松本哲也 (野球)
| 読売ジャイアンツ #31 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 山梨県山梨市 |
| 生年月日 | 1984年7月3日(28歳) |
| 身長 体重 |
167 cm 66 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2006年 育成選手ドラフト3巡目 |
| 初出場 | 2008年5月31日 |
| 年俸 | 3,200万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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松本 哲也(まつもと てつや、1984年7月3日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
来歴・人物 [編集]
プロ入り前 [編集]
1984年、山梨県生まれ。父親が社会人ラグビー選手、叔父の松本純也がラグビー日本代表(スクラムハーフ)だった影響で、中学時代は野球部とラグビー部を掛け持ちしていた。しかし体の小ささに悩んだ結果、ラグビーを諦めて高校から本格的に野球を始める。
山梨学院大学附属高等学校時代には1年夏に全国高等学校野球選手権大会に出場。2年先輩に玉山健太、1年先輩に大島崇行(広島東洋カープ)がいた。
東都大学野球の専修大学へ進学。4年時には主将を務め、東都大学野球連盟で9季ぶりの1部復帰に貢献した[1]。同期に長谷川勇也(福岡ソフトバンクホークス)がいる。2006年のドラフト会議で読売ジャイアンツから育成ドラフト3位指名を受け入団。
プロ入り後 [編集]
2007年の春季キャンプで俊足と守備力を買われ[2]、巨人の育成選手から初めて支配下登録される。背番号は工藤公康の移籍によって空き番となっていた「47」。オープン戦には一軍メンバーとして帯同したが、公式戦では一軍出場無し。
2008年から背番号を「64」に変更[3]。5月28日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で一軍初出場。5月31日の福岡ソフトバンクホークス戦でプロ初先発出場したが、初打席で一塁を駆け抜けた際に右くるぶしを剥離骨折[4]。実戦復帰は2ヵ月を要し、その後の昇格はなかった。イースタンリーグでは打率.276、チームトップの10盗塁を記録した。
2009年は第2回WBCが開催され、派遣されていた亀井義行の代わりにオープン戦などでレギュラー出場を多く獲得。3月1日に行われた日本代表との強化試合でもセンターで出場し、イチローのヒット性の当たりをダイビングキャッチするファインプレーを見せるなど活躍[5]。結果、初の開幕1軍入りを果たし[6]、4月5日の広島戦でプロ初安打[7]。5月6日の横浜ベイスターズ戦では初めて2番打者で先発出場し、トム・マストニーから三塁打を放ってプロ初打点を記録した。以降は「2番・中堅手」に定着。疲労や対左投手対策で先発を外れることもあったため規定打席にはわずかに届かなかったが[8]、快足を生かした守備と2番打者として進塁打を狙うバッティングにチーム最多の27犠打で[9]、日本一に貢献。育成枠出身選手初となるゴールデングラブ賞、育成枠出身の野手初の新人王を受賞。前年の山口鉄也の受賞に続き、2年連続でチームの育成枠出身からの新人王を獲得した[10]。本塁打0本で新人王に選ばれた野手は、同じ山梨県出身の久慈照嘉以来、史上2人目。オフには前年比で5倍となる年俸3000万(推定)で契約更改した[11]。
2010年は背番号を「31」に変更。開幕戦に2番・中堅手でスタメン出場。4割を超える打率で首位打者を走っていたが、4月25日の広島戦で左太腿裏の筋膜炎を発症し登録抹消[12]。約2ヶ月後の7月2日の阪神タイガース戦で戦列復帰した[13]。長期離脱にも拘わらずオールスターゲームにファン投票で選出され、育成出身野手として初出場。第2戦で育成出身選手初安打を放った。しかし、シーズン後半戦では離脱前の好調を取り戻せず、クライマックスシリーズではスタメンを外れた。
前年怪我をしたこともあって、2011年は背番号を「32」に変更[14]。春季キャンプでは一軍に入ったものの[15]、統一球への適応に苦しみ開幕一軍を逃す。6月3日に一軍昇格するが、出場は20試合にとどまり19打数1安打で打率.053。2軍でも打率2割1分台と深刻な打撃不振に陥った。オフに結婚を発表[16]。
2012年から背番号を「31」に戻す。代名詞となっていた天秤打法を捨て、すり足打法へ打撃フォーム改造[17]。7月13日にシーズン二度目の一軍昇格。8月2日の中日戦から「2番・中堅」に座ると、同月8日の阪神戦で決勝打とファインプレーの活躍[18]。ヒーローインタビューでは涙ながらに家族への感謝を述べた[19]。その後も常時スタメンとはいかなかったものの7月以降は打率.278、出塁率.338とまずまずの成績を残した。[20]日本シリーズでは、タイ記録となる6犠打を決め日本一に貢献した。
