大島洋平
| 中日ドラゴンズ #8 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 愛知県名古屋市緑区 |
| 生年月日 | 1985年11月9日(26歳) |
| 身長 体重 |
176cm 74kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2009年 ドラフト5位 |
| 初出場 | 2010年3月26日 |
| 年俸 | 2,500万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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大島 洋平(おおしま ようへい、1985年11月9日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 学生・社会人時代
小学4年から「名古屋平針HBC少年野球クラブ」で軟式野球を始め、中学時代は硬式の少年野球ボーイズリーグ「東海チャレンジャー」で投手兼外野手として活躍。愛知・享栄高等学校では投手兼外野手、最後の夏は1番・投手で出場。駒澤大学では外野手に専念。大学野球の中でもハイレベルといわれる東都リーグで2006年秋から3季連続で打率3割を超え、2007年秋には打率.395で首位打者を獲得した。リーグ通算83試合出場、255打数74安打、打率.290、1本塁打、20打点。ベストナイン2度受賞。
大学卒業後は日本生命に入社し、社会人野球の道へ。入社1年目から1番打者に定着し、2008年11月に開催された日本選手権大会でも打率.563で首位打者となっており、この年の社会人ベストナインを受賞。
2009年のドラフト会議で中日ドラゴンズから5位指名を受け入団。夫人とは日生時代の2009年3月に結婚、6月に長男が誕生していたので入団会見には妻子も同席。他の入団選手達が一軍昇格を目標にする中、「小さい頃から憧れていた球団に入団できて嬉しい。開幕一軍で出場できるように頑張りたい。できるだけ早くレギュラーをとりたい。将来は立浪さんのように40歳まで野球を続けたい」とより具体的な目標を示した。家族がいる身で安定した社会人生活を捨てて厳しい競争をするプロの世界に飛び込むことについては相当悩んだという。しかし、最終的には妻に後押しされ「同じ世界で勝負したい」とプロ入りを決意した。中日の新人選手は、独身寮の昇竜館で入団会見の翌年1月から生活を始めることになるが、大島は結婚をしていて既に子供もいる為に入寮は免除された。
[編集] プロ入り後
2010年、ルーキーながら1番・中堅手の開幕スタメンを任される。翌日3月27日の対広島東洋カープ戦でプロ初安打を放つ(打球が一塁走者であったチェン・ウェインに当たり、守備妨害という珍しい結果となった)。しかし、打撃の調子が上がらないため4月12日に二軍落ちする。4月25日に一軍復帰。復帰後しばらくの間は主に6番や7番を打っていたが、5月下旬頃から2番を任されるようになった。6月19日の対読売ジャイアンツ戦で死球を受け途中交代、翌日に登録抹消されたが、7月6日の対横浜ベイスターズ戦で一軍に復帰して2番・中堅手でスタメン出場した。最終的に104試合に出場したものの、完全にレギュラーを獲得するまでには至らなかった。 日本シリーズでは、第4戦の11回表に値千金となる決勝適時三塁打を放ったり、第6戦の11回表、2死一・二塁の場面で里崎智也が放ったセンターへの大飛球を好捕したりするなどして活躍。チームは敗れたものの、6試合に出場し23打数9安打5打点の好成績を残し、優秀選手賞を受賞した。また、大学時代からのライバルと目されているロッテのルーキー清田育宏も同時に受賞。ルーキー2人の活躍が光った。オフに背番号を8に変更することとなった。
2011年は、開幕戦に「7番・中堅手」でスタメン出場。しかし、その後は打撃不振に陥り、その間に平田良介や野本圭の活躍もあり、5月21日に二軍降格。昇格後は主に「8番・中堅手」でスタメン起用される事が多くなり前半好調だった野本の不振も重なり、最終的には正中堅手に定着。打撃面では前年は0本だった本塁打を3本打った。しかし、昨年好成績を残した日本シリーズではチーム唯一の盗塁をしたものの一安打に終わった。守備面ではゴールデングラブ賞を受賞するなど攻守共に成長を見せた。
[編集] プレースタイル
50m6秒0[1]、遠投115m[2]。打撃では右投手よりも左投手に対して好成績を残している。細身な体格で長打力はあまり無いが、巧みなバットコントロールでヒットを量産する。守備では打球判断が良く、俊足とあいまって広い守備範囲を誇る。
[編集] 人物
同僚の野本圭と2010年まで在籍していた新井良太(現・阪神タイガース)は駒澤大学時代の先輩で、1学年上の野本からは直接指導も受けた。中日入団後に目標とする選手を聞かれた際は、自分と同じ左打ちで外野手の野本をライバルに挙げている。
2010年の『東海ラジオ ガッツナイター』で、「大島パパ、頑張って!』という女性ファンの掛け声とともに『ルーキー』(玉置浩二)のサビが流れ、大島のインタビューが放送された。これは入団後に『ガッツだ!ドラゴンズ』(東海ラジオ)で「期待する若手選手」というアンケートをファンにとり、番組内の結果発表の時に初めて使われた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 中日 | 104 | 374 | 314 | 35 | 81 | 10 | 4 | 0 | 99 | 17 | 8 | 4 | 27 | 2 | 29 | 0 | 2 | 52 | 2 | .258 | .323 | .315 | .638 |
| 2011 | 96 | 355 | 300 | 25 | 73 | 6 | 4 | 3 | 96 | 18 | 8 | 2 | 19 | 2 | 29 | 5 | 5 | 50 | 3 | .243 | .318 | .320 | .638 | |
| 通算:2年 | 200 | 729 | 614 | 60 | 154 | 16 | 8 | 3 | 195 | 35 | 16 | 6 | 46 | 4 | 58 | 5 | 7 | 102 | 5 | .251 | .321 | .318 | .639 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 年度別守備成績
| 年 度 |
外野 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2010 | 99 | 172 | 4 | 1 | 0 | .994 |
| 2011 | 95 | 196 | 6 | 2 | 1 | .990 |
| 通算 | 194 | 368 | 10 | 3 | 1 | .992 |
[編集] 表彰
- ゴールデングラブ賞:1回 (2011年)
- JA全農Go・Go賞:2010年7月好捕賞
- 日本シリーズ優秀選手賞:1回 (2010年)
[編集] 記録
- 初出場・初先発出場:2010年3月26日、対広島東洋カープ1回戦(ナゴヤドーム)、1番・中堅手として
- 初安打:2010年3月27日、対広島東洋カープ2回戦(ナゴヤドーム)、5回裏にジャンカルロ・アルバラードから二塁内野安打(守備妨害)
- 初打点:2010年4月25日、対阪神タイガース6回戦(阪神甲子園球場)、4回表にジェイソン・スタンリッジから右線適時三塁打
- 初盗塁:2010年4月28日、対読売ジャイアンツ5回戦(ナゴヤドーム)、7回裏に二盗(投手:小林雅英、捕手:阿部慎之助)
- 初本塁打:2011年8月13日、対横浜ベイスターズ16回戦(平塚球場)、5回表に清水直行から右越ソロ
[編集] 背番号
- 32 (2010年)
- 8 (2011年 - )
[編集] 登場曲
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
- 愛知県出身の人物一覧
- 駒澤大学の人物一覧
- 中日ドラゴンズの選手一覧
- 高木浩之 ‐ 高校・大学の先輩
- 武山真吾 ‐ 高校の先輩
[編集] 外部リンク
- 個人年度別成績 【大島洋平 (中日ドラゴンズ)】 - 日本野球機構オフィシャルサイト
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