大島洋平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
大島 洋平
中日ドラゴンズ #8
Oshima yohei.jpg
2012年8月28日、こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市緑区
生年月日 1985年11月9日(29歳)
身長
体重
176 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2009年 ドラフト5位
初出場 2010年3月26日
年俸 5,625万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大島 洋平(おおしま ようへい、1985年11月9日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手外野手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学4年から「名古屋平針HBC少年野球クラブ」で軟式野球を始め、中学時代は硬式の少年野球ボーイズリーグ「東海チャレンジャー」で投手兼外野手として活躍。愛知・享栄高等学校では投手兼外野手、最後の夏は1番・投手で出場。駒澤大学では外野手に専念。大学野球の中でもハイレベルといわれる東都リーグ2006年秋から3季連続で打率3割を超え、2007年秋には打率.395で首位打者を獲得した。リーグ通算83試合出場、255打数74安打、打率.290、1本塁打、20打点。ベストナイン2度受賞。

大学卒業後は日本生命に入社し、社会人野球の道へ。入社1年目から1番打者に定着し、2008年11月に開催された日本選手権大会でも打率.563で首位打者となっており、この年の社会人ベストナインを受賞。

2009年のドラフト会議中日ドラゴンズから5位指名を受け入団。夫人とは日生時代の2009年3月に結婚、6月に長男が誕生していたので入団会見には妻子も同席。他の入団選手達が一軍昇格を目標にする中、「小さい頃から憧れていた球団に入団できて嬉しい。開幕一軍で出場できるように頑張りたい。できるだけ早くレギュラーをとりたい。将来は立浪さんのように40歳まで野球を続けたい」とより具体的な目標を示した。家族がいる身で安定した社会人生活を捨てて厳しい競争をするプロの世界に飛び込むことについては相当悩んだという。しかし、最終的には妻に後押しされ「同じ世界で勝負したい」とプロ入りを決意した。中日の新人選手は、独身寮の昇竜館で入団会見の翌年1月から生活を始めることになるが、大島は結婚をしていて既に子供もいる為に入寮は免除された。

プロ入り後[編集]

2010年、外野のレギュラー争いが熾烈な中、当時の監督落合博満から「守備力なら大島」と評価され新人ながら1番・中堅手の開幕スタメンを任される。翌3月27日の対広島戦でプロ初安打を放つ(打球が一塁走者のチェン・ウェインに当たり、守備妨害という珍しい結果となった)。しかし、打撃の調子が上がらず、4月12日に二軍落ちする。4月25日に一軍昇格。復帰後しばらくの間は主に6番や7番を打っていたが、5月下旬頃から2番を任されるようになった。6月19日の対巨人戦で死球を受け途中交代、翌日に登録抹消されたが、7月6日の対横浜戦で一軍に昇格して2番・中堅手でスタメン出場した。最終的に104試合に出場したものの、完全にレギュラーを獲得するまでには至らなかった。 日本シリーズでは、第4戦の11回表に値千金となる決勝適時三塁打を放ち、第6戦の11回表、2死一・二塁の場面で里崎智也が放ったセンターへの大飛球を好捕するなど活躍。チームは敗れたものの、6試合に出場し23打数9安打5打点の好成績を残し、優秀選手賞を受賞した。また、大学時代からのライバルと目されているロッテのルーキー清田育宏も同時に受賞。新人2人の活躍が光った。オフに背番号を8に変更。

2011年は、開幕戦に7番・中堅手でスタメン出場。しかし、その後は打撃不振に陥り、その間に平田良介野本圭の活躍もあり、5月21日に二軍降格。昇格後は主に8番・中堅手でスタメン起用される事が多くなり、前半好調だった野本の不振も重なりその後はスタメンに復帰。8月13日にプロ初本塁打を記録。最終的には規定打席には届かなかったが、打率.243・3本塁打・18打点をあげて8番・中堅手に定着。ゴールデングラブ賞も受賞した。前年好成績を残した日本シリーズではチーム唯一の盗塁をしたものの1安打に終わった。

2012年は、開幕から中堅手として荒木雅博と1・2番を任され、初めてシーズン全試合に出場した。開幕時は荒木が1番で大島が2番だったが、荒木の不調もあってシーズン中盤からは1番に定着した。俊足を生かし、入団1年目に付けていた背番号と同じ32盗塁を記録し盗塁王に輝く。打撃面でもプロ3年目にして初の規定打席到達、チームの規定打席到達者では唯一の3割台を記録し(リーグ3位)、安打数も最多安打を分けあった巨人の長野久義と坂本勇人に次ぐ1本差である172本を記録し大きく飛躍した。その一方で、打点はわずか13にとどまり、この年の規定打席到達者の中で最少であった他、2リーグ制以降の記録を見ても歴代3位タイに入る少なさであった。11月には侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」の日本代表に選出。オフに名古屋市内の病院を慰問した際の質問コーナーでは将来的なメジャー挑戦志向があることを明らかにした[1]

2013年、開幕前の第3回WBC日本代表候補に選出されるが、左肘違和感のため最終メンバーの28人には選ばれなかった。検査の結果、遊離軟骨によって肘が「ロック」されている状態である事が判明。シーズン中もこれに悩まされ、前年に比べると打率、盗塁数ともに大幅に成績を落とす結果に終わった。オフに遊離軟骨の除去手術を受けた。また、吉見一起から受け継いで選手会長に就任した。

