名鉄常滑線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
名古屋鉄道 常滑線
2000系「ミュースカイ」(常滑駅付近)
2000系「ミュースカイ」(常滑駅付近)
概要
系統 中部国際空港方面
起終点 起点:神宮前駅
終点:常滑駅
駅数 23駅
路線カラー     
ウェブサイト 常滑線・空港線・築港線
運営
開業 1912年2月18日 (1912-02-18)
最終延伸 1913年8月31日 (1913-08-31)
所有者 愛知電気鉄道名古屋鉄道 名古屋鉄道
路線諸元
路線総延長 29.3 km (18.2 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流1,500 V,
架空電車線方式
運行速度 最高120km/h

常滑線(とこなめせん)は、愛知県名古屋市熱田区神宮前駅から愛知県常滑市常滑駅までを結ぶ名古屋鉄道鉄道路線

概要[編集]

知多半島の西岸に沿って走り、名古屋や沿線の新日鐵住金名古屋製鐵所を始めとする工業地域などへの通勤路線となっている。空港線開業以降は名古屋本線や犬山線並みに幹線的性格が強くなり、運転速度も向上した。

1990年名古屋本線神宮前駅 - 金山駅間が複々線化されており、事実上常滑線を金山駅まで延伸した形になっている。また、2005年1月29日には常滑線を延長する形で空港線が開業[注釈 1]し、常滑線も中部国際空港のアクセス路線として位置づけられた。なお、常滑線も空港線開業に先立ち曲線改良や高架化などの整備が行われた。

運賃計算区分はB(運賃計算に用いる距離は営業キロの1.15倍)。すべての駅でmanacaなどの交通系ICカード全国相互利用サービス対応カードが使用できる。

なお、『鉄道要覧』による起点は神宮前駅だが、名古屋本線の上下方向に合わせるため列車運行および旅客案内、列車番号の設定においては常滑駅から神宮前駅へ向かう列車が下り、逆方向が上りとなっている(以下、常滑方面を下り、神宮前方面を上りとして解説する)。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):29.3km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:23駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:120km/h
  • 最小曲線半径:240m(大野町駅北側)

一部の曲線区間では2000系ミュースカイ」の高速通過を可能にするため、ATS-Pが設置されている。なお、ATS-Pを使用するのは2000系ミュースカイのみで、他の列車は従来通りM式ATSで制御されている。

曲線速度制限標識のほとんどは2000系用(上段、黒地に黄文字)とそれ以外の車両用(下段、同白文字)が一緒になって設置されている。2000系の制限速度が120km/hと表示された標識も多い。またそれに関連して、当線の速度制限標識は他線と比べるとほとんどのカーブに小まめに設置されている。なお、曲線緩和工事は一般にカーブの内側に半径を拡大した曲線線路を敷設するが、寺本駅 - 朝倉駅間のように用地の関係で一旦カーブの外方向に振ってから対象の曲線を緩和した箇所もある。

東海地震への対応[編集]

神宮前駅 - 常滑駅間の全線(および築港線・河和線・知多新線・空港線各々の全線)が東海地震の防災対策強化地域に含まれており、東海地震に関する警戒宣言が発令された場合、列車の運行が休止されることになっている[1]

歴史[編集]

1912年に愛知電気鉄道が傳馬駅(後の傳馬町駅) - 大野駅(現、大野町駅)間を開業したのが始まりで、1913年に全通した。1942年には東海道本線を挟んで神宮前駅の西側に設けられた神宮前駅(西駅)が開業し、一部の列車を除いて西駅発着となるが、その後貨物駅となり、衣浦臨海鉄道の開業に伴って1965年に廃止された。

