長谷川勇也
| 福岡ソフトバンクホークス #24 | |
|---|---|
2010年9月23日 福岡ヤフードーム
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 山形県鶴岡市 |
| 生年月日 | 1984年12月22日(27歳) |
| 身長 体重 |
178cm 83kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2006年 大学生・社会人ドラフト5巡目 |
| 初出場 | 2008年4月22日 |
| 年俸 | 7,200万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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長谷川 勇也(はせがわ ゆうや、1984年12月22日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
[編集] 経歴
小学校3年生時に野球を始め、中学校までは投手を務めていた。酒田南高等学校進学後に外野手に転向。2年夏と3年春夏に甲子園出場を果たす。オリックス・バファローズの小林賢司は1学年下の後輩。
専修大学では1年生時からレギュラーに定着し、3年秋には東都大学リーグ2部首位打者、4年秋には5本塁打を放ちMVPに。同大学9季ぶりとなる1部昇格の立役者となった。大学通算18本塁打。2006年の大学生・社会人ドラフトで福岡ソフトバンクホークスの5巡指名を受けてプロ入りした。
プロ1年目の2007年は春季キャンプで一時A組(一軍相当)に抜擢されるなど期待されていたものの、左大腿骨頚部を疲労骨折してシーズンの大半をリハビリに費やした。
2008年には、一軍に昇格して4月22日の対楽天戦でプロ初出場、初安打を記録した。相手先発投手が右投手である試合にはスタメンで起用されており、若手の中で成長が期待される選手の一人だったものの、外野守備では他の外野手と交錯してしまうなど連携の悪さが目立った。4月25日の対ロッテ戦では、3回に落下点で待ち構えていたセンターの多村仁にレフトから激突。打球をランニングホームランにしただけでなく、多村には右脚腓骨骨折の重傷を負わせた。同年7月5日、これも対ロッテ戦でセンターとして出場したが、5回裏にベニー・アグバヤニの右中間への打球を柴原洋とお見合いして2点タイムリー三塁打を献上し、この際に慌てて打球を処理した柴原は腰痛を悪化させてしまった。7回裏には西岡剛の打球を追って、柴原に代わった中西健太と交錯し、ランニングホームランにしてしまう。この2度の連携ミスもあり、チームは5点差をひっくり返され逆転負けを喫した。8月17日に、試合前のバント練習の際に左手小指を骨折し離脱。それ以降一軍復帰はできなかった。
2009年は開幕スタメンを逃したものの、一時は4割を超える打率を維持。10試合連続安打やアマ・プロ通じて自身初のサヨナラ打を放ち、クリーンアップの一角を担える程の活躍を見せた。7月7日の対オリックス戦では2度のジャンピングキャッチを披露。オールスターゲームの選手間投票で外野手部門第3位に入り初出場を決めた。第1戦、8回1死二、三塁のピンチで東出輝裕の外野フライを捕球すると、矢のような送球で三塁走者の内川聖一をホームで刺すプレーを見せた。後半もスランプに陥ることなく中堅のレギュラーとして一年間活躍し、初の規定打席到達でリーグ4位の打率.312、チームトップの159安打を放つなど飛躍の年となった。
しかし2010年は開幕から調子が上がらず、5月22日に二軍降格。二週間後に一軍に復帰したが、その後も調子が上がらなかった。打撃成績は前年に比べて物足りない数字となったが、盗塁成功率と打率に対する出塁率は向上した。
2011年も開幕センタースタメンで出場したものの打撃はパッとせず、福田秀平の成長もあってセンタースタメンを福田に奪われベンチを温める試合もあった。多村が死球で離脱したためライトに福田あるいは中村晃がスタメン出場するようになると再びセンタースタメンが増えたが、打撃はなかなか上向かなかった。しかし7月ごろから打撃も上向き始めてヒットが出るようになり、また追い込まれてもファールで何球も粘ってフォアボールを奪う打席も多くなり、センタースタメンを実力で奪い返した。レギュラーシーズン終了時には規定打席にも到達し、リーグ8位の打率.29336とともにリーグ3位の出塁率.379(これは内川よりも高い)という素晴らしい成績を残した。クライマックスシリーズでは11打数6安打打率.545と結果を残して第3戦目には10回に涌井秀章から同点タイムリーを打ち、12回には牧田和久からサヨナラタイムリーを打ちチームのCS突破に貢献した[1]。また、マニュライフ生命 特別賞を受賞した。プレーオフ、CSでの1試合4安打は8人で9度目でソフトバンクでは初めてでポストシーズンでは1959年の岡本伊三美以来52年ぶり2人目[2]。
[編集] プレースタイル・人物
小さい体重移動で球を呼び込み、ライナーで外野の間を抜くシュアな打撃と高い身体能力が持ち味[3]。王貞治から「松中みたいな打球を飛ばす」と評されたこともあり[4]、2009年6月21日の横浜ベイスターズ戦では三浦大輔から推定140メートル以上の特大場外ホームランを放ったこともある[5]。2009年には12球団トップの2ストライク後打率.268をマーク(平均打率.189)し追い込まれてからの対応も良いが、内角の対応に課題を残す[6]。2009年から逆方向に打つ意識を心がけている。これは左手小指の骨折が原因で、小指は真っ直ぐに伸びなくなってしまい、以前は55kgあった握力が35kgまで落ち込んでしまったことで握力の低下をカバーするために、下半身の強化に着手し、腕の力に頼りがちだったフォームも修正。結果、以前のパワーが戻り、更に以前は空振りしてしまっていた縦方向の変化球にも食らいつけるようになったという[7]。