2014年は開幕から首位打者争いをリードする好調ぶりを見せ、シーズン200安打の達成も見込まれていたが、7月半ばに左脇腹を痛めてからは打撃不振に陥る。それでもリーグ4位の打率.318に球団タイ記録となる186安打、チームトップの28盗塁を記録した。オフには2年ぶりにゴールデングラブ賞を受賞した[2]が、落合博満GMは就任してから初めて契約更改で保留した[3]

選手としての特徴[編集]

ボールを手元まで引きつける打撃から[4]低めの変化球を右方向に運ぶ技術に長け[5]、タイミングを崩された状態でも安打を放つことができる[5]。右投手への通算打率.277に対し、左投手には通算打率.282と、左打者ながら左投手に強い。但しチャンスにはあまり強くなく2012年は前述の通り13打点、14年は28打点で得点圏打率.222となっている。

走塁面では50メートル6.0秒[6]、一塁到達3.80秒[5]の俊足を備え、2012年には盗塁王を獲得している。しかし、立浪和義高代延博などからは、脚は速いが走塁技術に問題があると指摘されている。実際に通算の盗塁成功率は68%と低く、本人も「8割くらいは」と語っている[7]

中堅守備では俊足と的確な打球判断で広い守備範囲を誇り、遠投115メートルの強肩も備える。解説者の赤星憲広が日本のプロ野球界でナンバーワンの外野守備と評するなど非常に評価が高い。[8]。中堅定位置付近で苦手な打球方向が少なく、2010年にはUZR9.7を記録[9]。2012年には守備イニング1000以上の中堅手で両リーグ2位のUZR17.4を記録した[10]

人物[編集]

同僚の野本圭と2010年まで在籍していた新井良太(現・阪神)は駒澤大学時代の先輩で、1学年上の野本からは直接指導も受けた。中日入団後に目標とする選手を聞かれた際は、自分と同じ左打ちで外野手の野本をライバルに挙げている。

2010年の『東海ラジオ ガッツナイター』で、「大島パパ、頑張って!」という女性ファンの掛け声とともに『ルーキー』(玉置浩二)のサビが流れ、大島のインタビューが放送された。これは入団後に『ガッツだ!ドラゴンズ』(東海ラジオ)で「期待する若手選手」というアンケートをファンにとり、番組内の結果発表の時に初めて使われた。

2011年、2012年シーズン前はCBCテレビの『YANASEスペシャル がんばれドラゴンズ』に出演したが、ジェスチャークイズでは毎回ジェスチャーが下手である事をいじられる。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2010 中日 104 374 314 35 81 10 4 0 99 17 8 4 27 2 29 0 2 52 2 .258 .323 .315 .638
2011 96 355 300 25 73 6 4 3 96 18 8 2 19 2 29 5 5 50 3 .243 .318 .320 .638
2012 144 631 555 83 172 19 5 1 204 13 32 17 17 0 46 0 13 80 7 .310 .376 .368 .744
2013 140 555 499 68 124 18 2 3 155 27 19 9 10 3 37 0 6 69 2 .248 .306 .311 .617
2014 141 642 585 92 186 18 2 2 214 28 28 12 6 2 43 1 6 56 3 .318 .369 .366 .735
通算:5年 625 2557 2253 303 636 71 17 9 768 103 95 44 79 9 184 6 32 307 17 .282 .344 .341 .686
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はそのシーズンにおけるリーグ最高

年度別守備成績[編集]


外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2010 99 172 4 1 0 .994
2011 95 196 6 2 1 .990
2012 144 291 8 3 1 .990
2013 135 301 13 2 1 .994
2014 140 287 8 6 2 .980
通算 613 1247 39 14 5 .989
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はそのシーズンにおけるリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
その他記録

背番号[編集]

  • 32 (2010年)
  • 8 (2011年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中日大島「メジャー行ってみたい」日刊スポーツ
  2. ^ 森野選手、大島選手がゴールデン・グラブ賞を受賞中日ドラゴンズ公式ウェブサイト 2014年11月6日
  3. ^ 中日大島年俸調停も 落合GM初の保留中日スポーツ 2014年11月22日
  4. ^ 『野球太郎 No.004 プロ野球12球団選手名鑑』 廣済堂出版、2013年、42頁。ISBN 978-4-331-80228-1
  5. ^ a b c 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2013』 廣済堂出版、2013年、76-77頁。ISBN 978-4-331-51710-9
  6. ^ 中日スポーツ:大島、走ってよし打ってよし技よし:ドラニュース(CHUNICHI Web)
  7. ^ 中日大島、来季「40盗塁はしたい」日刊スポーツ 2014年11月20日
  8. ^ 中日スポーツ:大島の武器は「強肩」:ドラニュース(CHUNICHI Web)
  9. ^ Baseball Lab守備評価~Center FielderSMR Baseball Lab
  10. ^ 岡田友輔、道作、三宅博人、morithy、蛭川皓平、高多薪吾、Student、水島仁 『プロ野球を統計学と客観分析で考える セイバーメトリクス・レポート2』 水曜社、2013年、37頁。ISBN 978-4-88065-319-8

関連項目[編集]

外部リンク[編集]