  • 1912年(明治45年)
    • 2月18日[注釈 2] - 愛知電気鉄道が傳馬駅 - 大野駅間を開業。
    • 8月1日 - 秋葉前駅 - 傳馬駅間開業。傳馬駅を傳馬町駅に改称[2]
  • 1913年(大正2年)
    • この年以前 - 大野駅を大野町駅に改称[2]
    • 3月29日 - 大野町駅 - 常滑駅間開業[3]
    • 6月18日 - 蒲池駅開業[4]。なお、同位置に鬼崎駅があったとされる[3][5]
    • 8月31日 - 秋葉前駅 - 神宮前駅間が開業し全通。
  • 1916年(大正5年)
    • 大田川駅 - 尾張横須賀駅間に牡丹園駅開業[注釈 3]
    • 2月16日 - (仮)聚楽園駅開業。
  • 1917年(大正6年)
    • 3月7日 - 星崎駅を柴田駅に改称[6]
    • 5月10日 - 大江駅開業。(仮)聚楽園駅を常設駅に昇格。
  • 1919年(大正8年)
  • 1920年(大正9年)
    • 10月4日 - 古見駅 - 大野町駅間複線化。
    • 12月31日 - 尾張横須賀駅 - 古見駅間複線化。
  • 1921年(大正10年)8月14日 - 加家駅 - 尾張横須賀駅間複線化。
  • 1922年(大正11年)
  • 1923年(大正12年)
  • 1924年(大正13年)
    • 1月15日 - 大江駅が道徳駅寄りに0.5マイル移転し、この日開業した築港線との分岐駅となる[11]
    • 3月27日 - 傳馬駅 - 柴田駅間複線化。
  • 1925年(大正14年)6月19日 - 柴田駅 - 名和村駅間複線化。
  • 1929年(昭和4年)1月18日 - 全線の架線電圧を直流600Vから直流1,500Vに昇圧。
  • 1930年(昭和5年)9月1日 - 長浦駅開業。
  • 1931年(昭和6年)
    • この年までに大田川駅が太田川駅に改称される[2][注釈 4]
  • 1932年(昭和7年)10月15日 - 山崎川貨物支線(分岐点 - 山崎川駅(貨物駅)間)開業[5]
  • 1935年(昭和10年)8月1日 - 愛知電気鉄道と名岐鉄道が合併し名古屋鉄道となる。
  • 1940年(昭和15年)5月31日 - 大同前駅開業[2]
  • 1942年(昭和17年)7月10日 - 傳馬町駅 - 神宮前駅(西駅)間が複線で開業。
  • 1944年(昭和19年)
    • 道徳駅、加家駅、西ノ口駅、多屋駅休止。
    • 11月18日 - 榎戸駅開業。
  • 1945年(昭和20年)
    • 5月17日 - 空襲により神宮前駅、傳馬町駅、道徳駅(休止中)、山崎川駅などが被災[12]
    • 6月1日 - 大同前駅を大同町駅に改称。
  • 1946年(昭和21年)
    • この年までに山崎川貨物支線廃止。常滑線上に山崎川駅(貨物駅)を移転[2]
    • 傳馬町駅休止。
    • 9月15日 - 西ノ口駅営業再開。
  • 1947年(昭和22年)10月1日 - 名和村駅を名和駅に改称。
  • 1949年(昭和24年)10月1日 - 道徳駅、多屋駅営業再開。
  • 1950年(昭和25年)7月10日 - ダイヤ改正。名古屋本線との直通運転開始[13]
  • 1957年(昭和32年)2月20日 - 豊田本町駅開業。
  • 1959年(昭和34年)
    • 9月26日 - 伊勢湾台風により甚大な被害を受ける。
    • 10月12日 - 道徳駅 - 大江駅間復旧。不通区間は大江駅 - 聚楽園駅間に。
    • 10月25日 - 大江駅 - 柴田駅間復旧。
    • 11月15日 - 柴田駅 - 聚楽園駅間の開通をもって復旧完了[14]。高潮により水没したため、海上に単線の仮線を敷設し、海水が排水されるまで仮線上を走行した[15]
  • 1962年(昭和37年)12月16日 - 神宮前駅 - 伝馬町信号所間複線化。東海道本線新跨線橋供用開始。
  • 1963年(昭和38年)
    • 3月25日 - ダイヤ改正。神宮前駅(西駅)に発着する定期旅客列車を廃止し、全旅客列車を名古屋本線直通運転とする[16]
    • 3月31日 - 大野町駅 - 西ノ口駅間複線化。
  • 1964年(昭和39年)
    • 2月27日 - 西ノ口駅 - 多屋駅間複線化。
    • 8月17日 - 休止中の加家駅を東海製鉄前駅として営業再開。
  • 1965年(昭和40年)
  • 1967年(昭和42年)8月1日 - 東海製鉄前駅を富士製鉄前駅に改称。
  • 1970年(昭和45年)3月31日 - 富士製鉄前駅を新日鉄前駅に改称。
  • 1972年(昭和47年)
    • 3月12日 - 多屋駅 - 常滑駅間複線化。全線複線化完了。
    • 7月11日 - 山崎川駅廃止。
  • 1977年(昭和52年)3月20日 - ダイヤ改正。新名古屋駅 - 常滑駅間の特急を高速に格下げ[18]
  • 1978年(昭和53年)8月27日 - 名和駅付近下り線高架化。
  • 1979年(昭和54年)4月1日 - 名和駅付近上り線高架化。
  • 1982年(昭和57年)
    • 3月21日 - ダイヤ改正。新名古屋駅 - 常滑駅間の高速を急行に格下げ[18]。新名古屋 - 太田川間の普通列車を毎時4本に増発(準急の格下げ)。
    • 10月4日 - 朝倉駅付近高架化。
  • 1983年(昭和58年)8月7日 - 神宮前 - 大江間下り線高架化。
  • 1984年(昭和59年)11月3日 - 神宮前 - 大江間上り線高架化。
  • 1992年(平成4年)11月22日 - 尾張横須賀駅付近高架化。
  • 1993年(平成5年)8月12日 - ダイヤ改正。新名古屋駅 - 常滑駅間に全車指定席特急新設[19]
  • 2002年(平成14年)1月26日 - 高架工事のため榎戸駅 - 常滑駅間休止。代行バス運転開始。
  • 2003年(平成15年)10月4日 - 榎戸駅 - 常滑駅間高架化。運転再開[20]
  • 2004年(平成16年)
  • 2005年(平成17年)
  • 2006年(平成18年)7月1日 - 大江駅 - 名和駅間上り線高架化。
  • 2008年(平成20年)12月27日 - ダイヤ改正。「ミュースカイ」を種別化し、2000系を使用した全車特別車の快速特急、特急を新種別に移行。
  • 2009年(平成21年)10月8日 - 台風18号上陸による土砂崩れが発生(長浦駅 - 日長駅間)太田川駅 - 空港線中部国際空港駅間一時不通[注釈 6]。不通時はバス代行輸送が実施された。
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年)2月29日 - トランパス供用終了。

