武山真吾
| 埼玉西武ライオンズ #52 | |
|---|---|
横浜時代(2010年5月5日 横浜スタジアム)
|
|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 愛知県名古屋市緑区 |
| 生年月日 | 1984年6月22日(27歳) |
| 身長 体重 |
177cm 86kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト10巡目 |
| 初出場 | 2008年5月31日 |
| 年俸 | 1,900万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
この表について
|
|
武山 真吾(たけやま しんご、1984年6月22日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(捕手)。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入り前
2002年のドラフト会議において、横浜ベイスターズに10巡目で指名され、入団。
[編集] プロ入り後
2005年はフレッシュオールスターゲームに出場し、優秀選手賞を受賞した。
2006年は序盤から一軍に控え捕手として待機していたが出場機会はなかった。秋季キャンプでは監督就任間もない大矢明彦に期待株として注目された。[要出典]
2007年はイースタン・リーグにおいて、出場機会増加を目的に三塁手へ準コンバートされ、この年は捕手・三塁手・一塁手・左翼手で起用された。二軍では規定打席不足ながら打率.300を越え、チームトップの9本塁打を記録するなど、打撃面で大きな成長を見せた。
2008年5月31日の対千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)で初出場を果たし、相川亮二の故障離脱を補った。チームが最下位と低迷する中、武山の活躍によってチームの起用法を若手中心に転換させた。後半は相川の再離脱も重なったことで斉藤俊雄と併用され、シーズン33試合に出場した。
2009年5月に田代富雄が監督代行に就任すると即一軍に昇格し、新沼慎二・細山田武史との併用でスタメンに抜擢されるようになった。途中加入したスティーブン・ランドルフとのバッテリーで好成績を残し、最終的には自己最多の49試合に出場した。
2010年は開幕前に移籍してきた橋本将に次ぐ2番手捕手だったが、橋本の離脱以降は一気にレギュラーを獲得し、95試合に出場した。しかし打撃面においては打率.187と結果を残せなかった。
2011年4月12日に「8番・捕手」として初の開幕スタメン入りを果たす。一時はセントラル・リーグトップの盗塁阻止率を誇るなど守備面では成長を見せたが、打撃面は不調だった。その後は自身の不調や投手陣が崩壊した影響で、7月26日に降格して以降は一軍出場がなかった。同年11月22日、後藤武敏との交換トレードで埼玉西武ライオンズへ移籍。背番号は52[1]。
[編集] その他
横浜時代の応援歌は2010年5月から若菜嘉晴、秋元宏作、中村武志に使用されていたものが使われている。これは中村を慕う武山が自ら希望したことによる[2]。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | 横浜 | 33 | 81 | 74 | 2 | 17 | 3 | 0 | 0 | 20 | 5 | 0 | 0 | 3 | 0 | 3 | 1 | 1 | 23 | 1 | .230 | .269 | .270 | .540 |
| 2009 | 49 | 130 | 120 | 7 | 29 | 5 | 0 | 0 | 34 | 5 | 1 | 1 | 2 | 0 | 7 | 1 | 1 | 35 | 2 | .242 | .289 | .283 | .572 | |
| 2010 | 95 | 298 | 257 | 15 | 48 | 8 | 2 | 1 | 63 | 22 | 0 | 0 | 16 | 2 | 20 | 8 | 1 | 56 | 5 | .187 | .246 | .245 | .491 | |
| 2011 | 46 | 102 | 88 | 4 | 11 | 3 | 0 | 1 | 17 | 5 | 0 | 0 | 6 | 1 | 4 | 0 | 3 | 26 | 4 | .125 | .188 | .193 | .381 | |
| 通算:4年 | 223 | 611 | 539 | 28 | 105 | 19 | 2 | 2 | 134 | 37 | 1 | 1 | 27 | 3 | 34 | 10 | 6 | 140 | 12 | .195 | .249 | .249 | .498 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 年度別守備成績
| 年 度 |
捕手 | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 捕逸 | 守備率 | 企図数 | 許盗塁 | 盗塁刺 | 阻止率 | |
| 2008 | 29 | 126 | 11 | 1 | 2 | 2 | .993 | ||||
| 2009 | 49 | 293 | 27 | 2 | 4 | 2 | .994 | ||||
| 2010 | 90 | 519 | 55 | 4 | 7 | 2 | .993 | ||||
| 2011 | 45 | 189 | 26 | 0 | 0 | 3 | 1.000 | ||||
| 通算 | 213 | 1127 | 119 | 7 | 13 | 9 | .994 | ||||
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2008年5月31日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(千葉マリンスタジアム)、8回裏に捕手として出場
- 初先発出場:2008年6月1日、対千葉ロッテマリーンズ2回戦(千葉マリンスタジアム)、8番・捕手として先発出場
- 初安打:同上、9回表に伊藤義弘から右前安打
- 初打点:2008年7月20日、対読売ジャイアンツ14回戦(横浜スタジアム)、3回裏にエイドリアン・バーンサイドから押し出し四球
- 初盗塁:2009年9月21日、対阪神タイガース22回戦(横浜スタジアム)、4回裏に二盗(投手:安藤優也、捕手:矢野輝弘)
- 初本塁打:2010年4月30日、対東京ヤクルトスワローズ7回戦(明治神宮野球場)、5回表に館山昌平から左越3ラン
- 1試合2度の打撃妨害:2009年8月28日、対広島東洋カープ18回戦(横浜スタジアム)、5回表・7回表にいずれも栗原健太の打席で記録
[編集] 背番号
- 61(2003年 - 2011年)
- 52(2012年 - )
[編集] 脚注
- ^ 【西武】武山捕手と桟原投手の入団を発表日刊スポーツ、2011年12月2日閲覧。
- ^ “正捕手のテーマ”を自分の応援歌に。横浜・武山真吾が扇の要になる日。(2/3) - Number Web : ナンバー
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 個人年度別成績 【武山真吾 (横浜ベイスターズ)】 - 日本野球機構オフィシャルサイト
|
||||||||||||||||||||||||||
|
|||||