實松一成
| 読売ジャイアンツ #27 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 佐賀県佐賀市 |
| 生年月日 | 1981年1月18日(31歳) |
| 身長 体重 |
177cm 81kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 1998年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 2000年5月20日 |
| 年俸 | 2,000万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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實松 一成(さねまつ かずなり、1981年1月18日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(捕手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
佐賀学園高等学校時代は1998年の第80回全国高等学校野球選手権大会やAAA世界野球選手権大会#AAAアジア野球選手権大会に出場している。高校通算39本塁打で、高校屈指の捕手と呼ばれた。
1998年のドラフト会議で日本ハムファイターズから松坂大輔の外れ1位指名を受け、入団。日本ハム史上初のドラフト1位捕手となった。
[編集] 日本ハム時代
ルーキーイヤーの1999年は一軍昇格出来なかったが、大島康徳監督1年目の2000年に一軍昇格し、フレッシュオールスターゲームに出場。
2001年は課題の打撃向上へバットを少し寝かせるフォ-ムに改造し、8月3日の福岡ダイエーホークス戦にてプロ初本塁打を放つと、この3連戦中で4本のホームランを打った。チームが断トツの最下位に低迷したこともあり、この後は正捕手として起用され62試合に出場した。
2002年は前年の活躍もあり開幕スタメンを果たしたが、余りにも打てないためシーズン途中からは野口寿浩との併用となった。自己最多の82試合に出場したが、打率は.129と苦しんだ。本塁打も1本と前年見せた長打力を発揮できなかった。
2003年はキャンプ中に左手首を骨折し出遅れ、正捕手の座を高橋信二に奪われてしまった。2004年は高橋が規定打席に到達するなど大きく成長したため、前年より出場機会が減少した。この年のオフに結婚。妻との間には男児と女児が1人ずついる。2003年は打ったヒット9本中3本がホームラン、2004年に打ったヒット3本中1本がホームランという、「当たれば飛ぶ」長打力を秘めた打者ではあるが、2003年では92打数(102打席)で51三振を記録した。この時期にスイッチヒッター転向を試みたこともあるが、打撃を向上させる事はできなかった。2005年は高橋が故障で長期離脱したため中嶋聡との併用という形ではあったものの多くの出場機会を得たが、目立った結果は残せなかった。
2006年、パ・リーグ開幕直前の3月24日に、岡島秀樹との交換トレードで古城茂幸と共に読売ジャイアンツに移籍[1]。
[編集] 巨人時代
同年6月10日には正捕手阿部慎之助の故障をうけ、移籍後初の一軍登録。即先発出場を果たし、前年第2捕手を争っていた村田善則が故障、小田幸平が中日ドラゴンズへ移籍となり、空席となった第2捕手を同い年で同期の加藤健と争った。
2007年シーズンは第2捕手として加藤が一軍に定着したため、一軍出場は4試合に留まっている(二軍でも第1捕手には星孝典が起用されている)。
2008年はシーズン途中に横浜ベイスターズから移籍してきた鶴岡一成が第2捕手に定着し、第3捕手争いでも加藤に後れを取ったため、一軍出場は7試合に留まった。
2009年は正捕手の阿部や第2捕手の鶴岡が安定した活躍を見せたこともあり、新人年以来の一軍出場無しに終わった。
2010年は阿部の故障もあり久々の一軍出場とスタメン出場を果たしたが、結局2試合の出場に留まった。
2011年はオープン戦から阿部が長期離脱した事もあり、4月下旬に一軍登録される。その後、5月4日の対阪神タイガース戦で途中出場し、同点の9回裏に同学年の藤川球児から自身初となるサヨナラ打(適時打)を放ち[2]、巨人移籍後初めてお立ち台に上がった。8月6日の広島東洋カープ戦でジオから6年ぶり、移籍後初となるホームランを打っている。この年は打席数は少ないものの移籍後では最高の成績を記録した。オフに背番号を27に変更。
[編集] プレースタイル
巨人移籍後に工藤公康にリードを褒められるなど、プロ入りして以来、強肩とインサイドワークの巧いリードなどディフェンス面では一定の評価を得ている。その一方で、パンチ力はあるものの致命的なまでの低打率と三振率の高さが大きなマイナスとなり、正捕手奪回のチャンスを幾度も逃してきている。打撃克服のため一時期スイッチヒッターに挑戦したこともあった。
打撃に関しては、速球よりもやや緩い球速のスライダーなどに強いといわれる(野球解説者談)。
[編集] 人物
遠縁に山下和彦がいる。實松の日本ハム時代の背番号40は入団前年まで山下がつけていた。
実弟も實松と同じ佐賀学園高校に進学、野球部のエースとなり、甲子園出場・プロ入りを期待されたがいずれも果たせなかった。
2006年の開幕直前に急遽巨人へトレードされた理由として、2005年オフに中日から巨人へFA移籍した野口茂樹の人的補償として、巨人の第2捕手である小田幸平が中日に移籍した事が原因とされている。巨人は第1捕手である阿部慎之助の控えとして小田以外にも村田善則がいた事もあり、小田の移籍後は村田を第2捕手とする考えで開幕を迎えようとしていた。しかしその村田が開幕直前にケガで離脱してしまった事で、大きな誤算となってしまった。その為、即戦力の捕手である實松を獲得する事で、捕手問題解決を優先したトレードの可能性が高いとされている。しかし、結局2008年に横浜から鶴岡一成を獲得するまで第2捕手を固定できなかった。
日本ハム時代では鶴岡慎也と、巨人移籍後は鶴岡一成とポジション争いをするなど、何かと“鶴岡”姓に縁がある。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | 日本ハム | 10 | 9 | 8 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .125 | .111 | .125 | .236 |