運行形態[編集]

日中の運行パターン (2011年12月17日改正
種別\駅名 始発駅 名鉄名古屋 金山 神宮前 太田川 常滑 中部国際空港 本数
名古屋本線 常滑線 空港線
運行範囲 ミュースカイ 名鉄名古屋   1本
新鵜沼   1本
特急 名鉄名古屋   → 河和/内海 2本
名鉄岐阜   2本
急行 新鵜沼   → 河和/内海 2本
準急 新可児   2本
普通
(平日)
金山   →知多半田 2本
金山   →河和/内海 2本
太田川     2本
普通
(土・休日)
金山   →河和/内海 2本
金山     2本

神宮前駅 - 太田川駅間は河和線知多新線直通列車が運行されているため、常滑線の中でもかなり運転密度が高い区間である(この区間は常滑と河和から1文字ずつとって「常河線」の通称がある)。当該区間では日中ミュースカイ・急行準急が毎時各2本、特急・普通が毎時各4本設定されている。

追い越しが可能な駅は大江駅聚楽園駅・太田川駅・西ノ口駅である。

神宮前駅 - 中部国際空港駅間各駅のホーム有効長は、大江駅・大同町駅柴田駅・太田川駅・西ノ口駅・常滑駅・りんくう常滑駅・中部国際空港駅が8両、長浦駅日長駅が4両、その他の駅が6両。古見駅は下りが4両、上りが6両である。

過去には常滑方面と河和線方面との併結列車が運転され、太田川駅で分割していた[注釈 7]

常滑線・中部国際空港方面[編集]

ミュースカイ[編集]

ミュースカイ(全車特別車)は名鉄岐阜駅(昼間帯は名鉄名古屋駅)・新鵜沼駅 - 中部国際空港駅間を結び、毎時各1本運転されている。名鉄名古屋駅 - 中部国際空港駅間の所要時分は28分で、同区間の表定速度は84km/hと名古屋本線快速特急(名鉄名古屋駅 - 豊橋駅間)に匹敵する速度である。

