橋本到

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橋本 到
読売ジャイアンツ #32
YG-Itaru-Hashimoto.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮城県仙台市
生年月日 1990年4月28日(21歳)
身長
体重
172cm
70kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2008年 ドラフト4位
初出場 2010年4月27日
年俸 1,000万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

橋本 到(はしもと いたる、1990年4月28日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手外野手)。秋田県秋田市生まれ、宮城県仙台市育ち。

目次

[編集] 経歴

小学校2年から地元の少年野球チームである鶴が森少年野球クラブで野球を始める。仙台市立鶴が丘中学校時代は東北シニアに所属(部活動は陸上部)。2年時に投手中堅手として全国大会出場。

仙台育英高校では1年春からベンチ入りし、秋から中堅手としてレギュラーを獲得。2年春夏、3年夏と3度甲子園に出場した。3年夏の甲子園では初戦で5打数5安打1打点。2回戦の初打席でも安打を放ち6打席連続安打を達成するなど「みちのくのイチロー」と呼ばれた。

2008年ドラフト会議において、読売ジャイアンツから4位指名され入団契約金は4000万円、年俸500万円。ドラフト終了後、橋本の自宅に高校の1年先輩である由規東京ヤクルトスワローズ)から花束が届けられた。例年ならば小柄なので指名は見送っていた選手だったそうだが、50m6秒0の俊足・遠投120mの強肩など、走攻守三拍子揃っていたこともあり、坂本勇人など若手の活躍で育成に力を入れるために入団に至った。大森剛スカウトからは2008年の1番打者である「鈴木尚広の高校時代と比べても数段上。将来の1番打者候補」と期待を寄せられた。

[編集] プロ入り後

2009年は2軍で開幕を迎え、4月終了時は打率.184と苦しむが、5月には12試合連続安打など打率.390の活躍で2軍ながら5月度の月間MVPを獲得。フレッシュオールスターゲームでも5打数3安打1打点1盗塁の活躍で優秀選手賞を受賞。高い適応力を見せた。最終的には打撃では106試合で打率.238 本塁打2 打点28とあまり活躍はできなかったが、守備ではリーグ1位タイの202刺殺と守備範囲の広さを見せ、また補殺は2位の10個に大きく離して17個とその強肩を発揮した。

2010年も開幕2軍だったが、松本哲也が左太もも裏筋膜炎で出場選手登録を抹消した事を受け、4月27日にプロ入り初の1軍登録。当日の中日戦に出場し、初出場を記録した。プロ初打席は翌4月28日ナゴヤドームでの中日戦。試合途中から守備で出場し、9回表の先頭打者として打席に入った。結果は、振り逃げ(対戦投手は平井正史)。

2010年、台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本代表に選ばれた。

[編集] 人物

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2010 巨人 2 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2011 33 30 26 5 5 0 0 0 5 0 3 2 2 0 2 0 0 10 0 .192 .250 .192 .442
通算:2年 35 31 27 5 5 0 0 0 5 0 3 2 2 0 2 0 0 11 0 .185 .241 .185 .426
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 94 (2009年 - 2010年)
  • 65 (2011年)
  • 32 (2012年 - )

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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