| 2001 | 62 | 167 | 149 | 16 | 29 | 4 | 0 | 6 | 51 | 19 | 0 | 0 | 8 | 1 | 6 | 0 | 3 | 53 | 4 | .195 | .239 | .342 | .581 | |
| 2002 | 82 | 200 | 170 | 8 | 22 | 5 | 0 | 1 | 30 | 2 | 0 | 2 | 15 | 0 | 14 | 0 | 1 | 64 | 1 | .129 | .200 | .176 | .376 | |
| 2003 | 44 | 102 | 92 | 6 | 9 | 2 | 0 | 3 | 20 | 8 | 0 | 1 | 3 | 0 | 3 | 0 | 4 | 51 | 3 | .098 | .162 | .217 | .379 | |
| 2004 | 36 | 25 | 20 | 6 | 3 | 1 | 0 | 1 | 7 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 3 | 0 | 1 | 11 | 0 | .150 | .292 | .350 | .642 | |
| 2005 | 64 | 119 | 108 | 12 | 19 | 4 | 0 | 2 | 29 | 4 | 2 | 0 | 2 | 0 | 8 | 1 | 1 | 41 | 1 | .176 | .239 | .269 | .508 | |
| 2006 | 巨人 | 11 | 15 | 14 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 1 | .071 | .071 | .143 | .214 |
| 2007 | 4 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2008 | 7 | 6 | 5 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .200 | .200 | .200 | .400 | |
| 2010 | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2011 | 20 | 24 | 22 | 3 | 6 | 0 | 0 | 2 | 12 | 3 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 10 | 0 | .273 | .273 | .545 | .818 | |
| 通算:11年 | 342 | 673 | 594 | 51 | 91 | 17 | 0 | 15 | 153 | 42 | 2 | 4 | 33 | 2 | 34 | 1 | 10 | 246 | 10 | .153 | .211 | .258 | .469 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 年度別守備成績
| 年度 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 捕逸 | 守備率 | 企図数 | 許盗塁 | 盗塁刺 | 阻止率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | 8 | 19 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1.000 | 2 | 2 | 0 | .000 |
| 2001 | 61 | 318 | 18 | 2 | 5 | 2 | .994 | 21 | 14 | 7 | .333 |
| 2002 | 82 | 415 | 36 | 5 | 5 | 3 | .989 | 48 | 33 | 15 | .313 |
| 2003 | 44 | 185 | 13 | 2 | 1 | 3 | .990 | 16 | 9 | 7 | .438 |
| 2004 | 34 | 83 | 8 | 0 | 1 | 3 | 1.000 | 12 | 9 | 3 | .250 |
| 2005 | 64 | 236 | 15 | 2 | 3 | 2 | .992 | 29 | 20 | 9 | .310 |
| 2006 | 11 | 32 | 2 | 0 | 1 | 0 | 1.000 | 5 | 4 | 1 | .200 |
| 2007 | 4 | 10 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 1 | 0 | 1 | 1.000 |
| 2008 | 6 | 19 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | ||||
| 2011 | 18 | 65 | 6 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | ||||
| 通算 | 332 | 1382 | 101 | 11 | 17 | 15 | .993 | 134 | 91 | 43 | .321 |
[編集] 記録
- 初出場:2000年5月20日、対千葉ロッテマリーンズ7回戦(東京ドーム)、9回裏に代打で出場
- 初打席:同上、9回裏に竹清剛治から三振
- 初打点:2000年5月23日、対オリックス・ブルーウェーブ9回戦(東京ドーム)、8回裏に小林宏から左犠飛
- 初安打:2000年8月6日、対福岡ダイエーホークス21回戦(いわきグリーンスタジアム)、4回裏に斉藤和巳から
- 初先発出場:2001年4月14日、対大阪近鉄バファローズ4回戦(大阪ドーム)、8番・捕手として先発出場
- 初本塁打:2001年8月3日、対福岡ダイエーホークス19回戦(東京ドーム)、4回裏に星野順治から2ラン
- 初盗塁:2005年4月24日、対オリックス・バファローズ5回戦(東京ドーム)、3回表に二盗(投手:ケビン・バーン、捕手:的山哲也)
[編集] 背番号
- 40 (1999年 - 2005年)
- 69 (2006年)
- 53 (2007年 - 2011年)
- 27 (2012年 - )
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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