基本的に常滑線・空港線区間をノンストップ運行するミュースカイだが、中部国際空港駅始発便(1列車)から8時台(7列車)までの4本は太田川駅尾張横須賀駅朝倉駅新舞子駅常滑駅に特別停車する[21][注釈 8]

夕方には広見線新可児駅行き列車も設定されている(犬山駅まで新鵜沼行きと連結)。新可児行きは2006年4月29日のダイヤ改正で一旦消滅したが、「ミュースカイ」の設定に伴い復活した。また、平日朝のみ各務原線三柿野駅始発の列車(508列車)が設定されている[22]

車両はすべて2000系が使われる。昼間は4両編成を単独で、ラッシュ時(土休日・行楽期を含む)は2本つなげた8両編成で運転される[注釈 9]

特急[編集]

一部特別車特急(2200系)

特急(一部特別車)は名鉄岐阜駅 - 中部国際空港駅間に毎時2本運転されている。使用車両の曲線速度制限が従来通りということもあり、名鉄名古屋駅 - 中部国際空港駅間の標準所要時分は下り35分・上り36分、表定速度は67km/hにとどまる。

このほか、新鵜沼駅発着の特急が1往復(休日は上り1本のみ)設定されている。また、上り終電の441列車は全車一般車特急[23]で、3000番台の6両編成で運転されている。かつては金山駅折返しで豊橋方面へも特急を運転していたが、利用者の減少に伴い2008年12月改正で1本を残して全廃、2011年3月改正で残る1本も廃止された。

車両は原則として2200系または1700・2300系が使用され6両固定編成で運転されるが、ラッシュ時の一部列車は名古屋寄りに3150系または3100系の2両組成を増結して8両で運転される(ホームが6両分しかない駅では後ろ2両分をドアカットする[注釈 10])。

常滑方面への特急は中部国際空港開港前にも存在した(座席指定特急は1993年8月改正で新設[19]。車両は1600系3両または1000系 4両を使用)。設定本数は特定時間帯に毎時1本程度とあまり多くはなかったが、常滑競艇開催時は臨時の特急列車を名古屋本線・犬山線方面から走らせることもあった。

なお、この系統は1997年から2001年まではJR高山本線直通特急「北アルプス」の間合い運用として8500系気動車が朝の新岐阜駅 - 常滑駅間の運用に1往復(上りはそのまま「北アルプス」となり高山駅へ行くため金山駅止まり)入っていたことでも知られている。

快速急行[編集]

常滑線・空港線内の快速急行停車駅は特急と同一で、実質的に全車一般車特急に相当する列車になっている。現在は下り中部国際空港行きのみ設定され、平日は5本、休日は2本運転される。使用車両は3000番台の車両が主体であるが、平日には6000系列での運用が1本存在する。

2008年12月改正以前は朝に数本設定されており、常滑線の大江駅を通過する以外は急行と同じ停車駅だった。また、同改正から2011年3月改正まではそれまでの全車一般車特急を改称する形で深夜に中部国際空港駅発金山行きの列車も1本設定されていたが、当該列車が名鉄岐阜行きに変更されるとともに再び全車一般車特急での運転となったため、河和線からの直通を除いて上り快速急行の設定はなくなった。

急行・準急[編集]

準急(3500系)

太田川駅 - 常滑駅間に準急(新可児駅 - 中部国際空港駅間。広見線内は普通)が毎時2本設定されているほか、朝間帯と夜間にはわずかながら急行も存在する。名鉄名古屋駅 - 中部国際空港駅間の所要時間は最速で急行43分、準急46分であるが、昼間帯以降のほとんどの準急は聚楽園駅でミュースカイを待避するため、この場合は上下とも約48分かかっている。最高速度は基本的にミュースカイ・特急よりも低く、110km/hであることが多い。

なお、朝間帯には標準停車駅以外に停まる列車が存在する。具体的には、平日朝の急行のうち704F列車が大同町駅[24]、731F列車と829E列車が聚楽園駅[25](当該系統列車のみ掲載)、730E列車が西ノ口駅[24]、734F列車が西ノ口駅・蒲池駅榎戸駅に特別停車し[24]、準急は590F列車が終日柴田駅に特別停車する[26]