プレースタイル [編集]
2012年シーズン序盤まで右手と左手を離して構える天秤打法を採用していた[21]。専修大学野球部監督の江崎久は「大学時代は普通に構えて打っていた。ギリギリで巨人に取ってもらって、必死にプロのレベルに対応しようとする中で生まれた打法でしょう」と語っている[22]。長打はないがセンターに返す打撃を基本とし[23]、2009年から2010年までの通算対右打率.289に対し対左打率.293と左右の違いも苦にしない。一方で犠打の確実性を課題としている[24]。
走塁面では一塁到達3.85秒の俊足を備え[25]、2009年には盗塁成功率が64%と低かったが、翌2010年には81%と成功率が上昇。守備では2010年に中堅守備でUZR4.9を記録した広い守備範囲を誇る[26]。ダイビングキャッチやフェンスにぶつかりながらの捕球を積極的に試みるなど、怪我も恐れぬ積極的なプレーが持ち味だが、一歩目の対応を誤ることも多い[27]。肩は特別に強くはないが、送球の正確さも備える[28]。
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | 巨人 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2009 | 129 | 424 | 372 | 55 | 109 | 11 | 1 | 0 | 122 | 15 | 16 | 9 | 27 | 0 | 21 | 0 | 4 | 59 | 8 | .293 | .338 | .328 | .665 | |
| 2010 | 94 | 350 | 317 | 49 | 91 | 13 | 2 | 0 | 108 | 22 | 17 | 4 | 12 | 0 | 17 | 0 | 4 | 56 | 4 | .287 | .331 | .341 | .672 | |
| 2011 | 20 | 19 | 19 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | .053 | .053 | .053 | .106 | |
| 2012 | 83 | 229 | 198 | 29 | 51 | 7 | 2 | 0 | 62 | 11 | 12 | 2 | 12 | 2 | 17 | 0 | 0 | 34 | 4 | .258 | .313 | .313 | .626 | |
| 通算:5年 | 329 | 1023 | 907 | 135 | 252 | 31 | 5 | 0 | 293 | 48 | 46 | 15 | 51 | 2 | 55 | 0 | 8 | 153 | 17 | .278 | .324 | .323 | .647 | |
- 2012年度シーズン終了時
年度別守備成績 [編集]
| 年 度 |
外野 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2008 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000 |
| 2009 | 122 | 182 | 6 | 2 | 1 | .989 |
| 2010 | 91 | 149 | 5 | 1 | 0 | .994 |
| 2011 | 11 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1.000 |
| 2012 | 81 | 104 | 3 | 2 | 0 | .982 |
| 通算 | 307 | 442 | 14 | 5 | 1 | .989 |
- 2012年度シーズン終了時
表彰 [編集]
- 新人王(2009年)
- ゴールデングラブ賞:1回 (2009年)
- JA全農Go・Go賞:1回 (好走塁賞:2010年3・4月)
- 東京ドームMVP特別賞:1回 (2009年)
- 報知プロスポーツ大賞 フレッシュ賞(2009年)
- 日本シリーズ特別賞 - BASEBALL HEROES賞:1回(2012年)
記録 [編集]
- 初出場:2008年5月28日、対東北楽天ゴールデンイーグルス1回戦(東京ドーム)、9回表に中堅手として出場
- 初盗塁:2008年5月29日、対東北楽天ゴールデンイーグルス2回戦(東京ドーム)、8回裏に二盗(投手:川岸強、捕手:藤井彰人)
- 初先発出場:2008年5月31日、対福岡ソフトバンクホークス1回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、9番・中堅手として先発出場、1打数0安打
- 初打席:同上、3回表に杉内俊哉から三塁ゴロ
- 初安打:2009年4月5日、対広島東洋カープ3回戦(東京ドーム)、11回裏に林昌樹から左前安打
