松本哲也 (野球)
| 読売ジャイアンツ #31 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 山梨県山梨市 |
| 生年月日 | 1984年7月3日(27歳) |
| 身長 体重 |
168cm 64kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2006年 育成選手ドラフト3巡目 |
| 初出場 | 2008年5月31日 |
| 年俸 | 2,200万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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松本 哲也(まつもと てつや、1984年7月3日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
[編集] 来歴・人物
[編集] プロ入り前
1984年、山梨県生まれ。叔父である松本純也がラグビー日本代表(スクラムハーフ)、父親が社会人ラグビーの選手だった影響で、中学時代は野球部とラグビー部を掛け持ちしていた。しかし体の小ささに悩んだ結果、ラグビーを諦めて高校から本格的に野球を始める。
山梨学院大学附属高等学校時代には1年夏に全国高等学校野球選手権大会に出場。2年先輩に玉山健太、1年先輩に大島崇行(広島東洋カープ)がいた。
東都大学野球の専修大学へ進学し、4年時には主将を務め、東都大学野球連盟で大学にとって9季ぶりの1部復帰に貢献した。同期に長谷川勇也(福岡ソフトバンクホークス)がおり、2006年に育成選手として巨人に入団。
[編集] プロ入り後
2007年、春季キャンプ中の紅白戦で活躍し、原辰徳に「走攻守で存在感があった。収穫だった」と言わしめた。紅白戦や練習試合での活躍が首脳陣に認められ、巨人の育成選手から初めて支配下登録され、背番号は工藤公康の移籍によって空き番となっていた「47」となった。オープン戦には一軍メンバーとして帯同した物の、公式戦では一軍出場が無く、さらに二軍では79試合に出場し、打率は.285、4盗塁に対し6盗塁死、三塁打は1本と俊足を発揮出来なかった。
2008年5月28日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で一軍初出場を果たす。5月31日の対福岡ソフトバンクホークス戦でプロ初先発出場したが、初打席で三塁ゴロを放ち、一塁を駆け抜けた際に右くるぶしを剥離骨折。実戦復帰は2ヵ月後になり、その後の昇格機会はなかった。二軍では打率.276、チームトップの10盗塁を記録。
2009年は初の開幕1軍入りを果たし、4月5日の対広島東洋カープ戦でプロ初安打を記録。5月6日の横浜ベイスターズ戦では初めて2番打者で先発出場し、トム・マストニーから三塁打を放ってプロ初打点を記録した。この試合以降、2番・中堅手としてレギュラーに定着。当初は相手先発が左腕の際は先発を外れていたが、後半戦からは投手の左右に関係なく先発を任された。「まだプロの身体が出来ておらず、フル出場は厳しい」という原の判断で定期的に休養日を与えられたため、規定打席にはわずかに届かなかったが、的確なチームバッティングで強力打線のつなぎ役を務め、堅い守備でも再三のピンチを救うなど、チームのリーグ3連覇と7年ぶりの日本一に貢献。育成枠出身選手初となるゴールデングラブ賞、育成枠出身の野手初の新人王を受賞。前年の山口鉄也の受賞に続き、2年連続でチームの育成枠出身からの新人王を獲得した。本塁打0本で新人王に選ばれた野手は、同じ山梨県出身の久慈照嘉以来、史上2人目となった。
2010年は背番号を「31」に変更。開幕から2番・中堅手でスタメン出場し、盗塁と安打を量産。4割を超える打率を記録していたが、4月25日の対広島東洋カープ戦で左太腿裏を負傷。当初数週間での復帰を見込まれたが、実際には約2ヶ月を要し、7月2日の対阪神タイガース戦から復帰した。長期離脱にも拘わらずオールスターゲームにファン投票で選出され、育成出身野手として初出場、同時に育成出身選手初安打も第2戦に記録した。しかし、レギュラーシーズンでは離脱前の調子を取り戻せず、大きく数字を落とした。それでも打率.287・17盗塁と前年と同程度の成績は残し、盗塁死も半分以下に減らすなど、走塁技術にも改善が見られた。
2011年から背番号は「32」に変更。この年から採用された飛ばない統一球の影響もあってか対外試合開始後調子が上がらず、不振の松本に原辰徳監督がノーステップ打法を取り組ませるなどしてオープン戦では打率.333と復調の兆しを見せたが、結局開幕一軍入りを逃す。7月に初めて一軍に昇格したが、19打数1安打で打率.053と結果を残すことが出来なかった。その後も2軍で打率2割1分台と不振から抜け出すことが出来ず、再度の一軍昇格の機会はなかった。
2012年から背番号を「31」に戻す。
[編集] 選手としての特徴
右手と左手を離して構える天秤打法を採用している[1]。専修大学野球部監督の江崎久は「(過去に近藤和彦が採用していた)『天秤打法の真似ではないか』という声も聞くが、大学時代は普通に構えて打っていた。ギリギリで巨人に取ってもらって、必死にプロのレベルに対応しようとする中で生まれた打法でしょう」と語っている[2]。長打はないがセンターに返す打撃を基本とし[3]、2009年から2010年までの通算対右打率.289に対し対左打率.293と左右の違いも苦にしない。一方で犠打の確実性を課題としている[4]。