原則として6000系列や3000系列といった3ドアの通勤車両で運転されるが、休日の早朝には1000系・1200系6両編成(中部国際空港方の特別車2両は締切扱い)を使用した太田川駅始発の準急名鉄名古屋行きが運転されている[注釈 11]。以前は6両編成の急行も多くみられた[注釈 12]が、現在は平日午前中と夕方以降はほぼ6両、昼間はすべて4両で、休日は朝を除きすべて4両で運転されている。そのため名古屋周辺では非常に混雑する。列車がホームに入り切らない場合はドアカットを行う。

犬山線・広見線へ直通する現在の準急(急行)は1974年9月の白紙改正で設定された常滑駅 - 御嵩駅間の特急(特別料金不要)を源流とする系統である(当時は各務原線方面へも直通していた)。同系統は1977年3月改正高速に改められた後、1982年3月改正で急行に降格した(この時に各務原線直通系統を廃止し広見線直通に一本化)[18]

急行降格後も広見線(御嵩駅)への直通[注釈 13]を基本としていたが、1994年3月改正[27]から2000年3月改正までの間、本線急行と入れ替わる形で一部夕方時間帯のみ名古屋本線西部へ直通していたこともあった。また、1998年4月改正から2005年1月白紙改正までの間は、小駅の利便性向上のため、18時以降の常滑行き急行を全て太田川から普通に種別変更していた[28]

2005年1月白紙改正で大江駅が急行標準停車駅に昇格[注釈 14]し、2008年12月改正で常滑線系統の急行のほとんどが準急に変更[注釈 15]されると、同改正で準急停車駅となった大同町駅・聚楽園駅にも停車するようになった[29]

このほか、かつては常滑競艇開催時に臨時急行「常滑ボート」号(「とこなめ競艇」号)を運行していた。常滑ボート号は神宮前駅から待避せず約30分で常滑駅まで向かっていた。

普通[編集]

太田川駅 - 常滑駅間には普通列車が毎時2本設定されている(平日下りは太田川駅、休日は金山駅始発。上りはほとんど太田川駅止まり)。中部国際空港駅へ直通する一部列車を除いて常滑駅発着となる(昼間帯は下りが中部国際空港駅着、上りが常滑駅発で、夕方は下りが常滑駅着、上りが中部国際空港駅発である)。

4両・2両の運行がほとんどだが、一部で6両の運転もある。その際は、長浦・日長では後方2両のドアをカットする。2008年12月改正以降は昼間時間帯でも2両編成が増えてきている(これは後述の河和線系統でも同様)。

2005年1月白紙改正以前は現在とほとんど異なる系統で運行されており、常滑行きは平日も金山駅始発、名古屋方面は佐屋行きだった。

河和線直通(河和・内海方面)[編集]

特急[編集]

全車一般車特急(5300系)

太田川駅から河和線に直通する特急列車は河和駅 - 名鉄名古屋駅間、内海駅 - 名鉄名古屋駅間各毎時1本が交互に設定され、河和線富貴駅以北では30分間隔となっている。時間帯によっては犬山線や名古屋本線に直通する列車もある。平日朝と夕間帯以降および休日の全列車が一部特別車、平日昼間帯の列車は全車一般車である。

一部特別車特急には1200系と2200系の両方が使用されるが、休日の昼間の列車は基本的に1200系で運用されている。全車一般車特急には5300・5700系や1800・1850系といったクロスシート車が充てられ、4両編成で運用されている。5300・5700系は120km/hでの運転には対応しない(最高速度110km/h)ため、神宮前駅 - 太田川駅間の所要時間は空港線方面の特急より1 - 2分程度長くなっている。

座席指定特急のルーツとなった系統であり、かつては全ての特急が全車指定席(現、全車特別車)で運転されていた。2007年6月改正で半数[30](河和線発着系統)が一部特別車に変更され、2008年12月改正で全ての列車が一部特別車化された。同改正で一旦特急が河和駅発着、急行が内海駅発着に振り分けられたが、2011年3月改正で従来の河和駅・内海駅交互発着に戻された。

快速急行・急行・準急[編集]

急行(3300系)

