集] 隣の駅
- ■名城線
- 平安通駅 (M11) - 大曽根駅 (M12) - ナゴヤドーム前矢田駅 (M13)
[編集] 名古屋ガイドウェイバス(ゆとりーとライン)
[編集] 駅構造
| ゆとりーとライン大曽根駅 | |
|---|---|
駅舎
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| おおぞね - Ozone | |
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ナゴヤドーム前矢田 Y02►
(1.0km) |
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| 所在地 | 名古屋市東区矢田南五丁目2-16 |
| 駅番号 | ○Y01 |
| 所属事業者 | 名古屋ガイドウェイバス |
| 所属路線 | 名古屋ガイドウェイバス志段味線 (ゆとりーとライン) |
| キロ程 | 0.0km(大曽根起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
3,476人/日(降車客含まず) -2007年- |
| 開業年月日 | 2001年(平成13年)3月23日 |
相対式ホーム2面2線を有する高架駅。ホームの南側には、バスが折り返すための回転場が設けられている。ゆとりーとラインで唯一の有人駅であり、ラッシュ時の運賃精算は駅で行われる。
| 乗車ホーム | ■志段味線 (下り) | 小幡緑地・中志段味方面 |
|---|---|---|
| 降車ホーム | ■志段味線 (上り) | 降車専用 |
高架下はタクシーのりばになっている。市電矢田四丁目停留場廃止後、ゆとりーとラインの開業前は、この場所に名古屋市営バスのバスターミナルがあった。
[編集] 歴史
[編集] 隣の駅
- ガイドウェイバス志段味線
- 大曽根駅 (Y01) - ナゴヤドーム前矢田駅 (Y02)
[編集] 名古屋市電(廃止)
大曽根駅の周囲にはかつて、名古屋市電の停留場が2か所設けられていた。一つは東大曽根停留場で、駅の西側にある東大曽根交差点の南西の道路上に設置されていた。もう一つは矢田町四丁目停留場で、駅東側にある大曽根駅交差点の東側の道路上に設置されていた。
東大曽根停留場は1942年(昭和17年)に開業し、矢田町四丁目停留場は1953年(昭和28年)に開業した。廃止は東大曽根停留場が1965年(昭和40年)、矢田町四丁目停留場が1974年(昭和49年)である。矢田町四丁目停留場は、名古屋市電の最終日まで営業していた。
1961年時点では、東大曽根からは名古屋駅前へ向かう12号系統、矢田町四丁目からは新瑞橋へ向かう63号系統が出ていた。
[編集] 歴史
- 1942年(昭和17年)6月25日 - 名古屋市電東大曽根停留場が開業。
- 1943年(昭和18年)5月10日 - トロリーバス東大曽根停留所が開業。
- 1951年(昭和26年)1月16日 - トロリーバス廃止。
- 1953年(昭和28年)8月14日 - 矢田町四丁目停留場が開業。
- 1965年(昭和40年)10月1日 - 東大曽根停留場廃止。
- 1974年(昭和49年)3月31日 - 矢田町四丁目停留場廃止。
[編集] 駅周辺
- 徳川園
- 山田天満宮
- 大曽根本通商店街
- 大曽根商店街
- メッツ大曽根 - エイデン・ヤマナカ・ユニクロ・ニトリ等の複合商業施設。
- ピアゴ大曽根店
- 名古屋大曽根駅前郵便局
- 名古屋大曽根郵便局
- 名古屋山田郵便局
- 三菱電機名古屋製作所
- 名古屋市立桜丘中学校
- 名古屋市立六郷小学校
- 愛知県立旭丘高等学校
- 愛知県立旭陵高等学校
- 大曽根アベニュー(オズタウン)
- ジョナサン大曽根店
[編集] 西口広場
2006年12月には当駅西側が整備され、地下に集客施設「OZ GARDEN」、駐車場、駐輪場、雨水調整池が、地上には市バスターミナルが完成した。地下鉄コンコースから地上へのエレベーター・エスカレータも設置されている。かつては名鉄の駅前広場の近くに屋台が数件営業していたが、上記の関係で立ち退きをした。
[編集] バス
- 路線バス
- 最寄停留所は大曽根バス停となる。バス停は、始発となる路線のほとんどが西口広場のバスターミナルに集約されている。その他の路線は、大曽根駅前の愛知県道15号線、愛知県道216号線上他にある。各路線ともに名古屋市交通局により運行されている。
- なお、栄15と東巡回については大曽根駅西も利用可能となっている。
- かつては、名鉄バスセンターなどの名古屋駅方面から瀬戸や春日井方面に向かう名鉄バスやJRバスの路線バスが多数運行されていたが、その後ほぼ全廃された。
- 無料シャトルバス
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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