バントは上手ではなく、しばしばキャッチャーフライを打ち上げてしまう。
一塁ゴロでも一塁到達まで4.06秒を記録する脚力[8]を生かした守備範囲の広さと肩の強さは一軍でも上位のレベルで[3]、得点換算でも高い数値を残すが[9]、捕球ミスが少なくない。主に中堅手として起用されるが、リードした試合の終盤には中堅に城所龍磨が入り長谷川が左翼手に回るという守備変更がしばしば見られる。特に2011年はチームが先制点を守るスタイルでの勝利が多かったため、主に左翼で起用されていた内川聖一の代走もしくは守備交代に城所が入り、長谷川が左翼手に回るというシーンが3試合のうち2試合で見られるほど頻繁に行われた。
愛称はハセユー。チームでのニックネームはもえちゃん。2009年のホークスファン感謝デーでチームメートから暴露され、名付親は当時コーチの森脇浩司。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | ソフトバンク | 71 | 245 | 221 | 28 | 52 | 13 | 1 | 4 | 79 | 24 | 2 | 0 | 4 | 1 | 18 | 0 | 1 | 47 | 1 | .235 | .295 | .357 | .652 |
| 2009 | 143 | 584 | 509 | 69 | 159 | 31 | 3 | 7 | 217 | 44 | 10 | 5 | 11 | 1 | 57 | 1 | 6 | 89 | 7 | .312 | .387 | .426 | .814 | |
| 2010 | 134 | 519 | 443 | 48 | 113 | 17 | 0 | 3 | 139 | 32 | 14 | 3 | 10 | 3 | 51 | 5 | 12 | 97 | 8 | .255 | .346 | .314 | .660 | |
| 2011 | 125 | 455 | 392 | 51 | 115 | 23 | 1 | 4 | 152 | 34 | 13 | 1 | 6 | 2 | 47 | 3 | 8 | 87 | 2 | .293 | .379 | .388 | .767 | |
| 通算:4年 | 473 | 1803 | 1565 | 196 | 439 | 84 | 5 | 18 | 587 | 134 | 39 | 9 | 31 | 7 | 173 | 9 | 27 | 320 | 18 | .281 | .361 | .375 | .736 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 年度別守備成績
| 年度 | 外野 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2008 | 70 | 133 | 0 | 1 | 0 | .993 |
| 2009 | 143 | 277 | 4 | 5 | 0 | .983 |
| 2010 | 134 | 268 | 4 | 3 | 0 | .989 |
| 2011 | 124 | 251 | 3 | 2 | 0 | .992 |
| 通算 | 471 | 929 | 11 | 11 | 0 | .988 |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 記録
- 初出場・初先発出場:2008年4月22日、対東北楽天ゴールデンイーグルス4回戦(クリネックススタジアム宮城)、7番・左翼手として先発出場
- 初安打:同上、4回表2死に朝井秀樹から中前安打
- 初本塁打・初打点:2008年4月29日、対埼玉西武ライオンズ7回戦(西武ドーム)、4回表無死にマット・キニーから右越ソロ
- 初盗塁:2008年8月3日、対オリックス・バファローズ15回戦(京セラドーム大阪)、6回表に二盗(投手:金子千尋、捕手:前田大輔)
[編集] 背番号
- 30 (2007年 - 2011年)
- 24 (2012年 - )
[編集] 脚注
- ^ 長谷川同点&V打!杉内涙に燃えた/CS - 日刊スポーツ、2011年11月6日紙面から
- ^ スポーツニッポン、2011年11月6日
- ^ a b 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2009』 アスペクトムック、2009年、235頁。ISBN 978-4-7572-1628-0。
- ^ ソフトバンク長谷川が1軍昇格 - 日刊スポーツ、2008年4月22日掲載。
- ^ 『週間ベースボール』2009年30号、ベースボール・マガジン社、雑誌20442-7/13、53項。
- ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、112頁。ISBN 978-4-86191-595-6。
- ^ http://hakataterminal.jp/sports/hawks/2009/12/02-007640.html
- ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2010』 アスペクトムック、2010年、347頁。ISBN 978-4-7572-1744-7。
- ^ 守備を得点換算で評価するSMR Baseball Lab
[編集] 関連項目
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