急行は河和駅内海駅 - 新鵜沼駅間に毎時1本ずつ運転されている(特急と同じく交互発着)。6両で運転されることが多いが、昼間を中心に4両、朝ラッシュ時は8両での運転も一部見られる(8両になるのは常滑線内のみで河和・知多新線内は6両または4両)。以前はパノラマカーでの運転も多かったが、2008年以降それらは5000系などに置き換えられ、現在では基本的に3ドアの車両で運転されている。朝には1200系や2200系による河和行きや内海行きの列車も存在する(この場合、特別車2両は締切扱い)。これらは河和駅や内海駅に到着後、折り返し特急となる。

なお、河和線直通系統の急行は、2005年1月改正まで一部を除いて大江駅には停車しなかった。平日の朝には、太田川駅から河和線内普通になる急行も少し存在する。また、ごくわずかだが快速急行と準急も設定されている(快速急行は平日朝のみ運転。いずれも河和・知多新線内の停車駅は急行と同じ)。

普通[編集]

普通(3100系)

昼間時間帯の普通列車は平日ダイヤでは河和駅・内海駅 - 金山駅間(太田川駅で普通常滑行きに接続)に毎時1本ずつと知多半田駅 - 金山駅間に毎時2本ずつ、休日の昼間以降は河和駅・内海駅 - 金山駅間に毎時1本ずつ運転されている[注釈 16]

日中の普通列車は大江駅・聚楽園駅の両方で複数の優等列車を待避するため、神宮前駅 - 太田川駅間の所要時間は優等列車と比べてかなり長くなっている。

  • 金山発知多半田行き(休日は河和・内海行き) - 大江駅で急行と緩急接続・空港特急待避。聚楽園駅で河和線特急待避
  • 金山発河和・内海行き(休日は常滑・中部国際空港行き) - 大江駅で河和線特急待避、準急と緩急接続、ミュースカイ待避。聚楽園駅で急行と空港特急を待避
  • 河和・内海発金山行き - 聚楽園駅で空港特急と急行を待避。大江駅でミュースカイ待避、準急と緩急接続、河和線特急待避
  • 太田川発金山行き - 聚楽園駅で河和線特急待避。大江駅でミュースカイ待避、準急と緩急接続、空港特急待避、急行と緩急接続

2両や4両での運転が多いが、一部6両での運転も見られ、平日の午後の河和行きや内海行きが6両で運転される場合はたいていは折り返し急行新鵜沼行きとなる。この場合は6000系列や3000系列が使用される。 1800系も含めた3ドア車の運転が多く、5700・5300系も一部の列車に使われている。

なお、河和・内海発着の列車は2008年改正前は佐屋駅始発、さらに2005年改正以前は新岐阜駅始発で運転されていた(ただし知多半田で列車番号が変わる)。また、2003年改正までは知多半田発普通金山行きの一部は速達化を図るため太田川から急行に変わっていた。その代わりに太田川発金山行きの普通が平日の昼間にも多数走っていた。

列車種別・停車駅の変遷[編集]

1936年8月改正 (常滑線・知多鉄道)
停車駅
1953年6月28日改正
停車駅
1969年7月6日改正
停車駅
1979年7月29日改正
停車駅
1985年3月14日改正
停車駅
1997年4月5日改正
停車駅
2005年1月29日白紙改正
  • 空港線開業。
  • 快速特急、快速急行を設定し、快速特急・特急・快速急行・急行・普通の5種別体制とする。
停車駅
2008年12月27日改正
  • 快速特急を「ミュースカイ」に変更し、河和線・知多新線に快速特急を設定。準急復活。
停車駅
2011年12月17日改正 (現行ダイヤ)
  • 快速特急廃止。
停車駅

駅一覧[編集]