- 初打点:2009年5月6日、対横浜ベイスターズ5回戦(東京ドーム)、1回裏にトム・マストニーから右翼線適時三塁打
その他記録 [編集]
- 日本シリーズ最多犠打(6犠打):2012年(2012年現在)。6試合の日本シリーズではシリーズ最多。6試合以外でのものを含めると最多タイ(2006年の田中賢介以来4人目)。
背番号 [編集]
- 105 (2007年 - 2007年2月24日)
- 47 (2007年2月25日 - 同年終了)
- 64 (2008年 - 2009年)
- 31 (2010年、2012年 - )
- 32 (2011年)
登場曲 [編集]
関連情報 [編集]
テレビ出演 [編集]
- アスリート頂上決戦 - 2013年1月1日TBS
CM [編集]
脚注 [編集]
- ^ 2006年度ニュース一覧 | 専修大学
- ^ 読売巨人軍・清武代表に聞く 「人材育成の新戦略、成功までの舞台裏」(4/5) Number Web 2009年11月16日
- ^ 前年使用した背番号47は同年より、同じく育成から支配下登録された山口鉄也が引き継ぐこととなった。
- ^ 【巨人】初スタメン松本右足くるぶし骨折 nikkansports.com 2008年5月31日
- ^ イチロー、松本に“恨み節”「捕らないでよね」 スポニチ Sponichi Annex 2009年12月18日
- ^ 巨人の育成出身松本が開幕1軍入り nikkansports.com 2009年4月1日
- ^ 【巨人】松本が初安打「ボールは両親に」 nikkansports.com 2009年4月5日
- ^ 【巨人】新人王の松本も定位置に危機感 nikkansports.com 2010年1月30日
- ^ 巨人・松本哲也の辞書に「慢心」の二文字は無い。~'09年の新人王は向上心の塊~ Number Web 2010年1月15日
- ^ 今年は巨人松本だ!育成が2年連続新人王 nikkansports.com 2009年11月19日
- ^ 巨人松本、年俸240万円が月給250万円 nikkansports.com 2009年12月2日
- ^ 首位打者の巨人松本が筋膜炎で抹消へ nikkansports.com 2010年4月26日
- ^ 【巨人】松本1軍復帰「歓声うれしい」 nikkansports.com 2010年7月3日
- ^ 巨人・松本が新背番号で心機一転だ デイリースポーツオンライン 2010年12月18日
- ^ 【巨人】沢村も須永も キャンプ1軍発表 nikkansports.com 2011年1月19日
- ^ 巨人松本も結婚!28歳菅野美穂似美女 nikkansports.com 2011年11月25日
- ^ “平成の青い稲妻”松本哲 涙のお立ち台!V打&美技 Sponichi Annex 2012年8月9日
- ^ 松本哲、泣けた!不動の2番だ、鉄壁守備&V二塁打! スポーツ報知 2012年8月9日
- ^ 巨人・松本哲、涙のV打「家族に支えられた」 sanspo.com 2012年8月8日
- ^ この復活の過程は、9月18日の報道ステーションで特集された。
- ^ 洗川広二“つなぐ思い”が掴んだレギュラーポジション 読売ジャイアンツ・松本哲也 - OCNスポーツ、2010年4月22日閲覧。
- ^ 「平成の天秤打法」…巨人育成から昇格の2番・松本-zakzak記事
- ^ 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、350頁。ISBN 978-4-331-51519-8。
- ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2010』 アスペクト、2010年、45頁。ISBN 978-4-7572-1744-7。
- ^ 右打ちの革命者『野球小僧』2010年6月号、白夜書房、雑誌18801-6、178-181頁。
- ^ Baseball Lab守備評価~Center FielderSMR Baseball Lab
- ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2011』 白夜書房、2011年、116頁。ISBN 978-4-86191-710-3。
- ^ “(4)育成、今年もブレーク”. YOMIURI ONLINE
- ^ CMライブラリ 松本哲也・大きな記事篇。[リンク切れ] - 日本生命、2010年5月8日閲覧。
- ^ 人々に勇気と感動…30秒間の“松本物語”スタート - スポニチ、2010年3月26日、2010年5月8日閲覧。
関連項目 [編集]
- 読売ジャイアンツの選手一覧
- 山梨県出身の人物一覧
- 専修大学の人物一覧
- ジョーカー 許されざる捜査官 - 被害者が松本のファンだったことが、事件解決への一要素になった回がある。
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