走塁面では一塁到達3.85秒の俊足を備え[5]、2009年には盗塁成功率が64%と低かったが、翌2010年には81%と成功率が上昇。守備ではダイビングキャッチやフェンスにぶつかりながらの捕球を積極的に試みるなど、怪我も恐れぬ積極的なプレーを見せ[6]、2010年にはUZR3.2を記録するなど平均を上回る守備範囲を誇るが[7]、一歩目の対応を誤ることが多い[8]。肩は特別に強くはないが、送球のコントロールが良い[6]。
1980年代に「青い稲妻」と呼ばれ、同姓で俊足を武器に活躍した松本匡史を目標とし、試合では青い手袋とリストバンドを着用している[9]。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | 巨人 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2009 | 129 | 424 | 372 | 55 | 109 | 11 | 1 | 0 | 122 | 15 | 16 | 9 | 27 | 0 | 21 | 0 | 4 | 59 | 8 | .293 | .338 | .328 | .665 | |
| 2010 | 94 | 350 | 317 | 49 | 91 | 13 | 2 | 0 | 108 | 22 | 17 | 4 | 12 | 0 | 17 | 0 | 4 | 56 | 4 | .287 | .331 | .341 | .672 | |
| 2011 | 20 | 19 | 19 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | .053 | .053 | .053 | .106 | |
| 通算:4年 | 246 | 794 | 709 | 106 | 201 | 24 | 3 | 0 | 231 | 37 | 34 | 13 | 39 | 0 | 38 | 0 | 8 | 119 | 13 | .283 | .327 | .326 | .653 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 表彰
- 新人王(2009年)
- ゴールデングラブ賞(2009年)
- 東京ドームMVP特別賞:1回 (2009年)
- 報知プロスポーツ大賞 フレッシュ賞(2009年)
[編集] 記録
- 初出場:2008年5月28日、対東北楽天ゴールデンイーグルス1回戦(東京ドーム)、9回表に中堅手として出場
- 初盗塁:2008年5月29日、対東北楽天ゴールデンイーグルス2回戦(東京ドーム)、8回裏に二盗(投手:川岸強、捕手:藤井彰人)
- 初先発出場:2008年5月31日、対福岡ソフトバンクホークス1回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、9番・中堅手として先発出場、1打数0安打
- 初打席:同上、3回表に杉内俊哉から三塁ゴロ
- 初安打:2009年4月5日、対広島東洋カープ3回戦(東京ドーム)、11回裏に林昌樹から左前安打
- 初打点:2009年5月6日、対横浜ベイスターズ5回戦(東京ドーム)、1回裏にトム・マストニーから右翼線適時三塁打で1打点
[編集] 背番号
- 105 (2007年 - 2007年2月24日)
- 47 (2007年2月25日 - 同年終了)
- 64 (2008年 - 2009年)
- 31 (2010年、2012年 - )
- 32 (2011年)
- 31 (2012年 - )
[編集] 登場曲
[編集] 関連情報
[編集] CM
[編集] 脚注
- ^ 洗川広二“つなぐ思い”が掴んだレギュラーポジション 読売ジャイアンツ・松本哲也 - OCNスポーツ、2010年4月22日閲覧。
- ^ 「平成の天秤打法」…巨人育成から昇格の2番・松本-zakzak記事
- ^ 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、350頁。ISBN 978-4-331-51519-8。
- ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2010』 アスペクト、2010年、45頁。ISBN 978-4-7572-1744-7。
- ^ 右打ちの革命者『野球小僧』2010年6月号、白夜書房、雑誌18801-6、178-181頁。
- ^ a b “(4)育成、今年もブレーク”. YOMIURI ONLINE
- ^ Baseball Lab守備評価~Center FielderSMR Baseball Lab
- ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2011』 白夜書房、2011年、116頁。ISBN 978-4-86191-710-3。
- ^ 2006年度ニュース一覧 | 専修大学
- ^ CMライブラリ 松本哲也・大きな記事篇。[リンク切れ] - 日本生命、2010年5月8日閲覧。
- ^ 人々に勇気と感動…30秒間の“松本物語”スタート - スポニチ、2010年3月26日、2010年5月8日閲覧。
[編集] 関連項目
- 読売ジャイアンツの選手一覧
- 山梨県出身の人物一覧
- 専修大学の人物一覧
- 長谷川勇也 - 大学時代の同期
- ジョーカー 許されざる捜査官 - 被害者が松本のファンだったことが、事件解決への一要素になった回がある。
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