  • 全駅愛知県に所在。
  • 普通は全駅に停車(表中省略)。
  • 途中駅で種別が変わる列車あり。
  • ●:全列車停車 ▲:一部の列車が停車 |:全列車通過 #:列車待避可能駅
駅名 駅間キロ 営業キロ 準急 急行 快速急行 特急
ュ丨スカイ
接続路線 所在地
神宮前駅 - 0.0 名古屋鉄道:名古屋本線 名古屋市 熱田区
豊田本町駅 1.4 1.4   南区
道徳駅 1.0 2.4  
大江駅# 1.4 3.8 名古屋鉄道:築港線
大同町駅 1.5 5.3  
柴田駅 0.8 6.1  
名和駅 1.4 7.5   東海市
聚楽園駅# 2.2 9.7  
新日鉄前駅 0.9 10.6  
太田川駅# 1.7 12.3 名古屋鉄道:河和線
尾張横須賀駅 1.4 13.7  
寺本駅 1.4 15.1   知多市
朝倉駅 1.3 16.4  
古見駅 0.9 17.3  
長浦駅 1.4 18.7  
日長駅 2.3 21.0  
新舞子駅 1.5 22.5  
大野町駅 1.6 24.1   常滑市
西ノ口駅# 1.3 *25.4  
蒲池駅 1.0 26.4  
榎戸駅 1.1 27.5  
多屋駅 1.1 28.6  
常滑駅# 0.7 29.3 名古屋鉄道:空港線

*:大野町駅方面の各駅(西尾線南桜井駅を除く)と西ノ口駅との間の運賃計算の際は、大野町駅 - 西ノ口駅間の営業キロは1.0キロを用いる。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ これ以前にも空港開港準備関係者に限定した運行を2004年10月16日より実施していた[31]
  2. ^ 以下の資料では「2月18日」。 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』では「3月18日」。
  3. ^ 大正4年愛知県統計書』には記載がないが、『大正5年愛知県統計書』に記載されている(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)。
  4. ^ 鉄道講習会『いろは別鉄道駅名鑑 大正3年12月10日現在』、国立国会図書館近代デジタルライブラリー、p.24に「大田川」との記載あり。ただし愛知県統計書など1930年以前の文献にも「太田川」表記が散見される。
  5. ^ 移転に伴う営業キロ改定は2005年1月29日実施
  6. ^ 復旧後も約半年に渡って徐行運転が行われていたが、新たに信号設備などを追加し、徐行運転は解除された。
  7. ^ 2008年12月改正まで平日夕方に新可児駅発、中部国際空港(空港線開業前は常滑駅行き)・内海行き急行(犬山駅までは普通、同駅で名鉄岐阜寄りに4両増結のうえ種別変更し、名古屋駅まで準急として運行。車両は6000・6500・6800系。一時期3500・3700系で運転されたこともある)が設定されていた。
  8. ^ 2008年3月改正以前に2000系を使用した全車特別車特急として運行されていた[32]が、同改正で全車特別車が「ミュースカイ」に種別変更されたことを受けて、特急停車駅に特別停車する形式に改められた。
  9. ^ 一部特別車や全車一般車のものは存在しないが、ダイヤが乱れたときなどには2000系の特別車を開放して全車一般車快速特急として運転することがある。
  10. ^ 増結車の部分。名鉄では幌を通じての車両間の移動ができないため、間違えて後ろ2両に乗ると、該当駅で下車できない。
  11. ^ ミュースカイ・特急以外の名古屋行きの列車は非常に珍しく、これ以外では名古屋本線において深夜に全日とも運転される豊橋駅発名古屋行き準急(東岡崎駅までは急行)が1本設定されているのみである。同様の形態の列車は、2011年3月26日ダイヤ改正以前まで休日の朝に常滑発普通名古屋行き(太田川から急行。この時は2200系または1700系を使用していた)が存在した。
  12. ^ 4両での運転が主体となった理由としては、利用者の減少、ミュースカイ待避駅の聚楽園駅は6両ホームである点、両数の統一によるもの、などが挙げられる。
  13. ^ 1995年4月改正以前は明智駅発着列車も多数設定されていた
  14. ^ 2000年3月改正以降、常滑線系統の急行は大江駅に特別停車していた[33]
  15. ^ 常滑線に準急が再設定されたのは同改正時からで、名古屋本線や犬山線などで準急が再度設定されるようになった2005年1月改正時から2008年12月改正までの間は、太田川方面 - 須ヶ口方面(または犬山線)間を直通して須ヶ口方面や犬山線において準急として運転される列車は下りは名鉄名古屋駅、上りは神宮前駅で種別変更していた。
  16. ^ 休日は金山駅 - 知多半田駅間の普通が延長されて河和・内海行きとなり、金山駅 - 河和駅・内海駅間の普通が常滑(一部中部国際空港)行きに変更される。休日昼間以降の残りの金山行きは太田川駅発となる。

出典[編集]

  1. ^ 列車運行に支障がある場合の取扱い”、名古屋鉄道、2014年11月1日閲覧。
  2. ^ a b c d e 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳 7号 東海』 新潮社、2008年、47頁。ISBN 978-4107900258
  3. ^ a b 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1913年4月11日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月1日閲覧。
  4. ^ 「軽便鉄道停留場設置」『官報』1913年7月14日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月1日閲覧。
  5. ^ a b c 日本鉄道旅行地図帳 追加・訂補 7号 東海”、鉄道フォーラム、2014年11月1日閲覧。
  6. ^ 「軽便鉄道停留場名改称」『官報』1917年3月16日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月1日閲覧。
  7. ^ 「軽便鉄道停車場廃止」『官報』1919年1月17日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月1日閲覧。
  8. ^ 「軽便鉄道停車場位置変更」『官報』1919年6月7日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月1日閲覧。
  9. ^ 「地方鉄道営業哩程変更」『官報』1922年8月5日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月1日閲覧。
  10. ^ 「地方鉄道停留場廃止」『官報』1922年8月26日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月1日閲覧。
  11. ^ 「地方鉄道運輸開始並営業哩程変更」『官報』1924年2月26日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月1日閲覧。
  12. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、972頁。
  13. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、984頁。
  14. ^ 高杉造酒太郎編 『伊勢湾台風災害調査報告』 日本建築学会、1961年
  15. ^ 白井昭「電車海を走る 伊勢湾台風を偲ぶ」、『鉄道ファン』第16巻、交友社、1962年10月、 65頁。
  16. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、1012頁。
  17. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、1016頁。
  18. ^ a b c 今尾恵介、原武史(監修) 『日本鉄道旅行歴史地図帳 7号 東海―全線全駅全優等列車』 新潮社、2010年、53頁。ISBN 978-4107900418
  19. ^ a b 徳田耕一「1993年8月 地下鉄鶴舞線全通と名鉄ダイヤ改正」、『鉄道ピクトリアル』第581巻、電気車研究会、1993年10月、 59頁。
  20. ^ 「鉄道記録帳2003年10月」、『RAIL FAN』第51巻第1号、鉄道友の会、2004年1月1日、 19頁。
  21. ^ 『名鉄時刻表 Vol.26』 名古屋鉄道、2011年、105-107頁、293-295頁。
  22. ^ 『名鉄時刻表 Vol.26』 名古屋鉄道、2011年、165頁、349頁。
  23. ^ 『名鉄時刻表 Vol.26』 名古屋鉄道、2011年、119頁、307頁。
  24. ^ a b c 『名鉄時刻表 Vol.26』 名古屋鉄道、2011年、88頁。
  25. ^ 『名鉄時刻表 Vol.26』 名古屋鉄道、2011年、106頁。
  26. ^ 『名鉄時刻表 Vol.26』 名古屋鉄道、2011年、86頁、276頁。
  27. ^ 徳田耕一「1994年3月20日名古屋鉄道ダイヤ改正」、『鉄道ピクトリアル』第591巻、電気車研究会、1994年6月、 64頁。
  28. ^ 4月6日からダイヤ改正 新造車両33両を投入し、輸送サービスを向上 三河線、尾西線、岐阜線区など支線区強化を中心に”、名古屋鉄道(ウェイバックマシンによるアーカイブ。1999年2月2日取得)、2014年11月1日閲覧。
  29. ^ 太田貴之「輸送と運転 近年の動向」、『鉄道ピクトリアル』第816巻、電気車研究会、2009年3月、 44頁。
  30. ^ 『名鉄時刻表 Vol.22』 名古屋鉄道、2007年、2頁。
  31. ^ 髙木英樹「空港アクセス輸送開始に至る経過」、『鉄道ピクトリアル』第771巻、電気車研究会、2006年1月、 43頁。
  32. ^ 『名鉄時刻表 Vol.22』 名古屋鉄道、2007年、129-131頁、321-323頁。
  33. ^ 『名鉄時刻表 Vol.17』 名古屋鉄道、2000年、2頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]